★200記念side 氷邑はる
side1-1 はるとの日常
この話は『今週中に★200いったらなんかやります』の『なんか』です。
近況ノートでいただいたコメントを参考にして、日常エピソードを書いてみました。
なお★は300いったので、はるsideはこれともう一つ書きました。
どちらもお楽しみください。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「はる、あなたには剣士の才能があります。けれど、あなたは跡取りにはなれないのです。あなたが側室であるわたくしの子であり、第二子というだけの理由で、あのお方は、あなたを後継とはしないのです」
たまに会う母は、まるでそれがとんでもない不幸であるかのように語る。
母は、はるのことが好きだった。
はるも、母のことが好きだった。
でも、母は、梅雪のことが嫌いだった。
「なぜ、あのような者が氷邑家の未来を背負って立つのでしょう。……いいですか、はる。覚えておきなさい。いざとなれば、あなたが氷邑家を背負うのですよ。あの癇癪もちはいずれきっと、帝の不興を……いえ、臣民すべてから、嫌われるでしょう。どうか、氷邑家の血を、守るのです。たとえ、氷邑家を割って出たとしても……」
ゲーム
氷邑家で梅雪による圧政が始まるからだ。
家を継いだ梅雪は己を苛立たせるような家臣を許さず、そのことごとくを処断した。
そうなると彼の周囲には、彼の機嫌をとるような者しか残らなくなる。
そうして、機嫌をとるような者たちが氷邑家の臣民を都合よく搾り取って私腹を肥やし、梅雪は政治ができないものだから臣民から嫌われている理由がわからずに、嫌われていることに苛立ち、臣民さえも独断で処刑するようになる。
そうすると領内の空気は悪くなり、ますます梅雪は領都屋敷に閉じこもってイライラする日々を送るようになる。
はるは可愛がられていたから、梅雪に
しかしゲームの時間軸における梅雪は、剣士の才能がないコンプレックスを爆発させており、かつてはほとんと唯一心を開いていた妹のはるに対しても、嫉妬や憎悪を向けてくるようになっていた……
そういう日々が続くうちに、梅雪はいよいよ狂い、はるを手籠めにし、監禁しようと動き出す。
氷邑家に残っていた少ない『真心ある家臣たち』によってその動きを報告されたはるは、ついに氷邑家を出ることになる。
そして『主人公』に頼み込むことになるのだ。
『どうか、あの狂った兄を止めてください』
優しかったころの兄を知る、はるにとっては、身を切るような想いで口にした願いであった。
そこから『はるのために』というモチベーションを得た主人公により、氷邑家は熱心に滅ぼされることになる。
氷邑家領都を落としたあと、はるの嘆願で梅雪は命だけは助かることになるのだが……その後の末路を見れば、果たして命が助かったのは幸福であったのだろうか? と考えずにはいられない。
──と、いうのがゲーム剣桜鬼譚での、はると、梅雪との関係の終わりになるのだが。
今の幼いはるは、母の言葉に反論する。
「あにさまは、やさしいですよ?」
梅雪は優しい。
はるに対してのみ、優しい──いや、優しかった。
今は、いろんな人に対して、優しい。
特にアシュリーをそばに置いてからは優しい。
だが、梅雪の癇癪を恐れて部屋にこもりがちな、はるの母は、はるのその健気で、無垢に兄を信じている様子に涙さえ流すのだ。最近の梅雪を知らないので。
「いずれ、わかります。……いずれ、母の言葉が、あなたにもわかる日が……」
その日が来ることがないようにと願いつつ、きっとその日が来てしまうのだろうと思う。
来るであろうその日のために、娘に伝わらない忠告をする。それは、戦う力を持たない女の、精一杯の、娘への贈り物であった。
だからこそ、現在の梅雪を知らない母と、知っているはるとの会話には、噛み合わないところがあるのだが……
「だいじょうぶです!」
はるは、元気よく宣言する。
母は袖で顔を覆って涙する。
この無垢な妹からの信頼を、あの癇癪持ちのクソガキはいつかきっと裏切るだろうと思って……
はるは会話が全然噛み合っていない気配を察して、今度、梅雪を母に会わせようと思った。
だが、母と梅雪との仲があんまりよくないのも知っているので、タイミングを見ようとは思った。
はるは、賢い子だ。だから気遣いもできるし……
いつかきっと、母と梅雪が向かい合って話をして、理解し合う日が来るのも、わかっているのだった。
◆
「あにさま!」
はるから見た梅雪は、かなり格好いい男の子だ。
銀髪に碧眼という氷邑家の特徴を見事に受け継ぎ、その顔立ちは少女めいたかわいらしさがある。
以前までは表情に傲慢と苛立ちがべったりと染みついていて人を遠ざけるところがあったが、最近は苛立ちが減って自信が見えてきたので、その面相の見事さに見惚れる家人も増えた。
……どれほど造形の優れた顔面をしていても、心根の醜さが出てしまえば、醜悪となる。いや、造作が美しければ美しいほど、よりはっきりと濃くその心根の醜さを影響させてしまうのかもしれない。
だが、最近の梅雪は、家人から褒められることが増えた。
もちろんそれは、はるのそばに付いている、『はるが、本当に梅雪のことを好きだと知っている人たち』から、『はる様のお兄様は、格好いいですね』と、はるにささやかれる程度のことでしかなかった。
でも、少し前まではそれさえなかったのだ。
兄が褒められると嬉しい。大好きな兄が、みんなに好かれてほしいと、はるは思う。
はると兄とが会う場所は、氷邑家領主屋敷本邸と、はるや母が住む別邸とのあいだにある庭だ。
よく刈り込まれて整った短い草がふわふわと絨毯のように敷き詰められ、あたりには整備された花園がある場所。
当主・
兄があぐらで座る膝を、はるは枕にする。
見上げた先では昼日中の太陽が中天にさしかかろうとしているところであり、兄の体や服からは、柔らかくて甘い、
以前、はるが好きだと言った香りだ。
「あにさまー」
はるが口を開くと、兄が
口の中に入れられたものをはるはもぐもぐしてから笑った。
大名家の嫡男および腹違いの妹としては、マナー違反の連続であった。
だが、ここにはそれを咎める者はいない。二人は、二人で過ごすこの時間だけ、大名家の後継たる使命も、その腹違いにして剣士の才能を宿してしまった妹という立場も忘れ、ただの大切な二人の兄妹として、平民のように
暖かい日差しの下、柔らかい風が吹いていた。
ざあざあと草の擦れる音がはるの耳を撫でる。
風に身をゆだねるように目を閉じれば、優しい兄の手が、はるの頭を撫でていた。
兄のなでなでは超一流であり、これをされるとすぐに意識が溶けて眠ってしまう。
だから、はるは意識が消える前に、兄の足に顔をうすめ、もごもごとしゃべった。
しかしすでに眠気がはるの小さな体のほとんどを支配していて、それはうまく声にならない。
幼い妹のむにゃむにゃという声をいつくしむように、梅雪の手が優しさを増していく。
(ようかんたべたのに……歯を、みがいてない……)
最終的に、はるはそのようなことを思いながら、意識を失っていった。
穏やかな日差しと風が、兄妹を包むように見守っていた。
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