Ⅱ-Ⅱ 月島綾人



 *一二月一九日 火曜日 自室



「おーい、いっちゃん! 朝だよー」

 綾人の声が聞こえる。

「…………」

 駄目だ、まだ眠い。

 冬の朝って、どうしてこんなにも眠いんだろうな。

 フカフカな毛布が、心の底から愛おしい。

 布団が俺を離したくないと言っているぜ……。

「起きて起きて起きてー!」

「だーっ! うるせー! しかも重いっての!」

 思い切り掛け布団を押し上げる。

「わっ!」

 まるで小学生のように、人の上でぴょんぴょん跳ねる幼馴染の声が遠くなっていき……。

 そして床に落ちる音。

「いったーい……」

「だったら上に乗っかってくるな! なんなんだよ、毎日毎日」

「じゃあどうやって起こせばいいのさー」

「だから、やさし――――」

 そこまできて言葉を止める。

 危ねえ、また妙な想像するとこだった。

 両頬をパンパンと叩いて、気持ち悪い妄想を追い出す。

「うわ、また変な行動してる……」

 ドン引きする幼馴染。

 俺は両頬に手を当てたまま、顔を上げた。

「綾人」

「なあにー?」

「今日は、一二月……」

「一九日だよ。昨日、一八日だったでしょ」

「そうか……」

 やっぱり日付は戻ったまま……か。

 やっぱりこれは、俺の勘違いなんかじゃなくて……。

「ほら、さっさとご飯にするよー」

 俺が起きたことに満足した綾人は、鼻歌を歌いながら、一階へと繋がる階段をリズミカルに降りていった。



 *一二月一九日 火曜日 登校



「はぁ……」

 綾人から吐き出された息が、空気を白く染めていく。

 登校中の生徒達はほとんどいない、ガランとした通学路。

 競歩の様な速さで散歩中のマダムが、俺達を軽く追い越していった。

「人の顔見てため息つくな」

「違うよぉ……。いっちゃんの顔見てたわけじゃない……」

 綾人は口をとがらせながら否定してくる。

 ……ああ、そうか。

「球技大会な」

「わ。よく分かったね……」

「ま、まあ……オマエの考えそうなことだからな」

 適当に誤魔化しておく。

「全学年含めたクラス対抗なんて、誰が考えたんだよぉ。こんな鬼畜ルール……」

 ついに規定にまで文句をつけはじめた。

「まあ確かに、去年はボコボコにされたもんな」

 去年は初戦から、体育会系が集まった三年のチームと当たり、すっかりやる気を無くしたのだ。

 高校一年生と三年生の差は大きい。

 綾人の中で、それが軽くトラウマになっているみたいだ。

 トーナメント形式になっていて、試合数は一年生が少なくなるように配慮されているらしいが……。

 それでも勝ち進んできた相手と戦うことに変わりはない。

「二年生になったっていっても、ボク、二センチしか身長伸びてないんだよ? 一年前とスペックが変わらないんだよ」

 綾人は肩を落とす。

「俺だってそこまで伸びてないし、スポーツやるには小さい方だっての」

 中学の時は身体測定が楽しみなくらいぐんぐん伸びていたが、高校に入った途端、綾人と同じくピタッと成長が止まってしまったのだ。

「いっちゃん何センチだっけ?」

「一七四」

「うわ、ボクより一〇センチくらい高い……。昔は同じくらいだったのに……」

「いつの話をしてんだ」

 コイツと同じ目線だったのって、小学校低学年くらいじゃなかったか?

