第33話 婚約の真相
(……いや、まごつく理由は、ないな)
ステータスが見える女が目の前にいる。
しかもその女は兵科が
相手は何かを期待するように『自分のことを知っているのか?』と聞いてきた。
ステータスの閲覧が可能であることと併せて考えれば、きっとどこかで会ってはいるのだろう。
『カンナ』は──
年齢は梅雪と同より年上。満で十二歳というふうに聞いている。
そのご令嬢と『偶然出会って、遊ぶ』というシチュエーションプレイを要求されている──
具体的には、あとで婚約者としての顔合わせの時に、『あなたは先ほどの!?』『まさか、あなたが婚約者だったとは……』というヤツをやりたいらしい。
なるほど、状況は困惑して立ち止まってしまっても、無理がない。
だが、それは……
(この俺を呑むか。なかなかやる。だが……今、貴様は、どこぞのご令嬢という程度の身分しか俺に明かしておらん。しかも、俺にとってはまぎれもなく初対面だ。情報が多くて困惑したが、話はシンプルだった。お姫様扱いしてやればいい)
梅雪は大名家後継である。紳士の対応もできるのだ。
しかも、相手が味方だとわかっていれば、相手の言動を深読みしてイライラさせられることもない。やりやすい相手とさえ言えよう。
梅雪はにっこり笑って胸に片手を当てながら、軽く目礼した。
「失礼。あまりの美しさに目を奪われ、言葉を失ってしまったことをお詫び申し上げます。……どこかでお目にかかったことがあれば、それはまぎれもなく
アシュリーとウメの、はちゃめちゃにギョッとしている視線が斜め後ろ左右から突き刺さってくる。
彼女らは普段の梅雪を知っているだけに、ここで梅雪がこんなにへりくだった対応をするとは考えていなかったのだろう。
帝の妹がお忍びで呼び出してるという状況の共有は済んでいるのだが、帝の妹相手にどういう対応を期待していたのかは気になるところだった。
その紳士対応は決まっていたようで、カンナが驚いたように虹色の瞳を見開き、そして……
「……でへへへ……」
……なんとも高貴さのない笑みを浮かべた。
ヨダレなど垂らして笑っている。しかし、それでも高貴になってしまう顔面の造形は、さすがこの地上で最も神に近いとされる存在の血族であった。
カンナは「じゅるり」とヨダレを懐紙でぬぐって、
「……そ、そうですよね。初対面でした。間違いございません。でも、こうして出会えたのも何かの運命ですから……どうか、わたしとご一緒しませんか?」
「喜んで。とはいえ、我々も帝都は不案内でして……」
「だ、大丈夫です。地元ですから!」
(なんだ? 気弱で一人では遠出もできない令嬢という話のわりには、奇妙な積極性がある……)
いつの間にか距離を詰めてきて、手でも握らんばかりの勢いになっているカンナ。
その後ろにいるメガネの女に『ちょっと話が違うんじゃない?』と目で問いかければ、メガネの女も困惑している様子だった。
なるほど、普段のカンナはこうではないのだろう。
梅雪に対してだけこうなのだ。……なぜ?
(俺に好意を持っているのはわかる。だが、好意の理由がわからない。過去に会ったことがあるようなことを言っていたが、俺の記憶にはないし……いやそもそも、あいつが聞いたのは、『あいつが心当たりを持っている』ではなく、『俺の側に心当たりがあるかどうか』を聞いている……? ダメだ。わからん)
わけのわからない女だ。
まあ、思惑に乗るのは微妙な座りの悪さがあるものの、ここで乗らない選択肢もないわけだし、帝都観光のついでに探りを入れていけばいいだろう。
そう思い、梅雪は応じた。
「では、よろしくお願いします」
「はぁい!」
もう隠そうともしないハイテンションだった。
息も荒い。
顔がいいのでこれでもまだ高貴だが、帝クラスの顔面がなければ、相当に不気味で恐ろしいことになっているだろう。
梅雪──というか、『中の人』の知識が、カンナの様子を見て刺激される。
このカンナの様子、これは……
(そうだ、これは──『推しに会った限界ファン』だ)
ただし、相変わらず、ここまで限界になられる理由は、梅雪の記憶にはなかった。
……そう、この二人はまぎれもなく初対面なのだ。
ただし……
カンナが一方的に、梅雪を知っていた。
◆
カンナ、すなわち
それは女性キャラのえっちなシーンを目的としている……というだけではなく、そこに出てくる男性キャラもまた、目的としているのだ。
特に剣桜鬼譚はさまざまなキャラクターがおり、NTR要素もあるためか、イケメンキャラも多い。
その彼女が、剣桜鬼譚世界に転生した。
するとやることはこうなる。
『私の原作知識で推しを救う』
彼女はこの世界に転生した自分の使命は推しを救うことだと信じ切っていた。
そして、推しのためなら命を張れる。
だが転生先の肉体は、梅雪に二番目のえっちシーンで殺される、なんだかやけに主張の強いデザインをしたモブ子ちゃんである。
これが帝の血筋だったことにはおどろいたものの、剣桜鬼譚において帝周りは全然データがないので、立ち回りなどわからない。
また、この肉体は運動もダメ、勉強もダメ、というありさまであった。
それでもどうにか、推しを救いたい……その一心で、兄にお願いをしてみた。
『氷邑家の嫡男と婚約させて』
兄は妹の
しかし、氷邑家との婚約については渋られ、こんな会話があった。
「氷邑家の嫡男に、お前をやるのはもったいない」
「どうしてですか」
