Ⅰ-Ⅴ 日常



 *一二月二二日 金曜日 自室



「いっちゃん! 起きてー!」

「んー……」

 爽やかに差し込んでくる、太陽の光。

 もう朝がやってきてしまったらしい。

「ん?」

 ……あれ?

 いつも布団の上から感じる重さが、今日は無い。

 不思議に思い、ベッドから上半身を起こす。

 そこには綾人が仁王立ちして立っているだけだった。

「おはよ、いっちゃん。ほら、早く着替えて。ご飯できてるよー」

「ああ……」

 ……普通に起こされた。

 いや、普通に起こせって言ったのは確かに俺だが……。

「…………」

 なんというか、それはそれで物足りないな……。

「……綾人」

「んー?」

「……ちょっと乗っかってくれないか」

「いっちゃん……気持ち悪い」

「ああ……俺も、そう思った」

 自分で言うのもなんだが、たぶん寝ぼけているんだろう。

 俺は目を覚ますため、ベッドの上で思い切り背伸びをした。



 *一二月二二日 金曜日 登校



「今朝はいちだんと冷えたねー」

 昨日から降り続く雪が、手入れされた庭の芝生の上にも薄っすらと積もっていた。

 このまま家に帰って寝てしまいたい。

「もう学校サボろうぜー……」

「誘わないでよ、いっちゃん……今日ばっかりは頷いちゃいそうだよ……」

 ああ、そういやコイツ……球技大会嫌がってたっけ。

「まあ、授業がない分ラッキーではあるんだよな」

 空き時間ができたら、好きなことができるわけで。

「いっちゃんは出る競技は決めたの?」

「あー……そうか、競技は選択制だったっけか」

 今更ながら、重要な問題を思い出す。

 確か競技は全学年対抗で、クラスごとのグループに分かれる。

 基本的に好きな競技に出られるのだが、人数が多い場合はくじ引きになる。

 くじでハズレを引くと、人気のない競技へ回されるのだ。

 他のクラスへの助っ人も許されているという、まあ半分お遊びのような大会だな。

 確か競技は……。

「バスケットとバレーと……」

「サッカーとソフトボール、卓球もあるよ」

「そうだなぁ……卓球以外なら、なんでもいいや」

 あれだけは苦手だ。

「部活動に入っている人は……入ってる部活と同じ種目には参加できないんだよね」

「そんなの、俺らには関係ないだろ」

 帰宅部だし。

「あ……そ、そうだよね……えっと。それじゃあ……ボクはバスケがいい……と、思うけど……な」

「……そうだな、オマエに任せるよ」

「うん……っ! 決定ね!」

 綾人はこれ以上ないほどの笑顔で、大きく頷いた。

「大崎くーん!」

 学校も目前に迫ったところで、俺を呼ぶ声が聞こえた。

「まさか」

 空耳なんかじゃない。

 俺を呼ぶ甘い声……。

「た、田端さ……」

「!?」

「おはよう、大崎くん」

 右手で大きく手を振りながら、こちらへと小走りできてくれた。

 普段の制服姿ではない。

 学校指定の運動着を着用し、髪の毛をポニーテールにしている。

 いつもと違う田端さんの装いに、テンションが急上昇だ。

 今日学校来て良かったあああああ!

「……単純」

 綾人が見透かしたようにバカにしてくるが、そんなことはどうでもいい。

 俺の心は田端さんのことでいっぱいだった。

「悠希くんから聞いたよ。昨日体育の授業中にケガしたんでしょ? 大丈夫?」

「え……ああ! 全然大丈夫っすよ! このくらい」

「そっか、良かった……」

 アイドルが俺の心配してくれるなんて……。

 これまで生きてて本当に良かった……!

「今日の球技大会、頑張ろうね!」

「も、もちろん!」

「それじゃあ、私は行くね。ケガ、しないようにねー」

 再び元気に手を振り、アイドルはそのまま走って友達のところへ戻っていった。

「女神だ……!」

 もしかして、俺のことを待っていてくれたのか……?

 それでわざわざ声をかけてくれたのか……?

 連絡先交換を断られた時は世の中がセピア色になったが、今は全てに薔薇のフレームがかかっているようだ。

 まさかこの一週間でこんなにも会話ができるようになるとは……!



