第63話 七星織

 氷邑ひむら梅雪ばいせつは考える。


(さぁて、いよいよ大江山おおえやまに入ったが、、この現実ではどう処理されているのか)


 大江山──


 もちろん元ネタは酒呑童子なる鬼が出た京都の山である。

 だが剣桜鬼譚けんおうきたん世界においては、おおよそ兵庫県にあたる位置が三分の一ぐらい大江山になっている。つまり、めちゃくちゃ広い。


 この大江山の景色の特徴として、水墨画で描かれたような自然物の数々があるだろう。


 木々の幹や枝葉はもちろんのこと、土や水、虫や鳥までもが水墨画風であり、空を見上げれば雲と太陽までもが水墨画風になっている。

 剣桜鬼譚世界において太陽は空に浮かぶ一つきりなので、これは土地の『神』──甚大な影響を与えてくるエネルギーそのもの──の影響によりがかけられており、その神の影響を強く受けた景色が見える、というわけだった。


 とはいえ人物までも水墨画風になっているかと言えばそういうわけでもなく、人物はあくまでも人物である。

 当たり前の話だ。新しい領地に行くたびにいちいち立ち絵を描き下ろしてもいられない。まして剣桜鬼譚はほとんど全ユニットを仲間に入れられるのだから、地域ごとに全員分の新規立ち絵とか、発注してたら破産する。エロゲー業界は零細なのだから……


 そして大江山地域の特色として、というものがあった。

 大江山地域はゲーム的区分の領地にして四つの地域からなる国であり、大江山四天王と呼ばれる山賊たちがそれぞれの地域を支配している。

 大名家『酒呑童子』、大名イバラキ、その代官たる山賊が三人(虎熊、星熊、金熊の三人。立ち絵は山賊モブ。熊童子は出てこないががいる)、というのが仕様上のわかりやすい区分と言えるだろうか。


 イバラキが支配する『酒呑童子国』の領主直轄地は『夏』をモチーフにしており、今入っている場所は『秋』がモチーフなので、そろそろ……


「ご主人様! 景色がいきなり変わりました!」


 金熊童子の領域に、入った。


 梅雪はからのアシュリーのはしゃぐ声に「そうか」とだけ答えて、へ向けてつぶやく。


「おい、そろそろ金熊の領域だ。に気合の入る一言でも言ってやったらどうだ?」


 梅雪の……


 そこには、七星ななほし家後継である、七星おりがいた。


 七星織はスリットの深いチャイナ風の和服を着た、金髪金眼の少女である。

 ゲームで出てくる時は低身長巨乳のチャイナ服娘であり、金髪を(髪を束ねて輪っかのようにした変則ツインテール)にした、妖艶にして高貴にして黒幕系にして、なんとなく底知れない雰囲気を醸し出す、である。


 今は年齢的に梅雪より一つ上、すなわち十一歳のはずであるが、早くも将来的に巨乳となる片鱗が見え始めたスタイルをしている。


 現在においても美女の妖艶さが容姿に薫り、もちろん充分に美少女である、名門・七星家の後継者たる少女。


 今、梅雪は、その美少女が乗ってきたかごの中で──


 四つん這いにした七星織の背中に座っていた。


 七星家の籠は御座が敷かれただけの四角い空間である。

 もちろん大人が中で立つことのできない高さではあるが、面積はそれなりにあり、子供であれば四人は余裕を持って乗れるだろう。


 今、梅雪は中でした織の粗相を掃除させたその籠の中にウメを連れ込み、織を四つん這いにしてその背中に座っていた。


 なぜ美少女の背中に座るのか?


