第54話 帝都騒乱・終幕の七

 一つ、二つ、三つ、四つ。


 夕暮れ時の帝都郊外に気の早い花火が上がっていた。

 ただしその花火は一撃一撃丹念に殺意を込めて放たれたモノではある、が……


「おいおい、どうしたァ!? これだけ撃っても当たらんとは! 貴様、使!?」


 一発たりとも標的にたらないとくれば、それはやはり、花火にしかすぎないのかもしれない。


 熚永ひつながアカリはつい、舌打ちしてしまう。


(ありえないんだけど本気マジで! っていうか……やっぱりコイツ、!)


 フェイントによるタイミングずらし、蒸気甲冑による高速機動を使った死角からの狙撃、高速装填による速射、一切合切問題にならない。

 すべて、避けられ、消される。


 聖断ひじりたち


 という願いを込めて編み出した梅雪ばいせつの技。その技についての知識がないゆえに、


 氷邑ひむら梅雪が開発したこの聖断という技、相手の攻撃に流れる神威かむいのみに焦点を絞って返す技である。

 その大前提として、


 梅雪は神威を見る視界を手に入れていた。

 これはほぼ偶発的に獲得した能力であり、神威が見えることがあるという前提で振り返ると、それ以前にも『これは、神威が見えていたんだな』としか思えない状況があったので、恐らく氷邑梅雪の、訓練によって開花する先天的技能なのであろう。

 とはいえスキル欄に『〇〇の魔眼』みたいなものはないから、謎の技能ではあるが……


 その神威を見る視界、『天才』に統合されている能力の可能性がある。


 この目は梅雪にを知らせたりもした。梅雪が初見の光断ひかりたちを一見で修得できた背景にはこの視界もかかわっている。


 そうして神威が見える視界に習熟していくと……


 見えるのだ。


 特に強力な神威を放つような攻撃には顕著なのだが、


 神威矢が放たれる前に、神威矢の軌道上にあらかじめ神威のレールが形成されるのだ。

 すると梅雪はこの軌道に対応するだけでよく、アカリの視点からはと、こういうわけであった。


 相性と情報。


 ……帝都騒乱には、組み合わせが違えばもっと被害なく済んだ対戦カードがいくつもあった。


 たとえば西区のヤマタノオロチ。

 あれは帝都火撃かげき隊の予備員モブが対応に当たったから苦戦したが、機体であれば恐らく、帝都門に入る前に片が付いたことだろう。


 北区の動乱についてはそれこそ火撃隊のモブの出番だ。

 帝都において火撃隊というのは帝の威光を背負った組織である。あの蒸気甲冑が出るだけで貧民窟の者どもは退いただろうし、北区にいた山賊剣士どもも火撃隊のモブが編隊を組んで空中から撃てば反撃の一つさえ許さず片付くぐらいの者ばかりだった。


 南区の剣士暴動は明らかに騎兵特攻、それも色付きネームド機体の搭乗者にとって相性が悪い連中がそろっていた。

 雑魚剣士に交じって上位の凶悪犯罪者が混ざっていたわけだが、これには侍大将の指揮下にある剣士、あるいは蒸気塔の中で各々の目的のために動いていた勢力直下の剣士たちが出れば、簡単に対処できたであろう。

 その連中を使から外すとしても、東区で市民暴動に対応していた者たちが出れば、火撃隊エースに甚大な被害を出さず、街もさして壊されずに対応が可能であった。


 この動乱、様々な黒幕が錯綜し、同時多発的に事件を起こしたため、

 そのため対応方法がすべて『運』になってしまい、帝以下帝都の治安を守る者どもは、ことごとく、対応のを外したのだ。


 ようするに、今、ここで起こっているのも、だった。


「クソッ、なんでたらないんだよォ!」


 膨大な神威を矢にし、蒸気塔の外壁さえ貫く威力の矢を超遠距離から放つ熚永アカリは、こういった混迷した状況においてたいていの者を一方的に射殺せる鬼札ワイルドカードであった。


 だが、相手が悪すぎる。


 その少年は剣桜鬼譚けんおうきたんにおける不遇の天才。

 傲慢と小心と自信のなさを兼ね備えた小物にして、家柄だけはあるゆえに圧政暴政を布く小悪党。ただ膨大な神威量を誇るのみで統率は一なうえ、修練をしないので、ただただ神威を吐き出して広範囲に攻撃をするというだけしかできない。


