第71話 『酒呑童子』討伐・裏側の三
ゲームとの違い。
(まず、あの
ゲームにおいてはあくまでも兵力が戦闘のたびにマックスになるスキルでしかない。
そして、ゲームでの戦いというのは、必ず指揮官がおり、その周囲にそれに統率される兵がいるというものだ。
だから指揮官の周囲でしか海魔は発生しないという可能性も見ていたが……
(まあ、出現させた兵力であれば、移動は可能か。というより、あの様子から見れば、遠方に発生させることさえ可能といった様子であったな。だが……)
出現位置は、梅雪たちの背後にはなかった。
なんらかのルールがあるのだろう。たとえば、『自軍と敵軍がぶつかる際の自軍側にしか発生させられない』……より詳細に分析するならば、『発生可能位置は前線より手前』といったところか。
ゆえにこそ
そして……
(どこからか見ているな)
どうにも遠方から視界を通す
該当するスキルはフレーバー文を素直に分析した限りでは存在しないが、設定面において海神の信者どもは『個々というものはなく、すべて海の一部』という信条ではある。
視界も共有している──というのは、アホらしい考えとは思う。だってどうしようもなく個々というのがあるからだ。
けれど、海魔の出現位置から考えてどう見てもこちらの居場所を視覚的、あるいは気配的に把握していたので、想定としては『相手は戦っている最中にはこちらの姿が見えている』ぐらいに思っておいた方がいいだろう。
(そしてやはり、海魔の発生は
そういえば、と梅雪は籠の中で肘掛けを撫でて、
(が、使いすぎた場合には数日の休息が必要。今の七星家当主がその状態ということだな)
七星家秘伝の
あるいは梅雪の神威量であれば日常的な使用もできるのかもしれないが、周囲索敵には風を使うし、遠くの何かを探す際には使うかもしれない、ぐらいのものでしかないだろう。
とはいえ、少しばかり欲しくはある。『天眼』を得るためだけに、七星
まあ、今の織はとてもではないが、妻に迎える気にはならない。
織の現在の役目はもっぱら、七星家郎党が無礼を働いた時、郎党に代わって梅雪に尻を叩かれる程度のものである。
とはいえ重要な役目であろう。織の尻なかりせば、梅雪は何人の七星家郎党を斬り捨てたかわからない。連中の命は、織の尻を犠牲にしてつながれているのだ。
夜の野営の中、一応の周囲警戒をしつつ、梅雪は籠の中で、織の尻を肘掛けにしつつ考える。
(まさか音に聞こえた『酒呑童子』が、あの程度のお粗末な戦術しか使わぬわけはあるまい?)
ニヤリと笑い、
「楽しみだなァ……織よ、家臣団が次こそ素直に従ってくれるといいな? 貴様の尻を叩く俺の手も痛いのだから」
「叩かなければよかろうに! わらわの尻が大きくなってしまうではないか!」
「別に、尻のデカい女も嫌いではない」
「貴様の好みなんぞどうでも良──あいたぁ!?」
織自身もそろそろ反発心が出てきたのか、こうして梅雪に逆らうようなことを言って尻を叩かれるということが増えてきた。
どうにも順応性の高い、調子に乗りやすい女である。
(調教はまだまだかかりそうだな)
尻を叩いているだけで心を折るにはどうしたらいいか?
(考えることが多くて大変だなァ)
梅雪はクククと笑って、明日からの戦闘に思いを馳せた。
◆
調教にはまだまだかかる。
その壁には濁った水、あるいは透けている
イバラキの服装は汚い着物の上に胴具足というものから変わっていて、現在は巫女装束のような衣服を着せられている。
ただしその巫女装束は
山賊の頭目であったころには雑に川で洗う程度だった肌は磨き抜かれて白く輝いており、毛先がぐちゃぐちゃであったざんばらな黒髪は、肩口で切り揃えられ、
ただし目からは光が失われ、両手両足を触手に縛り付けられて壁に体を押し付けられ、さらに首をぬめった触手で絞められてなお、抵抗どころか苦しむ様子さえなく、じっと大辺を見ているだけだ。
大辺は舌打ちする。
「支配が入ってしまうと反応がなくてつまらないのが難点ですね……イバラキ、あなたがなぜおしおきをされているのか、わかりますか?」
虚空に浮かんだ水溜まりから伸びた触手が、イバラキのふとももをはいずる。
触手が頼りない垂れ布の下に潜り込み、イバラキの女性的な部分を撫でる。
だが、イバラキは反応せず、大辺の質問に答えるのみだ。
「かつて仲間であった山賊を殺すよう命じられていたにもかかわらず、逃げるよう促しました」
「……そんなことは、もう、どうでもいい。それより大事なことがあるでしょう?」
「侵入者の撃退という命令に失敗しました」
「ええ、そうですね。しかも、しかも……! あの、ちらりと見えた銀髪! 間違いない! 氷邑家の者! 我らが同胞を殺した、あの
梅雪のにらんだ通り、海神を崇める者同士……信者と巫女と海魔は、視界を共有できる。
ゆえに、大辺は見ていたのだ。籠からわずかに覗く、銀髪の子供を。
大辺が両目を見開く。
歪んだ四角い瞳孔の、暗い青の瞳に、執念あるいは怨念がたぎっている。
