第29話 馬車室にて

 帝都。


 氷邑ひむら梅雪ばいせつは、ついにその地に向かうこととなった。


 移動手段は騎車きしゃを使う。

 騎兵、すなわち『騎乗兵器乗り』に曳かせた馬車である。


 馬車や牛車などもあるが、基本的に領都から他の領都へ行くような長距離移動では、馬や牛よりも騎乗兵器乗りに曳かせた方が安定したペースで進めることから、クサナギ大陸では一般的のようだった。

 そもそも領から他領へ行くのが行商人や大名しかいないので、お金持ちには一般的、ぐらいのものだが。


『中の人』はこの移動手段については知らなかった。


 ゲーム剣桜鬼譚けんおうきたんはクサナギ大陸の地図を俯瞰するような視点で、プレイヤーは線で仕切られた領地にカーソルを合わせてクリックし、移動や侵攻や情報収集や工作、あとイベントを行うことになる。

 そのさいに画面が寄って移動シーンが入ることはない。ロード時間に移動アニメーションが入るものの、所持・非所持関係なくアニメーションが用意されているユニットのアニメーションが入るだけで、騎兵はブースターをふかして飛ぶか車輪で走破するし、道士は雲に乗ったり杖に乗ったりするし、剣士は走る。


 なので『道士に率いられた騎兵と剣士がいっしょに行く』みたいなアニメーションはなかった。

 で、現実はどうなるのかと言えば、騎兵が馬車を曳く。


 つまりこの馬車は現在、アシュリーに曳かれており……

 馬車室の中には、梅雪と、奴隷のウメが二人きりだ。


(というか、領主後継が帝都に未来の正室を迎えに行くのに、女二人しか供がおらんのか)


 氷邑梅雪は『そういうものだ』と言っているのだが、『中の人』の残滓がどうしても納得できないで、唸っている。

 もっとこう、格みたいなものを人数で示す的な……あるじゃん!? みたいな、もやもやだ。

 あと正妻を迎えに行くのに女に囲まれて行くの……どうなの!? みたいな、もやもやもある。


 あともう一個言うなら、これは『お姫様の出迎え』なので、帰りはこの人数でお姫様を馬車に乗せて帰ってくることになる。

 警備体制……どうなの!? というのもあった。


 だが二つの理由で、この梅雪の旅路は、これだけの少人数であるべきだった。


 一つは、まず、今回の呼び出しが氷邑家に対する大変な無礼であるという理由。

 無礼なだけに、この旅路は『氷邑家が従いました』ではなく、『未来の妻のわがままを未来の夫が』の文脈にならなければいけない。

 

 そのためこれは、梅雪の『個人的な旅』という体裁ていさいをとらねばならず、帰路の安全性に多少穴があろうが、氷邑家家臣団を連れて行くわけにはいかないのだ。

 もちろん帰路で賊に襲われて姫をさらわれました、ということになってしまうのもよろしくない。

『少人数でなければ舐められる』『かといって姫の護送に何かあっても舐められる』というひどいダブスタ案件の結果がここにあるのだ。


 二つ目の理由。梅雪の個人的な家臣と呼べて、なおかつそこそこの礼儀ができ、なおかつ『迎え』を要求した婚約者に圧をかけやすいのは、梅雪が個人的に囲っている女どもであった。

 もちろん護衛ができなければ話にならない。アシュリーはかちかち天狗エルフで不意の奇襲などから梅雪を身を挺して守ることが可能だ。


 そして、ウメは、


 ゆえに奴隷としては異例なことに、今回は剣を帯びての同伴となる。護衛兼梅雪の世話役、というところだ。


 なので、幼女アシュリーに曳かせた馬車の中で、少女ウメに身を守らせ、接待させながら、帝都に向かっている──というのが、梅雪の現状であった。


(しかし、まァ……なんというか)


 梅雪はお世話されながら困り果てていた。


 


名前:ウメ

兵科:剣士

位階レベル:一〇

経験:二五/一〇〇

攻撃:二〇〇

防御:一五〇

内政:一〇

統率:四〇〇〇

能力スキル:獣人

   愛神光あいしんひかり

   忠犬

    (空欄)


(相変わらず攻撃力がおかしい)


