平日自分史

@kamulo

本文

思ったより人生はどうにもならないらしい



まずは自己紹介から。今年で24歳になる社会人2年目男性。大学はそこそこ偏差値の高いところに入ったが、特にやりたいことは見つからず、なんとはなしに卒業して就職した。名前を聞いたことがあったゲーム会社の事務職を細々とやっている。仕事は楽しいと思わない。



【月曜日】

ふと気が付いたら電車で座ってた。訳が分からない。ふざけるな。20秒くらいフリーズした後、スマホを取り出した。19時を回ってる。南米の標準時に設定したっけか。いや、そんなことはない。電車の外も暗い。どうやら本当に夜になっているようだ。今日は会社に行ってない?休日?否、スマホの日付は月曜を指しているし、スーツを着て通勤カバンも持っている。全くどうなってんだ。冷や汗が出る。気持ち悪い。

数分落ち着いてよくよく考えてみた。その結果、今日月曜になって普通に出社したはずが、日中の記憶が抜け落ちてる。という可能性があることが分かった。どーしてこんなことになったのか。そんなことがあっていいものか。

まあ、いや、全く覚えていないわけでもない。朧げに、朝電車に乗って会社に向かい、着いて、オフィスに入って、自分のデスクについた位の記憶はある。ただ、しかし、その後何をしていたか全く思い出せない。なぜ?くそくらえだな、人間の仕様は。

あれこれ考えているうちに降りる駅に着いた。まだ混乱しているが、家まで歩いている間に一つの解決策にたどり着く。「様子見」することにした。単に仕事で疲れ過ぎて頭が鈍ってるだけ、それで記憶が曖昧になっているだけということも大いにある。むしろそれが一番ありうる。明日には治ってるであろう、多分。むしろ今日はつまらない時間の記憶を飛ばせてラッキー、だと思うことにしよう。明日は多分なんとかなってるはず。もう今日は、さっさとソシャゲを消化することだけ考えよう。



【火曜日】

なんとかならなかった。今日も気付けば帰りの電車。今日は吊革につかまってる。20時前。呆れて物も考えられない。意味不明な現実を受け入れ切れず、頭を掻きむしる。本当に訳が分からない。やはり朝電車に乗ったような記憶はあるが、それ以降の記憶がほとんどない。さすがに心配になってきた。現状はきちんと帰りの電車に乗れているが、途中で卒倒したりしたら?大怪我したりすることになったら?今は特に体のどこかが傷づいている感じはしないが、いつそうなってしまうか分からない。

行くべきか、病院。でもいつ行けばいい?そもそも何科を受ければいいのか。とりあえず近くの内科か精神科に行けばいいかもしれない。でも、今日は夜遅くてもうどこもやってない。救急?いや、でも、そこまで大事にはしたくない。やりかけの仕事も残っている、はず。記憶が無いので分からないが、自分のことだから何かしら滞っているだろう。明日休んで良いのか?分からん。何が自分にとって最適なのか、全く判断できない。

降りる駅に着いたので、すごすごと降車する。一旦、もう一日だけ「様子見」しよう。まだ2回だけだから、本当に危険な状態なのか確証が無い。これで明日また同じだったら、有給とってでもすぐ病院に行く。明日大丈夫そうなら、病院は土曜にでも行けばいい。それで問題ないだろう。ソシャゲ消化したら、今日は早めに寝よう。



【水曜日】

なんでや。ちょっとやばいかもしらんな。今日は気づいたら帰りの電車を降りて、家に帰る途中だった。悪化してるやんけ。記憶もほとんど覚えていない。朝起きて本当に電車に乗ったかどうかすら、はっきりと思い出せない。流石に病院行けばいかなきゃまずいか。朝一番に会社に電話を入れよう。

