Ⅲ-Ⅴ 渋谷藍



 *一二月二二日 金曜日 自室



「いっちゃん! 起きてー!」

「ぶ……っ!」

 幼馴染の容赦ないのしかかりで、一瞬にして目が覚める。

「綾人……てめえ……」

「起きた起きた、任務完了っと。いっちゃんごめんね、今日ちょっと寝坊しちゃって、ゆっくり起こしてあげる時間ないんだ。だからさっさと起きちゃってねー!」

 早口で捲し立てるように言う。

 綾人は満足したように俺の上から降り、急いで階段を駆け下りて行った。

「朝ご飯はあるからねー!」

 リビングから、声が届く。

 本当、台風のようなヤツだ……。

 起き上がり背伸びをすれば、ポキポキと骨が小さく鳴る。

 いつも通りクローゼットから制服を取り出すと、寝癖を直しながらそれに着替えた。



 *一二月二二日 金曜日 登校



「ねえ、いっちゃん指はまだ痛い?」

 雪の降る通学路を、綾人と二人で歩く。

 寝坊したとのことだったが、朝食を早めに切り上げるといつもとほぼ同じ時間に出ることができた。

 綾人が気にかける右手の人差し指は、昨日と同様冷湿布を巻いて硬めの包帯で固定してある。

「いや、痛みは取れた……でも、球技大会は迷うところだな」

 やってできないことはないと思うが、やはり足手まといになる気がする。

「そっか……」

 綾人はなんだか、俺以上に落ち込んでいるな。

「オマエが元気ないと、調子狂うんだが」

「だって……いっちゃんと一緒に試合出たかったなって……」

「なんだ。じゃあ昨日、サボらなければ良かっただろ」

「そ、それはそうなんだけどぉ……」

 綾人はモゴモゴと口籠る。

「なんだよ?」

「い、いっちゃんには分からないことがあるの!」

 叫び、早足でさっさと歩いて行ってしまう。

 なんだどうした。

「意味分かんねえ……」



 *一二月二二日 金曜日 教室



「おはよう、二人とも」

 いつもより騒がしい教室の中、委員長はすでに着替えを済ませ待機していた。

 昨日の朝とは違い、すっかり憑き物が落ちたような表情だった。

「今日はいい天気になったな、絶好の球技大会日和だ」

「いや、雪だけど」

「この程度の雪なら、競技に支障はないだろう? サッカー部も朝練をしていたぞ」

「…………」

 平然と言ってくれる。

 凛とした見た目に反して、こういうとこ運動部だよなーと思う。

「神田とはあの後なんか話したのか?」

「ああ……昨日少し、な」

 俺達が何故そのことを知っているのか訊かれることはなかった。

 たぶん、神田からある程度の説明はされたんだろう。

「売り言葉に買い言葉だということは、分かっていたんだ。きっかけを作ってくれたこと、感謝する」

「いや……俺は何も……」

 ほとんどアイの説教だったしな。

「…………」

 まだ委員長の右手には、やはり包帯が巻かれていた。

 袖口から見えるそれが、妙に痛々しい。

「大したことない」

 俺の視線を感じたのか、委員長は頼もしく言い切る。

 そして安心させるように笑い、今度は俺の手を見る。

「オマエの方こそ大丈夫なのか?」

「ああ。委員長の応急処置のおかげで痛みはだいぶ取れたよ。試合に出て活躍できるかと言ったら怪しいが」

「残念だが、無理をするのはよくない。オマエが出るバスケの試合、見てみたかったが……」

「ボクが頑張るから……っ!」

「え……」

「月島……?」

 間に入る珍しい声に、俺と委員長は同時に振り返る。

 そこには両手を強く握りしめた綾人がいた。

「い、いっちゃんの分……ボクが、頑張るから……っ」

「綾人……」

 何故だか、綾人の言葉はとても頼もしく聞こえた。

「ああ、期待しているぞ」

 それに応えるように、委員長も力強く頷く。

「う、うん……!」

 自分自身に言い聞かせるように、綾人は大きく息を吐いた。



 *一二月二二日 金曜日 球技大会



「えいっ!」

 試合前の練習時間を有効に使おうと、俺達は体育館に来ていた。

 しかし、同じような考えのヤツらが他にもたくさん集まっていて体育館は人で溢れている。

