Ⅲ-Ⅰ 渋谷藍



 *



「っ!」

 頭に走った鈍い衝撃と共に、俺は目を覚ました。

 見慣れた天井に、家具の配置。

 ここは……。

 自分の部屋のベッドの上。

 最後の記憶は、自分の家の庭だったはず……。

 いつの間に戻ってきていたんだ……?

「…………」

 身体を起こして、辺りを見回す。

 窓の外はまだ暗そうだ。

 枕元にある、今はもう使っていない目覚まし時計を見れば、時刻は朝の六時を過ぎたところだった。

 俺は電気も点けず、リビングへ走り、震える指でテレビをつける。

 映った番組は、アナウンサーのアイコちゃんが出ているお目覚めテレビ。

 何も変わらない、和やかなスタジオの雰囲気。

「おはようございます! 一二月一八日月曜日、今日のニュースは――――」

 ……ああ。

「まただ……」

 また……。

 世界が巻き戻ってしまった。



 *一二月一八日 月曜日 自室



「いっちゃーん! 起っきろー……って。お、起きてる……!?」

 俺の部屋に入ってくるなり、いつもと違う様子に綾人の動きが止まる。

 不思議そうに部屋中を見回し、そしてカーテンも開けずにベッドの淵に座る俺の目の前にしゃがみ込んだ。

「いっちゃん?」

「綾人、今日は……何月何日だ?」

「今日? 今日は一二月一八日だよ」

「…………」

「大丈夫? 具合悪いの?」

 右手を伸ばし、額に当ててくる。

 いつもなら絶対に拒否するはずなのに、それができなかった。

「熱は、ないみたい」

 そう言って、安心したように笑う。

 それはいつもの、月曜日の綾人の笑顔。

「…………」

 また、先週が無かったことになってしまった。



 *一二月一八日 月曜日 登校



「本当に、今日は一二月一八日なんだよな……」

 学校へ向かう、いつもの通学路。

 突き刺さるこの寒さも、近所の人達の散歩も、井戸端会議も、何も変わらない。

 とりあえずは綾人に言われるがまま登校するものの、やはり足取りが重い。

「いっちゃんどうしたの? さっきからそればっかだよ。変な夢でも見たの?」

「夢……」

 夢だったら……とっとと覚めてくれ。

「そうだ!」

 綾人が近くの電柱まで走り、そこに貼ってあるチラシを指差した。

「あ、あのね! いっちゃん! 今年のクリスマスは、街の教会でクリスマスパーティーがあるんだよ。だから、今年のクリスマスは、残念ながら、いっちゃんとは一緒にいられないんだけど……」