 粗相、ようするにおもらしをした籠の中である。掃除をさせたが直接座る気にはなれず、そこでちょうどいい高さの椅子となるのが十一歳相当の体格である織であったためそうしていると、それだけの話である。


 じゃあそもそものそもそもの話、なぜ籠の中に入るかと言えば、それは指揮権をとった自分が籠の外で歩いているのが気に入らなかったからであり、籠を置いていかなかったのは、なんとなく乗り込む感じで話が進んでしまったからで、すなわちその場の流れとしか言えなかった。


 しかし七星家の後継に土下座椅子をさせて、自分の足では歩かず籠をアシュリーの阿修羅に曳かせ、周囲を七星家郎党に守らせながら悠々と秋景色の大江山行楽というのは、なかなかの満足感である。


 ゲーム梅雪なら土下座させた七星織になんらかのをしているところであったろうが、まだそういうことに興味のない梅雪くんは、今の状況に結構満足していた。


「うう……も、もう、腕と、膝が、限界じゃあ……」


 七星織。

 ゲームにおける一人称は『わらわ』であり、もって回ったロリババアみたいな口調でしゃべり、何かと含みのある言動をし、浮かべる笑みが妖艶、口元を扇子で隠しつつしゃべるということで、めちゃくちゃ大物かつ知恵者の雰囲気があるキャラクターである。

 金髪のチャイナ和服というデザインの名門家の姫にして、御三家の中では唯一攻略法を知らないと攻略の難しい家の支配者ということもあって、なんだか智将感まである。


 しかしその実態はクソザコステータスのくせにイキりがすぎてトラブルを起こすトラブルメイカーであり、己の命や財産に危険が迫るとすぐに土下座する保身力の高いクソザコであった。


 ゲームでも内政がそこそこ高いので家老や代官に据えていると、あちこちからトラブルを拾ってトラブルイベントを起こす。

 七星家自体の攻略からして知識が必要だが、この七星織というユニットもまた運用に知識が必要という、初心者泣かせのキャラクターなのだった。まあ、ネットで調べれば全部わかるのだけれど。


 現在も梅雪に突然『そこに両手と膝をつけ』と言われて素直に従い、背中に座られても文句も言わなかったが……

 体力とかがないので肉体が限界を迎え始めた今、泣き言を言い出しているところであった。


 梅雪は鼻で笑う。


「おかしいな。椅子は泣き言を言わないはずだが……」

「もう、もう、許してくだしゃれ……足を舐めるからぁ……」

「汚い。なぜ足を舐めることがなんらかの償いになると思っている? この俺の足を舐めさせてやるのは褒美だろう? 違うか?」


 違うに決まっているのは梅雪もわかっているのだが、違うに決まっていることを『はい』と言わせることで得られる満足感というのも、この世にはあるのだ。


 しかし正面に座らせているウメが普通にノータイムで『そうだよ』みたくうなずいたので、梅雪は微妙な気持ちにさせられてしまった。


 梅雪、人に屈辱を呑ませるのが好きであり、そのために人がやりたくなさそうなことを『御褒美だろう?』と問いかけて無理やりうなずかせるのは好きだ。

 だが足を舐めさせる趣味がないので、真剣に『あなたの足を舐めるのは御褒美です』みたいな態度をとられるとちょっと困ってしまう。


 どうにも梅雪の女たちにはそういう傾向がある。


 一番感性がまともなアシュリーでさえ、最近は『それが好きならやります』と言い出しそうな凄味がある。

 ウメなんか喜んで足を舐める勢いだし、夕山神名火命ゆうやまかむなびのみことなどに至ってはもう、なんていうか……梅雪は彼女との付き合い方がいまだによくわかっていない。今後ますます不明になっていく気配さえある。


「……で、椅子でなく七星家の名代たるならば、俺のした注意喚起を部下にしなくともよいのか?」


 梅雪は頭の中に浮かんだ女どもクリーチャーのことを振り払いながら、織に問いかける。

 織は「うぅ……」と顔がシワシワになってそうな声を発しつつ……


「なぜ、わかるのじゃあ……? 『酒呑童子』の細かい構成は、まだ教えとらんというのに……」


 もちろんそれは『中の人』の知識である。


『酒呑童子』というのは帝内ていない地域でも有名な山賊団ではあるが、その構成員や根城についてなどは、あまり知られていなかった。

 なぜって


 今回のように名門七星家が本気になれば根城捜索はできる。できるが、相手は大江山全体を特に村として開発したりということもなく自由に動き回り、一つの根城がバレたらすぐに他の場所に移すため、『討伐する』という決死の気概がない限り、七星家が母祖ぼそ伝来の道術である『天眼てんがん』を用いてまで根城を捜索する理由がない。


