第32話 待ち受けていた者
これは、ゲームでの話。
その梅雪側のシーンの中に、『モブ子ちゃん』と呼ばれる存在が出てくる。
もちろんそのキャラクターの名前表記が『モブ子』という意味ではなく、名前がわからない、以降登場しない、しかし、やたらかわいい立ち絵が設定されているから、そういう名前で呼ばれるようになった──と、そういうキャラクターだった。
もちろん公式からも詳細のない、やけにかわいい、そして特徴的な立ち絵のそのキャラクターの末路は、梅雪による凌辱からの惨殺である。
『この俺が救ってやったというのに、貴様までこの俺を侮るかァ!』
SMプレイ的なエッチシーンが終わったあと、梅雪が唐突にそんなことを言いながら、エッチ直後で疲弊しきっている『モブ子ちゃん』を斬り捨てるのだ。
もちろん『モブ子ちゃん』はただただ梅雪に責められるまま、口答えどころか発言さえ許されない。なので『侮る』ような様子はないのだが……
疑心暗鬼によってねじくれた梅雪であれば、無言の、なんの色もない視線であっても、『それは俺を責めているのだろう』と歪曲して察する。
『この俺が救ってやった~』もそういう、言ってしまえば狂っている梅雪の発言なのでスルーされていたが……
(………………なるほど)
メガネの女に連れられて来たのは、帝都の路地を何本か入ったところにある、昼間でも薄暗い、袋小路のような場所であった。
こういった場所はスラムのガキ的なものがたまり場にしているはずなのだが、あらかじめどかされているのか、周囲に気配はなく、剣の練習ぐらいはできそうな広さの空間には、メガネの女と、その女の主人である少女がいるのみだった。
……とはいえ隠れている気配はある。きっと目に見えない範囲に、複数の護衛が展開し、この状況が人目につかないよう調整しているものと思われた。
そこまでの大規模かつ手練れ揃いの人員のマンパワーを、『遊びたい』ぐらいで動かせる目の前のあいつは……
(……性別と年齢ぐらいは知っていたが、犯罪者でもあるまいし、人相書きはなかったゆえ、気付けなかった。……『訪れることのない未来』において、俺が斬り殺すのはこいつか)
『モブ子ちゃん』。
その特徴は虹を思わせる不可思議な色の瞳である。
ゲーム的に言うならば、『目の塗りが明らかに有名イラストレーター』という理由で、何かあるに違いないと言われていた。
しかし、その『何か』がゲームを解析しても、まともに攻略をしても、もちろん運営に聞いても決して明かされなかった存在。
髪の色はピンク色。ただし、毛先に向けてだんだんと黄金や緑などさまざまな色に変化していく。
現在着ているものは、地味な、暗い紫色の
彼女はもっと豪華で明るい色の服を着て、どこか高い場所にあるのが似合う。
どれほど平民に偽装しようが、高貴さと特別さをまったく隠せていない少女……
それこそが、
「カンナ様、歳の近そうな子らを連れてまいりましたよ」
カンナ。
……それは偽名である。
容姿については言伝、しかも『光り輝かんばかりに美しい』だの『一目見れば心の汚れが消し飛ばされるぐらい美しい』だのという、情報スカスカの紹介しかなかったが……
氷邑家に嫁に入る予定の帝の妹の名ぐらいは、梅雪の耳にも入っている。
その名を
なお帝は『命』ではなく『
つまり、梅雪の婚約相手であり、なおかつ、ゲームにおいて梅雪に犯されて殺されるモブ子ちゃん。その正体は帝の妹と、そういうことだった。
(……これで『家を抜け出して街遊びに興じていたご令嬢が、遊び相手を連れてくるよう従者に頼んだ』という設定で遊ぶのは無理がないか?)
こんな見た目をしていたら、たぶん、スラムのガキでも『ご令嬢』程度の存在ではないことを一目で理解する。
隠せていないのだ。そんじょそこらのご令嬢にはない圧倒的高貴さ……
だいたいにして、なぜ相手は『偶然』を装いたがるのか?
わからない。わからない、が……
(困ったな。この女……ステータスが見えるぞ)
梅雪は、この縁談で、自分に押し付けられる帝一族のご令嬢を利用してやる気でいた。
きっと、自分のような者に押し付けられる女など、なんらかの陰謀を抱いた厄介者に違いないと思っていた。ゆえにこそ、自分を侮り、罠にかけようとする者を利用するのに迷いがなかった。
だが、夕山……『カンナ』は、ステータスが見えている。
名前:
兵科:帝
経験:〇/一〇〇
攻撃:〇
防御:〇
内政:〇
統率:一
神器適性
愛し子
(空欄)
ステータスが見えるというのは、相手側に梅雪のために命を捨てる覚悟があるということだ。
兵力として連れていける配下のステータスを確認することが可能となる。
ようするに、ゲームと同じ。ゲーム剣桜鬼譚において詳しい説明が表示されるのは味方のみである。
そのせいで梅雪の『天才』というスキルは、長らく詳細が不明であった。ゆえに、ゲームのスキルを網羅している『中の人』の知識でも、『天才』というスキルがどのようなものなのかはわからなかった、というありさまだった。
……そう、梅雪がスキルの内容を知っているのは、今そこにいる人のスキル効果を閲覧できるわけではなく、『中の人』の知識頼みだ。
だから、混乱する。
(なんだこの低いという次元でさえないステータスは……それに、知らんスキルがあるんだが……???)
現人神も神器適正も愛し子も、『中の人』の知識にないスキルであった。
あと、ゲーマーの魂が反応してしまったので真っ先にスキルについて内心で言及する羽目になったが、それよりもっと驚くべきところがある。
(こいつ、兵科が帝ではないか!)
兵科帝は帝なのか?
わからない。ゲームに兵科が帝という特殊ユニットが出たことはなかった。
何もかもがゲーム外の女。
(こういう重要そうなキャラクターのことはファンディスクとかで補完しろ運営ィ!)
それとも十周年記念とかで出す予定だったのだろうか?
『中の人』はその前に異世界転生したので、出る予定だったとか言われても知らない。
梅雪がすっかり固まってしまっていると……
ここまで梅雪たちを案内してきたメガネの女……その後ろに隠れるようにした『カンナ』が、おずおずと口を開く。
「……あ、あの、もしかして、わたしたち、どこかで会ってます……?」
その声は籠るような響きのくせに、やけに明瞭に耳に届いた。
その虹色の瞳は奇妙な湿度をもって梅雪に絡みつくようだった。
最近の梅雪はシンコウとかいうクソ厄介女に目をつけられた経験から、厄介女に対してカンが働くようになっていた。
そのカンはアシュリーとかウメに対しても働いているのだが……
(こいつ、剣聖シンコウと同等以上の厄介オーラを感じる……!?)
どうしたらいいのか。
これでステータスが見えない相手であれば、『いきなりご挨拶だな。もしや自分がこの俺に知られるほど有名人であると言いたいのか? そこまでの価値を自分に認めるとはご立派なことだなァ』と煽り返しをしていただろう。
梅雪は、歯噛みする。
(まずい……俺は……味方ではあるが情報が足りない相手への対応がお粗末だ!)
今発覚する、天才梅雪の意外な弱点、それは……
自分に好意を向けてくる相手にどう対応していいかわからないという、あまりにも男の子なものであった──
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