「…………」

 綾人の話も、もう耳に入ってこない。

 俺は決められた通学路で、ただひたすらに足を動かしていた。



 *一二月一八日 月曜日 教室



「おはよう。大崎、月島。今日も遅刻ギリギリだぞ」

 教室に入ると、委員長が近寄ってくる。

 室内の騒がしさも、今ではただの耳障りな雑音にしか聞こえなかった。

「あ、お……おはよう……!」

 綾人はぎこちなく挨拶を返すが……。

「なんだ、大崎……今日は元気がないな」

 委員長もやはりすぐに俺の異変に気付き、心配そうな顔をする。

 俺の周りは、お節介なヤツが多いな……。

「具合でも悪いのか?」

「いや……別に大丈夫だ」

 具合が悪いわけじゃない……。

 気分は最悪だが。

「そうか? なら、いいんだが……」

 どうしてみんな普通に過ごしているんだろう。

 どうして誰もこの異常に、気付かない。

 俺だけが、まるで違う世界の住人のようだ。

「なあ、委員長……」

「なんだ?」

「今日って……転校生、来たりするのか?」

「転校生? 何の話だ?」

 俺の質問に、委員長は首を傾げる。

 そうだ、委員長もまだ知らないんだったな……。

「いっちゃん、席行こ?」

 綾人が袖を引っ張ってくる。

 無気力な身体は、綾人の力でも簡単に動いた。

 席に座り、荷物を移す。

 準備が終わったと同時に、猫背の教師が教室に入ってきた。

 年季の入ったゴムのサンダルが、歩くたびにペタペタと音を立てる。

 相変わらず無気力で、猫背で、そして……。

「あー……本当に突然なんだが、転校生を紹介する」

 教壇に立てば、担任は困惑を含んだ声を発する。

 やっぱり来たのか……季節外れの転校生。

「ねえねえ、いっちゃん。なんで転校生来ること知ってたの?」

 綾人が小声で聞いてくる、が。

「……さあ、なんでだろうな」

 そんなの、俺が知りたい……。

「やっぱり、具合悪い? もしそうなら保健室に……」

「……綾人」

「ん?」

「放っておいてくれ」

「あ……。うん……ごめん……」

「…………」

 くそ……。

 綾人が悪いわけじゃないのに……。



 *一二月一八日 月曜日 休み時間



「はぁ……」

 一時限目が終わると同時に身体の力が抜け、机に突っ伏す。

 授業時間が長すぎる。

 同じ時間を過ごすのが苦痛になってきていた。

 これから、どうしようか……。

 また、一週間をそのまま過ごすのか?

 同じ一週間を……?

 そんなの……耐えられるのだろうか。

 一体、どうしたらいいんだ……。

 どうしたら……。

「えっと、大崎くん……だっけ」

 突っ伏した頭の上から、聞いたことのある声が聞こえた。

「話があるのだけれど」

 顔をあげると、そこには……今朝やってきた、転校生の姿があった。

「な、なんだよ……」

 渋谷の顔が近づき、少し長めの髪が、顔に影を落とした。

「それじゃ、ちょっとこっちに」

「は……?」

 それは、思ってもいない行動だった。

 転校生が手袋を付けた手で、ぐいぐい俺の腕を引っ張ってくる。

 コイツ、細身のくせに意外と力あるな……!?