 とりあえず先に練習していた隣のクラスのヤツに一〇分だけバスケのゴールを貸して欲しいと頼み、場所をあけてもらったのだ。

 結果として、幼馴染がボールに遊んでもらっている状況になってしまっているが。

「ああああ……!」

 ゴールに嫌われるボールを拾っては投げ、拾っては投げ……。

「よいしょ……っ!」

 ……を繰り返している綾人を生暖かい目で見守っていた。

「肩に力入れ過ぎだぞー」

「左手は添えるだけっ!」

「肩だっつってんだろ! ――――ったく」

 ……どうしたんだろうな、今回は。

 昨日とは打って変わって、こんなに努力する綾人……久しぶりに見た気がする。

「朝霞! こっちだ!」

 綾人の隣で、クラスメイトと練習する委員長の姿が見えた。

 しかし残念なことに、今回も委員長とは別のチームになってしまった。

 未来を知ってるからといって、なんでも思い通りになるとは限らない。

 そういうものらしい。

「やあ」

 後ろから聞き慣れた声に話しかけられた。

「アイ……」

 運動着に着替えたアイだった。

 もちろん手袋付き。

「キミは試合に出ないのかい?」

「ん」

 アイの目の前に、右手を差し出す。

「おや」

 きょとんとした表情を返された。

「残念だね」

「そういうオマエは出ないのか?」

「もちろん出るよ。クラスメイトと協力して勝利を掴むなんて、青春だよね。こういうの、憧れてたんだ」

 思った以上に、楽しそうなアイの声が返ってきた。

 前回はサボったくせにな。

「私は……学校に通ったことないから」

「え?」

 じゃあ、いつも着ている制服はなんなんだと訊こうとすれば、いつの間にかアイはコートへのんびりと歩いて行ってしまっていた。

 マイペースなのは相変わらずだが、転校初日よりもずっと、クラスに馴染んでいるように感じた。

 やっぱりスポーツって仲間意識が芽生えるって本当なんだな。

「行ってくるね、いっちゃん!」

 そのあとを綾人がついて行く。

 どうやら綾人はアイと同じチームらしい。

「おう、頑張れよ」

 俺は二人の背中を見送る。

 さて、今回も隣のクラスとの対決だ。

 いつもの如く、田端さんの姿はないがな。

 すぐに試合の始まりを告げるブザーが体育館中に鳴り響いた。



 *



「月島!」

「任せて!」

 意外にも。

 綾人は積極的に試合に参加していた。

 そりゃあもう、今までの人見知りはなんだったんだってくらい……。

 しっかりと声を出しながら、コート上を走りまわって……。

 クラスメイト達と積極的にコミュニケーションをとっている。

「マジで……」

 今までずっと綾人の隣にいたと思っていたが……。

 それは初めて見る、綾人の一面だった。

 や、やればできるじゃねえか……。

「……シュート!」

 綾人が投げたボールが、ボンという音とともにリングに弾かれる。

 フォームはサマになってきているんだがな……。

「こっち!」

 しかしいつの間にか綾人は、誰もいない場所に先回りしていた。

 そして、ボールをもらい……。

「やった……っ!」

 ボールがリングの真ん中を綺麗に通った。

「マジか……」

 綾人のブイサインに面を食らう。

 すごいな綾人のヤツ。

 まるで、チームメイトの動きが見えているようだ……。

「アヤト!」

「わわ……っ! ごめん!」

 その後すぐにアイからのパスを見事に受け損ねる。

 ああ……俺の気のせいだったか。

 何故か今回はアイと同じチームになったのだ。

 それにしてもアイのヤツ、手袋したままよく滑らずにボール持てるな……。

 というかその手袋は、誰からもツッコミが入らなかったのか。

「えいっ!」

 再び綾人がシュートの体勢に入る。

 風を切るボール。

 しかし、惜しくもゴールのリングに弾かれてしまった。

 誰かの指先に触れるボール。

 次々と着地していく選手達。

 足が、床を叩いていく。

 その瞬間――――。

「あ……」

 綾人達のチームメイトの一人が足が……嫌な方向に曲がるのが見えた。

 一時中断するし試合。

「……っ」

 次々と駆け寄っていくクラスメイト達。

 体育館が、騒然となっていく。

 綾人もアイも、心配そうな表情でその成り行きを見守って……。

「いっちゃん……!」

「綾人……」

 いつの間にやってきたのか、綾人は俺のすぐ横に立っていた。

 心配そうな、泣きそうな表情だった。

「なんでオマエがそんな顔してるんだよ……」

「大丈夫……? その……」

「別に平気だ」

 そう言って綾人と、自分をなだめる。

 けれど……右足が、あの痛みを思い出していくような、そんな嫌な感じがした。

 ……もう、とっくに治っているのにな。

「いっちゃん……」

「コートに戻らなくていいのか?」

「……うん」

 視線を上げる。

 そのクラスメイトは、保健係に介抱されているところだった。

 二人に脇を抱えられ、保健室へ向かっていく。

「…………」

 あの状態じゃ、しばらくは戻って来れないだろうな……。

「大崎!」

「え……」

 突然誰かに声をかけられ、思わず声が漏れる。

 今、綾人達と試合に出ていたクラスメイトだった。

「オマエ、確か中学の時バスケ部だったよな!?」

「あ、ああ……そうだけど……」

 まさか……。

「頼む! 試合出てくれないか!? あと三分……もしかしたら、勝てるかもしれない……」

 クラスメイトの言葉に、得点板に目を移す。

 二八対三〇。

 逆転のチャンスは十分にあった。

「い、いっちゃんは……」

「カレは右手の指をケガしてるんだよ」

 アイが横から口を挟む。

「え……そうなのか?」

 アイが横から綾人をフォローしてくれた。

「今回球技大会に参加できなかったのも、そのせい」

「ケガって?」

 クラスメイトが不安そうな顔で覗き込んでくる。

「突き指。昨日の体育の時に」

「そうだったのか……月島は試合に出てるのに、オマエが出てないのおかしいとは思っていたんだ……」

 やっぱり綾人とはセット扱いなんだな。

 クラスメイトからの評価をこんな時に知る。

「……まだ、時間あるか?」

 俺はクラスメイトが頷くのを確認し、救護班のところへ向かった。

 そしてテーピングテープをもらうと、今巻かれている包帯を取り、しっかりと新しいテープに巻き直した。

 他の指は問題無く動くし、短時間だけだ。

 なんとかなるだろう。

 それに、今回は綾人だって頑張ってるんだ。

 それならば……。

「待たせたな」

 すぐにメンバーのところに戻り、新しくテーピング固定した指を見せた。

「試合出るよ。まあ、大した戦力にはならないけどな」

「本当か!? え……いや、でも……」

「……というか、俺が出たい。せっかくいいところまでいってるのに、ここで試合放棄するのもったいないじゃねえか」

「いっちゃん……」

 それに、綾人だって頑張ってるしな。

「意外と熱血くんなんだね」

 アイが俺の肩を軽く叩く。

「ほっとけ」

 まあ、突き指なんかよりも……。

 さっきの事故の方が、俺にとってはキツイかったんだけどな。

 中学三年生の時の最後の試合……あのトラウマが、蘇ってきてしまって……。

「…………」

 自分の足とは違うことを脳に知らせるため、俺は軽くジャンプをする。

 大丈夫、ちゃんと動く。

 しかもたった三分走れればいいだけだ。

 大したことない。

「出れるのか?」

「ああ」

 立ちあがり、両袖をまくり上げた。

 靴の紐を強く縛りなおす。

 ……上履きだけどな。

「いっちゃんが、やる気に……!」

「うるせえ、行くぞ」

「うんっ!」

 綾人を引き連れ、コートの中に入っていく。

「楽しい試合になりそうだね」

 アイの声も少し弾んでいるようだ。

「あんま期待すんなよ」

 こっちはケガ人なんだ。

「ん……?」

 ふと感じた視線。

 相手チームがこちらをチラチラと見ているのを感じた。

「アイツ、バスケの推薦で入ってきたんだろ?」

「えー、卑怯じゃんそれ」

「…………」

 耳に入ってきたのは、相手チームの内緒話……にしてはデカい声。

 嫌な声っていうのは、なんとなく耳に入ってきてしまうもので……。

 推薦で入ったって、バスケ部には入ってねえっつーの。

「いっちゃん……あんなの、気にしたらダメだよ!」

 綾人にも聞こえていたのか、最大限に怒りを表に出していた。

「大体、突き指してるいっちゃんなんて、素人以下だもん!」

 フォローになってねえよそれ……。

「どうして、部活に入らなかったんだい?」

 アイが悪気のない様子で訊いてくる。

「中学三年生の時の最後の試合で、足にケガしちまって……日常生活では何も問題はないけれど、試合や練習のような激しい運動はドクターストップがかかってる」

 もう高校の合格は決まっていたから、取り消しにはならなかったけれど……。

 一年の頃は、クラスに居づらくてしょうがなかった。

「そうなんだ……」

「昔の話だ。ほら、行くぞ」

 俺達がポジションに着くと、試合再開のブザーが鳴った。



 *



「納得行かないーっ!」

 試合が終わり、俺と綾人は二人で教室に戻ってきた。

 ちょうど昼時のため、室内には他のクラスメイト達も各自で休憩したり食事を摂ったりしている。

 勝ち進んでいるチームは無さそうだ。

「なんでブザーの後に入って点数になるのさ!」

 椅子に座りながら、机をバンバン叩く。

「ブザービーターっつって、ブザーが鳴ると同時に放たれて決まるシュートは有効なんだよ。さっき説明したろ」

 あのあと、すぐに点数を覆らせた俺達だったが……。

 喜んだのも束の間、最後の最後で気が緩み、再び点数をひっくり返されてしまったのだった。

 しかもブザービーターで。

 見事な逆転負けで、びっくりだぜ。

 自分で言うのもなんだが、手に汗握る試合だったな……あれは。

「でも、いっちゃんのシュート率の高さはすごかったね! あんま現役時代と変わってない感じ! 突き指してるのに!」

 キラキラと瞳を輝かせる綾人。

「まあ……あれはセンスの問題……」

「ひどっ! それってボクが才能ないみたいじゃん」

「……いや、でも今回のオマエはすごかったよ。未来が見えてんのかってくらい、いい場所にいたし」

「そ、そうかな……っ!?」

「……ああ、今日は素直に褒めてやるよ」

 ぽんぽんと、綾人の頭を叩く。

「それじゃあ、お弁当にしよっか!」

 綾人はいつもの弁当を取り出す。

 いつもは箸なのだが、突き指した手だと食べにくいと思ったのか、俺の分だけフォークに変えられていた。

 気を使ってもらって申し訳ないな。



 *一二月二二日 金曜日 放課後



「んー! ひと試合終わった後のココアはおいしいねえ」

 午後にあったもう試合を終え、俺達は帰路に着いた。

 その試合は俺以外に出れるヤツがいたので、出場は譲っておいた。

 残念なことに負けてしまったが。

 自販機で買ったばかりのココアを飲みながら、幼馴染は俺の隣を歩く。

 普段の授業が終わるよりも少し早めの時間だった。

「甘いだけだろ」

「だから、疲れた体には甘いものがいいんだってば」

 あまり甘いものを欲しない俺にとっては、コイツの感覚は理解できないな……。

 試合後はやっぱり肉だろ。

「ねえ、いっちゃん……」

 何かを見つけた綾人が、住宅街の奥の道路を指差した。

「どした?」

「あれって……」

 視線の先にはやたら背が高く、シンプルなブルゾンを羽織り、グレーのカーゴパンツを履いた見覚えのある……。

「神田?」

 そこには……。

 何やら右手に毛玉らしきものを持った神田が立っていた。

 左手にはやたら大きなビニール袋に入った荷物も持っている。

 向こうもこっちに気付き、話しかけてきた。

「オマエら、今帰りか?」

「あ、ああ」

「そうか。ま、気を付けて帰れよ」

 そう言って神田はさっさとどこかへ行こうとする。

 コイツ……今日サボりやがったくせに悠々と……。

 何か急いでるのか?

 それとも……。

「ん? オマエ、何持ってんだ?」

「な、なんだっていただろ……っ」

「あ、ねこさん……」

 綾人もその真っ黒な毛玉の存在に気づいたらしい。

 もしかして、あの……。

「やっぱり拾ってくれたんだな……」

 やはり昨日の心配は杞憂だったようだ。

「やっぱりって……ああ、そういうことか」

 俺の言い方で察したらしい。

 この子猫は、放っておいても神田が拾ってくれるんだな。

「オマエ、意外と面倒見いいよな」

「す、捨てられてたんだ。放っておけないだろ」

「だよな」

 俺も放っておけなかった一人だから、気持ちは分かる。

「コイツのこと、よろしくな」

「分かってるよ」

 神田は、子猫に優しい微笑みを投げかける。

「……じゃあな」

「ああ」

 俺は猫と神田の姿を見送った。

「いっちゃん、いつの間にか神田くんとも仲良くなってるんだ」

「いや、別に仲良くなんて……」

「照れることないってー。神田くん、いい人だよきっと」

 前もそんなこと言ってたな。

 確かに、最初に思っていた時より危険人物ではない気がする。

 綾人は、本能的にそういうのが分かるのかねえ……。



 *一二月二二日 金曜日 自室



「ふあ……」

 家に帰り、部屋でゴロゴロしていたら眠ってしまっていたらしい。

 目が覚めると外はすっかり暗くなっていて、街灯がついていた。

 カーテンが開きっぱなしになっていたので、とりあえず閉めておく。

 夕飯まで、まだ時間はあるな。

「そういや、今日は母さんが帰ってくる日だっけ……」

 ということは、冷蔵庫の中にリンゴが入っていたはずだ。

 小腹が空いてきたので、リビングに行くことにした。

「リンゴ、リンゴっと……」

 真っ暗な部屋の電気を点ければ、生活感のない部屋が現れる。

 中身はほぼ入っていなくせに、無駄にデカい冷蔵庫の前に立ち、扉を開こうと手を伸ばす。

「……ん?」

 ダイニングテーブルの上に、買い物袋が山積みになっているのが目に入った。

 ああ、いつもの戦利品か。

 それにしても、この大荷物。

 絶対ちゃんと使わないんだろうな。

 そして、隣にタワーのように重ねてある本……というか、分厚い冊子のようなもの。

 しかも変なタイトルのヤツばかり。

「変わった人だとは思ってたけど、やっぱり読んでる本も謎だよな……」

 それを手に取ろうとした途端、玄関から騒がしい音がした。

「綾人クン登場ーっ」

 リビングの扉がバンと開き、幼馴染が部屋に滑り込んでくる。

「うるせーぞ。つーか、勝手に入ってくんな」

「いいんだもーん。ちゃんと許可取ってるしー。って、何その大荷物」

 綾人は物珍しそうに、机の上に山積みに置いてある戦利品の数々を眺める。

「ブランドのバッグ? いっちゃんのお母さん、こういうの好きなんだね」

「母さんに関しては、俺もあんま詳しくないんだけどな」

「こっちの本は?」

「それも母さんが買ってきた本」

「へえ」

 綾人は興味津々にその本に目を通す。

「英語読めない」

「知ってる」

 俺もだし。

 そこで携帯の翻訳サイトの登場だ。

 タイトルを上から読み込ませてみる。

「…………」

 それでも、綾人は固まったままだ。

「……綾人?」

「……日本語になってもよく分かんない」

「だろうな、俺もだ」

 この翻訳、本当に合ってるのか?

 タイムリーに魔法とか書いてあるし。

 ま、あくまで何かのファンタジー小説みたいなヤツなんだろうな。

 俺は、母さんの荷物から目線を外す。

「……あ、そうだった」

 そういや、リビングにやってきた当初の目的を忘れていた。

 仕方ねえ、綾人にもリンゴ分けてやるか。

「確か、冷蔵庫の中に……」

 がらんとした冷蔵庫の中には、見事に何も入っていなかった。

「え……ない……」

「いっちゃん、どうしたの?」

 綾人が後を追いかけてくる。

「いや、なんでもねえよ」

 今回はリンゴ、用意してくれなかったんだな。

 俺は静かに冷蔵庫の扉を閉めた。

 今回は、時間なかったのか?

 ……まあ、いいか。

 そろそろ夕飯だしな。

 そっちを腹いっぱい食べるとしよう。



 *一二月二二日 金曜日 就寝前



「ねえねえいっちゃん! 明日って、いっちゃん何してるの?」

 いつもと変わらず、綾人が身を乗り出しながら話しかけてくる。

「明日? んー、特に予定はないな」

 というか、土曜日は今までずっと綾人と過ごしてるし……。

「ホントっ!?それじゃあ、明日は映画を――――」

 綾人が更に身を乗り出した瞬間、すぐ横に置いてあった電話が揺れた。

 画面にメッセージが現れる。

 アイからだ。

『明日、話したいことがあるから、予定を空けておいてほしい』

 明日とはまた突然だな。

 何か動きがあったのだろうか。

「……綾人」

「んー?」

「たった今、予定が入った」

「ええーっ!?」

「悪いな」

「まあ、いいけどぉ。……約束する前だったし」

 つまらなそうに口をとがらせる。

 ぐたーっと窓枠に頭を乗せた。

「オマエは家にいるのか?」

「んー……たぶんね」

 その格好のまま答えが返ってくる。

 コイツ、一人だとあまり外に出ようとしないからなー……。

 まあ、俺もだが。

「劇の練習でもしてようかな。もしかしたら、その後少し教会に行くかも」

 お、珍しいこともあるもんだ、コイツが一人で行動するなんて。

「頑張れよ。夕方頃には帰ってくるのか? そしたらお土産にマスドのココア買ってきてやるよ」

「えー……しょうがないなぁ。それじゃあ早めに帰ってくるー」

 我が幼馴染ながら単純だな。

 まあ、それがいいところなんだけど……。

「それじゃあボクは寝るね、おやすみ」

「ああ、おやすみ」

 綾人がちゃんと部屋に戻ることを確認し、俺も静かにカーテンを閉めた。

 そういや、明日予定のこと詳しく訊かれなかったな……。

 ま、いいか。

 今日の球技大会といい、興味が外に向いてくるのはいいことだよな。

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