 そして決死の討伐隊はもうすでに十度以上放たれているわけだが、それらはことごとく返り討ちにされている。


 よって大名家にとって『酒呑童子』という山賊団はとして認知されていた。

 悲しいかな、庶民の村落が年に十ぐらい襲われたところで、精鋭家臣団をすべて失うよりマシというのが領主大名の判断なのである。


 結果として『酒呑童子』のは前回討伐隊が編成された三年前のものであり、その構成員や根城の情報ははっきり言って古い。


 なので今回、『天眼』によって調べに調べた七星家以外が知りようもないのである。


 が、梅雪もうっかりでこの情報を伝えてしまったわけではない。


 ではなぜ伝えたのか?

 それはもちろん、煽るためだ。


「ほう? 『目』の七星がまさか、この俺程度と同じ情報量しかないのか? それでどの面下げて氷邑にを頼んだ? だいたい、連れてきた郎党の質もな……侍大将の彦一ひこいちは別格としても、他の者はウメが一人で皆殺しにできそうな雑魚揃いではないか。情報で劣り、戦力で劣り、なぜ『手伝いを依頼する』などという傲慢な文章を書けたのか……『目の七星』ではなく『粗忽無礼愚図肉壁の七星』に改名してはどうかな?」

「ひぃぃん……ひぃぃぃぃん…………」


 一つも言い返せないせいか、織が泣き始めた。


 思わず憐れみを誘う物悲しい泣き声である。

 それを椅子にされている十一歳の金髪美少女が上げているのだ。大抵の者はこの時点で『言い過ぎたかな』と思って罪の意識を覚えるだろう。


 だが梅雪は『中の人』の知識によって、七星織がこういうことをするのを知っている。


 すなわちである。


 七星織は追い詰められると目を『/ \』←こういう感じにして、口と鼻をシワシワにして泣き始める。

 だがそれで『わかった、もういい、許すよ』と言うと『言質取ったァ!』とばかりに一瞬で笑顔になり逃げていく。


 剣桜鬼譚主人公くんは毎回のように織に騙されてしまうのだが、梅雪にそのような甘さはない。


「おい、次にくだらん泣き真似をしたら


「ひぎいいい……!? ご、ごめんなしゃいいい……」


(本当に泣き真似だったのか……)


 なんだかんだ剣桜鬼譚の時間軸まで余裕があるので、織もまだ泣き真似をするような狡猾さが育っていない可能性も一応検討した。

 だが生まれつきの小物であったらしい。


(織ならば、『中の人』が入る前の俺をうまく転がしそうでもあったな)


 妖艶にして美貌を持つ金髪チャイナ和服のトランジスタグラマ。

 なおかつ泣き真似をよくする狡猾な小物であり、高飛車にイキるせいでトラブルを運んでくるトラブルメイカー。


 だが梅雪は『中の人』の知識によって、


(さァて、大江山でのあれこれが終わる前に、結論を出さねばなァ)


 この山に来た目的。

 それはもちろん、帝の神器の一つである剣を取り戻すためであり、そのために『酒呑童子』首魁のイバラキを斬ることである。が……


 同時に、という目的もある。すなわち……


 父・銀雪の暗殺が可能そうな者は限られている。


 そのうち一つに、『天眼』によって情報的優位に立てる上、実力者である七星彦一を抱え、さらに他の御三家を追い落とす野心を抱きそうな、小物で狡猾な者が次期当主である七星家があった。


 を忍びを使って手に入れることは可能だ。

 だが梅雪は、己の身で空気を感じ、己の目で信頼能うかどうかを見定めたいと思った。


 ゆえに今回、七星家の話に乗ったのである。


 だからこそ……


(もしも害となりそうならば、やもしれんが。さて、この俺にといいなァ、七星よ)


 ここで、見定めよう。

 死んでもらうにはあまりにも都合がいい、この大江山で──

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