Ⅰ-Ⅵ 日常



 *一二月二三日 土曜日 自室



「ん……」

 珍しいことに、今日はスッと目が覚めた。

 瞳だけ動かし、窓の外を見る。

 深々と雪が降っていた。

 なんだか、静かだ。

 まるで全ての音を雪が消しているかのように。

 ああ、そうか……今日は土曜日だから……。

「休みの日は、起こしに来ないんだよな……」

 少しだけ物足りなさを感じながら、ベッドから起き上がり、クローゼットを開ける。

 スカスカな中身から、休みの日用のダボっとしたグレーのニットと、ジーンズを取り出した。





「あ、いっちゃんおはよー」

「ああ、おはよ――って」

 いるじゃねえか!

 リビングへ行くと、綾人がのんびりと人んちのソファでゲームをしていた。

 大きめなのか綾人が小さいのか、いつもの真白いダボッとしたパーカー姿だ。

「朝ご飯、そこに置いてあるよー」

 テレビから目線を外すことなく、身体を傾かせながらレースゲームをしている。

 コイツはいつでも朝から元気だな……。

 勝手に入ってくるのは、もう諦めた。

「ねえねえ、いっちゃん」

「なんだ?」

「今日の予定は?」

「いや、今日は特に何もない」

「あはは。だよねー、知ってたー」

 ひと段落したのか、コントローラーを置いてこちらにくる。

 人をヒマ人みたいに言いやがって。

 ……まあ、そのとおりなんだが。

「ということで、映画見に行こうよ。今ちょうど、話題のホラー映画やっててさ! あれは絶対見るべきだよ!」

 鼻息を荒くしながら、最新映画のプレゼンをしてくる。

「あのな、綾人……」

「ん?」

「なんで男二人で映画なんか見に行かなきゃいけないんだ? そういうの……しかも、ホラー映画なんてものは、可愛い女の子とだな……」

「へぇー……」

 力説する俺への返事は、完全にバカにしたものだった。

「な、なんだよ」

「……もしかして、いっちゃん怖いの?」

「ぐ……っ。な、何を言ってるんだ……綾人クン!? この俺が、たかがホラー映画が怖いなどと……。そ、そもそもアレは人が作ったフィクションであり、実際の人物とは一切関係ありません!」

「じゃあ、問題無いよねっ」

「い、いやいや……だから……」

「そうと決まったら、早く用意しないと! いっちゃん、急いで食べてね」

 綾人はそう言って、慌ただしく自分の家へと走って行ってしまった。

「ははは……」

 相変わらず、人の話を聞かないヤツだな……!

「くそ……」

 あー、泣きたくなってきた……。

 綾人のヤツ……知ってるくせに……。

 俺はホラーが……大嫌いなんだよ……っ!



