第10話 忍軍との決着
「くっくっく……はっはっは……ハァーハッハッハッハ!!」
金属塊を身に着けた者どもが倒れ伏す中心で、銀髪の美しい少年が高笑いをする。
その声は隠里……深い森を抜けた先のハゲた山、その遠くからでは見えない入り組んだ場所で、鳥の声より、獣の声より、高らかに響いた。
「おいおいどうしたァ!? 土下座のしかたから仕込んでやらねばならんかァ!? ええ!? 直答を許す! この俺が質問をしてやっているのだ! 誰か答えんか!? それともまた、洗濯してやろうか!?」
この世界観は絡繰とかいうオーパーツが存在するものの、基本的にふんわりと室町末期から江戸中期(幅が広すぎる)ぐらいの文明となっている。
なので洗濯も洗濯機でやるわけではないので、『ぐるぐる回すこと』を『洗濯してやる』とは言わない。この発言は『中の人』の文明が出てしまったものであった。
だが何を言われているかはわからずとも、何をしようとしているかはわかる。
元・
(ぴえぇぇぇ……もうやだあ……なんでここの隠里が見つかったのかわかんないし……あんな強いなんて聞いてないよぉ……!)
乗っている機工絡繰が半壊して動かないので、アシュリーは気弱な本来の思考に戻っている。
砕けた頭部装甲のスキマから、
高笑いする銀髪の少年は、じきに夜になる夕暮れの茜色の光を受けて、この世のものではないような雰囲気を放っていた。
(あ、謝れば許してくれるのかなあ……? でも、謝っても許してくれない気がするよぅ……)
氷邑梅雪という人物と一回だけ会話(?)をした印象としては、『どこに不機嫌になるポイントがあるかわからず、謝罪しようが弁解しようが謎の解釈をされ、人の発言を拾って自分の怒りを高めるのが趣味の人』というものであった。
「ハハハハハハ! この俺を舐め腐った連中が! この俺に手も足も出ずに転がされている! しかも、声を出す気力もないときた! なんと胸のすく快事か! ハハハハハ! ハハハハハハハハハ!」
(無理い……やっぱ無理い……! い、命懸けでも、みんなを逃がさないと、このままじゃ、私たち……大変なことに……!)
すべての機工絡繰には自爆装置が仕込まれている。
が、アシュリーは仲間たちの自爆装置を抜いていた。
残しているのは自分の自爆装置だけだ。
また梅雪のように悪しき人に見つかって、自分たちが未来のない職場に連れて行かれそうになった時、自爆することで仲間だけは助ける──
アシュリーは気弱で大人しく、ネガティブな少女であった。
まだまだ幼いとさえ言える年齢だ。機工絡繰を脱ぎ捨てれば、その本体は可憐な少女でしかない。
だが、先代から頭領を継いだ時に、一つだけ覚悟したことがある。
(頭領は……仲間を、守るもの)
孤児にして忌み子であったアシュリーは、氷邑忍軍の先代頭領に拾われた。
忍軍のみんなは優しく、アシュリーのことを妹のようにかわいがってくれた。
あの気のいいみんなを生かす責任が頭領にはある。
それこそが怖がりでネガティブな彼女がただ一つ己に課した『命懸けの誓い』。幼いながらも人の上に立つ者の覚悟であり……
(人の上に立つなら、下の人たちに優しくしなきゃ、ダメ……!)
彼女が唯一、主君に求めることだった。
氷邑梅雪にはないものである。
「ハハハハハハ! ハハハハハハハハ! ハハハハハハハ──はぁ」
(……え? ため息?)
さあ今突っ込んでいって自爆するぞ、というところまで決意したアシュリーは、急に梅雪の雰囲気が変わったので、出端をくじかれてしまう。
様子の変わった梅雪は「あー」と声を発しながら周囲を見回し、
「みなさん」
(『みなさん』!?)
さっきまで下郎だのなんだの呼んでいた人がいきなり『みなさん』とか言い出した。
何がなんだかわからない。
「悲しいすれ違いでこういう結果になったことは残念に思う。だが、俺は本当にみなさんに戻ってきてほしかった。みなさんの力で……父を暗殺の魔の手から救ってほしいんだ」
様子が変わり果てた梅雪の言葉に、アシュリーのみではなく、意識を取り戻しつつ気絶したフリでスキをうかがっていた忍軍の仲間たちもまた、困惑し、動き出してしまう。
これが意識のある者・抵抗の機会をうかがう者をあぶり出すための芝居であったなら、見事なものだった。
だがどうにも違うらしい。
「俺の心が満たされてるうちに約束をしておきたい。君たちが戻ってくれるなら、君たちを粗略には扱わない。俺が君たちに望むことは、父のより長い生と、氷邑家の平和な発展。これのみだ。……あー、あとその、申し上げにくいのだが。頭領の阿修羅は俺の側室とします。それはゆずれない」
(なんで急に!?)
