第7話 初めての実戦
ところで人間には三すくみが上下二種、合計六種類の兵科が存在する。
下位の三すくみは剣士、騎兵、道士であり、道士はステータスの都合で有利なはずの剣士にもぶち抜かれるが、本来、道士に強いのは騎兵なのである。
で、騎兵とは何か?
これを見て『騎馬隊』を想像する者は多いだろう。実際、ゲームの
騎兵は騎馬ではないのだ。
では、何か。
答え。
「ほう、我ら機工絡繰忍軍に戻って欲しい、とな?」
梅雪はゲーム知識を活かして、自家隠密であった機工絡繰忍軍の隠れ場所へと向かった。
機工絡繰忍軍は、ボディスーツをまとって手足にパワードアーマーを身に着けた集団である。
そう、騎兵とは。
『騎乗兵器乗り』のことである。
開発に曰く『筋肉担当の剣士、魔法担当の道士、科学担当の騎兵』ということらしいのだが、どうして筋肉と魔法と科学で三すくみにしてしまったのか、多くの者の混乱を呼んだ。
だがそれはそれとしてロボットとかメカが出てきて嬉しくない男の子(男性向けえっちゲームなのでお客さんは大体成人した男の子たち)はいない。
実際、目の前でどう見ても戦国時代にあってはいけないテクノロジーでできたアーマーを身に着けた人たちが動いているのを見て、
しかし減圧のためにプシュープシュー音がするのは、情報収集や諜報を生業とする忍者としていいのだろうか、というようにも思わなくはない。
「ボンは機工絡繰が珍しいのか?」
出奔したはずなのにやけにフレンドリーに話しかけてくるのは、元氷邑家隠密頭である。
梅雪の目の前にある姿は体長二m以上は確実にあり、横幅も横の長さが一m以上はあるであろう、巨大な絡繰であった。
さすがネームドキャラ、他の隠密たちと違って、その肉体はいっさい露出していない。完全に『中』に乗り込んでいる。
ずんぐりむっくりしたシルエットは遠目に見れば愛嬌があるものの、こうして近くで向かい合ってみると、その金属の質感と巨大さはひたすらに威圧的である。
おわん型の頭部の中で赤く光るモノアイもまた不気味であり、巨大な体に比してなお巨大な両腕は、特に戦闘体勢に入っていない今でさえ、圧倒的な力強さを感じさせた。
それと、正面から向き合う。
十歳の少年にとってはそれだけでもたいそうな胆力が必要なことであった。
だが、『こいつらを土下座させる』と決めた梅雪はひるまない。
煽りに対する報復は、梅雪からあらゆる恐怖を取り除くのだ。
「いや何。いい装備だと思ってな」
梅雪は薄く笑った。
巨大なモノアイの絡繰が、男性とも女性ともとれない、機械的に変換された声で「おお!」と喜ぶように声をあげた。
「わかるか! センスはいいじゃねぇか!」
「ああ、わかるとも。何せ貴様らの装備は、氷邑家の金でそろえたものだからな」
「……」
「その装備を盗んで出奔した気持ちはどうだ? 俺なら恥ずかしくてそんなに堂々としてはいられないが……」
そう、何がムカつくって、軍備のためのお金は氷邑家が出しているものだ。
それを用いて用意した兵器を持ち逃げしたのだ、この連中は。これは梅雪でなくともムカつくだろう。
しかもルートによっては、この持ち逃げした装備ごと主人公に降るのだ。
ありえない恥辱。埒外の屈辱。雨の日に傘をパクる野郎なみの外道行為……!
「今すぐすべて脱ぎ捨てて、俺の前に土下座しろ。そうすればその後の身の振り方について一考してやらんこともない」
梅雪は親指を地面に向けた。
『そこにはいつくばって土下座しろ』のハンドサインだ。
通常、これには反論不可能である。一〇:〇で盗んだ側が悪いのだから。
だがここは戦国時代をモチーフにした世界。倫理観もまた戦国時代であった。
「オレたちをつなぎとめておけねぇ、見る目のない当主が悪いんだろ?」
まったく悪びれた様子もなく、男性にも女性にも聞こえる機械音声は発言してみせた。
梅雪のこめかみがヒクッと動く。
梅雪の不機嫌に気付いていないのか、気付いてても、『無能な氷邑家後継』ごとき恐れるに足りないと考えているのか、目の前の巨大な金属の塊は、言葉を続けた。
「だいたいよぉ、隠密がまるまる抜けたことにも気付けない程度の連中しか残ってねぇ時点で、氷邑家は終わってんだよ。必ず負ける家に忠義を尽くしてなんになる? この時代、生き残れなきゃ意味ねぇだろうが」
「盗人猛々しいとはこのことだな。まさかコソ泥風情から説教を垂れられるとは思っていなかった。だが、夏場の蚊のごとく人目を盗んで動く手腕には一定の評価もしてやろう。……最後通告だ。今すぐ、氷邑家から盗んだものを丁寧にそこにならべ、この俺に
「は! しなかったらどうする?」
「立場をわからせてやる」
「言うじゃねぇか! 剣才のかけらもないボンが! いいぜ! やってみな! ……おい、お前たち、手を出すなよ! 数の差で負けましたなんて言い訳されたかねぇからな!」
周囲を囲む機工絡繰忍軍の
その態度はどれも、梅雪を嘲笑しているかのようだった。決して敵わない相手に挑む身の程知らずを見下すような視線が、梅雪に突き刺さる。
それに対して梅雪は、
「おいおい、どうしてそちらが上のつもりなのだ? ……『あの時、周囲を囲んでる全員でかかれば勝てた』などと言われては敵わん。全員で来い」
「……言っとくが、オレらにそう言って、冗談で済ませられると思うなよ?」
「安心しろ。貴様らのしたことを冗談で済ませてやるつもりはない。──這いつくばれコソ泥どもがァ! この氷邑梅雪が直々に上下関係をわからせてやる!」
「威勢いいじゃねぇか! ぶっ殺されても元気でいられるか試してやるよ!」
かくして、氷邑梅雪にとって、初めての実戦が始まる。
……実は、こうやって正面から行けば一対一で戦えるという打算を『中の人』はしていた。
だが、氷邑梅雪は煽りに煽り返さずにいられず、なぜか全員と戦うことになってしまった。
(ここからどうしよ)
本当にどうしよう。その思考は『中の人』のものなのか、まだ十歳の少年が発した子供らしい弱音なのか、完全に統合されてしまって、わからなかった。
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