Ⅱ-Ⅰ 月島綾人



 *



「おーい」

 圧迫されていく身体と、すぐ近くで聞こえる綾人の声。

 毎日聞いているはずなのに、どこか懐かしい声に聞こえるのは、さっきまで見ていた夢のせいだろうか。

 夢の内容はなんとなくしか思い出せない。

 誰かを探して走り回っていた……そんな夢だった気がする。

 決していい夢では無かったのは、胸のもどかしさでなんとなく分かるのだけれど。

「いっちゃん、起きてー」

 いつものシチュエーションに、俺の意識はゆっくりと覚醒していく。

 そうか……今日は、月曜日。

 また一週間が始まるのか……。

「あー……めんどくせえな」

 思い出した。

 しかも風呂に入らないといけないんだった。

 綾人が起こしに来てるってことは、朝八時前くらいだろ……?

 今日は、遅刻確定か。

「いっちゃん、起きてよー」

「……だから、重いっての!」

「わわ……っ」

 全身の力を込めて、布団を押し除ける。

 ドサッと、綾人が床に落ちる音がした。

「いたた……」

 本当にコイツは懲りないな……。

 せっかく最近は乗って来なくなったと思ったのに。

 俺はベッドから起き上がり、思い切り伸びる。

 昨日の大雪はなんだったのかというほどに、外はすっかり晴れ渡っていた。

 カーテンの隙間から見える屋根にも道にも、全く雪は積もっていない。

 一晩ですっかり消えてしまったのだろうか。

「ったく。今日……つーか月曜がクリスマスなんて、テンション下がるよなー。カレンダー作る人も、もっと上手く調整してくれればいいのに」

 と言いつつ、別に予定が入ってるわけじゃないが……。

 それでも、なんかもったいないよな。

 遊びに行くとしても、次の日のことを考えておかないといけないし。

「急にどしたの、いっちゃん」

 綾人が、きょとんとした顔で首を傾げている。

「今日の話だよ。今日がクリスマスなんて勿体ないって話だ」

「?」

 それでも綾人は首を傾げたままだ。

 なんだ?

 俺、何か変なこと言ったか?

「ええと……何言ってるの、いっちゃん」

「え?」

「カレンダーよく見てよ」

 綾人はそう言うと、自分の携帯を取り出す。

 俺の目の前で、サイドボタンを押して画面をつけた。

「今日は……一二月一八日。クリスマスは来週だよ」

「…………え?」



 *一二月一八日 月曜日 登校



「…………」

 いつもと何も変わらない朝。

 いつも通りの学校への道のりを綾人と歩く。

 何も、変わらないはずなのに。

 目の前の信じられない出来事に、未だ頭がついてこない。

「なあ、綾人……。今日は本当に一二月二五日じゃないのか?」

「だから、何度も言ってるでしょ。今日は一二月一八日。お目覚めテレビでもちゃんと確認したじゃない」

「…………」

 そうなんだが……。

 やはり納得いかない……。

 というか、いくわけがない。

 俺は確かに、一二月一八日から二四日までを過ごし終えてるんだ。

 それなのに、なんで今日がまた一二月一八日なんだよ。

「ありえないだろ……」

 先週の一週間はなんだったんだ。

 あれは、ただの夢……?

 あんなにはっきりとした?