「い、いっちゃん……!? どこ行くの?」

 綾人が慌てて自席から立ち上がるが、そんなの俺が知りたい。

 転校生は俺を教室の入り口まで連れて行き、そして。

「ごめんね、月島くん……ちょっと借りてくよ」

 ただ驚いているだけの綾人に振り向きもせず、教室から連れ出される。

 何を急いでいるのか分からないまま、足早に廊下を歩く。



 *一二月一八日 月曜日 屋上



「……ここでいいか」

 そう言うと、転校生は掴んでいた腕をようやく離した。

 連れてこられたのは、学校の屋上。

「屋上って、入れたのか……」

 いや、ドアの前に立ち入り禁止の貼り紙があったから、本来なら入ってはいけない場所なのだろう。

 転校生のくせに、よく屋上に入れるって知っていたな。

 見回した屋上は、普通……というかイメージ通りの場所だった。

 建物から繋がる入り口がある以外は取り立てて何もなく、ただのコンクリートの床が校舎の広さ分続いているだけだ。

 端から端まで、高さ二メートルはある金網の柵で覆われており、簡単には乗り越えられないようになっている。

 もしも季節が春だったら、暖かい日差しの下で心地よく過ごせたかもしれない。

 残念ながら冬空の下の屋上は、凍えるような寒さだった。

 次いで目についたのは、屋上の端っこの建物。

 待合室のような、または物置を改造したような小さな小屋があった。

 上下にガラスがはめ込まれたアルミサッシの引き戸に、色褪せた文字で『喫煙室』と書かれている。

 昔、教師達が使っていたのだろうか。

「一体、何の用だよ……」

「…………」

 転校生は真っ直ぐに俺を見て、そして穏やかに笑った。

 それはなんだか安心する微笑みだった。

「そろそろ、不安になっているんじゃないかと思って」

「不安?」

「世界がループしていること」

「な……っ」

 手が震えた。

 戸惑いを隠せないまま、転校生の顔を見る。

「な……んだよ、世界のループって」

「キミが記憶を保持したままループしたのは二回。だから今回は三回目になるね」

 その言葉を聞いて、今すぐにでも目の前にいる転校生にすがりたくなった。

 でも……。

 コイツが俺にとって味方かどうかが分からない。

 ここでバカ正直に全てを話していいのか……。

 何かとんでもないことに巻き込まれるんじゃないか。

 そんな不安が頭を支配する。

「俺は……そんなの知らない……」

「そんなはずはないよ。だってキミ、私が転校してくること……分かっていたよね?」

「それは……」

「私がここへの転校を決めたのは、今朝方だった。しかもできるだけ内密に。一生徒のキミが私の転校の情報を知ることができる可能性は、極めて低いはずだけれど」

 転校生は目を細める。

 その強い瞳に、射抜かれてしまいそうだ。

「今朝方……?」

 確か、転校の話を知っていたのって校長だけだったはず。

 さすがに朝、転校させてくれと伝えて、はいどうぞなんて返事が返ってくるとは思えない。

「そんなわけ……」

「この部分を説明するのは非常に難しいんだけど……。学校で決定権を持つ人の頭を、ちょっと……ね。イジるというか……」

「は……?」

「それは追々話そう。きっとキミにも色々と協力してもらうことがあるだろうから」

 そう言って、転校生は微笑んだ。

 言いたいことは、たくさんあった。

 問い詰めたいことだって、山のようにあったはずなのに……。

 やってきたのは、大きな安堵。

 まだコイツの正体が分かったわけじゃないのに……。

「俺が……おかしいわけじゃないのか?」

 狂っているのは――――。

「世界だよ」

 そう言うと、転校生は空を見上げる。

「なにせ、この世界はすでに数百回と……繰り返しをしているからね」

「は!?」

 数百回!?

「なんで……。いや、意味分かんねえ……」

 一体……どういうことなんだよ……。

「落ち着いて。もう、心配することはない」

 それは力強い言葉だった。

「前の世界では黙っていて悪かったね。一回だけループに巻き込まれただけなら、まあ誤魔化せるかなと思ったんだけど、二回も繰り返したら、さすがに怖くなるよね。だから今回は特別に正体を明かしたってわけ」

 転校生はもう一度、俺と向かい合う。

「私の任務は、この繰り返す世界を壊すこと。この狂った世界を――――正常な世界に戻す」

 そして手袋をつけた右手を、俺の前に差し出した。

「キミは、私が守るよ」



 *



 チャイムが鳴っても、俺達はこの場所を動こうとしなかった。

 金網にもたれながら地面に座り、二人で並ぶ。

 時折冷たい風が吹くが、今の俺はもう気にならなくなっていた。

「いいのか? 転校早々、授業フケたりして」

「気にすることはないよ。そろそろ、同じ授業にも飽きてきたところだからね」

「ああ……確かにそうだな……」

 正直、俺も飽き飽きしていた。

 それに世界が繰り返すのならば、授業なんて出たって仕方ないのだ。

「渋谷はもう何百回も同じ授業を受けてるんだろ?」

「いや、これで三度目だよ。キミと同じ」

「でも、さっきは数百回以上繰り返してるって……」

「ループの回数は数百回だけどね。この学校に転校してきたのは、これで三回目」

「それじゃあ、それまでは何を……」

「ループの原因を突き止めてたんだよ。どこがループの起因になっているのか。それを調べていた。詳しいことは機密事項に引っかかるために言えないのだけれど」

「機密事項?」

 なんだそりゃ。

 一体どこの機密なんだ?