 思い出す昔の綾人の姿は、後頭部を見下ろしてる場面が多い。

「スポーツは身長だけが全てじゃない、が……」

 高身長の方が絶対的に有利なんだよな。

「…………」

 そういや、バスケのチーム分けはくじ引きでやってたな。

 ということは、だ。

 もしも、前回と違う方のチームのクジを引けたとしたら……委員長達と組めるよな。

 そうすれば、上位入賞狙えるんじゃないだろうか。

 無駄にデカい神田もいたわけだし……。

 まあ、運命を知る者の選択としては……。

「……だいぶ、規模は小さいけどな」

「何の話?」

「こっちの話だ」

 小さいことからコツコツとはいうものの、やっと出てきた目標が球技大会優勝だなんて……。

 なんて規模が小さいんだ……。



 *



「五樹先輩、綾人先輩!」

「悠希……」

 昇降口手前で、風を引き連れた後輩が現れた。

 厚手のコートなのにスラッと見えるのは、コイツの長身のせいだろう。

 なのに顔は小さい。

 世の中、なんて不公平なんだ。

「おはようございます」

 悠希は丁寧に頭を下げる。

「今日も先輩方、仲がいいですね」

 褒めているつもりなのだろうか。

「そう見えるか? 見えるだけだ」

「またまた、照れちゃって。ね? 綾人先輩」

「そ、そうだよ……いっちゃんのバカ」

 目の前にあった丸い後頭部に、げんこつを落としておいた。

「いったーい!」

「バカは余計だ」

 悠希は目にかかる髪の毛をサッと払う。

「先輩、桃香ちゃんに伝えておきましたよ。先輩が応援してるって言ったら、すごく喜んでましたよ」

「そ、そうか……」

 う、嬉しい……!

 だがそれしか返せない自分が憎い……!

 ……いいんだ。

 アイドルが幸せならそれで……!

 それにしてもそんなことわざわざ報告しに話しかけてくれるなんて、律儀なヤツだ。

「ふあ……」

 と、悠希が爽やかな風とともにあくびをする。

 大あくびのくせに、なんでアホ面にならないんだろうなぁ……。

「寝不足なのか?」

「ええ、まあ……」

 はにかんだ笑顔を返される。

「あんまり仕事、無理すん……」

 ……そういえばコイツ、体育館のギャラリーとかでサボってるとか言ってたな。

 しかも結構素行不良だと自白していた。

 前言撤回。

「無理したって死にゃしないって。どうせテキトーに手抜いてるんだろ」

「あれ? バレてました?」

 ぺろっと舌を出す。

「……殴っていいか?」

「あ、顔は勘弁してください」

 両手を合わせ、頭を下げる。

 くそう……この子犬のような笑顔にはかなわないな……。

「それじゃあ僕はそろそろ行きますね。先輩方、失礼します」

 悠希はまるでコマーシャルの一コマのように颯爽と去って行く。

「良かったね、田端さん喜んでたって」

「そうだなー……」

「?」

 アイドルの心情を知っていると、なんともまあ複雑な気持ちだ。

 こういうのは、知らない方がいいに決まっている。

「うーん……でも意外だった」

「何が」

「いっちゃんのことだから、田端さんの連絡先でも訊き出すのかと思ったもん」

「ま、まあ……大して仲良くないのに訊くのは失礼というか……」

 大体……アイドルの好きなヤツは悠希なんだぞ。

 その悠希から『先輩に連絡先教えてもいい?』なんて。

 空気読めないにもほどあるぞ、それ……。

 未来を知っているというのは、動けなくなることもあるってことなんだな……。



 *一二月一九日 火曜日 教室



「おはよう、二人とも」

 教室の入口で、委員長とすれ違う。

「よお、委員長」

「お、おはよう……」

 綾人が後ろから顔を出す。

 委員長は、今日は何か用事があるのか、挨拶をするだけでさっと教室を出ていってしまった。

 もうすぐホームルームが始まるというのに珍しい。

 俺達はそのまま自分の席へ行き、カバンを置く。

「ん……?」

 忘れてたけど、今日って綾人が階段でコケそうになって……。

 手すりに頭ぶつける日じゃなかったか?