 *一二月二三日 土曜日 駅前



「やっぱ駅前は人が多いね……」

 綾人の言う通り、土曜日の駅前はたくさんの人で溢れていた。

「連れてきたのはオマエだろうが」

 さっきよりは小降りになってはいるが、雪も降り続いている。

 ちらほらと制服を着ているヤツらもいた。

 この前、田端さんに絡んでいたヤツとは違い、臙脂えんじ色の高そうな制服に身を包んだ上品そうに笑う二人組が、ビル街のど真ん中にある学校へ向かって行く。

 確か、私立の学校だと土曜日も授業があるんだっけか。

 お疲れさんです。

 確かこの近郊にある四校の中で、一番偏差値と入学金が高い高校だったはず。

 ちなみにナンパ男は偏差値最下位の高校だ。

 この時代、あんなに荒れている学校なんて全国でもなかなかないだろうな。

 ふと隣を見ると、転校生と同じ紺色の制服を見にまとった生徒達が、駅ビルの階段から降りてくるところが見えた。

 やっぱり、近くの高校のものだったな。

「人酔いしそう……」

 いつの間にか綾人のテンションが激落ちしていた。

「よし! じゃあ帰るか!」

 逆にテンションを上げていく。

「もー、来て早々そういうこと言わないでよー」

 ダメだった。

「……そういうオマエは嬉しそうだな」

「そりゃあ嬉しいよ、久しぶりだもんこういうの」

「そうか?」

 綾人とは毎日会ってるから、別に特別なことはないと思うが。

「確かに、映画は久しぶりかもな」

「でしょ? 人混みはキライだけど……でも、いっちゃんとのお出かけは好き。ということで、早く行こう!」

「わ、待て! 引っ張るな!」



 *



「わぁ……たくさん人いるね……」

 綾人はイヤそうに眉を下げる。

 駅前にある映画館までやってきた俺達は、その人混みを前に立ち止まっていた。

「だって、話題の映画なんだろ?」

 綾人のヤツ……人がたくさん集まる場所は苦手なくせに。

 自分で自分の首を絞めやがって。

「そうそう、ネットでは割と評判いいんだよ」

「へー」

「それじゃあいっちゃんはチケットの方よろしく! ボクはポップコーン買ってくる」

「どうせ食べきれないんだから、小さめのにしとけよー」

「はーい!」

 小さい体が、人ごみの中に消えていく。

 ……って。

「母親か、俺は……」



 *一二月二三日 土曜日 喫茶店



「えっと、ミックスサンドイッチを一つ!」

「……水一つ」

 俺は声をなんとか絞り出す。

 しかし店員は笑顔で『お水はセルフサービスです』と、言い残し去って行った。

 

 映画館のすぐ横にある小さな喫茶店で、俺達は昼食をとることにした。

 昼時ということで店内は満席だったため、しばらく店の外で待っていたのだが、タイミングが良かったのか、思っていたよりすぐに店内に入ることが出来た。

 少しだけ暗い店内はまさにレトロな喫茶店という言葉がぴったりだ。

 細かな傷が入ったダークブラウンのテーブルが、この店の歴史を刻んでいるようだった。

「いっちゃん、席に座って水一つはないでしょー」

「うるせえ、あんなもん見た後にメシなんか食えるか! ホラーな上に、スプラッタだったじゃねえか!」

 いろんなモノが飛び出してたぞ!