 だが、未来を知り、この世界のことを知った結果、


 熚永アカリがゲームのすべてを引っ繰り返す鬼札であるならば──


 その少年は盤面を叩き壊す、である。


 つまり、この二人は、


「貴様とこの俺とでは、んだよ三下ァ!」


 矢を剣で巻き上げ、撃ち返す。


 アカリは己が放った矢を大きく回避しなければならない。


 勝負が始まった時から、アカリは追い詰められていて、動きは無駄に大きいし、心にかかる重圧は無視できない、吐き気を催すほどのものである。

 それは戦闘前に行った煽りが関係していた。


 煽り、煽り返しというのは、のだ。


 戦闘において平常心というものは、多くの人が認識するよりも大事である。

 戦いの中で相手を追い詰める、追い詰められた気にさせるのみでなく、言葉によって相手を挑発し、相手を怒らせ、焦らせ、動きを単調にしたり、緊張により動作を固くして動き出しを遅くさせたりするという技法が存在する。


 それすなわちということ。


 合戦を含むほとんどの戦いにおいて前口上のフェイズが存在する。

 それは実際の戦国時代にもあり、詞戦ことばいくさなどと呼ばれたりもする、味方の士気を上げ、敵の士気を下げる重要なフェイズ。


 相手を口でやり込めてデバフをかけ、自分にバフをかける、であった。


「っ、やば……」


 アカリは舌打ちする。


 撃ち返された矢が予期しないタイミングで爆ぜる。

 機体がぐらついた。──


 逃す梅雪ではない。

 急激な加速によって一瞬で最高速に至ると、宙で爆ぜた矢の爆炎の中を突っ切り、刀を袈裟斬りに振り下ろす。


 アカリは神威強化ブーストによる急速離脱を試みるが、そもそも熚永家重代強弓『いさみ火』は普通に撃つだけでも莫大な量の神威を使う。

 それを総計十発以上も。ゆえに、神威量でクサナギ大陸でも上位に入るアカリでさえも、神威が尽きかけている。


 色付きエース用蒸気甲冑に乗る者たちが行う神威強化ブーストとは、機体に神威を流すことにより、マシンスペック以上の挙動を行わせることが可能な技法である。


 それゆえに、神威量が目減りしている状態での神威強化は、


 アカリの乗る蒸気甲冑は、確かに梅雪の剣を避けた──つもりで、いた。


 だが、『ガィン』というイヤな音と振動。

 蒸気バーニア節約のために地上に降りたアカリは、うまく着地できないことから、事実を認識した。


!)


 蒸気甲冑は角を削った直方体のような胴部に乗り込む形式であり、甲冑と言っても腕や脚を斬られたところで、搭乗者の肉体は無事である。

 しかし脚はバランサーであり、蒸気バーニアの一基がそこについている以上、不意に片足を失うと姿勢制御が困難になる。


 この一髪千鈞いっぱつせんきんを引く戦いの中で、姿勢制御が困難になるのは、すなわち死を意味する。


「クソクソクソクソ! そもそもサァ! アタシは!」


 あれだけ混乱している帝都で、鉄火場から離れたところから狙撃をする自分のもとまで人が来る想定はしていなかった。

 自分が誰かと向き合って戦うつもりであれば、アカリはのだ。


 そもそも、矢の有効射程は通常で八十m、達人では一二〇mもの距離を飛ばし、的に皆中できると言われている。

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 神威というファンタジーがあっても、km。しかも、届かせたうえで石と鉄でできた蒸気塔の外壁をぶち抜くというのは、奇跡である。


 熚永の秘蔵っ子であるアカリでさえ、これを成すためには重代強弓と蒸気甲冑の補助が必要不可欠であった。


 だがこの強弓、神威消費量が馬鹿多い上に、基本的にはなのだ。


 熚永アカリは──


 


(『とっておき』は残ってる。でも、ここでコイツに使う!? 使わされる!? これは使夕山ゆうやまを殺すための、とびきり衝撃的センセーショナルな演出に使う予定だったのに! あー、でもでもでもォ! !)