 俺が早足で歩いたせいで、綾人が走ってコケたんだよな。

 だけど、今日は普通に歩いてきたから特にそんなこともなく……。

「…………」

 知らないうちに、未来を変化させていることもあるのか。

 まあ、大したことではないかもしれないが……。

「俺に感謝しろよ」

「うわ、またわけ分かんないこと言ってる」

 カバンから荷物を出しながら、綾人が呆れた声を上げた。

 コートを脱ぎ、椅子の背もたれに丁寧にかける。

「あ」

 教室の空気を壊さない静けさで、渋谷が教室に入ってきた。

 周りは少しざわついたが……。

「…………」

 やはり渋谷は、誰に挨拶をするでもなく、自分の席に座って携帯電話を弄りはじめた。

 相変わらず真っ白な手袋もしている。

「別に、社交的じゃないってこともないんだけどな……」

 俺とは普通に話してたし。

 学校では大人しくしていたい理由でもあるのだろうか。

 あの時、触れてしまった手のことを思い出す。

 まだ触れた冷たい手の感触が残っている気がした。



 *一二月一九日 火曜日 午前授業中



「ねえねえ、いっちゃん」

 授業中、綾人が話しかけてくる。

 ああ、思い出した。

 確か今回は、問題内容を訊かれるんだったな。

「問三の答えなら分からん」

 先手を打っておく。

「ええっ!? どうして分かったの!?」

「いやだから、分からんって……ん?」

「え?」

「…………」

 お互い頭に疑問を浮かべて首を傾げる。

 ……頭の悪い会話だな。

「んー、それじゃあ、問四でいいや。問四教えてよ」

 なるほど、そうきたか。

「ぐー……」

 よく分からないことには寝たふりっと。

「おおいっ」

「……そこの二人、静かに」

 後ろの席からため息混じりの、委員長の注意が聞こえた。



 *一二月一九日 火曜日 昼



「待ってました、ご飯の時間!」

 綾人は満面の笑みを浮かべて、弁当の包みを二つ持ってきた。

「はい! こっちはいっちゃんの分!」

「おお、サンキュ」

 綾人から弁当を受け取り、包みを開く。

 相変わらずうまそうだ。

 ちなみに昨日広げていたノートは家に忘れてきた。

 大まかな流れは変わらないし、先週のことを一言一句覚えているわけでもない。

 何を変化させることで、何に影響を与えるかなんて考えるだけ無駄なのだ。

 ということで、もういらないなアレは。

「今日もうまそうだな……あれ」

 先週と弁当の中身が違うような……。

 そういえば、昨日も違ったな……。

「どしたの?」

「いや……」

 俺としては毎日違うものが食べられて嬉しいのだが。

「なんだ、月島に弁当を作ってきてもらってるのか?」

「お。委員長」

 いつのまにか、後ろの席から委員長が顔を覗かせていた。

「ああ。俺の親、金曜日まで海外出張でいなくてさ。その間……月島家で食事の面倒を見てもらってるんだ」

 まあ、普段から母親はあんま家に帰ってこないから、綾人の家には世話になりっぱなしなんだけどな。

 結構な頻度で、綾人がおすそ分け、とかいって持ってきてくれる。

「なるほど、いろいろ大変なのだな」

「まあな。あ、ちなみに綾人が作ってるわけじゃないぞ。コイツの料理は、人間が食べられるものじゃない」

「なんだよー!」

 綾人がムスッとした顔で抗議の声を上げてすぐに……。

「ま、コイツの料理も似たようなもんだけどな」

 俺達以外の低い声が、頭の上から響いた。

「なあ、委員長さん?」

 慌ててその声の方を見ると、ひときわデカいヤツが委員長の席のすぐ後ろに立っていた。

「神田……」

 こんなにデカくて存在感があるというのに、いつの間に現れたのか。

 しかし神田は俺と綾人のことなど眼中にないようで、委員長の頭をぽんぽん叩く。

「やめないか」

「うるせえ。全然来ないと思ってたら、こんなとこで油売りやがって。オレは腹減ったんだよ。さっさと昼メシにしようぜ」

「オマエは王様か何かか? 人の都合というものを考えろ。そもそも授業は今終わったばかりだ」

「へいへい」

 テキトーな返事が返ってくる。

 委員長はブツブツ文句を言いながらカバンを手に取った。

「それじゃあ、自分達はこれで失礼する。行くぞ、鷲介」

「ようやくか」

 神田と委員長と二人で教室を出ていった。

 いつも委員長が昼になると教室からいなくなるのは、神田と昼メシを食べてたからなのか。

 突然の神田の登場にざわつく教室だったが、それもすぐに元に戻る。

「めちゃくちゃ上機嫌だったな、神田のヤツ」

 この前の体育の時間とは大違いだ。

 あの時は空気がピリピリしていたというか、睨まれて殺されるかと思ったくらいだったからな。

「仲いいんだね、煉くんと神田くん」

「ああ……」

 そういえばあの二人……。

 土曜日の夜……街中でも一緒にいたんだもんな。

