第98話 サトコとヒラサカ
(どうしてここに、ヨモツヒラサカが?)
ヨモツヒラサカ……
三種の神器の一つである。
三種の神器は、三種揃うと『衛星から超質量を落とす大量破壊質量兵器』として機能するもので、帝の祖が用いて
もちろん神器は一つ一つも強大な力を持つ。
剣は誰かに装備されれば『神関連スキルの無効化』という効果を発揮する。
鏡も神のスキルに対抗するスキルがあり、『神関連スキル効果の遮断』という、一見して剣の下位互換とも思えるような効果を発揮するが……
勾玉は、少し違う。
勾玉は『命』にまつわるスキルを持っている。
ゲーム的には、『その戦闘で死亡した兵力のぶんだけ指揮官の攻撃・防御に補正をかける』といったスキルであり……
フレーバーとしては、『神に奪われる死者の魂を
この現実においてどういった処理がなされるかはわからない。
だが、三つの神器の中でもっとも『悪しき者に奪われたさいに被害規模が広がりそう』と思われるのが、このヨモツヒラサカの勾玉であった。
……が、なぜかその勾玉が、人化して
しかも……
「あれ、そっちは……
「おっほぉ~?」
奇妙な鳴き声をあげる、もふもふ青髪の少女こそ、荒夜連と呼ばれる組織に属するイタコのサトコ。
ゲーム
(……おかしいな。目にハイライトがある)
夕山は、サトコのゲームとの差異を発見していた。
ゲーム内のサトコは『大妖魔に故郷、愛する先輩たちや母校を滅ぼされて、その復讐の手段を求めて放浪する最後のイタコ』であった。
戦いになると荒夜連特有の降霊戦術によってさまざまな妖魔をボールから繰り出すソフトボールウェア風和服の少女であり、そのグラフィックは現在の姿からちっとも成長していないものの、明らかに疲れた顔と死んだ目をしているものだった。
が、今のサトコには、まだ目に光がある。
「ヒラサカちゃん、ヒラサカちゃん、このお姉さん、どちらさま?」
「こ、この人は……そのー……知り合いっていうか、極めて親戚的なものというか……昔の知り合いの子供の子供の……」
夕山は人化状態のヒラサカと会ったことはない。
だが、様子から察するに、ヒラサカの方は『夕山は帝の妹である』ということが、顔を見ただけでわかるようだった。
さて、様々な情報が出そろったわけだ。
夕山には『中の人』の知識もある。
ゲーム
その事実と、現在の状況とが、夕山の頭脳をフルに励起させた。
(サトコは正史でヨモツヒラサカを盗んで、各地で強力な妖魔をゲットするために暴れまわる、ルートによってはボスになるうちの一人。そしてヨモツヒラサカはサトコに所持されてるうちに人化することはないのに、今はしてる。……そもそも、この二人が大嶽丸ざぶざぶランドに来たなんていう話は知らない。つまり、今、起こっていることは……)
考える。
考える。
考える……
考えて、
「あふん」
ぼんっ、と夕山の頭から概念的な煙が上がった。
これには周囲にいたサトコ、ヒラサカ、ウメがぎょっとし、ウメなどは攻撃を警戒して臨戦態勢に入った。
唐突に剣呑な気配になり始めたのでサトコとヒラサカも身構える。
しかし、サトコが自分の腰あたりに手を伸ばして、ハッとする。
「どうしよヒラサカちゃん、ボールがロッカーの中」
ボールというのは、イタコのサトコが戦う際に必要となる、妖魔を封じ込めたボールである。
しかし大嶽丸ざぶざぶランドは武装禁止なため、それはすべてロッカーにあずけてしまったのだ。
手首にはロッカーの鍵がついたストラップがあるが、『ロッカーを開けてボールを取り出す』なんていう手順を目の前の犬耳(ウメ)が許してくれる感じはぜんぜんない。
サトコは急に訪れたピンチにおいて、ヒラサカに相談するという選択をした。
これに、ヒラサカも緊張した面持ちで応じる。
「ととととにかく逃げることを考えるべきかしら……だ、大丈夫。ヒラサカってばすごいんだから。きっとどうにかなるわ……!」
そのやりとりの間、ようやく夕山が我を取り戻す。
「よし、さっぱりわからないので、梅雪くんに相談することとします! そこの二人、悪いようにはしないからついてらっしゃい!」
これにはヒラサカ、サトコのみならず、ウメもまた驚いた顔になった。
こうして勢いとノリに任せて、梅雪に厄介な事情が丸投げされることになる。
◆
「というわけで、こちら、神器のヨモツヒラサカと、ゲームではヨモツヒラサカを盗んだイタコのサトコです。二人とも、私の夫にあいさつして」
言われるままにあいさつをする、サトコとヒラサカ。
女性陣が更衣室から出てきたと思ったら三種の神器盗みの下手人と神器そのものを連れてきて、なんだかわからないが丸投げされた氷邑梅雪は思う。
(…………いや、何???)
