side1-2 はるとの決別
この話は『今週中に★200いったらなんかやる』の『なんか』です。
★300いったので二つ書いた、二個目になります。
なお、これはゲーム本編のシーンなので、梅雪はざまあされる側の悪役としての登場になります。
すべて奪われてあとは惨く朽ちていくだけの梅雪くんが含まれますので、本編でありえない未来だとわかっても受け入れがたい方はご注意ください。
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これはゲーム
「なぜだ、はるゥゥゥゥゥ!! この俺を! この、兄を、なぜ裏切ったァァァ!!!」
銀髪碧眼の美貌は怒りと憎悪に醜く歪んでいて、喉奥からほとばしる怨嗟の声は、この世のものとは思えなかった。
燃え盛る氷邑家領主屋敷を背に、血を流しながらよろめいて立つ兄の周囲には、誰もいない。
当主を守るべき家臣はとうに逃げ散っている。そもそも彼は、その傲慢さから兵を必要としなかった。足手まとい、肉壁、そのように自分たちを評する者のために命懸けで戦いたい者などいるはずもなく、傲慢と見放しによって、梅雪は今、一人で立っている。
その青い瞳はきつく見開かれて、はるをにらみつけていた。
「この俺が愛してやったのに! この俺が大事にしてやったのに! なぜ、俺を裏切って、そのような男のもとにいるか! 恥を知れ! この
梅雪が氷の槍を生み出し、射出する。
はるは、避けようと思わなかった。
それは、あの恐ろしく圧倒的に思えた兄が、あまりにも弱々しく見えたからだ。
あの兄をあそこまでの外道にしてしまった。もし、止められるとしたら、自分以外にはいなかった。だが、自分は結局、兄を捨てて家から逃げた……
攻撃を受けることで償いになるなら、そうしようと思った。
……それに、何より、避けるまでもなかった。
弱り果てた梅雪。道術の天才であるはずの彼から放たれるのは、軌道も直線的でわかりやすく、威力も剣士の肉体を貫くにはまったく足りない、あまりにも弱々しい道術だったのだ。
(兄上は、いったいどこで道を誤ったのだろう……いや。いったいどうすれば、道を変えることができたのだろう?)
はるの心中にうずまく感情は複雑で、飛んでくる氷の槍は、剣士からすれば、放たれてから到着するまでに考え事ができてしまうほどに遅い。
「そこまでだ、氷邑梅雪」
はるが避けもせずに立っていたが、その目の前に割り込み、梅雪の道術を斬り捨てる男がいた。
『魔境』より出て、氷邑家に攻め入った男。
多くの『まつろわぬ民』に慕われ、自分もまた頼った男……
彼は、語る。
「奴隷への仕打ち、圧政、さらに、はるさんに暴行までしようとしたこと……人として、許せない。お前はここで討つ」
「ふざけるなァ! 貴様ごときがこの俺を評する!? どこの誰とも知らぬ、野良犬風情が!? いいか、下郎! この俺は、名門氷邑家後継、氷邑梅雪なるぞ! 頭が高い! 今すぐ地面に額をつけて、この俺に首を捧げろ!」
「まだわからないのか! アンタがそんなんだから──」
はるは、まだ語ろうとする彼の肩に手を置き、横に並んだ。
兄の目が醜悪な憎悪をこめて、はるをにらむ。
「この俺を見下すか、妹の分際で……!」
「兄上……」
「うるさい! もう、貴様らの言葉など聞き飽きている! この俺が剣士の才を持たぬのがそれほど面白いか!? 才なき者が後継に選ばれたことが、それほど滑稽か!? みなで俺を笑いものにしおって! 貴様らは殺す! この俺を侮り、笑いものにした連中、一切合切根切りにしてやるぞ……!」
「……兄上、違うのです。あなたのもとから、はるが去ったのは、あなたが剣士ではないからではありません。あなたが……人を信じることができなかったから、なのです」
「強さは示した! 剣士でなくとも、この俺は氷邑家を継げる!」
「違うのです、兄上。そうではないのです! わたくしは……あなたに強さなど求めなかった。あなたはただ、あのころのように、わたくしに向けるように、すべての人に優しくしてくれれば、それでよかったのです。なのに……」
「……ハ。この俺が、強くなくてもいいだと?」
「そうです。あなたに必要だったのは、優しさ──」
「剣士ではない無能が強さなど語るなということか?」