 アカリがこの混乱に乗じ、情報を集めて各所の勢力を煽らせ、この状況になるよう働きかけたのは、


 アカリは本能的に、夕山姫が愛されるのが、と理解していた。

 あるいは『自分以上に愛される女だから何かのズルをしてるに決まっている』という自尊心から来る思い込みかもしれないが……

 ともかくアカリは、『夕山姫が死ねば、』と思っている。


 ゆえにこそ、みんなを不当に操っていた夕山の胸に突き立てる『とっておきの矢』を用意していた。


 その矢は矢。


 そしてここまで使おうとしなかった理由でもあるのだが、


 なので可能であれば熱源に『勇み火』で神威矢を放ち、夕山の死体を消し飛ばして呪いが解けたみんなに、今回の新曲である帝都騒乱を歌いながら、新たなる最高に愛されるアイドルとして受け入れさせるというのが第一のプラン。


 もし夕山が想定より硬い護衛に守られており、勇み火による狙撃で片付かなかった場合には、仕方がないので『矢』を用いて殺し、その後にとして高らかに名乗り出て行くのが第二のプラン。


 アカリのプランはここまでである。

 そもそも第一のプランですでに盤石なのだ。そのための情報収集であり、そのためのファンを使った扇動であった。


 だというのに──


(こんなところでクソガキに使わされる!? こいつ、こいつ、こいつゥゥゥゥゥ!!!)


 あまりにも計画プログラム通りにいかない犯行ライブに苛立ち、頭の血管が何本か弾けるような感覚があった。

 あるいは実際に弾けているのかもしれない。すでに限界以上に神威を使っている自覚はある。神威の超過使用は寿。それは頭と心臓への過負荷のためだ。


 ここまで追い詰められて。

 奥の手まで、切らされる。


 ゆえに、アカリは、静かに、思った。


(こいつだけは、絶対に殺す)


 はらが据わった。

 あるいは、本気でキレた。


 燃え上がる怒りとは裏腹に、やけに心が凪いでいる。

 これまで焦りと恐怖で見えていなかった状況が見え始め、光景がやたらとスローになっていくような感覚があった。


 アカリは蒸気甲冑を操作して勇み火に矢を番える。


 仮面のクソガキは構えもしない。

 ただ首をかしげた。


 ……やはり、放つ前に軌道が見えている。


 だが、これは、見えていても関係ない。


 なぜならば、これは


 アカリは真下に向けて矢を放つ。


 当然ながら足元で神威矢が爆ぜ、その衝撃で蒸気甲冑がバラバラになりながらはじけ飛ぶ。


 爆炎。


 浮遊感。


 そのの中で、蒸気甲冑の影に紛れ、アカリは空中で弓を引き絞る。


 その弓は何の変哲もない木製のものだった。熚永家重代強弓『勇み火』とは比べるべくもない、使である。


 そこに番えられる矢は黒かった。


 ……この矢。


 熚永家太祖資孝すけたかより伝わりし、熚永家の家宝である。

 古来、熚永は矢によって家系であった。

 現在の帝の祖より昔の、その時代の支配者。それに仕えていた熚永の祖のそのまた先祖は、宮廷を騒がすとある妖魔を弓で撃ち落したことがある。


 その妖魔、獅子の顔とたてがみを持ち、背にはわしのごとき翼を生やし、その尾は蛇、胴体はさいのごとくで、四本の脚は人間であった。

 その鳴き声は怪鳥を思わせる甲高くよく響くもので、その声が響くたび


 そいつが後世に伝える姿は他にもある。

 正体不明で詳細不明。見る者によって姿を変え、見た者がもっとも不気味でおぞましく、なおかつというような形をとるとさえ言われるその妖魔……


 やじりを尾であった蛇の毒牙で。シャフトは顔面の獅子の鬣をより合わせて作り、矢羽根には背中にあった鷲の翼を用いた。


 その矢は放てばの鳴き声のごとき音を出しながら、雷の速度で目標に突き刺さるという。


 その矢、材料となった妖魔より、こう称する。


「──ぬえ


 宙を舞いながら、普通の弓で、異常な矢を、爆炎の向こうに放つ。


 アカリの『熱視線』は少年の心臓にを、確かに捉えた──

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