side5 ムラクモの進路
この話は『★が400超えたのでなんかやります』の『なんか』です。
こちらは700突破記念。
なおこれを書くまでに★1000突破したので、あと800、900、1000記念sideも計画中です。
とかやっている間に★1700突破しました。ありがとうございます!
ネタに困りつつやっていきます。よろしくお願いします。
今回は夕山神名火命(カンナ)の筆頭護衛、ククリナイフを使うメガネの女性ムラクモの話。
時系列的には主人公が生まれるだいたい二十年前ぐらいから始まります。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
クサナギ大陸には魔物も出るし、
また、そのほかにも様々な理由──戦争まで行かない小規模民族の鎮圧だとか──によって、出るのだ。
孤児が。
ムラクモの出自もそうして出た孤児であり、帝の軍勢が発見した孤児、あるいは孤児候補(山賊にさらわれていた者など)は、自分の出自や住んでいた場所がわかればそこに送り届けられるし、そうでない者は帝に仕えるため訓練をしていくことになる。
ムラクモの場合は年齢が一桁のころに山賊にさらわれていたというところから、帝に仕える……もちろん直接仕えるわけではなく、その下部組織のどこかに入るための訓練を受けることになった。
だが、このムラクモという少女、異才の持ち主である。
彼女は山賊に囚われていた子供であったわけだが、帝の部隊が山賊狩りによって救出したとは言い難い。
なぜなら彼女は、帝の部隊がたどり着く前に、自らの手で山賊どもを殺していたからだ。
この山賊団というのが当時知られた凶悪な集団であり、これの討伐には隠密頭が直々に向かうことになった。
この当時の隠密頭は特に武闘派で知られている。というのも、帝内に山賊団が大量発生した時期であり、特に険しい山中などに根城を構える山賊を相手には、侍大将直下組織よりも、隠密の方が身軽さの面で有利なので、遣わされることが多かったのだ。
しかもこの時期の山賊というのは、帝内地域以外での戦国の始まりとも言える動乱によって潰れた小国の元大名たちであった。
つまり優秀な剣士が多いのだ。
これを討伐するためには力をつけねばならず、討伐をすると嫌でも武名が轟き、世間においては武闘派とみなされると、そういう流れが存在したのである。
そして、『その山賊団』の根城に隠密頭が配下とともに攻め入ると……
山賊どもが根城としている、岩山の中腹の洞窟。
そこは一面、血まみれであった。
見える限りの大人たちは全員、首を掻き斬られ絶命。
血だまりの中央に立つのはまだ十にも満たぬであろう少女であり、その手には、少女の身の丈には大きく重そうな、しかし使い込まれたククリナイフが握られていた。
そのナイフは『その山賊団』のトレードマークともなっていた武器だったから、この光景を見た隠密頭は、『この少女が山賊から武器を奪い、皆殺しにしたのだ』という推理を頭の中に浮かべた。
もちろん信じがたい。
だが、才能ある剣士というのはこういうものだ。
隠密頭は次期帝の鍛錬に付き合うこともあった。この当時まだ六つの、将来帝になる予定の子である。しかし、その剣士の才能はすさまじく、剣術もまだ修めているとはとても言えないその子が、肉体性能だけで大人を圧倒するのをその目で見たこともある。
さすがに侍大将だの隠密頭などの才能がある手練れにかかれば『まだまだ』というところだが、『こいつは、子供だ』と油断しきっている山賊の武器を奪って首を掻くぐらいであれば、才能ある剣士は子供でもやってのける。
その剣士は見える者すべてを敵だと思っているようで、隠密頭にも襲い掛かってきた。
速い。
しかも、動きが直線的ではない。
真っ直ぐに来るのではなく、真っ直ぐと見せかけて微妙に斜め方向へ進み、岩壁を蹴ることで急激な軌道変化をし、真横から刃を振り上げる動きを見せておいて、膝を抜いてさらに軌道修正、真後ろをとろうとする。