「そんなバカな」

「バカなこと言ってるのはいっちゃんだよ……」

「…………」

 綾人のツッコミに、俺はもう黙るしかなかった。

 この世界のすべてが、俺が間違っていることを示しているのだから。

「……ドッキリとかじゃないよな?」

「いっちゃんにそんなことしてなんのメリットがあるのさ」

「ないよなぁ……」

 そんな悪趣味なことがあってたまるか。

「あ、クリスマスで思い出したけどさ」

「なんだよ……」

 今までの会話の流れをぶった切るように、綾人は唐突に話題を変えた。

 そして近くの電柱まで走り、貼ってあるチラシを指差す。

「今年のクリスマスは、残念ながら、いっちゃんとは一緒にいられないのでーす」

 楽しそうに胸を張る、が。

「知ってるよ。教会で劇やるんだろ。今年は主演なんだってな」

「ええ……っ!? ボク、話したっけ!?」

 綾人が目を白黒させながら考え込む。

 ああ……話したよ『先週』の『今日』にな。



 *一二月一八日 月曜日 教室



「おはよう、二人とも。今日も遅刻ギリギリだな」

 教室に入ると、いつも通り委員長が迎えてくれた。

 長めの髪を尻尾のように一つに結び、そしてそれが委員長の醸し出す、和の雰囲気にとても似合っている。

 教室の喧騒も、何もかもが変わらない。

 その光景が、逆に不気味な感じだ。

「委員長……」

「どうした?」

「今日は何月何日だ?」

「今日は、一二月一八日だな」

 何を見ずともすんなりと答えが返ってくる。

「だよな……」

「どうした? 心理テストか何かか?」

「……いや、なんでもない」

 理由を答える気力も無かった。

 やはり俺が間違っているんだから。

「いっちゃん……朝からおかしいんだ」

「おい」

 なんだその言い方は。

 確かに現状だとその通りではあるが。

「まあ、月曜だからな。頭がボーっとするのも分かる」

 委員長はすかさずフォローを入れてくれる。

 こういうとこ、優しいよな。

「そろそろホームルームなので席に着くように」

「うん。行こう、いっちゃん」

 綾人が俺の手を引っ張って自席へと連れて行く。

 チャイムが鳴り終ると同時に、猫背の教師が教室に入ってきた。



 *一二月一八日 月曜日 ホームルーム



「あー……本当に突然なんだが、転校生を紹介する」

 教壇に立つなり、白髪交じりの頭を掻きながら、戸惑いを含んだ声で担任が連絡する。

 教室全体が騒がしくなってきた。

「あ……」

 そうだ。

 月曜に渋谷が転校してきたんだっけ……。

「…………」

 開けっぱなしになった扉から、転校生が顔を覗かせた。

 前と同じく、この地域の高校の制服を着ている。

 音もなく教師の横に立ち、軽く頭を下げた。

 相変わらずの人形の様に無表情だ。

「それじゃあ……ああ、自己紹介でもしてもらおうか」

「……渋谷藍です。よろしく」

 前とまったく同じセリフ。

 そして渋谷は愛想を振りまくこともせず、スタスタと指定された席に座る。

「…………」

 やっぱり……俺は……。

 これから起こることを、知っている……。

 ことになるのか……。



 *一二月一八日 月曜日 午前授業中



「ねえねえ、いっちゃん」

「なんだよ……今、授業中だぞ」

「うわ、いっちゃんがそういうこと言うんだ」

 たぶん、前と同じセリフだ。

 同じように返すと、同じように戻ってくる。

「……何の用だよ」

「あ……ううん、特に用はないんだけど……」

 そうだったな、それで俺が寝始めて――――。

「いっちゃん、何か怒ってる? というよりは、体調悪い?」

 綾人が心配そうに覗きこんでくる。

 前と違う行動をとると、相手の行動も違ってくる。

 ……って、それは当たり前か。

「いきなり、RPGの村人みたいになったら怖いもんな……」

「話が見えない上に、言ってることがわけ分からないよ。あの買ったばっかのゲームの話?」

「ゲーム……」

 そう……か……。

 ああ……なるほど。

 綾人の言葉が、なんとなく腑に落ちた。

「ゲーム……か」

「ええー……やっぱりおかしくなっちゃってるよぉ……」

 横で騒いでる綾人は放っておくとして。


 記憶を持っている……そして、現実はその記憶通りに動く。

 先週が現実だったのか、または俺が未来を見通す力を持っているのかは分からない。

 いずれにしてもこれは……強くてニューゲーム状態。

 そう……逆に考えるんだ。

 これから、起こることを知ってるということは……。

 物事を有利に進めることができるんじゃないのか……!?

 つまり、よりいい未来を引き寄せることができるはずだ。

 例えば――――。

「…………」

 ……まあ、今のところよく分からないが。

 えっと、テストでいい点とったり……。

 いやいや、もっと規模の大きいことだ。

 もっと……!

 ええと……今のところはよく分からない、が!