さすがに状況把握が追いつかない。
そもそも下手人を連れて来た夕山も夕山だが、素直についてくる下手人も下手人だ。
おかげで用意していた夕山の水着への誉め言葉を発する機会もなく、プール施設入り口でぼんやり突っ立って十秒ほど思考することになってしまった。
(なんだこの状況は……? いや、俺が冷静に思考せねば誰にもわからんか……仕方ない……)
梅雪は考える。
まず……
(金髪巻毛の方がヨモツヒラサカ。それを連れてる青髪毛玉の方がイタコのサトコ。これは間違いないし……ゲームにおけるヒラサカ盗みの犯人もサトコだ。これも間違いない)
事実として、目の前にいるのは神器であり、それを盗んだ者である。
そしてゲーム内で、サトコに所持されている最中のヒラサカは人化しなかった。
神器の人化というのは、設定的に言えば『神器が認めた相手の前でのみすること』であり、ゲームのサトコはヒラサカが認める相手ではなかった──ということになるのだが。
今は人化している。
(ヒラサカの性格。……正義感が強く、気が強い。冒険好きで、よくトラブルを起こしたり、定期的に行方不明になったりする。つまり……ヒラサカの正義感と冒険心を刺激する何かを、サトコが示した)
神器にはそれぞれ一昔前(剣桜鬼譚ももはや古いゲームなので、その一昔前ということになる)のギャルゲーに出てきそうなキャラ付けがされている。
『はわわ神剣』『あらあら鏡』『かしら勾玉』などと一部では呼ばれていた。
(そしてサトコ側の事情だが……ゲームにおいてサトコは、大妖魔に故郷を滅ぼされ、その復讐のために力を求める放浪者……今がゲームより前の時間だと考えると、故郷は危機に陥っている最中といったところか)
東北・恐山にある学園都市『荒夜連』は、ゲーム本編開始のだいぶ前あたりから、『妖魔が好きすぎて妖魔と一体化し生きながらえている元イタコの大妖魔』の封印がゆるんでいる。
そもそも荒夜連の独特な戦闘スタイルは、このイタコの封印を守り、いざ復活しても倒せるようにするために開発されたものである。
(と、くれば……なるほど、すべてわかったぞ。一か所を除いてな)
謎解きを終えた梅雪は、「ふん」とサトコを見下すように鼻を慣らし、言葉を発する。
「大方、荒夜連を救いたいと闘志に燃えるそこの青髪に、神器ヨモツヒラサカが共鳴し、力を貸している──といったところか」
そう発言した途端、サトコとヒラサカが目をぱちくりさせて驚いた。
事情をなんにも知らないウメは平静を保って梅雪の左側におり、なぜかサトコ側に立つ夕山もびっくりした顔をしていた。
「図星か」
梅雪は笑う。
サトコはヒラサカと見つめあってから、応じた。
「ほひぃ~……そこまで知られてたんだねぇ。ってことは、ヒラサカちゃんも取り戻される直前だったんだぁ……」
サトコの中では『神器を盗んだ下手人が自分だとすでに判明しており、帝に協力的な勢力が自分についての内偵調査をほぼ終えていた』という理解をしていた。
もちろん違う。ただの原作知識無双である。
しかし梅雪、相手が不利に思っていることを『いや、そうじゃないよ』と正してやる義理がないので否定せず話を続ける。
「さて、帝の忠実なる臣下にして、その妹御をもらいうける俺としては、今すぐ貴様の首と神器ヒラサカを帝都に送り届けるべきなのだが……」
「ちょっと待って欲しいのだけど!」
そこで声をあげるのがヒラサカである。
梅雪は事前情報から『この二人はいい関係なんだろうな』というのがわかっていたから驚きはしなかったが、話を遮られたので不愉快に思って眉根を寄せた。
ヒラサカが一歩踏み込んで、梅雪に訴える。
「ひ、ヒラサカは自分の意思でサトコに協力することにしたのだけど! 連れ戻されるなんてごめんだわ!」
「しかし……貴様は帝の所有物であり、俺は帝の臣下だ。『そこにある神器』を見て見ぬふりするわけにはいかんぞ?」
「サトコの故郷を救ったら帰るから!」
「……状況を整理しようか。貴様は、そこの青い毛玉に誘拐された身のはずだ」
サトコが「毛玉……」とちょっと悲しそうな様子でつぶやいていた。
「確かにヒラサカはそこの青い毛玉に誘拐されたけど! でも、事情を知ったヒラサカが自分で協力することにしたんだけど!」
「だからそれを見過ごしてやる理由がこの俺にはない。……が」
ようやく話の主導権を取り戻せそうなので、梅雪は問いかける。
「なぜ、貴様らがここにいるかを答えれば、その答え次第で力を貸してやらんこともない」
その一か所だけが、原作知識ありきの推理でもわからない。
そもそもゲーム剣桜鬼譚において、サトコが大嶽丸ざぶざぶランドに来たという記録はない。
貴人・金持ちしか入れないこの場所にどうやって入ったかも謎だ。
刀を求めてということもないだろうし、ただ単に娯楽としてプールで遊びに来たというほど余裕のある状況でもなかろう。
で、あれば目的があるはずだ。
その目的次第では……
(大嶽丸に恩を売ることができるやもしれんな)
三種の神器が協力しているサトコが、ゲームにはない行動をとった。
それはとりもなおさず、三種の神器がサトコをここに連れて来たということに他ならない。さらに……
(三種の神器のうち勾玉。ヨモツヒラサカは質量兵器を動かすジェネレーターにして、エネルギー反応を探知する。つまり……死の気配に敏感だ。であれば、こいつの感知できる『死の気配』であり、なおかつ、妖魔をボールに入れて使役するサトコが故郷を救うため、その戦力を増強できるなんらかの気配を察したと考えられる)
それは、どういうことか?
ヒラサカが、サトコと見つめ合い……
語る。
「……この場所に、とっても濃い『死の気配』が近付いているのだわ。その気配は……忘れもしない」
そこでヒラサカが身震いする。
サトコはそれを献身的に支える。
間に挟まったら殺されそうなオーラが発せられ始めているのをなんだか感じながら梅雪が言葉を待つと……
「……かつての『
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます