第51話 帝都騒乱・終幕の四
仮面の少年がかき消える。
それは
それを見て
「
第二矢を
熚永家重代強弓『
矢は
この特殊な、弓とさえ言えない弓は、この強弓に耐えきれる弦がなかったがゆえに、使用者の神威で弦と矢を補うよう設計された、今はもう素材さえもどこにもないと言われる特殊な合成弓であった。
弦にも神威が必要。矢は神威そのもの。おまけに尋常ならざる強弓ゆえに、ただ引くだけでも身体強化で神威が必要と、膨大な神威量を前提とし、さらに弓であるがゆえに狙い撃つのに技術的な習熟が必要という、御三家の重代兵器の中では最も扱いにくいものであろう。
だがアカリの神威量ならば問題ない。
さらに、火撃隊エースとなって搭乗を許された赤の色付き蒸気甲冑の性能があれば……
「
その矢は、音の壁を貫いて飛ぶ迫撃弾と化す。
火の爆ぜる音がして、矢が放たれる。
放たれた瞬間にはもう、目標地点に迫っている。
目標地点。
迫りくる銀髪の少年──ではなく。
少年のいなくなった、蒸気塔。すでに穴の空いた壁の中。
アカリの目はそこに、
誰もかれもが夕山の確保を目的として事件を起こした中で……
唯一、夕山の殺害を目的としてこの乱に乗じる者こそがアカリであった。
その動機は、『夕山が自分より愛されているから』。
身勝手でない者が一人たりともいないこの帝都騒乱の中で、ひときわ
少年は速い。が、三kmを一瞬で詰めるほどには早くない。
であればアカリの狙いは当初の通り、その場から動けないでいる夕山のまま。守る者のなくなった姫を射殺してから少年を狙えばいい。それだけの時間はある。
……だが、その目論見が通じないからこそ少年は、その場を離れる決断ができたのだということを、アカリは知らない。
アカリは絶対優位な立場で、相手はアカリという強大な敵に起死回生の一手として接近を試みているだけ──こういう認識であった。
だが現実は、そうではない。
アカリが射た先には、クサナギ大陸最硬の騎兵がいる。
仮面の少年が剣の術理によって逸らし、散らした矢。
それをその真っ黒いまんまるの騎兵は、ただの防御力のみで弾き返すことが可能である。
「ハァ!?」
必殺のつもりの矢が二つも目標を射貫けなかった。
それどころか視界の中で真っ黒いまんまる騎兵が土俵入りポーズをキメてアピールしている。
当然、騎兵の背後も無事である。
「ちょっとちょっとちょっとォ! すっげームカつくんですけどォ!」
アカリは蒸気甲冑の中で、燃える花を宿した瞳の中央に騎兵を捉えて、考える。
奥の手。
神威強化という蒸気甲冑乗りエースの一人としての奥の手ではなく、アカリとしての奥の手がある。
それならば、あの騎兵もぶち抜けるだろう。
だが、それを使うには覚悟が必要だ。なるべくなら最終手段にしたい。
というわけで、
「
アカリは弓を向ける相手を変えた。
こちらに迫りくる少年である。
硬い騎兵に特大の矢を放つために、まずはこちらを目指す者から処理する。そういう方針変更である。
番える。引き絞る、放つ。
再発見の必要はない。熱源反応は覚えている。遮蔽物の影にいようが遮蔽物ごと打ち抜くことは可能。しかも今の帝都は避難が進んでいて、他に人間の熱源反応はほとんどない。であれば同定は簡単である。
火の爆ぜる音とともに、第三射が少年に向けて放たれる。
偏差を交えて確実に当たる。しかも、こちらは遮蔽物の影にいる少年の熱源反応が見えているが、あちらは遮蔽物が邪魔でこちらの
だが。
「ちょっとォ!」
弾かれた。
いや、逸らされた。
確かに命中したというのに、その瞬間に急激に軌道が捻じ曲げられて、矢があらぬ方向へと飛んでいく。
それは帝都の石造りの街並みをぶち抜きながら進み、
「もーもーもー! ありえない! アタシがこんなに熱烈に
ぷんぷん怒りながら、四射目。
まだアカリには余裕があった。
なぜって、アカリの矢はそう何発も防げるようなものではないからだ。
そもそも一射にして必殺。重代強弓を与えられるまでもなくそこまでの領域にあったからこそ、アカリは熚永家の期待を一身に背負うことができた。
すべての人の期待が集まり、すべての人の愛が集まる、あの感覚……
脳が焼けるほど気持ちいい。
その気持ちよさがアカリの人生を決定づけたとも言える。
だからこそ、アカリは弓矢で不手際は犯さない。
その矢は放たれたならば必中必殺。
それが三回も相手を殺せないなどと、そんなのは……
「バレたら
許されない。
誰に、ではない。自分自身が、許せない。
「
アカリの蒸気甲冑が真っ赤に輝く。
番えた矢が燃え盛る。
これまでにない煌めき、これまでにない出力。
その矢は四射目である。
だが、同時に、五射目でもあり、六射目でもあり……
一〇〇四射目でもあった。
矢が放たれた先は上空。
曲射と呼ぶにも上すぎる方向に放たれたその矢は、ある地点に到達すると、無数の矢となって地上に降り注ぎ始めた。
神威による矢だからこそ可能な、撃ったあとで矢の性質を変えるという技。
熚永家が秘伝によって継承してきた弓術の奥義が一つ。ただの一人で大軍を相手取る矢の雨が、仮面の少年の走る一帯に降り注ぐ。
細分化されたから一発一発の威力が落ちているのは事実であろう。
しかし、一射で蒸気塔の外壁をぶち抜く矢の威力が千分の一になったところで、人間程度を射貫くのになんの問題もない。
それは相手が剣士であろうとも変わらない。
石造りの街並みが破壊されていく。
剣士襲来によってすでにボロボロであった南区、市場通りである。すでに破壊されきった街並みに降り注ぐヤケクソなまでの量の燃え盛る矢は、あたり一帯を火の海にしながら、絶望的な破壊をまき散らす。
だが。
「キラッ☆ ──ってちょいちょいちょいちょぉい! なんで一発も当たらないわけ!?」
決めポーズをしていたところ、期待と違う結果に驚かされる羽目になる。
熚永家弓術奥義・
それは複数の矢をまったくランダムに降り注がせる奥義であった。
使い手の神威量に応じて降り注がせることのできる矢の数は変わるが、アカリであればたいていの剣士を殺せる威力の矢を千発降り注がせることができる。
そしてこの攻撃のもっとも大事なところは、範囲指定こそできるが軌道がランダムな点だ。
あの少年、どう考えても放たれた瞬間に矢の軌道を見切っている。
予め迎撃の準備を始めているのが、熱源の動きで見えるのだ。
であればきっと意を読む位階の使い手であろう。
飛び道具にとって厄介なのは、放った瞬間、あるいは放つ直前に意を読まれることである。いかに矢弾が速かろうが、どのタイミングでどこを狙うかを事前に知られてしまうと、剣士なら普通に対応してくる。
なので『意を消す』技術が必要になるのだが、アカリは性格上の問題で、自分の意を消すことができない。
それでも意を読む使い手などごくまれなので、対策は基本的に必要なかったのだが……
こうして出会ってしまった。
であればどうするか?
どこに落ちるかアカリの意が関与しなければ、読まれようが関係ない。
ゆえにこそランダムに落ちる千本の矢を降り注がせたわけだ。
だが、それでも当たらない。
それは、アカリが少年──
梅雪が剣聖シンコウの奥義
それは完璧なるカウンターである。
ただし、光断が身体に当たった攻撃の威力を完璧に迎撃の威力に転化するのに対し……
聖断が攻撃力に転化するのは相手の神威の流れであった。
ゆえに梅雪が見ているのは、アカリの意ではない。
放たれる神威の流れである。
あまりにも異常な技術。分析のしようのない異才。
天才・梅雪の才覚が今、熚永アカリに牙を剥いていた。
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