 ひとまずはこの流れを受け入れるしか他にない。

 だって俺にはこうなった原因も、世界が戻る方法も何も分からないのだから。

「綾人」

「な、なに……?」

「授業中だぞ。静かにしろ」

「ええー……この状態でそれを言う?」

 文句を言う綾人は無視だ。

「よし」

 俺はカバンから新しいノート取り出し、机の上に広げる。

 これからやって来る明るい未来のために、計画を立てるのだ。



 *一二月一八日 月曜日 昼



 午前中の授業終了が終わると、荷物を持って教室から出ていく委員長の姿が目に入った。

「そういやいつも、どっか行ってるよな……」

「ごっはんー! いっちゃん、そこ半分開けてーっ」

 そしてすぐに綾人が、二人分の弁当の包みを持って人の机の占拠を始めた。

「綾人、どいてくれ。今、忙しいんだ」

 俺はノートにメモを続ける。

 この一週間の出来事を書き出すという、大事な作業をしているところだ。

「い、いっちゃんが勉強……!? もしかして今日、猛暑日になるんじゃ……って、違うじゃん」

 ノートを覗き込んだ綾人が勝手に勘違いし、勝手にツッコミを入れている。。

「何これスケジュール? いっちゃんって、そんなマメな人だったっけ?」

 失礼なことを言いやがる。

 俺の机の端っこを勝手に使いながら、綾人は弁当を食べる準備を始めていた。

「これ、いっちゃんのお弁当ね。今週はおばさんが一週間分お弁当準備するって。もしいらないなら、早めに言ってねー」

 何故か勝手に説明を始める。

「あ、金曜日は球技大会だよー。やだねー」

「ああ……そうだったな」

 確か、アイドルのクラスに応援行って、綾人に怒られたんだっけな。

 もしも金曜日までこの変な世界が続くのだとしたら、クラスの競技にはちゃんと出るようにしよう。

「どうせなら優勝したいが……」

 スポーツでは、先の展開が常に変化するから難しいだろうな……。

「なんかこう……ないのか。おもしろいほどに世界を変化させる出来事が……!」

「いっちゃん、ご飯食べちゃおうよー」

「……ああ、そうだな」

 この世界について真剣に考える俺のことなど見向きもせず、綾人はすでに卵焼きを口に入れていた。



 *一二月一八日 月曜日 放課後



「今日の授業はおしまーいっ」

 一日の授業から解放され、綾人は今日一元気だ。

「ねえねえ、いっちゃん。ボク行きたいとこがあって――――」

「マスドの新作のホットココアだろ」

「!」

「よく分かったね、いっちゃん!」

 心底嬉しそうに綾人が笑う。

「……まあ、なんとなく」

 誤魔化すように答えるが……。

 くそー、予定を知っていてもこのくらいしか使い道がないな。

 今のところ綾人を喜ばせることしかできていない。

 俺の頭が悪いだけか?