「我らの地上支配を失敗に終わらせ、海神のご加護にすがる我らを絶滅させかけた仇敵、氷邑! その縁者に敗北など、許されるわけがないでしょうッ!? なぜ、失敗した!? それとも『酒呑童子』とはその程度の存在だったのですか!? 今まで討伐されなかったのは、運が良かっただけとでも!?」
大辺の怒りに呼応して、イバラキを拘束する触手が締め上げる力を増した。
しかしイバラキは抵抗しない。完全に支配された海神の信者にとって、同胞に命を奪われるというのは危機でもなんでもない。むしろ、完全に海となって一つのものに戻れるというのは喜びでさえある。
だが、大辺にとってはまだイバラキを殺してしまうわけにはいかない。
大江山は確かにイバラキのフィールドであり、何より、この細く小さな体でまだ楽しんでいないのだ。
性欲に基づいた冷静さを取り戻した大辺は、一転、声音を落ち着かせて、問いかけた。
「……イバラキ、お前に指揮を任せて、氷邑の討伐は適いますか?」
大辺は大量の兵力を生み出すことができるのだが、その自認は指揮官ではないし、戦士でもない。
自分とイバラキが一対一で戦えば、恐らくイバラキが勝つだろう。加えて言えば、場所を大江山に限らずとも、同等の兵力を持って自分とイバラキがぶつかれば、イバラキが勝つ。
大辺は自分の軍才を過大評価はしていなかった。というよりどうでもよかった。あくまでも宣教師であり巫女であるという自覚のある大辺は、『戦いは自分以外がひいこら言いながら汗水垂らしてするもの』と思っており、戦う者を見下していた。
あくまでも自認は神と信者とのあいだに立つ者であり、命懸けの戦いのテーブルに乗るべき者ではないという自覚があったのだ。
ゆえに、戦いは得意な者に任せる。
果たしてイバラキの回答は、
「一戦目、軽く当てて相手の戦力を分析します。二戦目、分析に基づいて相手を分断・弱体します。三戦目、勝利します。分析は終わりました」
「ふむ」
その回答は大辺にとって満足できるものだった。
大辺は酒呑童子を強いとは思っていない。
多くの人が思うような意味では、ということだ。
たとえば『強い山賊団』と言われると、人は『一人で百人も武士を倒せるような連中がごろごろいる山賊団』を思い浮かべる。
だが、冷静に考えればそれはありえない。
なぜなら強い者はすなわち才能ある剣士であり、才能ある剣士はたいてい血統的に優れており、血統的に優れた者は大名の元に集まるというシステムがクサナギ大陸に出来上がっているからだ。
たまにいい意味でも悪い意味でもイレギュラーは発生するが、名の知れた山賊剣士などは、その来歴をたどればたいてい滅びた武家の出身か、自分で自分の家を滅ぼした荒くれである。
では酒呑童子にそれらの人材がいるかと言うと、一人もいない。
酒呑童子の強さは地の利を把握していることと、その地の利を活かして弱くて頭が悪くて練兵をする我慢強さもない山賊という者どもに、力押しでどうにかなる状況を用意する、イバラキの指揮能力である。
大辺は山賊という者への見下しからその真相にたどり着いており、ゆえに、イバラキの指揮能力をかっていた。
大辺の目からすればイバラキというのは『荒くれで暴力的な女山賊』ではなく、『冷静にして仲間の力を活かすことに長けた戦術家』なのである。
そしてその分析は、イバラキの実態を言い当てていた。
ゲームにおいてのイバラキは耐久の高い山賊だが、耐久の高い軍というのは戦術的に優れた指揮官あって初めて実在できるものなのだ。
「……いいでしょう。あなたを信じ、あと二戦、任せます」
ここで大辺には、大江山から離れるという選択肢もあった。
だが、敵に仇敵である氷邑家の者がいること、そして、氷邑家に勝利した興奮のままにイバラキを凌辱することを決めてしまったので、彼女は大江山で氷邑梅雪を待ち受けることになる。
復讐と欲望は目を曇らせる。
両方に濁った巫女の目は、己の失敗する姿を映し出していない。
海魔どもがあれだけさんざんにやられたが、それでもイバラキの戦術家としての手腕に期待をしているし……
かつて氷邑家に敗北した時、託された切り札がまだある。
……それは、彼女らの神が住まいし楽園のかけら。
大洋の奥底で深き眠りにつき、条件が整った時に浮上しすべてを支配すると言われている、彼女らにとっての海。
海魔など、かの神がみじろぎをした時に起こるわずかな
都市のかけらを触媒に行使するとある呪文。海に帰属しないすべてを狂わせ、すべてを絡めとって
……とはいえ、その呪文は使用した者をも狂わせ、神威を根こそぎに持っていく。
大辺の先達たちは、桜雪によって追い詰められ、この呪文を十全には使う余力がなかった。最後に命と正気を捧げ尽くして暴走させるしかできなかったが……
大辺は、こう思っている。
(わたくしであれば、神の力を呼び出し、コントロールできる。何せわたくしは、神に愛されているのですから)
『
正気では呼べぬその名の持ち主が宿ったかけら……それを内部に組み込んだ杖を、大辺はぎゅっと握る。
その無意識な、まるで杖にすがりつくような動作は、彼女の自覚しないものであった。
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