第67話 『酒呑童子』討伐・秋の陣 二
キンクマは思う。
(『酒呑童子』は、無敵だった)
キンクマは教養がないのでよくわかっていないが、山賊団の名前である『酒呑童子』というのは、もともと
なんかとにかくすごい装置を開発したようで、大江山が場所によって景色が変わるのも、そいつの仕業らしい。
とにかく色んなものを作ったが、色んなものを作るために略奪行為を繰り返したので、帝の祖に斬られて死んだそうだ。
イバラキはこの酒呑童子に憧れており、自由に奪うのを認めていた。
帝のところに攻め込むのは『まだだ』ばっかりだったけど、あの巫女が来てからはなんだか乗り気で、帝を殺して酒呑童子の仇を討つ、なんて息まいていた。
みんな盛り上がった。帝を殺す、なんて超すげぇことだからだ。
そして、できると思っていた。
イバラキはめっちゃ強かったし、山賊団『酒呑童子』は無敵だったから、たぶん帝とかも倒せるんだろうなと思ってみんなで盛り上がった。
前に帝都に行った時はぶちあがったけど、なんか偉そうな侍と、あとお面を被ったガキに邪魔されて、できなかった……
イバラキが塔の中に入って行ったから追いかけようとしたけど、すぐに見失って、みんなで塔の前で待ってた。
帰ってきたイバラキはすげえ変な形の剣を持ってた。帝は殺せなかったけど、帝のねぐらにあるすげぇ剣を盗んだから、これでいいやってことで、大江山に帰った。
あとは、剣を使って殺したりして、『酒呑童子』はますますすごくなって、無敵だって、そう思っていたのに……
(大名のとこのサムライだって、何度も倒したんだぞ。それを、それを……)
なんで、こんな。
あっさりと、
(……雑魚みてぇに、殺すんだよ。俺たち、無敵だったのに。無敵より強いって、なんだよ)
連れてきた部下たちが殺され……いや、潰されていっている。
金色の髪をした大男……よく見たら、デカいっていうか、分厚い男が、両手に馬鹿みたいな武器を持って暴れまわってる。
それだけだった。
三十人ぐらいのサムライがいる。でも、そいつらは籠の周りで武器を構えてるだけで、何もしない。
金髪の男が、暴れてる。
それだけで、何もできない。みんな、死んでいく。
(どうしてあんな、めちゃくちゃ怒ってんだ? やりすぎだろ、いくらなんでも)
キンクマは立ち尽くすだけで何もできず、呆然としていた。
金髪の男の戦いぶりが、あまりにもすごすぎて、引いてしまっているのだ。
金髪の男──
彦一の視点では相手は『酒呑童子』の先遣隊なのだ。
彼の知る『酒呑童子』は『幾度も大名の派遣した兵を返り討ちにした、精強にして極悪非道の山賊集団』である。
なので初手から全力。相手がどのような詭計を準備していたとして、それごと力で打ち砕くという気概で以て吠え、暴れている。
ようするに『相手が何かをする前に全員殺す』という力の出しかたなわけだが……
彦一は、困惑していた。
(……噂に名高い『酒呑童子』の先遣隊が、この程度?)
相手が弱すぎる。
風評の通りであれば『酒呑童子』の先遣隊がここまで弱いのはなんらかの罠である可能性が高い。
それゆえに力では全力で相手を潰そうと武を奮いつつ、その意識は周囲からのさらなる攻撃に備えている。
仕えている七星家の秘伝である『
だって、『酒呑童子』は帝が差し向けた大規模な討伐隊さえも降している。
七星家で集められる限りの精鋭を集め、氷邑家にまで応援を要請したものの、『酒呑童子』を相手に万全な備えなどないと、彦一はそう考えていたのだ。
……罠。欺く。
彦一自身は認識していないが、彼が『酒呑童子の脅威』を思い浮かべる際には、ほぼ絶対にそういった単語がちらつく。
それは、多くの『酒呑童子』を恐れる者にとっても同様であった。
山賊が武士より強いわけがない。
武士というのは整った環境の中で、才能ある者が、戦いに専念するために己を鍛えた者たちのことを指す。
一方で山賊というのはその多くが落ちこぼれであり、武士のような使命感も忍耐力もなく、己を日々鍛え続けるということができない。
こういった前提は彦一の頭の中にも紛れ込んでいて、ゆえに彦一は無意識の中で山賊の力量を下に見ていた。そしてそれは正しい。
たとえば遮蔽物のない平地での戦いなら、彦一単身でも酒呑童子を殲滅できる。
酒呑童子の厄介さは、戦術的部隊運用なのだ。
そしてそれをもたらすのは、強烈なピラミッド型権力構造がもたらす『手足のように動く兵たち』であり……
手足を動かす頭がいない時の『酒呑童子』の実力は、十分の一程度ではきかない。
なのでこのまま戦い続ければ、彦一が『先遣隊』と思っている、酒呑童子の討伐隊は遠からず全滅する。
が。
この想定とあまりに違う弱さが逆に、彦一に疑念を抱かせ、酒呑童子の延命を許すことになる。
(もしや、この者たちは、酒呑童子に拉致され無理やり戦わされているだけの者なのではないか?)
山賊どもが村落を襲って村人を奴隷にするという話はよく聞く。実際、被害も観測されている。
そういう奴隷どもが無理やり前線に立たされて戦わされているだけなのではないか……彦一の頭にそういう疑念がよぎったのである。
であるから、彦一はこのように叫ぶ。
「そなたら! 事情があるならば聞かせよ!」
これは『酒呑童子』としては意味がわからない発言であった。
事情とかいきなり言われても、なんの話かわからない。
当然、困惑する。
その困惑は真実のものであっただけに、彦一の次の発言を引き出した。
「ともあれ、降参を許す! 望む者は、武器を放してその場にしゃがめ! それ以外は叩き潰す!」
降ってわいた延命のチャンスである。
山賊たちは逃げようにも、すさまじい速度で動き回る彦一の迫力を前に、逃げることさえできない有様であった。
そこで降参を呼びかけられたならば、わけもわからずそうする。
誰だって死にたくない。しかも、あんな、『ぐちゃり』と潰れて、肉と血と骨をまき散らしながら、爆発したみたいな死体にはなりたくない。
目の前に迫った命の危機は、山賊の義理人情より優先された。
イバラキにバレれば確実におしおき……もちろん『死』を伴う暴力……が待っているが、そんな未来のことを考えられるような者は山賊にならない。
山賊どもが武器を放して膝を付いていく。
そして、降参する山賊たちは、その場の全員……
すなわち、キンクマまでもが降参をした。
「よし、これより拘束する! 抵抗するなよ!」
あとはもう、目の前にいる圧倒的な暴力の持ち主に従うのみ。
こうして生き残ったキンクマを含む『酒呑童子』の五十名は、ただ呆然と仲間の死を見守ってから降参するという、戦術的になんの意味もない行動をすることになった。
ただし。
この投降は、ある者に利することになる。
そう、現状に疑問いっぱいだった七星家侍大将彦一および……
状況が把握される。
『敵』が、明らかになる。
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