第52話 帝都騒乱・終幕の五
四射、熚永家奥義・
千の雨となった矢が、一発も当たらない。
いかなる方法かはわからないが、すべて落ちる位置を読まれている。
五射、意を読むどころではない相手にどうしたらいいかわからず行動が止まってしまった。だが、何をしてもいいかわからない相手に何かをするならば、まず基本に立ち返るに限る。
きちんと
訓練場で放ったならば間違いなく皆中の出来。実際、目標には偏差込みで確実に命中する軌道であった。
だが、当たらなかった。
アカリが相手の動きを予測し偏差射撃をするように、相手もアカリがどういう偏差を想定するのかを読み始めている。
「何アレ何アレ何アレ……!? 未来予知!? ……それなら説明がつく……! 何それ、ズルじゃん! ズルい! ズルい!」
アカリは『未来視の魔眼』というものがこの世にあることを知識で知っていた。
魔眼持ちとして生まれてきたアカリがどういった魔眼なのかを調べるため、家の者が魔眼について調査をしてくれたのだ。
……だが、残酷なことに、あの少年は未来視の魔眼を持つ者ではない。
その魔眼持ちはいまごろ帝都南区におり、その死体はつい先ほど、アカリの矢によって燃えがらも残らず消え去った。そばにはその魔眼持ちが愛用していた刀が残るのみである。
だが、アカリは気付かない。
ゆえに、未来視ができる者を殺すにはどうすればいいかを、考える。
答え。
「
番える矢の数は一。
ただしあまりにも太く、長い、絶対の一。
百花繚乱のごとき穴だらけの面制圧ではない。
……最初からこうすればよかった。全力の一矢、神威消費量は十倍では利かないが、あたり一面を虫の一匹さえ逃れる隙間なく破壊する一撃ならば、逸らされようが未来視されようが関係ない。
帝都南区全体という広大な範囲を消し飛ばすつもりで莫大な神威を込めた一撃が……
「……ホデミ、シナツ、ミヅハ、ミカヅチ。願わくばあの竜を射させ賜え。この矢外させ賜うな」
太祖が『ここぞ』の時に唱えたと言われるゲン担ぎの詠唱とともに、放たれる。
ただし太祖はこの詠唱に代償を盛り込んだ。
もしも外したならば、弓を折り、弦を切り、二度と人前にこの姿をさらさず朽ちて死んでいくという代償と、もし自分がそのような憂き目に遭うべきではないとご照覧の神々が思うのであればこの矢を外させ賜うなという交換条件を提示した。
それすなわち人生を懸けた神への恐喝であり、神が太祖に注目し、その活躍を願う限りにおいて、その一射には確かに神が宿る。そういう呪いにも等しいゲン担ぎである。
しかしアカリは代償を支払うことを嫌がった。
このゲン担ぎはゲン担ぎ以上のものとしては熚永家に伝わっていない。ゆえに、たとえ代償を口にしたところでなんらかの効果があるものとは思われていなかった。
それでも嫌がったのだ。
だって、傷つかず、苦労せず、汗を流さず、
アカリは傷つかず、汚れない。
なぜなら、みなに愛を捧げられて当たり前のトップスタァだから。
ゆえに、その強力な一撃は──
「ウッソでしょ!? あれだけの神威を込めた矢が消されるとかありえないんですけどォ!」
外れなかった。だが、殺せもしなかった。
どれだけの威力を込めたところで、的を貫けない矢など子供の投げた石ころにも劣る。
仮面の少年が迫る。
三kmから始まった距離はすでに半分を超え、帝都南区、崩れかけた小高い塔──火撃隊エースの使う通信のための中継塔──にいるアカリから、
あたりはいつしか夕暮れ時。茜色の日が駆け抜ける少年の影を不気味に長く伸ばしている。
「……化け物!」
アカリは怒ったように叫ぶ。
話が違う。聞いてない。
騒ぎを起こす各団体にファンを潜り込ませていたアカリは、この帝都騒乱の全体図を帝よりも、家老よりも正確に把握していたとさえ言えるだろう。
そして、把握し、扇動した。
指導ではなく扇動である。もともとあった動きを、ファンを潜り込ませて煽った。それだけ。あとは状況がめちゃくちゃになるのに任せて、それを煽らせて大火とし、夕山が狙撃しやすい場所に来るのを待った。
アカリ本人はほとんど何も計画・実行していない。
それがゆえに、俯瞰的にあらゆる情報を集めることができた。
複数組織にファンを潜り込ませることは難しくない。なぜなら、テロ実行犯とアイドルのファンは両立できるからだ。
テロを目論む者がアイドルのファンだからって、組織の者に咎められることはない。
アイドルとの秘密の握手会があるからちょっと組織を抜けたって、熱烈なファンなら止めても無駄だとあきらめられる。