 地上波では絶対に流せない。

「うえ……」

 思い出しただけで吐き気が……。

 俺は急いで立ち上がり、ウォーターサーバーからグラスに水を入れると一気に飲み干した。

「だ、大丈夫……?」

「オマエ、ああいうの平気だったっけ?」

「そりゃ何回も見ればね」

 確かに、ああいうのは慣れだっていうけどさ……。

 ふと……昔、血を見て大泣きしていた綾人の姿を思い出した。

 何が昔から変われない、だ。

 やっぱりコイツ自身も変わってきてるじゃないか。

 いい意味でも、悪い意味でも。

「たまにオマエが借りてるDVDは、そういう系だったのか……」

「いっちゃん、知らなかったの?」

「てっきりエロいヤツかと」

 だからあんま詮索しないように気を使ってやっていたんだが。

「なんでそんなもの……いっちゃんと一緒に借りに行かなきゃいけないのさ。というか、まだ未成年なんですけど」

 ……そのうえ童顔だしな。

 俺が店員だったら、間違いなく保護者を探してしまう。

「オマエ、わりと神経図太いのな」

「いっちゃんは意外と繊細なんだね」

 初めて知る幼馴染の一面に驚きつつ……。

 俺はその横顔を見る。

「で? 映画は見終わったわけだが、次はどうするんだ?」

「そうだねー……」

 綾人はしばらく考え、そして。

「次は、服屋さんに行こう!」



 *一二月二三日 土曜日 商店街



「まさか、買うとは思わなかった」

「だって、気に入っちゃったんだもん」

 綾人は手に持った紙袋に頬擦りする。

 買い物も終わり、俺達はいつもの商店街をフラフラしていた。

 ここから一〇分ほど歩けば学校に着く距離だ。

 駅前より人は少ないが、やはり土曜日のせいか、普段よりも活気がある。

 あちこちでクリスマスツリーや電飾で飾り付けがされており、嫌でもクリスマスを意識させられた。

 明日はクリスマスイブだったっけな。

「でもちょっと足の部分、長くなかったか?」

 綾人が買ったのは古着屋のジーンズだった。

 海外製の物が多いため、小柄な綾人にはどう見ても大きい。

 その中でも小さめのサイズをやっと発掘したのだった。

 しかもコイツ身長が小さいから、いつも裾上げしないとズボンが長いんだよな。

「あ。これから頑張って足だけ伸ばすわけか」

「違うもんっ。裏地にもちゃんと模様が入ってるから、ロールアップにしても大丈夫って店員さん言ってたもん」

「へー」

「何、その興味ないですみたいな顔」

「いや、そのままだが」

「もー! いっちゃんの意地悪!」

 綾人はプンプン怒りながら、一人で早歩きして行ってしまう。

 しかし俺はすぐに追いついて、再び綾人の横に並んだ。

「そういや、俺達今どこに向かってるんだ?」

 綾人の足取りから、目的があることは何となく分かるんだが……。

「あ、そうそう。あっちでクリスマス特別抽選会やってるんだって。古着屋のお兄さんが、教えてくれたんだよ」

 綾人はそう言うと、カバンの中から長方形の紙を取り出した。

 モノクロのでかいフォントで、クリスマス大抽選会と書いてある。

 温泉宿泊券、高級ホテルのディナー券など錚々たる景品が揃えられているようだ。

「今のお店で買った分、一回だけど回せるよー!」

 楽しそうに、抽選券を見せびらかしてくる。

 相変わらずそういうの好きなんだな。

「抽選会場ってあれか?」

 ちょっと先の広場に、運動会の来賓席のようなテントと、その中に小さな机が並んでいた。

 その机の上には、よく見かけるガラガラが置いてある。

 数人が並んでいて、抽選の順番を待っていた。

「うん、そうみたい! それじゃあ、ちょっと行ってくるー」

「おう」

「あ、これ持ってて」

 そう言ってさっき買ったズボンが入った紙袋を押し付けてきた。

「ったく……」

 走っていく綾人の背中を見送りながら、俺はすぐ横にあったベンチに腰かけた。

 すぐ隣に紙袋も置いておく。

 木製のベンチはすっかり冷えていて尻が冷たい。

 それでも、一日中歩きまわった足を休めるにはちょうど良かった。

「人混みは何もしなくても疲れるな……ん?」

 ふと顔を上げると、商店街を一人で歩いている見知った姿が目に入った。

 転校生だ。

 どうしてこんなところに……って。

 いや別に商店街に来てたって、おかしいことじゃないんだが……。

 つーか、なんで休みの日なのに制服姿なんだ?