「んー……よく、見ててね」

 そう言って、渋谷は右手を差し出す。

 なんの変哲もない、真っ白な手袋をした右手だ。

「はい」

 何もないはずの手の中から、一輪の花が出てきた。

 見事な手品だな。

「つまり、こういうことなんだな」

「は?」

 どういうことだ。

 そういや、前も子供にやってあげてたな……。

 全然仕掛けが見えなかったから、きっとすごい技術を持っているんだろうが……。

「手品、上手いんだな」

「違うよ、魔法」

「え?」

「私は、魔法使いだから」

「…………」

 えっと……。

 手袋の下に禁断の魔法が封印されてるとかいう……あれか?

 この前と同じ系列のギャグか?

 ツッコミは必要か?

「なあ、渋谷。今はそういう冗談は……」

「アイ」

「はい?」

「ファーストネームの方で呼んでくれないかな? 『渋谷』という苗字はどうも、慣れなくてね。たまに、自分だということを忘れてしまうんだよ」

「……アイ」

「うん。その方が、しっくりくる」

 アイは、満足したように微笑む。

 なんというか……やはりマイペースだ。

 しかもついそのペースに乗せられてしまう。

「オマエは……一体何者なんだ?」

「難しい質問だね」

「説明がってことか? それとも、俺に話すことが?」

「両方かな。機密事項に抵触しないように、キミに話すこと」

「なんだよ、機密事項って」

「関係のない人に、漏らしてはいけない情報のこと」

「…………」

 なるほど。

 つまり説明の中に、答えられないものが出てきてしまうということか。

「……それじゃあいくつか質問するから、その中で答えられるものがあったら答えてくれ。ダメならダメでいい」

 それもダメもとの話ではあったが……。

「なるほど、分かった」

 アイはあっさりと頷いてくれた。

「もう数百回も世界が繰り返してるんだろう? それじゃあ、どうして俺には三周前の記憶までしかないんだ?」

 数百回も世界が繰り返しているのなら、その記憶があってもいいはずだ。

 それなのに、俺が覚えているのは前回と前々回だけ。

 とりあえずその辺りから尋ねてみよう。

「それは、私の手に触れたからだよ」

「え……?」

「手」

 アイは手を差し出す。

 それは、手袋に包まれた真っ白な手。

「前々回は、教会の前でチラシを掴もうとした時。そして前回は、手袋を拾おうとした時。両方とも、私の手に直接……素肌に触れただろう? 手袋をとった状態の時に」

 確かに、そんなことあったな……。

 悪いことしたな……とは思ったが。

「こういうことになる心配があったから、普段から手袋をしているのに。キミは、本当に一瞬のスキをついて私の肌に触れてくるね」

 渋谷から、深いため息が漏れる。

「その言い方はやめてくれ」

 ひどく誤解を受ける。

「で? 手袋をとった状態がなんだって?」

「私は、反魔法の素粒子が体中に練りこんであるから……ループの魔法を無効化するんだよ」

「?」

「そして、その手で触れたモノにも、反魔法の力を移すことができる」

「?」

「キミが私の手に触れた時、私の反魔法の力がキミにも移り、ループすることによって起こる記憶のリセットの魔法を無効化してしまった」

「?」

「……というわけなんだけど。理解してくれたかな?」

「いや、まったく」

 それどころか、余計分からなくなったんだが。

「ふむ……」

 アイは僅かな時間考え込み……。

「それじゃあ『私の素肌に触れると次の周に記憶が引き継がれる』ということだけ理解してくれればいい」

 簡単にまとめてくれた。

「あ……! そうか。オマエが転校してきたのも三周前だったって言ってたもんな」

 俺の記憶が引き継がれた時期と、一致する。

「そういうことになるね」

 記憶が引き継がれたのは、アイの転校が全ての引き金だったってわけか。

「それで、オマエはそのループの原因を突き止めるために動いてるって言ったよな」