ゆえにアイドルこそ、各所に
アカリがしていたのはそういうことだ。
だから、各組織のやらかすこと、集まる人材のおおよその情報は掴んでいた。
もちろん漏れもある。たとえば『南区には騎兵殺しやカドワカシなどの大物犯罪者が来るようです』ぐらいはわかっても、騎兵殺しが未来視の魔眼の持ち主であることは知らない。なぜって本人以外誰も知らないからだ。
つまりそんな、いちゃもん同然の不完全性しかあげつらうことができないほど、細大漏らさず情報が集まっていた。
だというのに、あの少年のことを知らない。
あれだけの剣士がいたら、情報ぐらい流れてきてもいい。
しかもどう見ても子供。仮面で顔を隠しているとはいえ、銀髪の天才少年剣士の情報など、剣士優遇のクサナギ大陸で、御三家縁者にして帝都火撃隊エースの熚永アカリの耳に入らないわけがない。
なのに、知らない。知らないのだ。
「銀髪の子供のくせに剣士とか知らないんだけど! 氷邑のクソガキじゃねーのかよお前ェ!」
年恰好と髪の色は完全に氷邑のクソガキ。
だが、ありえない。だってあのクソガキは道士なのだ。それが剣術で、この熚永アカリの矢を全部防ぐなど、ありえない。
もし氷邑のクソガキだとしたら、無能道士に剣で負けたということになる。そんな可能性など絶対に認められない──
六射。
あまりにも雑な射撃だった。当然のようにかすりもしない。
少年が肩を軽くすくめる。あいつ、嘲笑ってやがる──!!!!
七射。怒りとストレスと恐怖がアカリの心を乱していく。
だがその代わりに、力がこもった。狙いは雑。威力は上々。偏差に対応した動きの偏差修正も終わっている。雑とはいえそう大きく外れもしない場所に放──
「あ」
──まずい、と思った。
笑っている。あのクソガキが、笑っている。
仮面の下で、
だがすでに指が
矢は放たれた。放たれてしまった。
放たれた時にはもう、相手が構えている。
「…………
真っ赤な輝きが深紅の蒸気甲冑からあふれ出し、アカリは高速でその場から退避する。
次の瞬間、仮面のクソガキに放たれた矢は、
だが。
「──
矢が、そのまま、アカリのいた場所に返ってくる。
聖断は、そういうことをする対剣聖のために編み出された奥義。
相手の質量、相手の速度、相手のすべてを自分の肉体を通して返すのではなく、神威のみを返す。
仮に剣聖と光断の打ち合いになった場合、光断を光断で返される危険性がある。
そしてその可能性は高い。なぜなら光断への対応法を、梅雪が光断以外に知らない上、性格上絶対に梅雪から仕掛けて剣聖の光断をもらうことになるからだ。
剣聖の光断を、梅雪は対処法を光断しか知らないので光断で返す。すると剣聖がまた光断で返してくる……という流れになった場合、技巧習熟度の差で梅雪が負ける。そんなことは許せない。
ゆえにこそ梅雪は己の得意分野である神威にのみ絞って相手に返す技法を編み上げた。
剣士の身体強化も、騎兵の騎兵操縦も、もちろん道士の道術も、すべて神威が介在する。ゆえに聖断はあらゆる攻撃を返せるし、神威の操作ならば剣聖よりも自分に分がある。だからこその聖断。剣聖を術理で殺すために編み上げた奥義である。
とはいえまだまだ研鑽は途上。
だが、剣聖の技巧と、父・銀雪の出力を想定して磨き上げたこの技は……
たかが神威の矢を返すのに、なんの問題もない。
とはいえ完全に合わせるまでに六射もかかったし、やはり超遠距離では返す方向がコントロールできそうもないゆえ、ここまで近付く必要があったが……
すべてが神威でできた矢を放つという超絶技巧があだとなった。
矢はそのままアカリに返り、アカリのいた場所を爆散させる。
途中で神威強化により急速離脱をしたものの、アカリのいた塔のてっぺんを爆ぜさせるほどの威力の矢は、その衝撃波だけで蒸気甲冑の機動を阻害した。
宙から地面へ叩きつけられるように、アカリは吹き飛ばされる。
しかしアカリとてエースの一人。無様に地面に落ちることはなく、急な衝撃に耐えながら、両方の足で着地をしてみせる、が……
落ちる位置までは制御できなかった。
着地の制動のために下に向いていた視線を上げる。
するとそこには、
「よォ。熱烈な
仮面をかぶった銀髪の子供。
そいつは、刀を持っていない方の手を突き出し、親指を下に向けて、言った。
「とりあえず土下座しろ。話はそれからだ」
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