第9話 シナツの加護
時を少しさかのぼる。
(うーん、間違えて機工絡繰忍軍全員にケンカを売ってしまったぞ。どうしよう……)
最初のプランだと
それならばほぼ確実と言える勝機があった。何せ『中の人』の情報を持ち、過剰な努力をするモチベーションを持った天才の梅雪が、阿修羅対策を練り上げて己を鍛えたのだ。よほど圧倒的な才能の差がない限り、どうにかなる。
そもそもアシュリーの加入イベントというのは、一対一の勝負でアシュリーに勝つというものだ。
ゲームにおいては主人公が剣士なのもあって、まず相性差で有利。
そしてゲームの経過ターン数に合わせてすべてのユニットが成長していく仕様がある。序盤だとあらゆる勢力がまだ弱い。
なので最序盤で『ある刀』を手に入れて挑めば、アシュリーは二ターンで加入させることも可能になる。
つまり、うまくやるとアシュリーといっしょに氷邑家の滅亡を見届けることもできるのだ。
氷邑家の金で買った機工絡繰を身に着けたアシュリーといっしょに。
閑話休題。
ここで梅雪が注目したのは、『だんだん強くなっていく仕様』だった。
つまり、物語開始前のこの段階だと、すべての勢力が物語開始後より弱いのではないかと考えたのだ。
それはいくらかの実験を経てみて確認がとれたので、アシュリーは本編時間よりも弱いものという前提で作戦を練ることができた。
そして騎兵と道士の相性差を覆すために行ったことは、『迷宮に潜る』であった。
この世界の道術は木火土金水の五行属性で捉えられているが、雷だの風だのの物理現象ももちろん発生する。
そして、それら物理現象は道術ではなく『〇〇の加護』というスキルによって発生させられるのだ。
加護スキルは、迷宮最奥まで行って、迷宮の主人に認められるともらうことができる。
まあ、迷宮に入るためには、迷宮のある土地を占領し終えなければならないのだが……
シナツの迷宮は氷邑家の領地にあるのだ。
これも序盤でさっさと倒されてその後骨までしゃぶられる氷邑家から、主人公くんへの小粋な贈り物として設定されている。
主人公くんが氷邑家を滅亡させ氷邑家領都を手に入れてから二ターン後に、『領の調査をさせていたところ、迷宮が見つかりました』『迷宮って?』というように、迷宮チュートリアルが始まる。
つまりシナツの迷宮は多くの場合主人公が最初に挑むことになる迷宮であり、難易度としては十歳の梅雪でもがんばれば攻略できるぐらいのやわらか迷宮となっているのだ。
どうしてその迷宮を氷邑家は把握していなかったのだろうか。
それとも把握していたのに、当主が梅雪に告げなかっただけなのだろうか。あと迷宮最奥の神の加護は実際強いので、大名家当主秘伝として子々孫々伝わっており、家を継ぐ時に教えられる──などのことはありそうだ。
そういうわけでシナツの迷宮にもぐり、梅雪はシナツの加護というスキルを手に入れることに成功した。
これで騎兵対策は完璧だ。
何せ、加護による攻撃は三すくみの外側にある。
梅雪を道術しか使えないと思い込んでいるアシュリーに、シナツの加護で奇襲をかける。それで転がして、アシュリーに勝利し、氷邑機工絡繰忍軍を再び傘下に収める。
そういう完璧な作戦だったのだが……
煽るような忍軍どもの視線に耐えきれなかった煽り耐性〇男が、うっかり『全員で来い』とか言ってしまった。
それが『現状』になる。
そして、始まってみたところ……
(あれ? なんか、俺、強いな?)
ゲーム的に言うならば、シナツの加護は攻撃に神霊属性(風)が加わり、部隊全体の行動速度を速くするというものだ。
この部隊全体の行動速度を速くする効果というのはすさまじく、これは運営からの救済措置とまで呼ばれている。
剣桜鬼譚の戦闘は集団戦であり、ユニット同士が接敵しどちらかが攻撃行動を行うと、軍と軍がぶつかり合うアニメーションが入る。
そのアニメーションの速度がシナツの加護を持っている方だけ倍になる。
相手の倍速で行動できる軍が、集団戦においてどれほど有利なのかなど、言うまでもないだろう。
これによって主人公に立ち向かう道士たちは完全に三すくみを破壊され、『道術を杖から放つ前に接近してきた剣士たちに、その圧倒的攻撃力でズタズタにされるし、自分たちの攻撃は発動さえさせてもらえない』という悲しいことが起こるのだ。
なので自分にも速度補正が乗っているのはわかっていた。
シナツの加護による神霊属性(風)の攻撃もなかなかいい威力が出るのはわかっていた。
だが、実戦で、集団相手にやってみると、これは……
(練習場で一人に対して撃つより、よっぽどやりやすい)
一対一想定だったのでシナツを用いた訓練もまた、一対一を想定したものだった。
ところが、一人に対して向けた時にあった操りにくさというのか、うまく力が乗らない感じというのか、そういうのがない。
範囲を広く、対象を複数とっている今のほうが、自在に、楽にシナツの加護を発動させられるのだ。
梅雪は、あるいは、『中の人』は、この現象について、ある答えに気付いた。
気付いて、笑ってしまった。
(……ああ、なるほど、そうか。そうだよなァ……氷邑梅雪は統率一男だ。そもそも、一人で集団に向けて道術を放つ戦い方が、氷邑梅雪のデフォルトなんだ)
自分以外がすべて敵という状況での、対多数、対軍の道術運用。
氷邑梅雪は天才という設定だ。物覚えがいい。目がいい。頭もいい。残念なのは煽り耐性がゼロであることぐらいで、顔もいい。血筋もいい。あと妹もとてもかわいい。
だが、設定に記された『天才』という表記は、そういう、あいまいなものを表現するための言葉ではないのだ。
(そうか、そうだった。統率一男なんか、ゲームには氷邑梅雪ぐらいで……多くの道士タイプのネームドキャラは、道士部隊を率いてる。そして部隊の先頭で相手に向けて対単体の道術を放つ。たった一人で集団に向けた道術を放ってるアニメーションが存在するのは、この世界に氷邑梅雪だけじゃないか──!)