 レベル一〇で攻撃力二〇〇はかなり強い。

 防御力で言えばアシュリーがスキル・ステータス込みで最強格なのだが、攻撃力で言うとウメ(ゲームにおいてはトヨ)が最強の一角である。


 しかも獣人というスキルは攻撃の回避率を上げるスキルだ。

 剣桜鬼譚は基本的に攻撃はすべて命中し、攻撃力と防御力の比べ合いによって最終ダメージが決まる。

 そういうゲームの中で一〇パーセントとはいえ回避が上がるスキルは強い。


 さらに忠犬というスキルは、『主君が戦場にいる限り決して倒れない』というものだ。

 ゲームにおいてはもちろん主人公の兵力がゼロにならない限り、ウメの兵力もゼロにならないという、そういうふうに効果を発揮する。


 まあ兵力一で残っても後半は役立たないのだが、これの大事なところは、NTRということだ。


 剣桜鬼譚というゲームは、他の領主大名とユニットの奪い合いが起こる。

 士官していない野良ユニットが奪われたり、他の領主大名がどこかの領地を攻め滅ぼすと、その領地にいたユニットが配下に加わっていたりする。


 そしてすでに主人公に士官しているユニットがNTRされる場合がある。

 合戦で兵力がゼロになると、一定確率で捕虜にされ、その後にNTRされるのだ。


 捕虜にされると当然ながら主人公はそのユニットを編成できない。

 そして、相手に降ると、これまで味方だったユニットが敵として出てくる。

 さらに相手とユニットによっては、捕虜になるとNTRエッチシーンが入ったりもする……


 領主大名の中には、合戦とか関係なく、敵対状態になっているとランダムイベントで主人公陣営の女性ユニットを口説いてNTRするような家もある。

 あと敵陣営の女性ユニットの兵力をゼロにして捕獲すると、主人公が他陣営ユニットをNTRすることもあるし、NTR以外では手に入らないユニットなども存在するのだ。


 そのようにNTRが入り乱れ、『一生懸命レベルを上げたユニットがNTRされて敵として出てくる』という巨大なストレスにさらされるゲームだが……


 そういうゲームで決してNTRされないユニットというのがいる。

 そのうち一人がウメ(ゲーム内ではトヨ)だ。

 主人公撤退まで生命力ゼロにならないので、仕様上戦場NTRが発生しないし……

 内部でなんらかのルールがあるのか、無理矢理NTRしてくる連中のランダムイベントの目標にも選ばれない。


 愛神光流はゲーム開始時まで修行をしたウメ(ゲーム内ではトヨ)が持っているスキルであり、これは自分よりステータスが上の相手に対し有利な補正がかかるというものだ。

 なのでウメ(ゲーム内ではトヨ)を使って、いい感じに兵力調整(兵力数で強さに補正がかかる)をして最強の一撃を繰り出すというダメージスコアチャレンジなんかでも使われたりしていた。

 まあ、後半はウメ(ゲーム内ではトヨ)が強くなりすぎて死ぬスキルではある。


 このように、ウメ(ゲーム内ではトヨ)は、序盤から終盤まで使っていけるきょうユニットなのだ。


 欠点と言えばスキル枠四つのうち三つが埋まっており、剣桜鬼譚はスキルの入れ替えというのが基本的にできない(手段はあるが乏しい)ので、ウメなどは実質一枠しかスキルに空きがないという……探してもそれぐらいだ。


 まさしく主人公のために用意された『最初から最後まで使っていける相棒キャラ』のウメ(ゲーム内ではトヨ)なのだが……


 剣聖のところから救い出してから、めちゃくちゃ懐いてくる。


「ご主人、さま、飲み物、どうぞ」

「う、うむ」


 お世話がいちいち甲斐甲斐しい。


 この様子にはアシュリーが大変ほっぺたをふくらませた。あいつは案外、嫉妬深いのだ。

 まあ、寝かしつけてうやむやにしたが……


(なんだ? わからん。なんだそのしっぽのブンブンした感じは。普段はもっと大人しいだろう、貴様は? 屋敷ではもっとこう……楚々としているだろう?)