「……!? そ、そうではなく……!」
「結局は貴様も、この俺を見下していたのか。だから、俺のもとから去ったのだな。そうか。そうかァ。なるほどなァ」
「兄上!」
その時のはるの叫びは悲鳴のようだった。
兄とは、ここまでになってしまっていたのか。
ここまでの疑心暗鬼。ここまで……人の言葉を、受け取ることができないように、なってしまっていたのか。
ただ、優しかったあのころの兄が好きだっただけ、なのに。
あの優しさをもしも、自分以外にも向けてくれたなら、きっと……兄につていく人だって、いただろうに。
なのに、その言葉が通じない。
兄の耳から入る言葉は、頭に届くまでに歪んで、歪んで、歪んで、歪んで……すべてが兄を愚弄し、嘲笑する言葉になってしまうのだ。
そんな世界で、これまで兄は、生きてきた。
はるは、兄に愛されていた。
だからこそ気付けなかった。聞く言葉がすべてあんなふうに歪んでしまう兄に、心安らかなる瞬間など、一瞬たりともなかったことだろう。
あの日、兄がはるに乱暴をしようとしたのは、ともすれば、救いを求めてのことだったのではないか……
「にいさま……」
はるがつい、昔のような呼び方をすると、梅雪の目に一瞬だけ、驚きと、優しさが戻ってきた。
うららかで暖かな正午の記憶がよみがえる。
綺麗な草が生えた場所で敷物を広げ、兄と語らった日々があった。
そこには名門後継の重圧も、剣士の才能がないという現実もなかった。
ただ
あそこだけが世界であれば、どれほど良かったことだろう?
だが、世界は広かった。氷邑領都の、氷邑屋敷の、その庭はあまりにも狭くって、世界というのは、その外に、ほとんど無限に広がっているものだったのだ。
「兄上……はるは、あなたに、生きてほしく存じます」
「……そうか」
くくっ、と梅雪の喉が鳴った。
それは自分と、自分を
きっと、これから告げる言葉は兄に届かない。
だが、それでも、長い長い時間のあとに思い返して、『あの時の言葉は、こういう意味だったのか』と思ってもらえることを望んで、はるは言葉を続けた。
「兄上は、生きて……誰かを信じて欲しいのです。家も、使命も、わたくしのことさえも、お忘れください。そうして、何者でもない、兄上自身として生き……どうか、誰かを信じ、誰かに信じられることを、体験して欲しいのです」
「この俺には武士らしい死さえくれてやれんと、そういうわけか」
「……どうか、心を安んじてください。はるの望みは、兄上の心に、また、あの日の陽だまりが訪れることのみなのです」
「過去の栄光を思いながら死んでいけと? クククッ。よかろう。必ずや、貴様らに報復してやる」
梅雪はよろよろ立ち上がり、去って行く。
はるも、仲間たちも、それをただ立って見送った。
しばらく呆然と兄の去って行った方を見ていると、彼が声をかけてくる。
「……いいのか? あれは、なんかやらかしそうだぞ」
「みなさんにご迷惑が及ぶ場合、わたくしが腹を切ってお詫びします」
「いや、ハラキリされても……そうじゃなくて……」
「……はるのみが危険にさらされるなら、それは、いいのです。兄には、何者でもない者として生きて、誰かを信じられるようになってほしい。……あんまりではありませんか。信じられる誰かの顔も浮かばぬまま終える人生など」
こうして氷邑梅雪は逃された。
はるは、自分の言葉が梅雪に届いていないと思っていたが……
のちのち、梅雪は、はるの言葉を思い出すことになる。
ただしそれは、最悪の呪いとして作用した。
梅雪はこの後、誰かを信じるたびに裏切られ、最終的には手足を失って物乞いをしているところを、野盗に殺され、すべて奪われることになるのだ。
これがゲーム
兄を生かして逃がしたはるは、兄の末路と、自分の言葉が与えた呪いになど気づかぬまま、このあと主人公に抱かれることになるのだが……
そこから先は、別なお話。
『中の人が入った梅雪』には関係のない、訪れない未来のことであった。
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sideは以上です。
明日から本編三章を更新していきます。
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