第68話 『酒呑童子』討伐・裏側の二

「おかしらが無事だったら、お前らなんかには絶対負けなかったのによ」


 汚い身なりの大柄な男は、キンクマと名乗った。

 これは山賊団『酒呑童子しゅてんどうじ』の幹部の一人であり、ゲーム剣桜鬼譚けんおうきたんにおいては固有グラフィックはないが、『山賊(大柄)』というモブがある程度の個性を得たらこうなるかな、というような様子なので、納得もできた。


 縄を打たれた大男を見ながら、氷邑ひむら梅雪ばいせつは考える。


(『おかしらが無事だったら』か)


 なるほどになっているらしい。


 まだ梅雪はかごの中からのぞいているのみであり、山賊の前に姿を見せていない。

 これは七星ななほし家侍大将の彦一ひこいちからのであり、なるほど正しい判断である。


 山賊という連中はとにかくデカさでものを見る。

 梅雪が山賊を尋問するためには、何人か斬り捨てるか、わざわざ縄を解いて一騎打ちをして、力を見せつけてからということになるだろう。


 そして梅雪は


 今回ここにいるのは、あくまでもアシュリーやウメに動き方を指示する頭脳としてである。

 ……もちろん、状況の変化によっては武を奮うことにもなるだろうが、現在のところ、その気はない。


 ゆえに、梅雪は事の成り行きを見守ったまま、彦一が問いかける。


「貴様らの頭目……イバラキは死んだのか?」

「死んでねぇよ!」


 その叫びは反射的であり、必死なものであった。

 死んだのか? と問われた瞬間、事情をよく知らない下っ端山賊どもがざわついた。……恐らく、『死んでいてもある程度納得できる何か』がイバラキの身に起こっているのだろうと、その反応だけで推測できる。


「おかしらは……ちょっと調子が悪いだけだ……」


 集まる注目にひるんだように、キンクマの声のトーンが落ちて行く。

 彦一は「詳しく話せ」と命じた。ライオンめいた顔立ちの金髪たてがみ男は、眉間にシワを寄せると、今にも食いかかる肉食獣そのものの迫力がにじみ出る。


 するとキンクマはそもそも隠し立てするつもりもなかったのか、語り始める。


「ただなんか、剣を持ってから……いや、帝都に行くことにしてから様子がおかしいっていうか……戻ってからますますおかしいっていうか……話もできねぇし、ずっと叫んでて……を持ってからはマシだったのに、最近は……ああでも、が来てからはちっとはマシになったんだけど……とにかく調子が悪いんだよ」


「その目の細い巫女だが、青いはかま穿いておらんか?」


 籠の中から梅雪が問いかける。


 キンクマは気弱になっていた表情を怒らせて「誰だてめぇ!」と威嚇する。


 だが縄を打たれた状態で籠の中に凄んでもまったく怖いわけがなく、さらに、籠の中のに怒鳴りつけるという行為は、侍大将に咎められる。

 キンクマが叫んだその瞬間には彦一がキンクマの腹を蹴りつけており、「無礼者ッ!」と怒鳴っているところであった。


 座って縄を打たれた状態で腹を蹴られて、大柄なキンクマが少し浮くぐらいの威力である。

 死にはしなかったようだが、えづき、せき込み、口から胃液まじりの唾液をこぼしながら、苦し気に呼吸を繰り返す。


 その様子にもまったく容赦をせず「答えんかッ!」と彦一が命じると、キンクマはかひゅーかひゅーと呼吸をしつつ、焦点の定まらない目で、どうにか言葉を整理し始める。


 梅雪はその様子にほくそ笑む。


(危なかったなあ、山賊よ)


 もしも彦一の仕置きが遅かったり手温てぬるかったりしたら、梅雪の方が手を出していた可能性があった。

 あったというか、彦一が蹴った直前ぐらいのタイミングで腰を浮かしかけていた。蹴る音があまりにも大きかったので止まったという感じだ。


 だって、ここで殺してしまってもいいのだ。

 袴の色を確認したのは石橋を叩いて渡るぐらいの心構えであって、梅雪には


 なので彦一が蹴らなければここで殺すつもりであった。

 よって山賊はができた──ということとなったのだ。


 キンクマはようやく答えられる状態になったのか、声を発する。


「青……か、った……」


 ごほごほとせき込み、胃液とヨダレを垂らしながら答える。

 梅雪は籠の中で笑う。


(なるほど、が噛んでいるのか)


