第11話 信頼できる味方
名前:
兵科:道士
経験:三八/一〇〇
攻撃:四七〇
防御:一三〇
内政:一〇
統率:四
シナツの加護
(空欄)
(空欄)
氷邑梅雪が自分のステータスにおかしなことが起きていると気付いたのは、アシュリーを引き込むために隠里に出向く前のことだった。
ゲームで言えば下位職のレベル上限は三〇であり、その後は上位職にクラスチェンジすることになる。
クラスチェンジのできないモブ顔傭兵指揮官などもいるが、それでもレベルは30より上には上がらない。三〇に到達したあといくら経験値を稼いでも、レベルは上がらないし、もちろんステータスも伸びない。
だから梅雪も、レベルを上げ終えて上位職になることを目標にしていた。
味方に引き入れる予定だったアシュリーの氷邑機工絡繰忍軍は騎兵ユニットなのだ。道士はこれに不利な補正での戦いを強いられるが、上位職になれば、下位職すべてに有利な補正を得られる。だから、そこを目標にしていたわけだ。
が、自分がレベル三〇を越えても、まだレベルを上げられることに気付いてしまった。
しかもステータスの成長が止まる気配もない。
いちおう、上位職になれそうな気配みたいなものもあったので、上がり続けるレベルを無視して上位職になる選択肢もあったが……
梅雪は悩んだ。
忍軍騎兵たちに有利をとるために、さっさと上位職になってしまうか。
それとも、下位職で上げられるところまでレベルを上げるために、上位へのクラスチェンジを控えるか。
忍軍を味方に引き入れるまでにレベルが頭打ちになればそのうえでクラスチェンジしよう、と思い鍛えていたが、どうにもレベルが止まる気配がないので、どうしたもんかな……と思いつつ忍軍を味方につけに行くしかなかった。
梅雪の時間は有限なのだ。父は本編開始時点で死んでいるのだから、なるべく早めに父の死を防ぐための布陣を完成させる必要がある。
(……統率も増えているし、何かおかしなことが起きているのは間違いない)
普通、統率力は最初から変わらない。
最初のうちは領地の兵力が足りないので一〇〇対一〇〇とかの戦いになりがちだが、それでも、率いることのできる最大数はそれぞれのユニットが最初に設定されている値から変わらないのだ。
だが、梅雪は、この統率が伸びる。
統率は『自分とともに戦場に行ってくれる者の数』、つまるところ『自分の号令で死んでもいいと思ってくれている人の数』なので、生きて暮らしていれば増減するだろう。
だがレベル上限については、どうなのだろう。それはもちろん、ゲームと違って、現実の人間には上限なんていうものがないと言われればそれまでなのだが……
わからないことが多い。
だが、解けた謎もある。
『中の人』と共存してからできていたステータス閲覧だが、自分のもの以外は見ることができない──と、思っていた。
ところが、ある一定条件を満たした人のステータスだけは見ることができる様子だった。
たとえば、彼女のステータスを見ることができる。
名前:アシュリー
兵科:騎兵
経験:〇/一〇〇
攻撃:八〇
防御:二〇〇
内政:七〇
統率:一〇〇〇
隠密頭
(空欄)
(空欄)
騎兵の特徴として防御力が非常に高い。とはいえ、レベル一五時点で二〇〇というのはクサナギ大陸を見回してもそういない人材と言える。
絡繰技師は戦闘中に損耗した兵力を毎ターン回復する能力で、隠密頭は敵隠密系ユニット(忍びとかがいるわけではなく、キャラ設定として隠密・忍者・泥棒などであることが条件)との戦いで損耗率を軽減することができるスキルだ。
とにかくかちかち。
かちかちな上に回復する。
完璧にタンクである。忍者なのに……
ちなみにスキルの内容は『中の人』の知識頼みなので、中の人が見たことのないスキルはわからない。
かなりのディーププレイヤーであったが、たとえば氷邑梅雪の天才などはわからなかった。
なぜなら、ステータスの内容は味方のものしか見ることができないからだ。相手ユニットにカーソルを合わせてクリックしても、スキル名ぐらいしかわからない。
氷邑梅雪は絶対に味方にならない。ゆえに天才というスキルは、『だいたいこうかな』と考察するしかないものであった。
結果として、『もしかしたら攻撃力に補正でもかかってんのかな?』と思うしかなかった。
「ふむ……」
「あ、あのーご主人様……」
梅雪は今、自室にアシュリーを呼んで、その小さな体をじろじろ見ているところだった。
服を脱がせているわけでもないのだが、主人が布団に寝転がっているところに呼び出され、全身を舐めまわすように見られているアシュリーは、たいそう居心地が悪そうだ。
しかし梅雪にはデリカシーがないので、無言でじろじろ眺め……
「アシュリー、この俺のために死ねるか?」
「ぴえっ!?」
粗略な扱いはしないよ──と忍軍に誓ったのが、だいたい昨日のことになる。
その翌日には『死ねるか?』と問いかける男が氷邑梅雪であった。
