第53話 帝都騒乱・終幕の六
親指を下に向けながら、
(
仮面の下からまじまじと見る相手は、真っ赤な蒸気甲冑。
ようするにそれは、帝都
(こいつ、本当に帝都火撃隊だったのか)
ゲーム
もちろん所属は熚永家。兵科は特殊兵科の弓士であり、氷邑家から見て北西方向にある、山間の御三家で大名をしている。
今回、梅雪を襲った矢のエフェクトは、ゲーム中のアカリの攻撃エフェクトであった。ゆえに射手を熚永アカリと断定してここまで来たわけだ。
そして、剣桜鬼譚において、アカリは神器を所持している。
氷邑家と同様、主人公の神器チュートリアルのための存在であり、ぶっちゃけ弱い。というか御三家は七星、熚永、氷邑、全部弱い。どこも帝都陥落と同時に政治的混乱が起こっており、指導者になるべきではない者、つまり熚永家においてはアカリが指導者になってしまっているからだ。
まあ、アカリ自身は強い。なぜって熚永家陥落後に主人公の女になるユニットだ。ゲームの梅雪と違って未来があるので、ある程度使える性能になっている。
その見た目は『アイドル』という感じのヒラヒラフリフリ和服を着て、髪と目は赤く、目の中には花マークが浮かんでいるというものになる。
ゲーム内描写からアラサーであることがうかがえるので、無理スンナといじられて怒るというキャラ立ちだ。もちろんエッチシーンも用意されている。つまり主人公の恋人候補の一人で、梅雪のNTR対象でもあった。
(……あのヤマタノオロチ、
梅雪はたどり着いた結論に、つい、仮面の下で笑った。
(この騒乱、帝都が滅びて帝一族が賊滅される大事件ではないか!?)
なんとなくそうかなーとは思っていた。
だが、確定されると驚く。
それには理由がある。
(俺はまだ十歳だぞ!? 帝の
あと最低八年ほど余裕があると思っていた。
ぶっちゃけ剣桜鬼譚世界は意味不明な超技術やら古代文明やら宇宙人の襲来やら海から化け物が来たりとか余裕でするので、この程度の滅亡は特にイベントでもなんでもなく起こる可能性も見ていた。
滅亡してもなんやかんやで週末には復興したりする。剣桜鬼譚はそういうゲームなのだ。
だが、ガチの大事件らしい。
期せずして描写の少ない大事件にかかわり、しかもその未達のために動いていたことを知った梅雪であった。
ちょっと困る。
(まずい。これでは
どうするか──
などとちょっと考えてみたが、結論はすでに出ている。
ここでアカリに『やっぱりなんでもないです』と背中を向けて去るなんてこと、する理由はない。
何せアカリは、梅雪の物を不当に奪おうとした。
あの射撃、二射目は特に明らかに、夕山を狙っていた。
すなわち梅雪の物を不当に傷つけようとする目的があり、それを許すほど梅雪の器はデカくない。
ゆえに自分を煽った相手を許すこともない。だから何がどうなっても、帝都北区で山賊に絡まれた時点で、自分はこの大事件の未達に向けて動いていただろうと思う。
(あとのことは、とりあえず倒してから考えよう)
梅雪はそう結論する。
ちょうどそのころ、真正面の真っ赤な蒸気甲冑の中……
アカリが、口を開いた。
「仮面をとれよ卑怯者」
「ならば先に貴様が蒸気甲冑から降りて顔を見せたらどうだ? 臆病者」
つい卑怯者とか言われてしまったので反射的に煽り返しが入ってしまった。
そう、仮面をつけて正体を隠すのは卑怯なのだ。
剣桜鬼譚世界、クサナギ大陸においてなぜ弓矢が卑怯者の武器と呼ばれているかと言えば、それは射手を同定することが困難だからである。
つまり自分の殺しに責任をとらない心構えが卑怯扱いされているのであり、顔を隠すのもまた同様に卑怯な行いと見られるのは当然なのだった。
熚永アカリは「はーん」と、どこか嘲笑を含むような吐息を吐く。
「これから戦う相手に武装解除をお願いするなんて、そんなにアタシが怖い?」
梅雪は『なんか急に煽ってきて変なヤツだな』と思いながら、その口はよどみなく煽り返しをしていく。
「俺の慈悲が伝わらんとは臆病な上に蒙昧でもあるらしい。ご自慢の矢を七発も外した三流弓士が何をどうしてそこまで上から目線でいられる? ここで投降し土下座し己の罪を認めこの俺に絶対服従をすれば、まだ明るい未来があるというのに……状況がわからん上に実力もない上に判断力もなく、自分がとうに追い詰められている現実から必死に目を逸らすしかできないとは、愚物すぎて哀れになってくる……隠れてこそこそチクチク矢を撃つことばかりしている日陰者は自己客観視ができぬらしい。ずっと日陰にいるからな、明るい場所で鏡を見たことはあるか? 目尻に
「こ、こい、つゥ……!!」
氷邑梅雪は、他者の何気ない言動にも煽られていると感じ、どう煽られているかを勝手に脳内で補完してそれにキレるという日常を送ってきた少年である。
また、自分を煽ってくる連中にどう煽り返したら気持ちよくなれるかの想像を日々欠かしたこともない。
ゆえにその煽り文句、すでにクサナギ大陸最強の域。
口合戦において軽率な挑発は、普段から煽り返し妄想をする梅雪の語彙、見事すぎる声音と表情の操作、そこに『中の人』のユニットに対する知識なども加わり、無双であった。
ゆえに梅雪、まだ止まらない。
「そもそもの話だ。帝の妹御を弓矢で狙った卑怯者がどういう立場で発言をしている? 貴様にできることは土下座して首を差し出すことだけだろう。それとも首元のシワを見られるのを恥じているのか? ごまかしが利かんらしいからな、首元は。年齢を重ねるというのは哀れなものよ。だが、安心しろ。俺も年をとった女へ配慮する優しさはある。発見しても黙っていてやろう。さ、安心したな? 首を出せ? お前の墓にはこう書いてやる。『安全なところから七発も矢を撃ったのに一発も当たらなかった五流弓使いの年増、毎年誕生日の年齢加算を祝ってやってください』とな。嬉しいだろう? 人から誕生日を祝われるというのは。ん?」
熚永アカリ。
剣桜鬼譚においては年増をいじられるアイドルキャラ。
目立つのが好き。愛されるのが好き。
年齢をいじられるのが嫌い。
十八歳設定なので過去のことを語りたがらない。
梅雪の年齢から逆算して、おそらく今は十代中盤から後半ぐらいで、年増と言うほど年を取ってもいないのだろうが……
梅雪より年上なのは、確実であった。
アカリの声から余裕とか、感情とか、抑揚とか、そういうものがすべて消える。
「もう許さない。もうぶち殺す」
「できることと、できないことは、きちんと、理解してから、口に出しましょうね?」
「クソガキィ!」
「そもそも、なぜ俺の顔など見たがる? どうでもよかろうに……」
「ここまでアタシを追い詰めた褒美に名乗りをあげさせてやろうって心遣いでしょ!?」
「ああ、なんだ」
梅雪は鼻で笑う。
「三下に名乗る名などない。名もなき誰かの手によって、
「……………………」
アカリは理解させられてしまった。
人は、あまりにキレると、言葉が出てこない。
矢を番える。
仮面のクソガキが肩を揺らして笑っている。
「殺す」
もうそれ以外の表現など、思いつくことができなかった。
熚永アカリの殺意が矢の形となり、その
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