本当に急でびっくりする。
忍軍たちもアイドルにして妹のアシュリーを側室にすると言われて、ぼやけ始めていた雰囲気が引き締まる。
この梅雪とかいうクソガキの側室など、人質も同然ではないかと、そういう思いが全員にあった。
だが……
混乱の渦中にある忍軍が動けないうちに、梅雪はアシュリーに向けて動き出す。
そして倒れた機工絡繰の頭部を外し、中にいるアシュリーを優しい手つきで引っ張り出した。
「ぴえっ」
アシュリーがかわいらしい鳴き声をあげる。
二mの金属塊から引きずり出されたアシュリーの姿は、まだ十代にもなっていなさそうな、小さな少女のものだった。
その髪の色は黄金。
その瞳の色は碧眼。
肌は真っ白く、梅雪の前に立たされてしまったせいで、顔色は赤くなったり青くなったりと忙しく切り替わっていた。
機工絡繰乗り特有の、全身をぴったり包むような
怯える姿は、ただ体にぴったり貼りつく服装をしただけの、町娘のようにしか見えない。
だが、その尖った耳……
人間のように顔の横についていながら、人間とは明らかに違う尖り方をしたその耳こそ、忌み子と呼ばれる原因。
そう、アシュリーは……
剣桜鬼譚世界で活動するメイン人種は人間だが、ごく少数ながら人間以外の人種も存在する。
そういう少数人種はたいてい風変わりな美しさがあるので、奴隷堕ちすることがほとんどであった。
とはいえ隷属の首輪みたいなものはないので、奴隷というのは『コキ使われる人権のない人』ぐらいのものであり、だから剣聖に奴隷を一人持ち逃げされたりもした。
とはいえ逃げ出せるケースというのはごくまれであり、たいていは逃亡を企図した時点で殺されるか、足を潰される。
いちおう財産なので大事にするのだが、身の程をわきまえないとそうなるのだ。
だが、アシュリーは奴隷にされることなく保護され、しかも、名門氷邑家の一つの部隊の長にまで指名されている。
それはアシュリーそのものの才能も大きく関係しているが、梅雪の父が人種による差別をしない人であったことも大きいだろう。
梅雪の父は弱腰なところと息子の梅雪に甘すぎて最優先しすぎるところさえなければ、穏やかで優しく、人を平等に扱い感謝を忘れない、そういう立派な主君なのだ。
梅雪に甘いせいですべて台無しだが……
機工絡繰から出されて、目の前に立たされて、絶望的な表情をするアシュリー。
梅雪は、そのアシュリーを真顔でしばらく見たあと……
にっこりと微笑んだ。
「…………へ?」
まさか微笑みかけられると思っていなかったアシュリーはおどろき、それから、目が離せなくなる。
「君の自由意思を無視するような決定を告げて申し訳ない。だが、俺はどうしても、君を妻に迎えねばならんのだ」
主人公の女を先行寝取りしないと梅雪くんがキレるから……というつぶやきは、アシュリーの耳には届かない。
怖い怖いと思っていた人が、目線をそろえて優しい声で何かを語り、気遣うような視線を向けて来る。
しかもその人はアシュリーよりやや年上に見える銀髪の美少年だ。
簡単に言うと、アシュリーは落差にやられた。
傲岸不遜にして何かにつけてキレると思っていた人の、まるで年上のように包容力のある様子と、自分に『親と思ってくれていい』とまで言ってくれたあの優しい当主様を思わせる微笑みに、一瞬で魂を抜かれてしまったのだ。
「それに、父の死を避けるために君たちの力を借りたいという言葉にも、もちろん、偽りはない。どうだろう、俺のためではなく、父のために、今一度、君たちの力を貸してはくれないだろうか? ……く、まだ満足しててくれ……! 交渉中だから……!」
まるで内なる十歳児を抑え込むように苦しみ始めた梅雪の様子を見て、アシュリーは慌てる。「あわあわあわ」と声を出して慌てる。
アシュリーの中に、ある推測が持ち上がったのだ。
こちらをボコボコにして高笑いしていた梅雪。
唐突に『みなさん』とか言い出した梅雪。
この態度の違いが、どう考えても同一人物には思えない。
だから、もしかしたら梅雪は二重人格なのではないかという閃きがあったのだ。
だいたい合ってる。
「あ、あ、あ、あの、もし、私が……梅雪様のために力を尽くしたら……また、会えますか!?」
もちろん『優しいほうの梅雪に会えるか』という意味だ。
しかし梅雪はとっくに人格統合がすんでる自己認識なので、首をかしげる。
「それはまあ、家に戻ってくれるなら会えると思うけど……」
「お仕えします」
アシュリーが、その場に土下座をする。
幼女の土下座を見て、騒ぎ始めていた梅雪の中の梅雪がまた沈静化していくのを感じる。
だから穏やかに言葉を発することができた。
「他の連中の態度がなっていないようだが?」
穏やかな顔と声音でその内容は梅雪であった。
梅雪スーパー穏やかタイムは終了し、また元の梅雪の我が強まっていたのだ。
忍軍はさっきから困惑している。
だが、頭領にしてアイドルにして妹が土下座をしているのだ。自分たちがとやかく言える段階は終わっている。
全員が装備を解除し、梅雪に向けて土下座を始めた。
その光景を立ち上がってながめ、一回高笑いをしたあと……
梅雪はまた、アシュリーの前に片膝をつき、土下座中のアシュリーの肩に触れる。
するとアシュリーが顔を上げるので、その碧眼に自分の碧眼を合わせて、笑った。
「これから貴様は俺の妻の一人だ。決して他の男に……特に、どこの馬の骨とも知らぬ剣士などにはなびかぬよう、ゆめゆめ注意し、俺に尽くせ」
その笑顔は優しい梅雪のもののようであった。
アシュリーは「はい」と粛々と返事をする。
その目は幼くして抱いた初恋に狂っていた。
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