「はあ……」

 ……そうだよな。

 なんてったって、母さんの頭脳が全く遺伝しなかったんだからな。

「どしたの、いっちゃん。ため息なんかついて」

「……いや、なんでもない」

「ふうん? それじゃあ、さっそく行こう!」

 俺と綾人は並んで廊下に出る。

 廊下出たところで、大勢の女子がクラスの前の集まっていることに気付く。

 その中心で、頭一つ分デカい人物が困った様に笑っていた。

「あ、五樹先輩っ」

「……悠希」

 ああ、そうか。

 ここで悠希に会うんだ。

「二人とも、もう帰るんですか?」

 悠希は取り巻きの女の子達に別れを告げると、俺達のすぐ近くにやって来た。

 金髪がさらりと風に揺れる。

 右耳の銀色のピアスがキラリと光った。

「ああ……」

 悠希の表情は普段と変わらない。

 ……昨日のあの電話で、また明日ちゃんと説明すると言っていたが。

 悠希は覚えているのだろうか……。

 一応、確認だけでもしてみるか。

「なあ、悠希」

「はい」

「昨日の、夜の電話のことなんだが……」

「え……?」

 悠希は不思議そうな顔で言葉を続ける。

「ええと……昨日の夜……先輩に電話しましたっけ?」

 慌ててポケットから携帯電話を取り出す

 履歴を確認しているようだ。

「……いや、悪い。俺の勘違いだった」

「そうですか?」

 実はさっき、俺も自分の着信履歴を確認していた。

 もちろん、悠希から電話がかかって来ていたという事実はどこにもなかった。

 当たり前だ。

 悠希から電話がかかってきたのは、一二月二四日。

 今から六日後のことなんだから。

「それより悠希、今日仕事なんだろ? 田端さん呼びに行かなくていいのか?」

「ああ! そうだった……! 先輩、よく分かりましたね。すみません! それじゃあ僕はこれで!」

「ああ、気を付けて……あ! ちょっと待て悠希!」

「はい?」

「ぜひ、アイドル……いや、田端さんと話すチャンスを――――」

 ここでふと考える……待てよ。

 確かここで聞いても、次の日に断られるだけだったよな。

「……やっぱり、なんでもない。田端さんには、応援してるから頑張れと伝えておいてくれ」

「分かりました」

 ふ……決まったな。

 これで俺のイケメン度が三〇%増しだぜ。

「ちなみに五樹先輩、僕の応援は?」

「オマエは知らん」

「ええー……っ。ヒドイですよぉ……」

 悠希はわざとらしく眉毛を下げる。

「ほら、早く行けよ。遅刻するぞ」

「はぁい。それじゃあ……五樹先輩、綾人先輩、失礼します」

「おう」

「えと……がんばって、ね」

 綾人も小さく手を振り、後輩の姿を見送った。



 *一二月一八日 月曜日 下校



「んー! あったかくておいしい!」

 テイクアウトしたココアを飲みながら、俺達は自宅までの道のりを歩く。

 雪は降らないが、やはり空気は冷たい。

 ココアから暖かそうな湯気が出ていた。

「甘いだけだろ」

 いつか綾人から奪った、あの味を思い出す。

 それだけで胸やけしそうだ。

「その甘さがおいしいんだよ」

「オマエ、糖尿病の道まっしぐらだな」

「うう……でも小さい頃さ、こういう寒い日にはよく二人でココア飲んであったまったじゃない」

 またその話か。

「あの時は味覚がガキだったんだよ。だからおいしく思えたんだ」

「むー……それじゃあボクが何も変わってないみたいじゃん」

「ようやく分かったか」

「なんだよもー」

 不機嫌そうに、綾人はココアを飲み干す。

 なんとなく……二人の間に流れる、こういう空気が好きだった。

 こんな世界になっても、落ち着くというか。

「……あ! 猫だ!」

 綾人が顔を上げる。

「猫……?」

 綾人は指さしたのは、ここから少し先。

 塀の上を優雅に歩く猫の姿があった。

「ああ……」

 そういえば猫を追いかけた先に転校生がいたんだっけ。

「…………」

 俺は電柱の陰に隠れ、そっと覗いてみる。

 別に悪いことしてるわけじゃないが……。

 なんとなく。

「……いない」

 そこには、誰の姿もなかった。

 まあ、あの時も転校生がいたのはほんの数秒だけだったし……。

 たまたま時間のタイミングがズレただけだろう。

「え? 何々ー? 誰か捜してるの?」

 綾人も顔を覗かせる。

「いや、なんでもない」

「ええー。今日のいっちゃん、やっぱり何か変だよ……」

 ぐ……。

 やっぱり、そう見えるよな……。

「ま、いっちゃんが変なのは今に始まったことじゃないんだけどさ」

「…………」

「いったーい……!」

 失礼な幼馴染の頭を無言で頭を叩いておく。

 本当にコイツはひとこと多いな。

 ……でもま、それで救われるものもあるんだけどな。



 *一二月一八日 月曜日 夕食



 電気の点いたリビングで一人、ボーッとテレビを見ていた。

 各地で起こっている紛争や、地元のローカルニュースが次々と流れていく。

 ゲームの続きでもしようかと思ったのだが、データが一週間分まるまる消えていたのでやる気が失せた。

 ゲームの内容が記憶にあるってことは、やっぱり先週は本当にあったんだよな……?