 密室で一緒になった途端に、お世話圧が強い。


 梅雪はウメを寝室に呼んだことがないので(※アシュリーも呼んだことはない)わからなかったが、人目がないのをいいことに、かなり、べたべたしてくる感じだ。


 もともと人との接触が好きというのは、ゲーム内ではよく見られた。

 主人公に抱き着いたり、何もしていない時などは寄ってきて背中に背中を合わせてきたり、そういう描写がよく挟まるキャラなのだ。


 ゲームのウメ(トヨ)は無口クールで甘えん坊という女の子であり、でっかく成長したおっぱいでそんなことをするのでとても嬉しい、みたいなキャラクターだった。


 今はまだ幼いのででっかく成長したおっぱいはないが、しかしこう、なんだろう、圧が、圧が強い。

 氷邑家所有の馬車室はボックスシート状なのだが、対面にも席があるのにわざわざ隣に座って身を寄せてくる。そしてしっぽがめちゃくちゃ体を叩いてくる。

 赤い毛並みの犬獣人が無表情でめちゃくちゃしっぽ振りながら隣で若干息を荒くし、『お世話させろ』と荒ぶっているのは、少し怖くもあった。


(剣聖のもとから連れ戻しただけだぞ……?)


 梅雪の困惑は『やったことに対して、態度の軟化がすごすぎないか?』ということなのだが……


 当時のウメの視点で語れば、安定していた暮らしの中からさらわれて『魔境』とかいうところで、まともな寝食も許されず、ヤバい女に剣の修行をさせられていたところ──

 梅雪が『お前は俺の物だ! お前をさらうヤツを許しはしない!(※多少美化された記憶)』と来たのだ。

 梅雪の顔面は顔面偏差値で受験できるなら国立大余裕なので、そんな顔のいい銀髪碧眼の美少年が自分を追いかけて『魔境』くんだりまで来て、しかも自分を取り戻すために剣聖と戦い、片腕まで失っているのだ。

 これに恩と愛を感じないほど、ウメは乾いていない。


 ……というより、幼いながらに『生存』に懸命だったから思考がドライだっただけで、ゲームでのウメ(トヨ)はかなり愛が重い方なのだ。

 どのぐらい重いかと言うと、ウメ(トヨ)とエッチをしたあとに他の女の子とエッチをし、三ターン以上ウメ(トヨ)を抱くコマンドを選ばないと、主人公を刺しに来る。

 なお刺されるとゲームオーバーになる。死亡ではなく、どこかに監禁されてひたすらエッチなことをされ続けるエンドだ。

 ちなみにウメとのエッチ後に他の誰かを抱かなくとも、五ターン抱かずにいると刺してくる。

 ここまでの情報で剣桜鬼譚をクソゲーと思う人もいるだろうが、あの当時のエロゲーはこういうものです。なので攻略情報がない時にはこまめなセーブが必須なのである。


 そういった『トヨの記憶』があるので、梅雪はつい、問いかけた。


「……貴様は、俺が婚約者を迎えに行くことに、何か思うところがあるのか?」


 するとウメは、ぱた……としっぽの動きを止めて、赤い瞳でじっと梅雪を見る。

 その顔はまったくの無表情である。しっぽの動きがないと、何を考えているのか、全然わからない。


(なんと重苦しい沈黙なのだ……)


 十歳の女の子が出していい圧ではない。

 しばらく梅雪をして息が詰まるような沈黙のあと、ようやくウメは、口を開いた。


「ご主人様の、望み、なら。ウメは、だいじょぶ、です」


 ゲームでは単語をぽつぽつ口にするだけだったけれど、それはどうにも、幼いころに人語をしゃべる生き物がいない環境にいたせいで、まだうまくしゃべることができないというバックボーンのせいのようだった。


 だから別に、わざとたどたどしくしゃべっているわけではないのだが……


(たどたどしいしゃべりが、逆に高圧に感じられる)


 ゲームのウメも抱くまで独占欲だの依存だのを見せなかったので、まあ、このウメもきっと抱かなければ節度を保つのだろうけれど……


(……もしかすると、剣桜鬼譚のヒロイン全員を主人公から奪うというのは、どんどん身の回りに爆弾を抱え込むということなのでは?)


 怒りに呑まれてした決定だが、やや後悔し始めている梅雪がいた。


 まあ……


 だからと言って、主人公からすべて奪ってやるというは、変わらない。

 この世界ではまだ訪れていない、そして訪れることのない未来とはいえ、梅雪にとって、あの主人公がゲーム内でした行為は『煽り』に他ならないのだから……

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