第17話

「旦那様」

 胸に耳をよせる。

 心音は聞こえなかった。

 死んでいた。

 涙はでなかった。

 人形だから。

 それから、見るモノ全てが灰色になった。

 着ているドレスも、食卓に並んだ冷めた食事も、綺麗な食器も、みんな、みんな、灰色になった。

 上着も着らず外に出ると、灰色の雪が降っていた。

 ザク、ザク、ザク

 足が引っかかって階段を転げ落ちる。

 人形はしばらく動かなかった。

 雪が冷たい。

 人形は顔をあげた。

 顔についた雪が溶けて、涙が流れているようになっていた。

 雪は止みそうになかった。

「困ったら、あの喫茶店に行きなさい」

 人形は老人の言葉を思い出した。

「生き返らせてもらわなきゃ」

 人形は立ち上がって、電話ボックスに向かっていった。

 電話ボックスから出る。

 どう行ったら喫茶店につくのか分からなかった。

 けれど、向かうしかなかった。

 しんしんと降る雪。

 頭と肩に雪が積もっている。

 車の音。

 雪と溶けた水が、人形に飛び跳ねた。

 着ていた服は濡れて汚れた。

「どこ、かしら」

 人形は歩き続けた。

 歩いても、歩いてもたどり着かなかった。

 人形はゴミ置き場に倒れ込んだ。

「生き返らせてもらわなきゃ」

 疲れた、少し休もう。

 目を閉じた。

 老人に抱かれていると心音が、トクン、トクン、と耳に響いてきた。

 それが心地良かった。

「胸から音が聞こえます」

「心臓の音だよ」

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