 さっき見かけた生徒達と同じ紺色の制服に、いつもの白い手袋もつけていた。

 やっぱりあの高校から転校して来たのか……。

 しかし転校生はこちらに全く気づかず、駅前の方へ歩いて行ってしまった。

 あっちに家でもあるのだろうか。

 駅前には商業ビルが主に建っているが、駅の反対側に高級マンションが立ち並んでいる地域がある。

 金持ち説が正しければ、そこに住んでいる可能性もあるのか。

「いっちゃん、どうしたの?」

 いつの間に戻ってきたのか、目の前に綾人が立っていた。

 手にはボックスティッシュを持っている。

 ……ハズしやがったな。

「いや、なんでもない。行くぞ」

「うん?」

 俺が歩き出すと、綾人はその後ろにトコトコとついてきた。



 *一二月二三日 土曜日 公園



「あったかい……」

「そりゃ良かったな」

 すっかり日も暮れ、街に明かりが灯り出す時間。

 綾人と俺は、近所の公園に来ていた。

 一緒に遊びに行った帰りは、この公園に寄る暗黙のルールみたいなものがあった。

 まあ、学校帰りにもたまに立ち寄ったりするんだが。

 ここに自販機があって、家まで我慢できない時は飲み物を買ったりしている。

 今、まさにその状態だ。

「オマエ、よく飽きないよな」

「ココアのこと? んー……まあ、ずっと好きだからなー。この季節は特に……寒いから、美味しく感じるのかも。夏にはあんまり飲もうと思わないでしょ?」

「余計に喉が渇くしな」

「そうそう。ココアがおいしい季節もいいけど……。でもやっぱり、早く春が来ればいのに」

「それには同意だ」

「寒いのはもうヤダもん……クリスマスは好きだけどね」

 そう言って綾人は笑う。

「クリスマスのイルミネーションとかさ、そういうのはいいよね。年末年始でセールもしてるし。そのおかげで今日は気に入ったズボンも買え――――」

「あ」

 そこで俺達は顔を見合わせる。

 気付いてしまった。

 二人とも、カバン以外の持ち物を手に持っていないことに。

「え!? ボクのズボンどこ行ったの!?」

「落ち着け。確か、古着屋で買った後に抽選をやるって言って……」

「そうそう。それでいっちゃんに預け――――」

「あのベンチか!」

 俺達は二人同時に叫んだ。



 *



「見つかって良かったよー……!」

 綾人は大袈裟に紙袋を抱きしめた。

 あの後俺達は大慌てで商店街に戻り、街ゆく人達に不審に思われながらも、ベンチにちょこんと置かれていた紙袋を無事に見つけることができたのだった。

 辺りはすっかり暗くなっていて、街は夜の顔になっていた。

 ギラギラした店のライトも点灯を始める。

「いやー良かった良かった」

「いっちゃん、全然反省してない……」

 内心ヒヤヒヤしていたことを綾人に見破られないよう、くるりと後ろを向く。

 正直、見つからなかったらどうしようかと思った。

 本当に良かった、見つかって。

 綾人、すげー気に入ってたからな。

「ねえねえ、いっちゃん」

 くいくいと、綾人が袖口を引っ張ってくる。

「今度はどうした?」

「あそこにいるの、煉くんと……神田くんじゃない?」

「え?」

 綾人が指差した先。

 私服姿で商店街を並んで歩く、委員長と神田の姿があった。

「えっと……」

 しかし二人の更に横にもう一人。

 メッシュがたくさん入った派手な頭の……分かりやすく言うと、ガラの悪そうなヤツと一緒に路地裏へ入っていく。

 神田は分かるが……なんで委員長まで……。

「そういや……」

 体育の時間、神田の視線の先にいたのは委員長だったんだっけ。

 球技大会の時も、仲良さそうに歩いてたし……。

 委員長……神田のこと名前で呼んでたよな。

「…………」

 え、マジでどういう関係だ……!?