「剣士の才能がないのに後継指名されているのは、まあいい。もはや戦いより内政が重要な時代ゆえにな」
ところがこのあと帝都は滅びて帝は
これは当然の話で、現在盤石なもののもっとも中央にいる帝の視点において、いきなり『いつかはわからないのですけど、帝都は滅びます!』と言われても、信じがたいのは当たり前だった。
しかも『いつ滅びるんだい?』『それはわかりません』『なぜ滅びるんだい?』『それはわかりません』というありさまなのだ。
何せ、ゲーム内で帝都が滅び帝が
ゆえに、かわいい夕山(帝の一族はだいたい名前の冒頭二文字か三文字ぐらいで呼ばれる)の言葉といえど、さすがに『よくわからんけど帝都滅びます』に対して『そうか、対策しよう』とはならない。やりようもない。
夕山としても、誰がどうして帝都を滅ぼすかわからないので、帝以外の誰にこのことを話していいかもわからないから、他の人に言って回るのもさすがに控える。
そうなると調査も説得もできない。
そんなわけで帝の認識は『内政が重要な時代』なのであった。
「……だがね夕山、氷邑梅雪は、その性質が『暴』にして『狂』だという話だ。そんな男に、お前を嫁にはやれないよ」
「でもお兄様、
この『たいていのこと』には『襲われた末に斬り殺されても』が入るので、だいたいの人が夕山の覚悟のほどを正確に把握できていない。
夕山が氷邑梅雪を好きな理由。それは十割、顔であった。
銀髪碧眼の、どこか陰惨な目つきをした美貌の持ち主である。
えっちシーンで女を襲いながら浮かべる泣き笑いのような表情もたまらない。とにかく顔だ。顔がよければ、ほかはどうでもいい。顔のいい人には長生きしてほしい。末永く生きてイケジジになってほしい……
夕山はこの体になって、とにかく信念が固くなっていた。
そしてその固い信念が阻まれそうになる時、変な説得方法を思いついたりする。
「夕山、お前の気持ちは尊重したいが、お前の幸せを願う兄の気持ちもどうか、大事にしておくれ。人は顔ではない。心だよ」
「お兄様、わたしのことを思い浮かべてください」
「うん? なんだい、私のかわいい夕山」
「今、何を思い浮かべましたか?」
「何とは……」
「わたしのことを思い浮かべてくださいと申し上げた時、わたしのどこを思い浮かべましたか?」
「それはまあ、顔だが……」
「そう。『人』は『顔』なのです」
「……………………………………いや、それは」
「氷邑家は大事なお家。その後継には剣士の才も人望も、内政の力もないというのは、よくよくうかがっております。しかし……顔が、あります。銀髪碧眼の、あの美しい顔が」
「……しかしだね夕山、」
「顔以外は、わたしがどうにかします」
「……」
「氷邑家の身代を潰されては、我ら一族も困る。しかし、当代の
根拠は全然わからないがすごい自信だったので、兄は口をぽかんと開けたまま黙ってしまった。
これには隠された根拠とかはない。ただ、語ってるうちに夕山自身が自分の言葉を信じてしまったので、奇妙な凄味があった。
また、夕山の主張はめちゃくちゃではあるが、帝としては、御三家の身代を潰されても困るというのは、まさしくその通りなのだ。
武力は重要ではないと帝は思っている。だが、
それでも帝内が、田舎で起きている小競り合いに巻き込まれることはないとも思っている。
なぜなら御三家がいるからだ。
御三家と帝、これは帝の号令によって集まる合計四家ぶんの兵力があるという意味に他ならない。
これだけの勢力を敵に回そうという者がいるとも思えず、ゆえにこそ、御三家が多少弱体化したとしても、『ある』というだけで帝の権力は維持され、平和もまた、決定的に壊れることがない──そう、帝は考えていた。
ゆえに、確かに氷邑家という『帝の盾』たる家に身代を傾けられると困るのだ。
「だが……」
それでも、そんな絶対に不幸になる、女を日常的に殴ってそうなヤツのところに、かわいい妹は嫁に出せない。
帝は公人ではなく、妹を持つ兄として、夕山の願いを呑むわけにはいかなかった。
このころになると、『氷邑家を立て直すと言っても、お前に可能なのかい?』という根本的な問いは忘れ去られ、『妹を嫁に出して氷邑家を立て直させる帝としての判断をするか、それとも妹可愛さで氷邑家を潰す私人としての判断をするか』という選択肢しか頭の中になかった。
夕山としゃべるとみな、奇妙に迂闊になり、奇妙に夕山の願いを叶えたくなり、奇妙に夕山の身の安全が心配になる……
この状況を梅雪が知れば、なんらかのスキルの効果を疑っただろう。
そして、どのスキルの影響かもだいたいあたりをつけたはずだ。
だがここにはスキルを閲覧できる者さえいない。
帝は重苦しいものを呑み下したような、真剣な顔つきになった。
「……未来の氷邑家の立て直し、
それは帝としての言葉である。
ゆえに夕山も居住まいを正して、応じる。
「必ずや」
こうして、夕山の婚約が決定したが……
この十割夕山の願望に、『梅雪が継いだ時に絶対におちぶれるから、氷邑家を立て直す』という脚色をした程度の話は、夕山側の動機が客観的には不明なだけに、梅雪の父・銀雪にいたく警戒され、のらりくらりと二年ほどかわされ続ける結果になったのだった。
これが、夕山から梅雪に婚約話が持ち掛けられた背景のすべてである。
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