「うん」

「その原因は見つかったのか?」

「うーん……七割といったところかな」

「意外と少ないな」

「なかなか辛口だね。これでも、頑張った方なんだよ。なにしろ、世界が戻ってしまうまで一週間という縛りがあるからね」

 アイは青い空を見上げながら、ため息をついた。

「でも……あと、もうひと頑張りだから……」

 空に向かって手を伸ばす。

 なんだかその横顔は、少し疲れているように見えた。

 当たり前か。

 何百回も繰り返す世界に、立ち向かっているのだから。

 空を見つめるまっすぐな視線。

 同じ年齢なのに、背負うものがある背中。

 それがとても大きく見えた。

「さて、そろそろ行こうか。キミの幼馴染も心配しているんじゃないかい?」

「あ」

 すっかり忘れていた。

 綾人がプンスカ怒っている姿が目に浮かぶ。

「イツキ」

 名前で呼ばれる。

「このことは内密に頼むよ。キミは、今まで通り普通に過ごしてくれればいい。誰にも気づかれないように、ね」

 そして、指を自分の唇に当てる。

「このことは、二人だけの秘密だよ」



 *一二月一八日 月曜日 昼



「どこ行ってたのさーっ!」

 昼休みになった教室に入った瞬間、飛んできたのは綾人の怒声だった。

 思った通りの反応に、思わず笑ってしまう。

「いやー、悪い悪い」

「電話にも出ないし……」

「あ、カバンの中に入ったままだった」

「もーっ!」

 頭から湯気が出そうだ。

「ま、いいけどさ……機嫌、直ったみたいだし」

 と、今度はこちらの様子を伺うように見上げてきた。

「あ……」

 そうか……。

 俺、朝からコイツに八つ当たりしたままだったんだ……。

「……ごめんな」

「ご飯も食べないで……」

 綾人はぶつぶつ何か言いながら、自分のカバンを探りだす。

「はい」

 差し出されたのは、いつもの弁当だった。

「いっちゃん、今朝とあんまりご飯食べてなかったでしょ? 何も食べないのは身体に悪いよ。次の授業までそんな時間ないけど、急いで食べちゃって」

「……サンキュ」

 普段はあまり感じない、幼馴染の優しさが胸に染みた。



 *一二月一八日 月曜日 放課後



「いっちゃん、かえろー!」

 チャイムと同時に、綾人が席までやってきた。

「おお」

 午前中は丸々サボっちまったからな。

 午後は真剣に授業を受けておいた。

 前と同じ授業だから、めちゃくちゃつまらなかったが。

 ……いや、今まで生きてきた中で、授業が楽しいと思ったことは無かったな。

「…………」

 ふと、気になってアイの席を見るが……。

 すでにその席は誰もいなくなっていた。

 もうどっか行ったのか。

「ねえねえ、いっちゃん」

「なんだ?」

「今日はとても小腹が減ったなぁ」

「…………」

 綾人が謎のアピールをしてくる。

「いっちゃん、朝から元気なかったじゃん? お詫びの印として、新作のホットココア奢ってくれてもいいよ」

「どんなお詫びだよ……」

 まあ、心配かけたことに変わりはないからな。

「……分かった」

 俺は両手を上げて、降参のポーズを取った。

「やったー!」

「ほら、とっとと行くぞ」

「はーい」

 綾人は笑顔のまま後ろからついてくる。

「五樹先輩っ」

 教室の外に出たところで名前を呼ばれた。

「ああ。悠希か」

 夕日に照らされたイケメンが、風と共に廊下を歩いているところだった。

 髪の隙間から、銀色のピアスが光る。

 夕方なのに爽やかだな。

「もう帰るんですか?」

「ああ。俺らは帰宅部だし、オマエと違ってヒマだからな」

「あはは。やだなー先輩、そんなイジワル言わないでくださいよ」

 どんなことを言おうと、人懐っこい笑顔で返される。

 コイツと話していて疲れないところの一つだな。

「で、何しにきたんだ?」