 全然、見当つかない。

「まさか……委員長も不良だった、とか?」

「え、それはないと思うけど」

「だよなあ……」

 あの真面目な委員長に限って……。

 いや、でも昼間抑圧されている分、夜はストレス発散のために……。

「うーん……ダメだな」

 全然想像つかない。

 それどころか、どんなに頭の中でシュミレーションしても、不良に説教する委員長の姿しか出てこない。

「これ……事件になるヤツじゃないよな……?」

「それは……」

 俺の言葉を聞いて、不安そうにその路地裏を覗き込もうとしている。

 その姿を見て、俺は決心した。

「よし……帰るぞ」

「え!?」

 信じられないといった表情を浮かべる綾人。

 いや、それはこっちがしたい顔だ。

「路地裏って、どう考えても危険じゃねえか」

 悠希も言っていたが、夜はあまり治安が良くないって話だし……。

 あの時は勢いで田端さんを助けに行ったが、ナンパ男が二人いたら絶対に勝てなかった。

「そりゃあそうだけど……」

「しかも俺、ケンカ弱いんだぞ! というかオマエとしかしたことない!」

「声を大にして言うことじゃないよ……」

 綾人の声が呆れている。

「わ、分かってるわ!」

「いっちゃん……でも、もしも二人が危険な目に遭ってたら……」

「…………」

 あの悪名高い神田はともかく、委員長の安否は気になる、が……。

 綾人はモゴモゴと口籠る。

「……もー」

 しかし泣きそうな顔をして。

 綾人は一人、ずんずんと路地裏へ向かって歩いていく。

「お、おい……」

「だ、だって……煉くん達のこと……放っておけないよ」

「綾人……」

 奥歯をギリ、と噛みしめ……俺は綾人の前に立った。

「いっちゃん……」

「オマエが一人でこんな危険な場所に行くの、放っておけるか」

 どう見ても俺より綾人の方が弱っちいだろうが。

「……うん」

 綾人は嬉しそうに袖をぎゅっと掴む。

 ま……いざとなったら、綾人と委員長だけ抱えて逃げればいいよな。

 神田は知らん。

「この路地裏、抜け道なのか……?」

 この商店街には路地裏が何本もある。

 そのうちのほとんどが、駅前に繋がっているのだが、そこへ出る道のりには怪しげな店も多い。

 死角もたくさんあるし、まさに暴力事件を起こすにはもってこいの場所だ。

「……で。あの二人はこっちに行ったわけだが」

 俺達は三人が入って行った道をビクビクしながら一歩ずつ進んでいく。

「真っ暗だねぇ……」

 綾人はキョロキョロ辺りを見回しながら、小さく声を漏らす。

 目を凝らして奥の方を見るが、人影はない。

 それでも、俺達は奥に進んでいく。

「いない……」

 路地裏の最奥は空き地だった。

 空き地といっても、昔そこにあったであろう建物を取り壊した後にできた、使い道のないただの不便な空間のようだった。

 あちこちに廃材が積まれていたり、正面にコンクリートの壁に繋がった謎の階段があるだけで、そこに委員長達の姿はない。

 これから路上ライブでも行うのだろうか、楽器の調整をしているヤツが一人いるだけだった。

「み、見失っちゃった……?」

「いや……そんなわけないだろ……」

 だって横道なんてどこにも無かったのだから。

「どういうことだ?」

「わ、分かんない……」

 静かに首を振る綾人。

「魔法みたいだねぇ……」

 素直な感想に、俺も頷くことしかできなかった。



 *



「あれ? 何やってるんですか、先輩?」

 路地裏から出たところで。

 見知った人物に後ろから声をかけられた。

「悠希……」

「どーもです」

 ニッコリと。

 前髪を冬の風で揺らしながら、後輩は頭を下げた。

 普段学校で見るのとはまた違う、高そうなダウンコートを着ている。

 雑誌からそのまま出てきて歩いてるみたいだな。

「綾人先輩もこんばんは」

「こ、こんばんは……」

 挨拶をしつつも、綾人は一歩下がる。

「どうしたんだ、こんなところで」

「仕事の帰りです。商店街を抜けた大通りで撮影してたんですよ」

「休みの日まで仕事なんて大変だな」

「そうなんですよ。明日もインタビューの取材があったりで……割と売れっ子です」

「自分で言うな」

 俺の返答に、悠希はニッコリと笑った。

「この辺は夜になると、ガラの悪い人達がうろつき始めるから危ないですよ。ほら、この辺りの高校でも一校、荒れているとこあるじゃないですか」

 この前、アイドルをナンパしてたヤツが通っている高校のことだな。

「因縁でもつけられたら大変ですよ」

