四章 『酒呑童子』討伐(145、782文字)
第59話 とある家からの手紙
帝都騒乱から一月が経っていた。
その当時の出来事を、梅雪はすべて正直に父・
もちろん自身が『仮面の剣士』として暴れたことも含めて、だ。
父にも隠して──というのは一瞬頭をよぎったものの、すぐにやめた。
未だに梅雪は父のステータスを見ることができない。
つまり、銀雪は、梅雪のために命を捨てるほどの味方とは言えない。が……
当主が後継のために命を捨てないのは、当たり前のことである。
当主と後継、両者の命が等しく危機にある状況であれば、その時優先されるべきは当主の命である。
父の想い、父の真心、そういうものを疑う気持ちも湧かないではないが、本気で確かめたくば、方法があるのだ。
すなわち父を倒して家臣にすればいい。
家臣にされてなお梅雪からステータスが見えないようならば、その時は……その時だ。
だが父の性格上、彼は自分の立場をしっかりと理解している。
ゆえに、父が本当に味方かどうかを確かめるのは、父を倒せる力をつけてからだ。……そもそも父が味方ではなく、これまでの発言が高度な煽りだったとして、煽ってきた父を倒せないのでは意味がない。
ゆえに今は信じて行動する。
裏切られるなら、本当にその時はその時だ。梅雪はなかなか人を信用しないが、それだけに、信用を裏切る者への容赦もしない。
だが、今はどう吠えても『口だけ』になる。
ゆえに力をつけるのだ。裏切り者に『裏切り者!』と吠えるだけではなく、土下座をさせられるだけの実力を……
そういうわけで、父には全部
その結果、銀雪は珍しく大笑いしてくれたが……
その時に、言われたことがある。
『厄介なことになりそうだ』
その内容を父は明言しなかった。
ゆえに梅雪はそれを『当主教育の一環として自分で考えてみろ』という課題として受け止め、考え……
今。
起こる『厄介事』予測の、答え合わせの時間が来ていると、そういうわけだった。
「どこの誰からの、どういう手紙だと思う?」
当主の間で向き合う父・銀雪は、一つの封筒を持っていた。
通常、よその家からの封筒には、その家の家紋が入る。
しかし銀雪が封筒を替えたらしく、その手紙を包む封筒は無地であった。
加えて、手紙の末尾にも署名と
ようするに、クイズを出されている。
戯れでもあるのだろうが、当主としての資質を見る問いでもある。
梅雪は慎重に、可能性を提示していく。
「……このタイミングで、我が家に届き、なおかつ、父上が私に持ってきそうな話としては、ウメとアシュリーの貸与依頼である可能性が高く、なおかつ、氷邑家が話を聞く理由がある名家であるとも、考えます」
「ふむ。それで?」
「その中で、一月という、情報が行き渡ってすぐのタイミングで、早くに帝都騒乱を片づけた者に協力依頼を持ち掛けてきそうなのは……
七星家。
帝の祖とともに旅をした者たちを祖とする、いわゆる『御三家』のうち一つだ。
盾の氷邑。
目の七星。
そして矢の
このうち帝都騒乱絡みで名誉回復が必要なのは、縁者にして秘蔵っ子であるアカリが、重代強弓『
それは氷邑家になんらかの協力を求めるという話にはつながらない。
梅雪の知らないところでなんらかの名誉回復の契機を見つけた可能性はもちろんあるが、それなら氷邑家に協力を求めるよりも、帝に直接すり寄るべきなのだ。
そうなるともう一つ、評価が宙ぶらりんになっている御三家がある。
七星家。
この家の縁者である
この者が死ぬまでにしたことは……
まず、確定情報。
一つ、
そのさいに筆頭護衛ムラクモと意見の食い違いにより衝突となったが、事態の緊急性を
……そして、二つ目の確定情報。
神器の一つである剣を祀った部屋で賊に斬られて死んでいた。
彼の死んでいるのは剣を祀った台座の目の前であった。
それゆえに、推測できる情報。
剣を賊から守ろうとして死んだようにも、見えるのだ。
梅雪は『中の人』の知識によって、ゲーム
だが、それはあくまでもこの世ならざる存在のもたらした知識でしかない。
出せる証拠は何もない。
当然ながら家老義重の腹心であった者にも尋問はなされているが、その結果、義重はあくまでも、あの状況で『夕山の保護』のみを目的としたとしか漏らしていないことが確認されている。
そして、確定ではないが、推測できる情報の二つ目として、『帝都騒乱で起こる事件を、起こるタイミングを揃えたのは家老の手腕ではないか?』という疑いもある。