あーあ、でも、理由か。会社に休むに足る理由を添えなければならない。なんて言えばいいのか。「最近、朝起きてから家に帰るまでの記憶が無くて心配なので、大事をとって病院に行きます」と正直に言えばいいのだろうか。いやでもこれは、現状を正しく表しているもののあまりにも端的過ぎていて、明朝初見でこれを聞き取る派遣さんまたはアルバイトさんを無駄に混乱させてしまう可能性がある。「体調不良で病院に行くので休みます」、これくらいでいいだろう。

全く本当にどうしたというのか。これまで1年間余り、つらいと感じたことは多々あれど、こんな不思議な状態に陥ることはなかった。ストレスの感じすぎ?慣れないことばかりで仕事が遅く、正直上司と他部署との中継機ぐらいに感じていたが、それなりに努力はして食らいついていったつもりだ。ただ、年末年始を迎えたころ、自分に仕事を教えてくれていた先輩が転職を決め、先輩の仕事のうちいくつかを受け持つことになった。新人ということで比較的安易な仕事にしてもらったはずだが、それでも訳分からん仕事が増えたのは事実だった。ようやく今までの仕事に慣れ、自分で色々考えだしたところだったのだが。それでも仕事が順に増えていくのは当然のことだから、不満には思うことはなかった。その先輩を含め周りの人間は皆良い人で、聞けば何でも教えてくれたし、圧を感じることも無かった。少なくとも人間関係では最高の職場ではなかろうか。結局、自分がだらだらしてしまっているのが悪い。

少し自分語りしてしまったが、まあとにかく、会社に何か問題があるわけではないと思う。だから自分のメンタル、仕事の向き合い方、私生活など、自分の中の何かを改善すれば、現状はすぐ治りそうだと感じる。とりあえず今日は早くシャワーして寝て、朝のうちに精神科か内科か何かしらを受診しよう。ソシャゲはデイリーだけに留めておこうか。



【木曜日】

結論として、病院には行かなかった。やっぱり自分は終わってる。

朝目が覚めた時、ベッドから動けなかった。今ここで起き上がって準備しないといけないのに、ベッドから降りることもできなかった。ここで無理に動いてしまったら、心に深い傷を負う一日が始まってしまいそうで、怖かった。「体調の悪さは感じてたし、今日は休もう」と何度も口にしながら、時計をできるだけ見ずにうずくまって過ごした。始業時刻になってから5分後、のそのそと起き上がり、スマホを手に取って会社に体調不良で休むと電話した。慣れないことだったから声が震えた。それでその後、病院に行こうと最寄りの何かしらを探したが、途中でふっと面倒くさくなった。何のために行くのか、本当に行く必要があるのか、今更その意義を見失ってしまった。それよりも、貯まったゲームやアニメのタスクをゆるりと消化した方が自分の心のためになるのではないか、と思ってしまった。

結局、病院を探す手を止めて、PCをつけて一通りゲームを触った。最寄りのコンビニに行き、おにぎりや菓子パン、カップ麺をそこそこ買い込んで家に戻った。これらをPC前にドカンと並べて、またゲームを再開。食べるのに集中したいときはアニメを流し見した。楽しかったは楽しかった。

いつの間にか夜になって、そこそこ後悔した。これでよかったのか。気は紛れたけど、根本的な解決にはなっていない気がする。ちょっと無理してでも病院に行けばよかったのか。何が正解だったのか本当に分からない。机に突っ伏して頭を悩ませる。少なくとも、「これでもうすっかり元気!さあ明日から仕事を頑張ろう!」という気には全くならない。病院に行ったらどうなっていただろうか。どこか精神科に行ったとする。「予約とってまた来てください」になるような気がするなあ。それだったら今日休んだ意味があまりなくなる。仕事の合間にでも電話をかければいい。

本当にどうしようか。明日はとりあえず出社しよう。今日でだいぶ休めたはずだし、それに明日一日頑張れば土日になる。一日だけならきっとこの身体も気合入れてくれるだろう。きっと、大丈夫だ。