ここでその問いは通常、『やっぱり約束を反故にする気なんだ……』という疑いを呼び、再離反のきっかけとなりそうなものだが……
「……し、し、死ぬのは、やだ、けど……あなたを、守るため、なら、がんばり、ます……」
アシュリーはおどおどしながらも、しっかりと梅雪を見て応じた。
その心の中にまで突き刺すようなまっすぐな視線を受けて、梅雪は確信する。
(やはりそうか。俺の統率力の数値……その中にふくまれる者のステータスだけは、見ることができる)
ようするに、自分の配下。
自分のために命を捧げる覚悟をした者。
アシュリーは軍団長ユニットのはずだし、そのように運用するつもりだが、それでも梅雪の統率を上げる要員にはなれるようだった。
つまり……
(この俺に本当の忠誠を誓っているかどうかは、そいつのステータスを閲覧できるかどうかでわかる。……ステータスを見ることのできる相手は、信頼できる味方だということか)
屋敷の中を捜索して、アシュリー以外の残る二人(統率が四で、うち一人は梅雪自身)も見つけ出しておこうと決め……
ごろん、と布団の上に仰向けになる。
そしてしばらく目を閉じていると……
「あ、あのぉ……」
遠慮がちな少女の声がした。
梅雪は目を開き、そちらを見る。
「なんだ、まだいたのか」
「ひどい!? だ、だ、だ、だって……お部屋に呼び出したっていうことは……そいうことだって、みんなが……!」
「……」
氷邑梅雪(十歳)は、自分より年下っぽいアシュリーを見て、しばらくまばたきを繰り返した。
もちろん梅雪は当主の子であり、世継ぎを残さねばならないので、夫婦が夜にすべきことは知っている。
知っているが、別に今すぐしたいほどエロガキでもなく、そもそも、アシュリーはまだまだ全然産めない体だと思われた。
というよりまだ夫婦でもないのだ。
アシュリーを側室に迎えます、という報告はしたが、多忙な父からの許しはまだであり、そもそも、側室に迎えることを許可されたとして、正式に側室になるのは、正室を迎えたあとになる。
まあ、その前に肉体関係を結ぶような事例はあるのだが、十歳児とそれより幼い少女にそんなことを求められても困る。
そこで『中の人』がゲームだとまああるけどリアルではちょっとな……とか言い出して一瞬梅雪の頭の中がややこしくなりかけたものの……
「まあ、好きにしろ。貴様はいつ部屋に入っても構わんし、いつ部屋を出ても構わん」
「……警戒心がない……」
「警戒に値せん」
彼女が味方であることはわかっているのだ。
味方であることがわかっているからか、『警戒心がない』という言葉が煽りに聞こえず、こちらの身を案じる響きを帯びていることを理解できた。
(……ああ、なるほど。信用できる相手とは、このようなものなのか)
梅雪は無能であった。
少なくとも、大名家の後継としては。
使用人や家臣は多い。だが、それは父に従うのみであり、決して梅雪のものではない。
忍び笑い、嘲笑、
大名家の後継には剣士の才能が求められる。
だが、梅雪にはその才能が皆無であった。だからこそ向けられる『お前ごときが』というもの。お前なんかに仕えてやるものかという空気。
信用できる者は、いなかった。
あの優しい、大好きな父をふくめてさえ、信用はできなかった。
……父の優しさが、どことなく、罪滅ぼしというのか……梅雪自身ではなく、梅雪の亡き母に向けられているものであることを、感じ取ってもいたのだろう。
だから、この日。
「で、で、で、で、でもぉ、私も、いっぱいいろいろ聞いて、お部屋に呼び出されたから、覚悟はしてるんだよ……? このまま帰るのも……」
「…………」
「…………って、えぇ!? 寝てる!?」
……常に追い詰められ、ささいな言葉さえ自分への煽りに捉え、誰も信用できず、熟睡もできず、いらだちに支配されていた少年は。
物心ついて以来初めての、安眠をした。
その様子を見て……
「………………失礼します」
アシュリーが意を決した表情で、梅雪の寝ている布団の上に寝転がる。
そして……
「………………うぅ、胸がどきどきするぅ……ひさびさのお布団……あったかい……」
寝た。
もちろん文字通りの意味で寝た。
こうして子供たちは一つの布団で抱き合うように熟睡することになる。
あまりにも穏やかな戦果。
氷邑梅雪は、隠密を取り戻した。そして、熟睡できたのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
一章終了。
ここまでお付き合いいただきありがとうございました。
まだ商人に『お前は知らないが、実はこんなことがあったので、お前の野望は最初からお見通しだし、お前の抵抗は一切通じんのだ……ひれ伏し土下座し命乞いをしろ!』の回想は続きます。
フォロー、応援、コメント、星ありがとうございます。
ここまで読んで面白ければ、まだの方もよろしくお願いします。
次章は明日11時から公開。
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