剣術っぽい動きだが、そこに術理はない。
少女が危機的状況で複数人の大人たちに対抗するために、自分で考えて磨き上げた術理だというのが、隠密頭からはわかった。
油断しているところにこれをやられたら、たまったものではないだろう。
一発深く斬られて、子供だと侮る相手の意外な動きに混乱しているうちに、二発、三発と斬られる。
少女は基本的に首を狙うが、首に刃が届かないとなると迷いなく他の部分を適当に斬りつけてくるのだ。
斬れるところを斬るというのは、それが大きな隙を生じさせないのであれば有効な術理だ。
たとえばナイフの素人と素手の達人が戦ったとして、ナイフの素人が素手の達人を相手に腰が引け、適当にナイフを振り回すだけしかできないし、拳や脚が届く範囲に入らないから、浅く斬り付けるしかできないとする。
それでも、有利なのはナイフの素人である。『細かい傷をつける』というのは、痛みを与え、出血を促し、畏れを生む。逃げ回る体力があれば相手の失血死を待てばいいし、相手の動きが畏れによって固くなれば、素人でも深く刺すことができるようになる。
『とりあえず傷つける』というのはかのように実戦において有利なのだ。
しかも少女の獲物はククリナイフ。
斬る時にはがつんと斬れるし、刺さる時にはずぶりと刺さる。刃が引っかかれば深く歪で血がたくさん出る上に治りにくい傷をつけられるし、特殊な形状から、刀などによる防御をくぐって先端が届くことも多い。
これは強敵だ、と隠密頭は思い、
この隠密頭、素手で戦う剣士である。
油断さえなければ、相手が優れた才能を持つ剣士とはいえ、なんの術理もない素人には負けない。
負けない、が。
「……こいつァすさまじい。いい拾いモンだ」
愛用の手甲が削られているのを見て、笑う。
剣士というのは肉体および所持している武器に神威を通して強化して戦う。
隠密頭の神威で強化された手甲を、少女はククリナイフをひっかけて削ってみせた。
それすなわち、少女が攻撃の意識で込めた神威が、隠密頭が防御の意思で手甲に込めた神威を上回った、ということだ。
逸らす、ではなく、受ける選択をしていたならば、前腕が半ばより断たれていただろう。
「おい、こいつは隠密に迎える。お前、教育しろ」
と、命じる先にいたのはこの隠密頭の側近……
五年後に次期帝の従姉を嫁にもらいうけ、隠密頭の座を受け継ぐことになる男である。
もちろん直属の上司の言葉に『否』はない。
とはいえ帝の方針として、故郷、親などが明確な孤児(拾った直後の何もわからない状態の子は全員便宜上孤児として扱われる)は、親元に帰すのが決まりだ。
隠密頭が一存で『隠密にする』などと決められるものではない。
だが、結果的に、まだ名前のない少女は、隠密としての教育を受けることになる。
なぜならば彼女は記憶を失っており、故郷も親も、自分の名前さえもわからなかったからだ。
彼女はムラクモと名付けられることになった。
ムラクモとは
最初、『月』、すなわち
この冴月というのは、『お前、こいつを育てておけよ』と振られた男の嫁になる帝の一族であり、そういう目的もあってあずけられたと、そういうわけなのだが……
ムラクモが護衛になりたいと望む相手は、ほかにいた。
それは、ムラクモが隠密頭に拾われてから生まれた少女……
その美しさと説明不能な魅力により、様々な者を
◆
いよいよ育ての親が帝の一族と祝言を挙げる、そのめでたき日の前に、さらに慶事があった。
すなわち夕山神名火命の誕生である。
夕山神名火命の生誕については、いくつかの伝説がある。
曰く──
生まれた瞬間に、夜だったのが、朝になった。
玉体は比喩ではなく光り輝いており、その光を浴びた産婆は患っていた目が治った。
鳴き声と同時に『ここは、いずこか』と問われたとされる。
どれもこれも『いや、それはないでしょ』というような話ではあるのだが、不思議と後年になっても信じている人がいる与太話たちであった。