【金曜日】

色々なことが起こった。今自分は、家のPC前に鎮座してゲームを消化している。

ずっと頭がぼんやりしてつらいけど、まあでもとりあえず、経緯をゆっくり話そう。まず最初に、朝出勤しようとした時、最寄り駅に向かうために歩道橋をのぼったところで、妙に息切れして冷や汗が止まらなくなり、気が遠くなった。いくらなんでもおかしかった。なんとか家まで戻ろうとしたが、どうにも動けず考えられず、通路の端になんとか身体を動かし、その場でうずくまった。周囲の2,3人が足を止めて声をかけてくれた気がするが、よく覚えてない。目線が上にあげられなかったから、どんな顔をしていたのかもよく分からない。「大丈夫か」と聞かれた、と思う。だから、「大丈夫じゃないです、すみません」と返した。その後、さらに意識が薄れて、頭を通路の壁にもたれさせたところで、ブツン。

と電源が切れた感じがした。

次に再起動して目を開けたとき、何も分からなかった。正確には、何か色々なものが目に見えているし触れているが、なぜそれらを感じる状況に自分が陥っているのか、という情報が無かったため、何が見えているのかを理解できなかった。今目に見えているのは何だ?壁?床?何色?他に見えるものは?カーテン?また、自分はどうなっているのか?立っている?座っている?横になっている?顔の向きは?首は?脚は?そして、いま自分はどこにいる?歩道橋?駅?会社?これら全ての情報を飲み込んで状況を理解するのに数分を要した。結論として、今見えているのはグレーがかった白タイル状の天井で、自分の周囲は衝立のようなカーテンがかかっていた。そして触れているものはシーツと毛布である。ここから推察するに、どこかの施設のどこかの部屋のベッドで寝かされている。恐らくきっと。

久しぶりに平日の昼間から横になっていることに少し背徳感を抱いて嬉しくなったが、今はそんなことを考えている場合ではない。この現状から察するに、自分はあのまま倒れて気絶してしまい、それを心配してくれた人たちに病院かどこかに担ぎ込まれたのだろう。ああ本当に全く、やってしまった。なんて自分は愚かのだろう。見ず知らずの人に迷惑をかけ、また社会人としての適性も無い。早期昇進の道も自分には無理なんだな。グッバイ、ハイキャリア人生。

そんな論理的思考にあれこれと浸っているうちに、ベッドに誰かが寄ってきて顔を覗き込んできた。恐らく30代前半ほど、身長は平均ちょい下くらい、体型は普通ほどと思われる看護師風の女性だった。彼女は自分を心配する言葉をいくつか吐いてきたので、「もう大丈夫です」と言って身体を起こした。そして愕然とした。倦怠感がすごい。もう一回寝たい。彼女が慌てて「まだ寝てた方がいいです」と促すので、お言葉に甘えることにした。もう30分かそこら様子を見て、身体が回復したタイミングで事情聴取するとのこと。承知しました。それではもう少し、目をつぶって休みながら、なぜこうなったか、これからどうすべきかをゆっくり考えることにした。

はずだったが、30分しっかり寝た。さきほどの彼女が起こしてきてくれた。多少スッキリした。気分の悪さは残っているものの、今までの月火水木、それと今日の朝よりかは格段マシになった。体調も大丈夫ということで、事情聴取が始まった。聴取には彼女と、恐らく40代で細身の、ベテラン感のある女医?看護師?の方も増えた。まずここは病院らしい。それはそう。それでどうやら、今朝歩道橋でうずくまったところで、気絶したらしい。周囲の実に親切な方が119番してくれて、さらに身体を引っ張って日陰まで移動させてくれた。なんと慈善的で素晴らしい行いだ。本当に助かった。救急隊員が電話番号を控えてくれたらしいので、後で直接お礼を言わなければ。病院に運び込まれた後は、簡単に検査をし、外傷も無さそうということで、ベッドで安静にさせられていたらしい。特に意識がはっきりしないようなら、さらに検査を重ねていたそう。大事無さそうでよかった。