 何をしていたのかは結局分からなかったが……。

 不良と委員長……。

 絵に描いたような、デコボココンビだな。



 *一二月一九日 火曜日 午後授業中



「ふああ~」

 授業中にもかかわらず、綾人が大きなあくびをする。

「眠いねえ……。何度もおんなじ話聞いてるみたいだよぉ」

 目を細めながら、机にべたっと張り付く。

 どこかのゆるキャラのような、一直線の目になっている。

 安定してコイツは同じ行動をするヤツだな……。

 まあ、俺は本当に同じ話を聞いているわけだが。

「ま、気持ちは分かる」

「だよねぇ……」

 語尾が伸び始めた綾人は、今にも寝落ちしてしまいそうだ。

「それじゃあ問五を――――」

「げっ」

 教師の声に、綾人がぎょっとする。

「当たりませんように、当たりませんように……!」

 姿勢を低くして、何かに祈り始めた。

 今更、往生際が悪い。

 ああ……だけど、前回は確か――――転校生が当たるんだったな。

「渋谷。前に来て書いてみろ」

「セ、セーフ……」

 綾人が冷や汗をかきながら安堵する。

 なんて情けない姿だ。

「…………」

 転校生は何も言わず、すっと立ち上がり黒板の前に立った。

 カツカツという、チョークの音が教室に響く。

 ここ、まだ習ってないところだったんだよな。

 それなのに転校生はいとも容易く問題を解いて……。

「……できました」

「あ、ああ……」

 教師にひとこと告げると、すぐに自分の席に戻る。

 まるで一つ一つの動作すら、前回とまったく同じだったんじゃないかと錯覚するほどに……。

 渋谷の動きには、怖いほど乱れがなかった。

 校長しか転校の理由を知らない……か。

 そういえば……俺も、渋谷について何も知らないんだよな。

「先生も、意地の悪いことをするな……」

 委員長の独り言が、小さく聞こえた。



 *一二月一九日 火曜日 放課後



「いっちゃん、帰ろー」

 本日最後の授業が終わった途端、綾人はすぐに立ち上がり俺のすぐ目の前にやってきた。

 西日が教室に差し込み、辺りはすっかりオレンジ色に包まれている。

「おう」

 急かされ、カバンに教科書を詰める。

「教科書なんか持って帰っても勉強しないじゃん」

「うるせえ」

 綾人に図星を付かれるが、こういうのは形が大事なんだよ。

 ふと、教室を見渡してみる。

 委員長は部活の仲間と一緒に、まさに今、教室を出ていこうとしているところだった。

 渋谷は、相変わらず携帯電話を弄っている。

 神田はいない。

 つーか、神田にいたっては、午後の授業すら出てなかったな。

「フリーダムなヤツ……」

「いっちゃん、早くー」

「ああ」

 仕方ないので、綾人に後ろについて教室の扉へ向かう。

「あ」

 入り口で、誰かと鉢合わせしてしまった。

「あ……ごめんなさい……」

 その人物が慌てて横に移動してくれる。

「いや、こっちこそ……」

 悪い、と言いかけて、思考が一瞬停止する。

「!」

 何故かそこにいるはずのない、田端さんの姿があったのだ。

「え……え……!?」

 前回、こんなことあったっけ……?

 い、いや……なかったはずだ。

 こんなことあったら絶対に覚えている。

「は……っ!」

 これはもしかして、俺に会いに――――。

「そんなわけないじゃん。ほら、いっちゃん、入り口に立ってたら邪魔だよ。早く帰ろう」

 綾人が俺の手を引っ張って行く。

 アイドルは……近くにいたクラスのヤツに話しかけていた。

 そりゃそうだよな、だってまだ俺は……アイドルと仲良くなる前なんだから……。

 この前も、仲良くなったかと言ったら怪しいが……。

 どうして教室に来たんだ?

 悠希にアイドルを紹介してくれって頼まなかったから……?

 でもどうしてそれに繋がる……?

 全然分からない。

 綾人に引っ張られ、アイドルとの距離がどんどん離れていく。

 くそー……ここじゃ声しか聞こえ――――。

「神田くん……いるかな?」



 *一二月一九日 火曜日 下校



「何故だ……何故田端さんはは神田なんかを捜してたんだ……」

 家までの道のりを、綾人に引っ張られながら歩いていた。

 道行く人に笑われている気がするが、そんなことはどうでもいい。

 だってあの神田だぞ?

 今まで、何も共通点なんかなかっただろう……。

「どう転がっても美女と野獣だ……っ!」

「野獣じゃないでしょ、神田くんカッコいいし」

「違う! ツッコミどころはそこじゃないっ!」

「んー……それじゃあ、実は付き合ってるとか」

「いや、そんなわけ……」

 だって田端さんは悠希が……。

 え……そう、だよな……?

 いや、でもあの時の表情は確かに……。

 だってあれは悠希がいなくなったのを本気で心配してて……。

 そのとき……神田なんか関わってなかったよな……?