ムラクモがその誕生したばかりの帝の子のそばに連れて行ってもらえたのは、将来的に帝一族の護衛(この時点では冴月の護衛)をする予定であったので、その一族に親しむこと、そして、ムラクモが優秀かつ勤勉でありその働きを認められていたことなどが大きい。
では彼女がなぜ勤勉かと言えば、それは……
ムラクモは、こんなふうに考える少女であった。
(課題をこなすだけで褒めてもらえるなら、楽でいい)
彼女は隠密頭に発見された時の山賊との戦いで目を悪くしていたため、メガネをかけるようになっていた。
顔つきは
この当時の隠密頭に曰く、『夢も希望もねェ顔』をしていた。
そういうのもあって理知的に見えるのだが、その内心は面倒くさがりである。
……いや、『面倒くさがり』というのは正確ではない。
彼女は、『生きる』以外の人生目標がなかった。
記憶を失って隠密頭に拾われてからというもの、『そうすれば生きられる』ので、用意された
中では比較的戦闘が好きだったが、それは『戦いが好き』ということではなく、情報収集や
ようするにムラクモは『生存本能』はあるが『生きる理由』がない。
隠密頭の『夢も希望もねェ顔』という評価は実に正しかった。実際に夢とか希望がないのだ。
そして夢も希望もない者、誰とも親しまない者、ただ生きるだけで生きている者というのは上役の目からはわかるものだ。
もともと剣士の才能を見込まれて帝の一族の護衛に付けられる予定であった。実際、その役割をこなせるぐらいには優秀でもあった。
だがこなせるだけでは駄目なのだ。尊いお方の護衛というのは、このお方をなんとしてもお守りしたいという強い気持ちがないといけない。
もちろんそういう気持ちをわき起こさせる教育方法もある。言い方を変えれば『洗脳』であり、それは隠密になるならば確実に全員が受けることになるカリキュラムによって成されている。
だが、洗脳というのは、絶対にかかる便利な精神操作ではないのだ。
基本的に人の価値観を塗り替えるためには、人を閉ざされたコミュニティの中で育て、絶対の一つの価値観を毎日毎日しつこくしつこく刷り込み、あとは他のコミュニティから蔑まれるようにするという過程が必要になる。
こうすることで、よそでの居場所のない者は刷り込みを行うコミュニティにのめりこむしかなくなり、そのコミュニティでの価値観を絶対とするようになっていく。
だが生まれつきの我が強いと、これが効かない。
我が強いというのは、思考の軸がブレないということだ。
刷り込まれる価値観を客観的に見ることができる。それは安定した精神を持っているということでもあるのだが、社会性がないということでもあった。
ムラクモは一言で言えば社会性がなく、自分が社会の一員であり、自分の働きによって仲間たちに報いようという想いが薄い人物なのであった。
だから友人もいない。人付き合いに価値を感じていない。仲間内で認められることをどうでもいいと思っている。
こういった社会の異物は一定の確率で発生するものであり、ムラクモがたまたまそういう人物だったと、そういうことである。
これでは尊いお方の護衛は任せられない。
だが、ムラクモは極めて優秀である。
……生まれたばかりの夕山の姿を見せようというのも、ムラクモという『強力ではあるが真の忠誠を抱けない人物』に、真の忠誠を抱かせるなんらかのきっかけになれば、という、ようするに『駄目でもともと』という試みであった。
だが、これが意外な結果を生むことになる。
生まれたばかりの夕山を見たムラクモは、メガネの奥で目を見開いて固まった。
十歳の少女である。しかし、『夢も希望もねェ顔』をした少女でもあった。
それがこうまで感情を露わに……いや、おのずから表情が動くような感情を抱くことは、これまでに一度もなかったのだ。
そして、次の瞬間に、赤ん坊を寝かせている絹の寝具の横に、片膝をついた。
この急な動きには周囲にいる者がギョッとし、護衛として侍った者たちが刀の柄に手を置く。
