第28話 帝都からの要求
帝からの手紙が来たということで、
さて、梅雪の嫁を巡るやりとりとして、帝の妹は
降嫁ともなれば帝の一族ではなくなって他家に入ることになるので、妻となる者の方が嫁に入る家へ出向くのが普通である。
だが、
「『帝都まで迎えに参上すべし』だそうだ。お前に嫁入りしたがっている『かわいい妹』からの『一生のお願い』ゆえに、だとさ」
ぱさり。
当主の間である板の間に、帝からの手紙が投げ捨てられる。
もらった手紙の扱いというのにもマナーがあり、たとえば格上の者からの手紙をこのように粗略に扱うことなど、許されない。
だが銀雪は、
わかりやすいほどの『不愉快』のアピールであった。
「もしかしたら、帝は我らのことを小間使いか何かと勘違いしていらっしゃるのかもしれないね。どうだろう、ここまでして、もらってやるほどの価値が、果たして帝の妹御にあるだろうか?」
(……キレてる……)
父・銀雪は、梅雪の強さを認めてからというもの、様々な顔を見せてくれるようになった。
銀雪は普段からかなり、感情や動きをセーブしている。
それはその体に宿した剣士としての力が強大であり、『うっかり』で人を殺してしまうことがありうるからだ。
相手が剣士ならばいい。『うっかり』力が出てしまっても、耐えられる。
だが、剣士というのは基本的に少数派である。大名とはいえ周囲にいるのは基本的に剣士の才能を持たぬ者ばかりなのだ。
そういった人たちを傷つけぬように、銀雪は感情を抑え、動作を抑え過ごしている。
銀雪がわずかでも動作や表情に感情をにじませるのは、相手が『うっかり』で死なない程度には強いと認めている時のみなのだ。
とはいえ、感情をいっぱいに表現するまではいかない。
こうして対面している梅雪がもっと強い剣士などであれば、銀雪は『うっかり』で手紙を破いてしまっていたであろう。手紙を破かずにいられるぐらいには己を慎重にコントロールしている……そのぐらいが、梅雪と銀雪との、一対一で対面した時の能力差であった。
梅雪は、父に帝が
だが、明かさないことにした。
父の性格的には帝への謀反を止めないだろう。だが、役割的には、知れば止めねばならない。
無用な葛藤をあたえるのは梅雪の望みではなかった。それに、相談したところで信用を得られるかどうかという問題も、もちろんある。
梅雪は銀雪のことを好み、親しんでいるが……
まだ銀雪のステータスは見えない。
「さて梅雪。私たちは、帝都までお出迎えしてまで、この縁談を維持すべきなのだろうか?」
ここらへんも武家のマナーの問題だ。
武家というのはいかに伝統と格式を積み上げようと、根っこは武によって興った、力を重んじる蛮族である。
そして蛮族というのは『舐められたら負け』だ。
帝には仕えている。──これは、いい。事実だ。
だが、『ここまでされるいわれはない』というラインがあり、今回の『嫁に送る女を迎えに来させる』というのは、そのラインに抵触する。
ここで相手の要求を呑んでは、家の中ででかい顔をされるのだ。……『家の中ででかい顔をされるかどうか』というのは重要だ。その後数十年の家の経営にかかわることなのだから。
(ここで決裂しても構わないと、父は思っているのだろう。氷邑家、というより、『迎えに来い』と言うような女を妻に迎えた俺の未来を案じてのことであろうな)
だが……
(上等だ。この俺を侮ったこと、果たして何年後に何年かけて後悔することになるか……今から楽しみだなァ?)
帝という後ろ盾を失う女。
その血のみを利用される女。
そう思えば奇妙な愛おしさがわいてくるのもまた、事実であった。
ただしその愛おしさは、武士が互角に切り結ぶ相手に向ける愛おしさ、殺害前提の愛であった。
「父上、私はお迎えに上がるべきかと思います。けれど、『氷邑家』で行く必要はないでしょう。私のみ、参ります」
「ふむ。……まあ、お前は物心ついてからは帝都を見ていないからね。一度ぐらい、帝都へ物見遊山に行ってみるのもよかろう。あそこは栄えている。そして、ある意味で『魔境』よりも恐ろしい。剣で解決したい問題が多く、しかし、剣で解決できる問題があまりにも少ない……」
「……」
「お前に任そう。これは、お前の世代の問題だ。父は、父の世代の問題を片づけておこうと思うよ」
「は」
父の世代の問題。
(……ざっくりとした『本編以前の流れ』は知っているが、その詳しいところまでは、ゲームになかったな)
梅雪は思う。
そして、一応、聞いてみることにはした。
「……父の世代の問題というのは?」
そこで銀雪は、薄く笑って答える。
「それをお前に知られぬようにするために、私が私の世代で片付けるのだ」
相談しろ、協力すれば解決できるかもしれないではないか──というのはまあ、正しいのだろう。
だが、誰彼構わず協力を頼んで回ればいいということではない。
梅雪は弱い。武力、政治力、資金力……あらゆるものが、まだまだだ。
いずれ最強たらんと志す梅雪は、今はまだ最強ではない。
仮に梅雪が、あの、まつろわぬ民であった浅黒い肌の
つまり、世界の違う話なのだ。
「……差し出口を挟みました」
「構わない。それにしても──」
そこで銀雪が「くくく……」とひそめるように笑い、
「──梅雪よ。お前はモテるなぁ」
「……は?」
「いや何。男は甲斐性の限りにおいていくらモテてもいい。孫の顔を楽しみにしておこう」
出し抜けにされた話は、一方的に終わった。
いったいなんの話かと梅雪は首をかしげたが……
◆
「帝都に行くんですよね? 私も行きますから」
「身の、まわり、世話する、必要です。私も、お供します」
当主の間から出てすぐ、アシュリーとウメにつかまった。
……なるほど、父のあの笑いの意味がわかった。
「……貴様ら、当主の間での話を盗み聞きは、死罪に値するぞ……」
まあ、銀雪はこの盗み聞きに気付いてなお見逃していたから、あそこでああして笑ったのだろうが……
女たちが自覚なくとても危険なことをしていた事実に、梅雪はおどろくより戸惑うより、肝を冷やすことになったのだった。
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