第66話 『酒呑童子』討伐・秋の陣 一
「あ、兄貴ィ……あ、三人お揃いで……その、キンクマの兄貴の
イバラキの乱心、糸目の巫女──
山賊というのはワントップのピラミッド型権力構造である。
逆らえば追放(山賊はもともと人里から排斥された連中が集まってなるものなので、ここからさえ追放されるともう行く場所などなくなり、実質的には死である)という、罰則がいきなり死に直結するこういう組織は、リーダーの命令に何がなんでも従い、すべての意思決定はリーダーがするし、誰を捨て駒にするかもリーダーが決めるという、トップ一人にあらゆる判断が任される構造になっていた。
一応、トップ直下の幹部としてはクマ三兄弟がいるものの、こういうどうしたらいいかわからない状況ではやはりトップたるイバラキの判断を仰ぐことになる。
そのイバラキが判断できない状況ゆえに困っているので、結果として、組織全体の動きが鈍り、精彩を欠くようになってしまっていた。
部下から報告を受けたクマ三兄弟もまた、その対応があまり強くない。
「数はどんぐらいだ?」
「へぇ。三十人はいたって話でさあ」
「そうか……」
ちなみに
ゲーム
それをするには略奪では足りず、山を切り開いて農耕地にするなどの努力と知識・技能が必要になる。そしてただの山賊にそんな知識・技能はなく、そういった地道な努力の必要性を理解できる品性や頭脳もないし、必要だと理解したらやるという社会性もない。あったら山賊になっていない。
なのでこの百人をイバラキが率いて強権によって行動させ、その現場陣頭で補助をするのが幹部であるクマ三兄弟、という形式で『酒呑童子』という組織は回っていた。
そのすべての決断と判断と考察を一手に担う役割のイバラキが乱心中なので、当然ながら対応はお粗末になる。
こういう時のためにリーダーを代理で育てておけよ……というのはまったくもってその通りなのだが、そういう『理想的な状態』を維持するためには『理想的な人材』が来る必要性がある。この『理想的な人材』は『即戦力の天才』ではなく『最低限の教育に耐えうる能力と意思がある人材』を指す。
そして山賊は能力、協調性、社会性、責任感、忍耐力などがないので社会から排斥され山に追い立てられた連中だ。ある意味で人材の墓場、いや、墓場に行かないために寄り集まっているので、墓場一歩手前ぐらいの組織。それが山賊団なのだった。
帝などはめちゃくちゃ裏切られつつも誰かが倒れたらすぐに代理を立てられるし、何か不祥事をやらかしたらすぐに挿げ替えることができるぐらい人材育成ができている。
だが帝の直接治める帝都から離れれば、たとえば
『お前の代わりがいくらでもいる社会』というのは、実のところ、『教育がきちんと確立しており』『その教育を理解し修得できる能力の人材が複数おり』『教育を受けた人材が義務を果たす責任感を持っていて』『後進にさらに教育して育てる意思がある』という条件が整ったすさまじい環境なのである。現代日本でもなかなかない可能性がある。
「……まあ、サムライが三十人ぽっちなら、余裕か」
キンクマが十数秒の沈黙を挟んでからそう呟いたのは、彼の頭の中に具体的な方策や勝率計算があったというわけではない。
過去にそのぐらいの連中を相手取って勝ったことがあるので、まあ同じことすりゃイケるだろという、その程度の話である。
そしてこうやって考える人が同じことをできるかどうかというのは、たいていの場合、『真似をしようとしているが、分析と認識が不完全なため、稚拙な模倣にしかなっていない』というふうになるし……
そもそも、現段階でさえ、イバラキなら頭を抱えるぐらい、情報が足りてない。
まず『相手の構成』についての情報が抜けている。
イバラキはこのあたり、『どういう連中だった?』と詳しく聞く。
サムライが三十人ぐらいッス、なんていう適当極まりない報告を決して許さない。だが愚かな者は詳細説明や言語化をサボる傾向があるので、いちいちどやされないと細かい報告などしない。
そしてキンクマはキンクマでサムライのことを『山の中では何度も俺らに負けた連中』程度にしか認識していないが、イバラキはもっと組織ごとの能力を見ていた。
なんなら能力を見るために小集団につつかせてみて、その対応を見物するなんていう手順さえ踏んでいたぐらいである。
イバラキはサムライ……領主大名の兵たちに、ピンからキリまであるのを知っていた。
だが、とにかくイバラキの命令に従っているうちに勝ち続けてしまったクマ三兄弟以下山賊どもにとって、『サムライ』は『サムライ』でしかなく、そこに個人差というものを認めていなかった。
どうせ俺らに負けるやられ役ぐらいまで舐め腐っていた。