だが、これは攻撃のための動きではなかった。
……『夢も希望もない話』をしてしまえば。
これまでまったく生きる指針だの、誰かを大事に思うことだの、あるいは己の将来の展望だの、そういうものを抱いていなかったような人物にこそ、よく刺さるスキルがある。
愛し子。
夕山の保持するそれは、人から好意を抱かれるという、言ってしまえばそれだけのスキルである。
ただこのスキル、そばにいればいるほど効果がはなはだしくなり、さらに、もともと好意というものを抱いたことがない者には鮮烈に響くという特徴があった。
ただし、『愛』とは人によって様々に出力されるものである。
そして、出力方法は、その人物の生来の特質、そして生育環境にもより……
ムラクモは、人を愛するやり方を知らないし、想像もつかなかった。
ゆえに、彼女がこの感情を表現する方法は、生育環境から学ぶことになり……
「……忠誠を誓います」
彼女は、幼いころに山賊にさらわれ、単身でそれを殺し尽くした。
だが記憶をなくしており、生没年不明。年齢は『それっぽいもの』を隠密頭が提案したものを知るのみである。
故郷も知らない。親も知らない。隠密頭に迎えられるまでの自分の人生も何一つ知らない。
ただ、彼女は、帝の一族に忠誠を尽くすことを求められて育てられた。
ゆえに、彼女の愛は『忠義』として出力される。
「このお方を、お守りさせてください」
じきに隠密頭になるムラクモの育ての親は、困惑した。
だが、何にも興味を見せなかったムラクモの、初めての願いに、ふと、直観のひらめきを覚える。
──今、まさに、ムラクモの心に芯ができたのではないか?
これを阻むのはいけない。ここで阻んでは、また『有能ではあるが使い勝手の悪い人材』になる。
それは将来的に隠密を束ねる者の視点でもあったし、この少女を育てた親としての視点でもあった。
優秀だが、忠義というものをどうしても理解できない隠密。
行きつく先は『死』である。
だって敵に寝返るかもしれない強力な剣士など、危なっかしくて生かしておけるわけがないではないか。
ムラクモが十五になる年に、もしも彼女の使い道が決まらなければ、彼女は殺されることになっていた。
ゆえに、これは神が与えた機会である。
「よろしい。これから、このお方がお前の主人だ」
いずれ隠密頭になる男は、ムラクモにそう命じた。
……帝の一族の護衛というのは、隠密頭の一存で決められるものではない。帝も含めた様々な者の許可が必要になる。
だが、断行するつもりであった。
これ以外にムラクモを生かす道はないと、そう確信していたからだ。
結果的に、この選択は最高の忠義の士を育むことになる。
なお、ついでに、ムラクモに『普通の感性』……人並みの結婚への憧れとか、ままならない現実を前に酒に逃げるだとか……を育むことにもなっていくが、それは余談であろう。
ゲーム剣桜鬼譚でクサナギ大陸がたどった流れを『正史』とするならば、その『正史』の中でムラクモは、最期の最後まで夕山を守り抜き、その命を救うことに成功し、死んでいくことになる。
だが、その後、夕山は氷邑家に匿われ、梅雪によって凌辱され殺されることになった。
では『正史』ではない流れはどうなっていくかと言えば……
彼女が傷を癒して再び姫のそばに侍る日から、ともに作り上げていくもの次第、というところであった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
あと800、900、1000記念sideも考えていますが、さすがにそろそろ本編に戻ります。
次回四章もまた商人を煽っている過去回想です。
たぶん現代編に入る時にそれまでの流れを商人くんが「な、なんだと……まさか、あなたが……アレをしてコレをして……」みたいにわかりやすくまとめてくれると思います。
よろしくお願いします。
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