第3話
キー、バタン。ッタ、ッタ、ッタ、ッタッ
「彼女はできあがったかね」
老人は人形師に問いかけた。
「ええ、こちらに」
薄暗い店内、ランプの炎がゆらりゆらりと揺れている。まだ時刻は昼過ぎだというのにカーテンを閉めきり日の光を遮っていた、奇妙な店だった。
人形師は紐を下に引いた。横にあった幕がさっと開かれた。
そこには、目を閉じて椅子に座っている乙女がいた。黒と薄紫のドレス、バラが飾られた帽子、形の良い額の真ん中で分けられた長いダークブラウンの長い髪、少しだけ下がり氣味の眉毛、七色の瞳の大きな目には長いまつげが、まぶたはうっすらと紫がかり、頬にはほんのりと紅が差し、唇は桜色をしていた。
老人は息をすることも忘れ、じっとその姿を見ていた。
それから、ため息を漏らした。
「感謝する、期待以上だよ」
「私、渾身の出来です」
人形師は乙女を抱き上げ、老人の前のカウンターに置いた。
老人は乙女に一番最初の声をかけた。
「こんにちは、お嬢さん」
オルゴールの音。
その乙女はじっと見ていた。水晶の中に銀河があった。渦を巻いて、星々が瞬いていた。水晶はオルゴールの鳴る箱に入っていた。箱の中に宇宙があった。
「不思議です」
「面白いかね」
「はい」
老人は揺り椅子に腰掛けゆらゆらとしながら、パイプを燻らせ、乙女に問いかけた。
「これはなんですか?」
「エーテルの結晶、自然、世界そのもの、私の魔法、お前さんさ」
「これが私なのですか?」
「そうといってもいいし、違うともいってもいい、確かにその水晶がなければ、お前さんは動かないが、それ自体がお前さんそのものなのかと言われたら違うだろう」
「これが壊れたら私も止まるのですよね」
「そうだね。だがそれがある限りお前さんは止まることはない。私がこの世からいなくなってもね」
「旦那様はいなくなったりしませんよ」
人形はいって、ニコニコと水晶を眺めている。
老人は煙をふーっと吐きだした。天上に向かって広がってゆく。
「私とずっと一緒です」
老人は乙女の言葉を聞いてほくそ笑んでいた。人形は椅子から降りて、たたたたと老人の膝の上にのぼった。人形の乙女はご機嫌なようすで鼻歌を歌いだす。
老人は胸が温かくなるのを感じた。
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