はあ?正気か?説明に違和感があるだろ。「簡単に検査して外傷もなかったから寝かせて置いた」というのは、医療行為として適切なのか。見た目や外傷で問題が無くても、脳や内臓には何か影響があるかもしれないではないか。道端で誰かが気絶するなんて、病院側からしたらよくある話なのかもしれないが、万が一、ということもある。それを適当に放置するなんて、この病院は大丈夫なのか。ああ日本の医療崩壊の波はこんなところまで届いていたのか。あまりの嘆かわしさに天を仰ぐ。白いタイル状の天井だった。


退院した。時間はお昼前といったところ。あれから特に追加の検査はなく、そのまま解放。もし脳内出血とかしてて〇んだら後で訴えてやろう。それはそれとして今から憂鬱だ。会社に電話をかけて休みの連絡、それと救急車を呼んでくれた人の携帯番号が伝えられたから、お礼の電話をしないといけない。面倒くさい。このまま帰って寝かせろよ。腹も減ってきたし。

会社には病院を出てすぐ電話した。理由は伝えなかったが、ちょっと心配された。体調不良続きで休んだから仕方ない。今回も「体調不良で」と伝えただけでなんとか済ませた。理由を話すべきか?部下のメンタル管理まで上司の仕事なのか?世の管理職は思ったより大変らしい。

家に帰る前に途中のスーパーでスポドリやゼリー、菓子パンを買い込んでおく。家に着いたらシャワーを浴びた。今日一日に何の意味があったのかをよく考える。結論は出ず。その後はPCをつけて、動画を流し見つつゲームを消化しながら、上記を貪る。仕事を休んだ背徳感も合わさってより至福を感じる。

通報者には時間を考えて夜19時くらいに電話した。親切だった。引き続きこちらの心配をしてくれたので、かえって申し訳なくなった。ひとしきり感謝の言葉を吐いた後、通話を切った。本当に感謝はしている。

まあざっと今日一日はこんなところだ。非常識だと指をさされるかもしれないが、ものすごく面白い経験ができた。気絶したのも救急車に乗った(記憶が無いのが悲しみ)のも初めて。やはり人生、こうでなくては。想像もできない事態に直面してこそ張り合いがあるというもの。メリハリはこのくらい落差が無いとときめかない。ああ、今日は自分史に残る、とても良い日だった。

きっとそうだ。


【月曜日】

出社する。朝起きて、ソシャゲのスタミナを消化しておいて、顔を洗って歯磨きしてヒゲを剃り、弁当の準備をしつつ着替えを済ませ、弁当とペットボトルを押し込んだ鞄を掴んで家を出る。陽射しがちょっときつい。信号は待たなくてよかった。歩道橋を昇り降りする人が少なくて、サッと通り抜けられた。改札を抜けて、電車に滑り込む。座れはしなかったが、二駅で降りるので問題は無い。

先週の体調不良について、会社への説明文を考える。どこまで話す?記憶喪失を体験したことは?病院にかからずにいたら気絶してしまうくらいの何かが自分にあることは?悩ましい。これを話してしまったら、もう「そういう」目で見られる。飛躍的なキャリアアップは難しくなるかもしれないし、むしろ職場の腫れ物になるかもしれない。しかしこのまま働き続けても泥沼だし、全く話さないというのはありえない。やはり腫れ物になるか?それで余暇を楽しむ人生に切り替えるか。それなら精神科かどこかで診断書をもらって徹底的にやった方が、かもしれん。

親はどう思う?今までのことを何も話してない。活躍の道が途絶えたことを見て、がっかりするだろうか。果たして。


しんどいな。考えるのも。自分以外の人間の中身も考慮して決断するなんて実に不可能的で馬鹿らしい。しんどすぎるな、あまりにも。世の他の人間はどうやってるんだ?気色悪い。

もう、いいか。自分には無理だ。無理だ駄目だ限界だ。あれこれ考えたところで何かが大きく変わるわけもない。何をしようと何も関係ない、どうだっていい。世界は勝手に回っていく。

ただただ適当に、自分のことだけ考えて一日を生きていく。これさえできればいい。

もうそれでいい

それでいいから

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