たった一人で軍を名乗るやべーやつ。
だが、それがこの世界が氷邑梅雪に認めた天才性。
MPの概念がないからわからなかったが、ただの一人で最大五〇〇〇人への攻撃が成立するのは良く考えるまでもなく異常な才能である。
(やはり、俺は天才だったァ!)
梅雪は、これまで絶望的だと思っていた未来が急激に明るく
いくら怒りを原動力にしてみても、十歳の子供の感性に『お前は破滅が約束されています。その末路はひどいものだし、妹も寝取られます(妹とは寝ないが)』という情報は、あまりにも衝撃的だった。
むしろ怒りでごまかしてはいたものの、自分の未来に破滅しかなく、しかもその破滅を覆すためにたどる糸があまりに細く脆いというのは、梅雪の精神を追い詰め続けていた。
だが、実戦で、自分の天才性を知ることができた。
十歳の梅雪の心の底から、とてつもない嬉しさが湧き上がる。
それはシナツの加護スキルを『一対五〇〇〇でも全員に攻撃を行きわたらせることができ、なおかつ連戦もできる
最初はせいぜい直径にして十m程度の竜巻だったのが、二十、三十と規模を上げていき、相手の忍軍騎兵たちを高く高く巻き上げる。
「……どんなまやかしを使った、梅雪ゥ!」
アシュリーの機会音声が耳に届く。
梅雪は笑みをこらえようとして、しかしこらえきれずに顔をゆがませ、感情のほとばしるままに、こんなことを言う。
「まずは呼び方から再教育が必要か。……俺のことは『ご主人様』と呼べ、下郎ゥ!」
そして離れて攻撃すりゃいいものを、なぜか刀の柄を握り、接近する。
さすがシナツの加護の本領。そこに調子に乗った天才十歳児のテンションが上乗せされて、すさまじい速度で空を蹴りながら二m超の絡繰ボディを持つアシュリーへと接近していく。
嵐と金属
アシュリーは巨大な両腕を交差させて刃を受け止めるが、刀にまとわりついたシナツの風のせいで、どんどん装甲が削れていく。
(頼むアシュリーちゃん! 早く降参してくれー!)
引き入れる予定の忍軍を殺すわけにはいかない。
忍軍の武力を支える機工絡繰を壊したくもない。
しかしテンションの上がってしまった、ひむらばいせつくん(じゅっさい)は、十歳児が浮かべてはいけない笑顔を浮かべ、高笑いをし、さらに攻めの力を増していく。
「フハハハハハハ!! どうしたコソ泥ォ! 最初の威勢が消えているようだがァ!? この俺から装備を盗み! この俺を見下し! この俺のもとから愚かにも逃れようとした罪! 償わせてやる! ひれ伏せ! ひれ伏せェ!」
どうにも梅雪くん、力づくでひれ伏せさせるつもりの様子で、刀に込める圧力を増していく。
金属礫をまとった竜巻がすさまじい音を立てながらアシュリーの絡繰を削り取っていき、ついに装甲がハゲて内部の回路が露出し始める。
しかも、風の圧力なのか、あるいは精神的な圧力なのか、十歳としてさほど大柄なほうでもない梅雪の剣を受けて、二m超えの金属塊をまとったアシュリーが、ついに片膝をついた。
シナツの力で風を固めて足場とし、シナツの力で剣を押して圧力とし、シナツと金属性の道術を組み合わせて、金属のつぶてを含んだ竜巻を刀にまとわせて、相性不利の巨大金属塊を圧倒している。
これらの技術は、一対一想定の訓練では発揮するどころか、思いつくことさえできなかった。
『中の人』はシナツのことを速度強化と攻撃に風の属性が加わるものとしか把握していなかったし、シナツについての知識は、梅雪の方にもなかった。
つまり梅雪は、戦いながら使い方を思いつき、訓練を経ずに実戦投入しているということだ。
破滅が約束された天才、氷邑梅雪。
彼はどうにも……
戦いの中でこそ成長するようだった。
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