こうして僕の中の僕は俺となった
召使いちゃんに案内された場所は応接室らしき場所であり、少し低いゴージャスな丸いテーブルを中心に朱色の椅子が並んでいる。
俺はテーブルを挟んで扉から反対の椅子に座り、「ここで少々お待ち下さい」と言われたので大人しくしつつもソワソワしながら部屋を眺める。
「ナリキンかよ……」
部屋中に敷き詰められた花の絵画。
赤、青、黄色と色とりどりな絵画達だがよくよく見れば全て薔薇。
絶対ナルシストだ――。
きっと高身長で細身のイケメンがこの天界の長なのだろう。もっと言えば前髪を横に流し、顔のタイプはジャニーズ系で胸元に薔薇が差された白スーツ。
まだ会ってもねぇのにスゲェイライラしてきた。
こんなふうに会ってもない人に嫉妬心を燃やしていると、ドアが四回「コンコン」とリズムよく鳴った。やっと来たかと思うが、相手にとっては俺が急に来た方なのだから特に不機嫌な態度をとることなく「どうぞ」と返す。
「やぁ!」
「……?!」
俺は顎を外して驚いた。
何故なら今俺の前に現れたのは――俺だったからだ。
「初めまして! 僕は新垣誠と申します! ……と言ってもそれは不自然かな?」
新垣誠と名乗るその男はまさに俺であった。
白銀のセンターパートに毎日みている俺の目と鼻と口。唯一俺と違うのは服装が金のアクセサリーを付けた白スーツを着ていたこと。
つまり予想は半分アタリで半分想定外だった。
「新垣誠って……」
「君と僕の名前だよ? もしかして自分の名前も忘れるお馬鹿さんなのかな?」
ニヤニヤしやがって。ムカつく野郎だ。
だが弁が立たないので何も言い返せないのが心底苛立つ。
「急に自分じゃない自分が出てきたら誰でも戸惑うだろ」
「ふふっ、それもそうだね」
「一言ズバっと聞きたいのだがこれはどういうことだ?」
「これ?」
「これ意外に何があるんだよ!」
キョトン顔で首を傾げるこいつの態度が更にムカつく。親の顔が見てみたいぜ。
彼は手を椅子に向けて「まぁまぁ、とりあえず座ってくれ」と言いつつ先に座り、開きっぱなしの扉の先にいる召使いちゃんに飲み物なり食べ物なり注文する。しかし召使いちゃんはそれを事前に知っていたように言われた瞬間に横から注文の品を差し出す。
「流石に十年もここにいれば僕の頼むものくらい言わずとも分かるということか」
「はい、新垣様」
新垣様は召使いちゃんをよしよしと撫でて「今夜はご奉仕はいらないからゆっくり休んでくれ」と俺に聞こえるくらいの声で話す。
「しかし新垣様がいないと……」
「大丈夫だ、明日の朝に埋め合わせをする。それまで温めていてくれ」
「……かしこまりました。本日は念入りに入浴致しますのでしばらく席を外させて頂きます」
顔を赤らめた召使いちゃんは変に下半身を前で押さえて部屋を出る。
「おっと、待たせてしまって申し訳ない。最近の天使は欲望を持つようになってしまってね……、そのせいで尻拭いをしているのだがそれはもう大変で――」
黙れ。
と言いたいのだが、ここでそう言ってしまうと童貞臭さが充満してしまうので心の中だけでこいつに罵声と拳をぶつけるだけにした。
「そんなことはどうでもいい。早く状況を説明してくれ」
「分かった分かった、君は早漏タイプだね」
「だったら何だよ」
「やっぱりそうか〜、いや〜分かるんだよね〜君みたいなピュアな顔をしている人間って――」
同じはずの顔に泥を塗る新垣様。
しかしよく見れば彼は俺とは違って肌はきれいだしメイクもしている。香水も不服ながら趣味の良い、所謂モテる男がつけてそうな花の匂いをつけているのである意味では俺とは違う俺なのか。
「俺が俺を馬鹿にして楽しいか?」
「それは勿論だよ。君は僕のマイナス部分だけを搾り取った残り汁、つまり僕は僕でも俺ではない」
「……どういうことだ?」
「さっきから聞いてばっかでつまんないじゃ〜ん。そんなんじゃいつまで経っても負け組だよ〜」
ほんっと腹立つはこいつ――と思いつつも『僕のマイナス部分』という言葉に疑問を隠せない。だからここもぐっと堪えてこいつの会話に乗ることにしよう。
「それはきちぃな。……で、マイナス部分ってどういうことだ?」
俺はやっと椅子に座って目を尖らせる。すると新垣様もそれに応えて少しは真剣に喋り始めた。
「ふん、流石にウザいノリだったね。申し訳ない。……元々僕と君は二人で一人の天使だったんだ」
切り替えはぇな。
「つまり実は君も僕と同じ天使。しかしある時、僕達の母であるゼルビアがこう言った――」
「……?」
「不完全な天使がワタシの血を継いでいることを許さないってね」
「これはまたドギツイ母ちゃんだな」
「しかしそれは当たり前のこと。何故なら僕達の母は天界でも指折りの戦士なのだから」
「指折りの……、戦士……?」
「君の世界でも悪魔とか天使とかのファンタジー的な概念があるだろう?」
「あぁ〜そういうことか」
「天使と悪魔は古来より常に争いあっており、ゼルビアは第一線で体を張るリーダーだった。その子供となればそれなりの期待があったのだが、残念ながら力も弱くて意志も弱い上に頭も悪くて品もなかった。だからその負の部分を切り離すために生まれたのが君だ」
「切り離した?」
「そうだ。ゼルビアは禁忌魔法で僕のクローンを作り、僕の使える魔法、身体能力、知能をそれぞれに振り分けて悪い方を君へ、良い方を僕に振り分けた」
「ちょっと待て、いくら悪いと言えど身体能力とかを俺に持ってくればお前はどうなるんだ?」
「そこも都合よく禁忌魔法があってだな――」
その後も長々と新垣様の話が続いた。
ざっくりまとめれば一人の天使の良い能力だけをあいつに、悪い能力だけを俺に割り振った。そしてあいつ空いた能力の枠に禁忌魔法でカリモノの能力を埋め込み、全てが完璧な新垣誠様が完成したということらしい。
現に天使であったはずの俺の体には羽はついていないし、頭も身体能力も悪い。嘘をついているわけではなさそうだ。
しかしなぁ……。
そんな話をされると少々嫌な気持ちになる。
俺はこいつの劣化版と言われたようなものだ。
「なるほどな……」
「あぁ……、そこでなんだが一つ僕と君で手を組まないか?」
「手を組む――?」
「ゼルビアを……、一緒に殺してくれ――」
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