 相手の正体を看破する。

 そして、ここから笑みが邪悪に深まったのは、『中の人』の知識が原因ではなく……


 この世界で生まれ育った、氷邑梅雪そのものの、感情。


(思わぬところでが適うかもしれんなァ。桜雪おうせつおじいさま。


 梅雪の祖父桜雪は、『海異かいい』と呼ばれる事件の時、陣頭指揮で海魔かいまどもを討ち果たした。

 そして、その時の傷が元で亡くなっている。


 梅雪は年齢的に祖父と言葉を交わしたこともないぐらいだが、海魔に呼びかけて……否、海魔を海異を起こし、地上を海に沈めようとかいうアホの狂信者集団はなのである。


 ……もっとも、それは、氷邑家にとって仇、ということではない。


 かつて『海異』を起こした時。

 それは海神の信者どもにとっても、必殺の一手、すべてを懸けて行った地上侵攻の大一番であった。


 それを防止した氷邑家。

 当時の指揮官である桜雪はすでにないが、ここにいるのはになる。


 因縁とは一方向からでは形成しえない。

 誰かに対し誰かが因縁を感じている時、因縁を感じられている誰かの側にもまた、同じような因縁はあるものだ。


(雌雄を決しようか、磯臭いナマモノども。この俺がまとめて三枚卸しにしてやる)


 海の仇を山中で討つ。

 どうやら互いにとって、そういう勝負が知らぬまに始まっていた。



「…………」


「名前は?」


「イバラキ」


「年齢は?」


「わかりません」


「稼業は?」


「山賊」


「あなたの主人は、誰でございますか?」


「主人などいません。我々はすべてが海の一部。そこに『主』も『従』もございません」


 


 海神の巫女──その正しい名はほとんどの者が発音できないため、仮の名として──大辺おおべと呼ばれる者は、確信する。


 もしもイバラキが支配を受けたふりをしているならば、今の回答は出てこない。

『あなたです』や『海です』などと答えようものならば、それはこちらを騙すために操られたフリをしているということ。


 だが、イバラキの回答は


 海神の信者の理論では、すべてが海の一部ゆえに、そこには主も従者もない。すべては一個の『海』という生命である。そもそも


 だが完全に海に呑まれていなければ、『主人は誰か?』という問いに、という意思が見える。

 今のイバラキにはそれがない。ゆえに、支配は完全であった。


「ふふふ。我らの同胞となったのですから、その汚い身なりをまずはどうにかして差し上げましょう。それから……何やら、この大江山に侵入者がいる模様。。それを使って、あなたの手腕を見せてくださいまし」


 そう唱えて大辺が杖の石突で地面を叩き、ついている鈴を打ち鳴らす。

 ……その鈴の音の、なんと醜いことか。


 これがシャンシャンという鈴特有の音に聞こえる者は、

 その鈴の音は、金属で作ったとは思われないほどに濁っていた。その様子は音で表すならという、水に沈んだ者の口から抜け出ていく酸素いのちの立てる断末魔のごときものであった。


 生理的嫌悪感を催すような音にいざなわれて、出てくるモノがあった。


 乾いていた洞窟の奥にいつの間にか水たまりが複数あり、そこからおぞましきモノが湧いて出てくる。

 指一本さえ沈まないような浅い水たまりから出てくるのは、背丈五尺一五〇cmほどの人型の生物であった。

 ただしそいつらの肌は青く、魚の鱗めいている。

 手や足の指の間には水かきとしか思えぬ膜があり、背中には背びれのようなものがあった。

 醜く腰の曲がった状態で立つそいつらの顔は明らかに人間ではなく、魚のようであり、歪んだ四角い瞳孔をぎょろぎょろ動かしあたりを見ている。


 ただし、湧き出たそいつらはやけに整った列を形成しており、を使った大辺の方を、指示を待つように向いていた。


「イバラキ、我らが同胞があなたに力を貸します。大江山を綺麗になさい」


 巫女は傲然と命じる。


 主も従もないという海神の信者ども。

 しかし、大辺の言葉には、明らかに、イバラキに対する『上の者からの視点』が存在した。


 そのに、イバラキは……


「はい、承知いたしました」


 生気の抜けた声で応じる。


 が。


「おっと、その前に着飾って差し上げねば」


 大辺はうっとりした様子で、そんな言葉を挟んだ。


 ……大辺という女。

 ゲーム剣桜鬼譚けんおうきたんにおいてもそういう描写があるのだが、女性、特にを好む。

 海神の力を用いて、そういった女性を凌辱する描写さえある。


 ……つまり、イバラキと彼女が接触したのは、イバラキが大山賊の頭領であり、その能力に使いようがありそうだからというものであったが……


 大辺がイバラキを支配までしようと積極的に動いた理由は、姿である。


 大辺は、かわいらしく着飾った、子供のような体躯の少女を、海神の使途の触手を用いて凌辱するのが趣味なのである。


 ゆえにこそ、梅雪視点では

 仮に従えても、主人の女に情欲を向ける者など生理的・心情的に受け付けられない。


 また、大辺が梅雪の存在を知れば、


 絶対に相容れない二人が存在する、大江山。

 まだ仇敵の存在を知らぬ片方は、暗躍を続けていた──

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