「解せぬ……」

「いっちゃん、現実を見よう。いっちゃんが、神田くんに勝てるところなんて出席日数くらいしか――――」

 ポカリと、綾人の頭からいい音がした。

「あいたーっ」

「ったく、オマエはいちいち……」

「もー……叩かないでよぉ……おお?」

 突然変な声を出す。

 ついにおかしくなったか。

「いっちゃん、見て見て! あれって渋谷くんじゃない?」

「え?」

 綾人が指差した先。

 そこは俺達の家の近くにある公園だった。

 帰宅時間であるため、いつもは幼稚園くらいの子と母親達で賑やかなのだが。

 珍しく、公園にはほとんど人がいない。

 そんな中、しゃがみ込み、小さい子に目線を合わせて何か話している渋谷の姿があった。

 少し困った表情に見える。

「何やってんだ、アイツ……」

「迷子、かな……?」

 話しかけようかどうか、二人して迷っていると……。

「!」

 渋谷は何も持っていない手から、一輪の小さな白い花を出して、ニッコリと笑う。

 それは見事な手品だった。

 直前にタネを仕込んでいた様子はなかった。

 まさか元から仕込んであったのだろうか……?

 それにしちゃあ手際が良すぎるような……。

「すごいね……!」

「……ああ」

 それにしても、渋谷にあんな特技があったとは驚きだ。

 当然のことながら、俺達と同様に一瞬驚いた表情をした子供だったがすぐに目を輝かせる。

 興味の対象は、完全に渋谷の手になっていた。

 ……相変わらず、手袋はしてるんだな。

「綾人……」

「ん?」

「帰るぞ」

「いいの? 話しかけなくて」

「……高校生の男が三人もいたら、子供が怖がるだろうが」

「あー……確かにそうだね。主にいっちゃんの顔見て」

「…………」

「いったー!」

 横で騒ぐ綾人を置いて、俺はさっさと家へ向かった。



 *一二月一九日 火曜日 就寝前



 風呂も洗濯も終わり、何もすることがなくベッドの上でゴロゴロしていると部屋の窓を叩く音がした。

「今日は何の用だ……」

 身体を起こして、カーテンを開ける。

 まあどうせいつも大した用はないんだが。

「いっちゃん! 見て見て!」

 窓を開けるや否や、綾人が身を乗り出す。

 冷たい空気が一気に部屋に流れ込んできた。

「危ねえぞ……オマエ、ただでさえ運動神経切れてるんだから……」

「失礼なっ! ちゃんと繋がってるもん!」

「あ……そう」

 そもそもそんな神経ないんだけどな。

「で、何の用だ?」

「あ! そうそう! ボクの手をよーく見て! 何もないでしょ?」

 綾人は何故か自信ありげに両手を差し出す。

「えっと……」

 確かに両手には何も持ってないが……。

「袖に、飴が見えてるんだが……」

「へ?」

 綾人は慌ててパジャマの両方の袖口を確認する。

「げ……包み紙の端っこの部分出てきちゃってる……」

「アホ……」

 なるほどな……。

 渋谷に影響されて、手品をやってみようと思ったわけか。

「意外と難しいんだね……」

「そういうのはな、器用な人間がやるものだ」

「まるでボクが不器用みたいじゃないか……」

「違うのか?」

「いえ、否定できません」

 がっくりと肩を落とす。

「ま、練習すれば少しはできるようになるさ」

 少しフォローを入れてやる。

 そうすれば、綾人の機嫌がすぐに直ることを知っていた。

「遠かったってのもあるけど、全然仕掛け見えなかったもんな」

「うん! まるで魔法みたいだった!」

「魔法ねえ……」

 発想はアレだが……。

 まあ確かに、例えるならそんな感じかもしれないな……。

 子供もすごく喜んでいたし。

「それじゃ、ボクは練習するから部屋に戻るね! バイバイ!」

 そう言って綾人は、再び勢いよく窓を閉め。

 まだやるんかい。

 ま、せっかく楽しそうにしてるのに水を差すのも悪いか。

「おお……適当に頑張れ」

 俺も窓とカーテンを閉め、すっかり冷えた頬に手を当てた。

「ん?」

 枕元に置いてあった携帯電話が数秒揺れる。

「メッセージ……?」

 差出人は……。

『おやすみ』

 すぐ隣の幼馴染からだった。

「……ったく」

 マメなヤツ。

 部屋はすっかり冷たくなってしまっていた。

 俺は暖をとるため、冬用の布団へと潜りこんだ。

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