この疑いはムラクモの推測であり、帝の耳にも届いているのだが……
ほとんど綱渡り同然の、計画と呼ぶにはあまりにも細い糸を切らずに複数の針穴に通すようなものであるため、当然ながら元家老義重がわざと事件を同時多発的に起きるように政務を調整した証拠などない。
さらにもう一つ、義重には隠密頭殺害の疑いもあるのだが、隠密頭の死体が発見されていない。
なのでまだ隠密頭がなにがしかの陰謀を働かせた後逃亡したとも考えられる状況にある。
……七星家縁者・元家老義重はこのように、『とても疑わしいし、帝にも疑われてはいるものの、決定的にこれを悪者と決めつけられる証拠が何一つない』という状況にあった。
その中で唯一確かなのは『剣を祀る場で賊によって殺された』ということであり……
七星家としては、縁者義重を『正義の人であった』と印象付けるためにも、なんとしても義重が守ろうとした剣を奪って義重を殺した何者かを討伐せねばならない状況にあった。
つまり義重が命懸けで成し遂げようとした志を継ぎ、無念を晴らすという行為で以て、義重という死人を英雄に祀り上げてしまおう──こういう意図があるのだ。
七星家自身も、義重が怪しいのは理解しているからこその動き、と言えよう。
父・銀雪は満足げにうなずく。
「ふむ、よろしい。では、なぜ七星家は手柄の独占をしない? 氷邑家に願い出ては、手柄の折半とされうる。この状況であれば、七星家は手柄の独占をした方がいいかとも思われるが?」
「もちろんそれは賊が本当に存在し、それを本当に討ち果たしたということを見届けさせるためかと。……七星家は『賊の捏造』をしなければならないほど、追い込まれております。なので『それ』がないというのを、帝都騒乱にて帝の覚えもめでたくなった二人の英雄であるウメとアシュリーに見せて、七星義重の無罪の補強とするためかと」
「正解だ」
銀雪が、封筒から出した手紙を梅雪の前に広げる。
そこにある内容は、梅雪が推理したどり着いた内容を、持って回った、決して氷邑家にはへりくだらぬよう、しかし協力を拒むこともやりにくいよう、見栄と体裁でかさまししたものであった。
父・銀雪は、梅雪が手紙を読み終えるまで待ってから、口を開く。
「それで、お前はどう応じる?」
「……」
「確かにすべきは家としての決断だ。だが、求められているのはお前の直臣だ。七星家の無罪の立証を手伝ってやるのか、それとも、無視するのか。あるいは、あえて乗った風にして、七星家をどうにかするのか。……我が後継者よ。氷邑家の未来を創る息子よ。お前の意見を聞こう」
その時、梅雪は思わず胸を押さえていた。
……これまでも梅雪は、後継者であった。
だが、父から愛されていただけの──
死ぬまで家の財で世話してやろうと思われていただけの、お飾りの後継者だ。
しかし今の問いかけは、まさしく、氷邑家を存続させ、それどころかより栄えさせると期待する後継へのものである。
後継者だ、と言われたことは数限りない。
だが、今ほど心に響いた『後継者』という言葉はこれまでになかった。
梅雪は、胸を押さえていた手をどかし、床に着く。
そして、深く一礼した。
「この話、受けようと思います」
「よろしい。氷邑家がお前の後援となろう」
「……」
「好きにやりなさい。……だが、気負わなくていい。お前はまだ十歳だ。それを活かし、利用しろ。十歳は武士が早熟とはいえ、まだまだ子供と呼んでいい年齢である。ところが、七星家はお前の直臣を名指して呼んでいる。つまり、子供が失敗しても、責を七星家に押し付けることができる。そして、お前が失敗すれば、私が出よう」
失敗してもいい。
それは、御三家同士のいざこざという、子供の身に余ることへ挑む息子への、父からのあまりにも温かい手向けであった。
だが。その言葉は──
梅雪の闘争心に火をつける煽りである。
「……父上のお手を煩わせることのなきよう、収めて御覧にいれます」
自分をていよく利用しようという者を、許すわけもない。
子供だから失敗してもいい、失敗したらパパが行くよだなんて──受け入れられるわけがない。
成功し、七星家に土下座させてやる。
梅雪は決意し、笑う。
その下げた頭を見下ろしながら、父・銀雪もまた、似たような笑顔を浮かべていた。
二人ともに、大変邪悪な笑顔であった。
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