 まるで他人事のように言う。

「オマエだって有名人だろ」

「ええ。怖いんで、僕も帰ります。うっかり事件に巻き込まれてたりしたら大変ですもん」

 屈託のない笑顔で、悠希が微笑む。

「なあ……オマエ、この辺りには詳しいのか?」

「え? どうしてです?」

「いや……さっき、同じクラスのヤツを見かけたんだが……」

「ああ、神田……」

「え……?」

「……先輩、ですか」

「あ、ああ……」

 びっくりした……。

 あの神田を呼び捨てにしたのかと思ったぜ……。

「先輩なら、たまに見ますよ。ガラの悪い人達と一緒にいるところを、ですけど」

「ああ……なるほどな」

 悠希の答えに納得する。

 俺もさっき見たばっかだし。

「あとは、先輩のクラスの委員長さんも」

「マジで?」

「ええ、二人で一緒にいるところ……たまこの辺りで見かけます」

 なんだ、それじゃあ委員長もこの辺りは慣れているのか。

「あの……」

 改まって、悠希が俺を真っ直ぐに見てくる。

「ん?」

「五樹先輩って、神田先輩と仲いいんですか?」

「そんなわけないない」

 即座に全力で否定する。

「もう二年の後半になるけど、この前初めて話したんだぜ?」

 そのたびに睨まれるわ、嫌味言われるわ……。

 なんか話しづらいんだよな、デカいからか?

「そうですか……それなら良かったです」

「良かった?」

「はい。もしかして五樹先輩も、怖い人だったんじゃないかって心配になっちゃいました」

 えへへと、冗談ぽく笑う。

「怖い人に見えたか?」

「いえ、いい人オーラ全開です」

「それもどうかと思うがな……」

「ですから、気をつけてくださいね。僕ももう行きますけど、危険な場所もあるんですから」

「ああ、分かったよ」

 悠希の言葉に頷くと、俺は綾人の肩を叩いた。

「つーわけで、帰るぞ綾人。委員長達は慣れてるんだ、俺達の方が、変なのに目をつけられるかもしれない」

「……うん」

 複雑な表情をしていた綾人だったが、渋々首を縦に振った。

「それでは、さようなら……先輩」

「ああ、それじゃあな」

 悠希と別れ、俺達は家に向かって歩き始めた。



 *一二月二三日 土曜日 就寝前



「あ、あのね……さっき煉くんにメッセージ送ってみたんだ」

 窓を開けるとすぐに、綾人からのとんでも発言が飛び出した。

「マジで!? 綾人がか!?」

 窓から身を乗り出すように、綾人の話に聞き入る。

 この人見知りが、自分でメッセージを……!?

 というか、委員長の連絡先知ってたのか。

「あ」

 そういえば、進級して委員長が委員長になった日。

 困ったことがあったらいつでも連絡して来いと、クラス全員に自分の連絡先を教えていたことを思い出した。

 だからもちろん、俺も知っている。

「さっき、路地裏に入るところを見かけたけど何してたの? って」

「で、なんだって?」

「友人達と食事をしていたって返ってきた」

「友人達……」

 あのガラの悪そうなヤツがか……?

 神田なら分かるが、委員長だといまいち納得がいかないんだが。

 まあ、人の友人にケチつけるのは、良くないとは思うが……。

「えっと……それだけ。あんまりくわしくは訊けなかった……」

 綾人の声に元気がない。

 まあ、当たり前か。

「いや、オマエにしては上出来だ」

 コイツのことだ、たかがメッセージでもすごく勇気が必要だっただろう。

「食事……か」

 あの道のどこに食事する場所があったのだろうか。

 それとも、別の何か――――。

「委員長や神田のことは、深入りすべきかそうじゃないのか迷うところだな」

「そうだね……たまに一緒にいるのは見るけど……」

「不良と学級委員長か……」

 改めて考えてみると……なんか、すごいコンビだよな。

 もし本当に仲がいいとしたら、その経緯がすげえ気になるぜ。

「あの委員長だし、イジメられてるってわけでもなさそうだな」

「むしろ、仲良さそう」

 ふふ、と綾人が微笑む。

「ま、休み明けに本人から直接訊いてみればいいか。急に消えた謎も」

「うん。そうだね」

「さて、そろそろ寝るか。明日、教会行くから早いんだろ」

 明日はクリスマスイブ。

 コイツの晴れ舞台の日だ。

「覚えててくれたんだ」

 綾人は少し驚いたようだった。

「毎年のことだしな。ま、緊張しすぎてトチるなよー」

「うん……頑張るね、いっちゃん!」

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