 矛盾する記憶と現実が、やはり気持ち悪い。

「……さて」

 時計を見ると、ちょうど夕食の時間。

 そろそろ、綾人が来る頃か。

「やっほー、いっちゃん! 夕ご飯持ってきたよー」

 お決まりのセリフと共に、綾人がやって来た。

 おぼんの上に乗せた食器が、カチャカチャと音を立てている。

 それをダイニングテーブルの上に置き、すでに盛り付けが終わっているおかずを順序良く並べていく。

 綾人のヤツ、今回も勝手に家に入ってきやがったな。

「んー……」

 ソファの上で思い切り身体を伸ばす。

 ゲームの前に再びノートに計画を書き出していたのだが……。

 なかなかいいアイディアが浮かばなかった。

 まあ、はっきり言ってお手上げ状態だ。

 俺のあまり賢くない頭では、テストが満点取れるとか……そのくらいしか思いつかないわけで。

「でも、今週テストはない」

「知ってるよ、そんなこと」

 綾人が律儀に返事をしてくれる。

「宝くじじゃ、時間がかかりすぎるしなぁ……」

「よく分かんないけど、先食べちゃうよ?」

「ああ」

「んっ。おいしい」

 綾人は堂々とつまみ食いをしながら、満足そうに頬を抑えている。

「なあ、綾人……」

「んー?」

 口にから揚げを頬張りながら、綾人が返事をする。

「もしも、さ……」

「うん」

「これから先の未来が分かるとしたら……オマエなら、何をする?」

 あまり参考にはならなそうだが……。

 綾人の意見でも訊いてみることにするか。

「ええー、どうしたの急に」

「いや……えっと……」

「そ、そう……昨日、ドラマでそんな話のがやっててさ。オマエならどうすんのかなって、ふと思って」

「もしかしていっちゃん……朝からずっとそれ考えてたの?」

「え……っと、まあ、そうだな……」

 ……嘘はついていないぞ。

「うわー、ヒマ人だねえ」

「うるせえ……」

 否定はできない。

「うーん……これから先の、未来かぁ……」

 訝しげな顔をしながらも、綾人は考えてくれる。

 何事に対しても、あんま疑ってかからないのがコイツのいいとこだな。

「できれば、一週間以内の出来事で」

「うわ……だいぶそれは限定されるね」

「だろ?」

 なかなか難しいんだよな。

「ボクならね……」

 コイツ、たまに面白いこと言うからな。

 ちょっと期待できそうだぞ。

「あ!」

「思いついたか!?」

「ロトを買って一獲千金!」



 *一二月一八日 月曜日 就寝前



「オマエと俺が同程度の頭だと、改めて痛感した」

 窓越しに、同レベルの頭を持つ幼馴染を見る。

「まあほら、類は友を呼ぶってヤツじゃないかな!」

 ことわざ使ってドヤ顔で言ってくるが、全然フォローになってないからな。

「はぁ……」

 思わず深いため息が漏れる。

 せっかく特殊な力があったって、それを活用できなくちゃなあ……。

「ちょ……面と向かってため息はヒドくない!?」

 綾人がまた頬を膨らます。

 けれど、すぐにまた笑顔に戻った。

「……でもさ、それがいっちゃんのいいところだよね」

「は?」

「だって……悪いことに使ってやろうって、全然思いつかなかったでしょ?」

「え……」

 綾人に言われてハッとする。

 そう、だよな……。

 まあ、極端に言えば……少しくらい悪いことに使ったってバレないわけで……。

 それが具体的に、どんなことに繋がるのかは分からないけれど。

「たぶん、頭のいい人はいくらでもそういうこと思いつけるよ。でも、いっちゃんはそれをしない……っていうか。根本的に、そういうこと考えることができないんだよね。そこが、いっちゃんのいいところ」

「…………」

 コイツは……そういうこと平気で……。

「っ」

 俺は顔が熱くなっていくのを感じ、勢いよく窓を閉めた。

「わっ! どうしたのさ!」

「うるせえ! 寝る!」

 窓の外から綾人の声が聞こえてくるが……。

 俺はそのままベッドに倒れこむ。

 人のヤツ……恥ずかしいじゃねえか!

 八つ当たりするように、乱暴に部屋の電気を消す。

 そして羞恥の気持ちを隠すため枕に顔を埋め、深い眠りについた。

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