「さっき仕事が突然入ったんですよー。でも今日は朝からサッカー部の助っ人頼まれてること思い出しまして」

 そう言って悠希は携帯電話の取り出し、画面を見る。

 メッセージに、既読通知がついていないようだった。

「桃香ちゃんには先に行って欲しいってメッセージ送ったんですけど……。気付いてないみたいだから、直接伝えようと思ってここに来たんです」

「ああ……」

 そういえば、あったなそんなこと。

 で、悠希にアイドルを紹介するよう頼んだのはいいが、次の日に連絡先交換を断られる……と。

 先週はちゃんと回避したけどな!

「悠希」

「なんでしょう」

「田端さんに、応援していると伝えておいてくれ」

 今回もあんなアホな行動はとらないでおこう。

 例え世界がループしようが、田端さんに憧れていることは絶対に変わらないからな。

「はい、分かりました。ちゃんと伝えておきます」

 悠希は大きく頷いた。

「先輩、ちなみに僕の応援は?」

「オマエは授業をサボらないように頑張れ」

「ええー……なんで知ってるんですかぁ」

 驚く後輩を置いて、俺達は駅前のファストフード店へ向かった。



 *一二月一八日 月曜日 下校



「美味しかったー」

 隣を歩く幼馴染は、満足したように声を上げた。

 あれから俺達はすぐに駅前へ向かい、お目当ての新作ココアを手に入れたのだった。

 やはり店内は混んでいたが、前回同様売り切れる前に購入することができた。

「そりゃ良かったな」

 毎回毎回、本当飽きずによく飲むな。

 いや、ループしてるんだから別に飽きることはないのか……。

 なんだかループの記憶が増えてきたせいで、いつ何が起こったのか分からなくなってきたな。

「ありがと、いっちゃん」

「あ、ああ……」

 綾人の笑顔を見ると、なんだか胸が苦しくなる。

 の夜――――。

 今も泣き出しそうな綾人の顔が……今も胸に残っている。



 *一二月一八日 月曜日 就寝前



「なるほどねえ……いつのまにか渋谷くんとそんな仲になっちゃったんだ」

 綾人は大袈裟にうんうんと首を縦に振っている。

「はあ?」

 いつもの就寝前の時間。

 寒空の下、窓越しに綾人と向かい合っていた。

 全ての説明が終わるころには、もうこんな時間になっていたのだが……。

「今の話を要約すると、屋上行って二人で深ーい話をずーっとしてましたってことでしょ?」

「なんでそうなる」

 深い話っていうのは間違いないが……。

「だって、ボクには内容全然教えてくれないし」

「そ、それはだな……」

 魔法とか、ループとかのことは伏せて、綾人には全く違う話をしたんだが……。

 なんだか矛盾だらけになってしまい、余計疑われてしまう結果になってしまった。

 核心に触れないように説明するのって、すげえ頭使うんだな……。

「まー……いっちゃんは誰とでも仲良くなれるから、友達増えるのはいいことだと思うんだけどさー」

 口をとがらせ、そしてハーッと白い息を吐く。

「いいけどね。こうやって、夜にお話しできれば……」

 どんなに訊いても無駄だと思ってのか、諦めたらしい。

 綾人には悪いが、アイから口止めされているし……それに。

 変なことに巻き込みたくないからな。

「ねえ、いっちゃん」

 綾人はそっと窓に手をかける。

「なんだ?」

「ボクのこと、忘れちゃヤダよ」

「え……」

「おやすみ」

 パタリと。

 静かに窓が閉められた。

「な、なんだよ……綾人のヤツ」

 もっと……つっかかってくると思ったのに……。

 こっちが調子狂うな。

 つーか……。

「忘れるわけねーだろ……」

 何言ってんだ、アイツは。

「さて……寝るか」

 今日は色々あって疲れたからな。

 それでも、この狂った世界の理解者がいてくれて本当に良かった……。

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