なお、彼らが発見したサムライというのは、もちろん氷邑
相手を舐め腐ってあっさりやられる山賊どもの、習慣および心理、認知領域はこういうものであり、彼らもまた、イバラキの不完全な模倣を『不完全かもな』と疑わなかった時点でやられ役に転落していくのだった。
◆
「ご主人様、夜襲だそうです」
籠の中で眠っていた梅雪は、アシュリーの報告を聞いて、籠の外を見た。
そして、呟く。
「……『夜襲』?」
大江山『秋』の領域にはすでに朝日が昇っていた。
黄色や赤に染まった葉が柔らかな日差しに照らされて風光明媚な景色を演出しており、早朝の空気というのは本当の秋のように冷たい。
大江山の外は完全に夏なだけに、避暑地としていいかもしれないな、と思う。そのぐらい穏やかな環境だった。
だが確かに梅雪がシナツの風を広げてみれば、『夜襲』の軍勢がじわじわと接近しているのがわかる。
……いや、これは……
「……なんだあの、腑抜けた連中は……」
じわじわ、というか。
ダラダラ、というか。
普通にこっちの進行方向から歩いてきているだけであった。
今は山の勾配が邪魔で相手の姿を目視できていないだけで、勾配がなければ普通に近付いてくる汚い身なりのチンピラどもが見えるだろう。
気配を隠すとか、素早く行動するとか、そういうことが何もない。
これには『酒呑童子は幾度も領主大名の組織した討伐隊を返り討ちにしている』という情報を得ていた梅雪も、不審に思う。
「……ともすれば、先遣隊か? だが……」
数が五十人ぐらいいる。
ゲームだと合計五千人の部隊を率いていた『酒呑童子』なので、確かにその規模で考えれば五十人程度は先遣隊と言えるだろう。
だが七星家もアホではないので、五千人を相手に、後継を含む三十人ぽっちで行かせたりはしない。
相手の数がせいぜい百人ぐらいしかいないと、何度も何度も
大江山の地理と過去のデータから大人数は分断などされやすく逆に危ないというので、失ってはならぬ後継者に、それを守り切れる実力はあるがこちらも失ってはならぬ侍大将をつけるという編成で、必殺の意図をもって選出した三十人。それが梅雪が指揮権を奪ったこの部隊なのだ。
もちろん相手は『酒呑童子』。イレギュラーもあるだろうが……
(どういうことだ? 『天眼』でも発見できなかった大規模な兵力がどこかに伏せている……? 山賊風情がそんな特殊部隊みたいな兵力
山賊のトップがどうやってトップと認められるかと言えばそれはパワーなので、剣桜鬼譚世界クサナギ大陸で実際に生きてみた梅雪は、『山賊団の規模はリーダーが一人で倒せる人数のだいたい倍程度』という、超乱暴な経験から来る判断方法を聞いたことがある。
そしてそれはきっと正しい。法もないし遠慮もない、徒党を組んで頭を追い落とすことに容赦もないというのが山賊である(もちろん、トップの力を認めているうちは彼らにだって義理人情はある)。
であれば、半分が自分に歯向かっても蹴散らせるだけの人数というのは、奇妙な説得力のある判断法であった。
そこに七星家の調査も加わり、梅雪は『酒呑童子は百人程度の構成員しかいない』というのをほぼ確定と見ていた。
しかし朝日に向かってだらだら近付いてくるのは五十人。
兵法で言えば東から来る軍に西から戦いを挑む際には、日の出の時間を避けるべきである。
なぜって太陽はかなり馬鹿にならないぐらい眩しい。兵法においては風は風上をとるべきだし、川を背負うべきではない。それと同じように太陽に対面するような方向で軍を進めるべきではないのだ。『うおっ、まぶしっ』とかやっている間に斬られては、死に方が間抜けすぎる。そして太陽を侮ると実際にそういう死に方をする。
人数、進行方向、進軍速度、時間……
何もかもが論外の、『夜襲』。
「……愚かすぎて理解が及ばんぞ」
「忍軍だけで倒せそうですけど……」
梅雪も警戒のために氷邑機工忍軍を連れてきている(正確にはアシュリーに連れてこさせている)のだけれど、なんだか警戒しすぎの感じがあるような気がしてきた。
とはいえ油断を誘う軍略の可能性もある。
油断を誘うために兵力の半数を差し出すのはいくらなんでもやりすぎだが、相手の頭の中に脳みそがあると仮定すると、それ以外にこの行軍の理由を説明できない。
「……まあ、七星家にやらせてみるか。叩き起こして知らせてやれ」
とはいえ侍大将の
(……いやァ、これが『酒呑童子』討伐の緒戦? なんともまあ、締まらんな……)
困惑と肩透かしの中、こうして、氷邑梅雪と『酒呑童子』が、ようやく接敵する。
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