 *一二月二二日 金曜日 球技大会



「ヒマだねえ……」

「そうだな……」

 ほとんど誰もいない教室で二人。

 空を見上げながら時間を持て余していた。

 この寒空の下でも、グラウンドではサッカーを選んだヤツらが元気にボールを追いかけて走りまわっている。

 ついでに、グラウンドにある裏門から出ていくヤツらの姿も見えた。

 このお祭り騒ぎに乗じてサボるつもりだな。

 そんな中、俺達は一試合目で負けてしまったため、午後まで試合がないという情けない状態なのだ。

 同じ二年生……隣のクラスとの対決だったのだが、後一押しというところで負けてしまった。

 そう、隣のクラスとは田端さんのクラスだ。

 残念ながら応援には来ていなかったが。

 で。

 仕方ないので、綾人と二人で綾人が持参したお菓子を食べている。

 結論、ヒマだ。

 というか参加人数も多いし……もう帰ってもいいんじゃないのか?

 朝との落差で、テンションがガタ落ちだ。

「なあ、綾人……」

「途中で帰ったりしたら、煉くんに怒られるよ」

 見透かされた。

「だよなぁ……」

 委員長、そういうとこ真面目だからなー……。

「そういや、委員長達は試合勝ったのか? バスケットのBチームだっただろ」

 うちのクラスはバスケットの出場者が多すぎたから、二チームに分けたのだ。

 ちなみに俺達はAチームだ。

 第一試合で負けたけど。

「ボクが分かるわけないでしょ。いっちゃんとずっと一緒にいたんだから」

「そりゃそうか」

 でも、戻って来ないってことは、勝ち進んでるってことだよな。

 なら、俺達がいついなくなってもバレないんじゃないか?

「ということで綾人。委員長に一緒に怒られようぜ」

「ええー……」

「誰が怒るんだ?」

「!?」

 噂をすれば……というヤツなのか。

「い、委員長……」

 と。

「げ。神田……さん」

 教室の入り口に、何故か二人が立っていた。

 二人とも運動着を着ているため、なんだか普段と印象が違う。

 なんとなく『さん』付けで呼んでしまったが……。

 コイツ、ダブってないよな……?

「……んだよ」

「よさないか、鷲介」

「……チッ」

 委員長に注意された神田は、舌打ちしながら不機嫌そうに目をそらす。

 誰かコイツ、檻に入れとけよ。

 というか、なんで委員長はコイツを従えてんだ?

「すまないな、大崎」

「いや……」

 それにしても委員長は普通だ。

 球技大会で一緒に行動するなんて、やはり元から知り合いなのだろうか。

「大崎も月島も、こんなところでどうしたんだ? 試合はどうした?」

「負けたから、時間つぶしてたんだよ……」

「……情けねえな」

 ぽつりと神田から漏れる嫌味。

 うるせえ!

 つーか、なんで委員長の隣にいるんだよ……この腰巾着!

 と、誰か言ってくれ!

「こちらのチームはなんとか二勝することができた。だから、あまり気を落すことはないぞ」

 神田のことなど気にした様子もなく、委員長は力強く笑う。

 なるほど。

 俺達のチームの優勝はなくなったが、同じクラスとしての優勝の可能性はあるということだ。

 くそー、委員長と同じチームだったら良かったのに。

 クジ運がないぜ……。

「おい、煉……そろそろ行くぞ」

「ああ、そうだな。それじゃあ大崎、月島……次の試合、良かったら応援に来てくれ」

「ああ」

 委員長は力強く笑うと、神田と共に教室から出て行った。

「めずらしい二人組だったねー」

「つーか、神田……怖えよ」

「うん……確かに神田くん、威圧感あるよね」

「間違いない……あれは、人を殺してる目だ」

 きっと夜な夜な喧嘩に明け暮れては、見せしめに――。

「えー神田くんそんな人じゃないよー」

「……は?」

 綾人が、他人の肩を持つだと……!?

「昨日、いっちゃんボクを放置して悠希くんと帰っちゃったでしょ?」

 ジトッと睨んでくる。

「しょうがないから一人で帰ってたらさ、道端で捨てられてる子猫を拾ってあげてたんだよ」

「ば……っ! 今時いるか、そんな不良!」

「えー! いたんだもん!」

「ありえねえ!」

「あったんだもんー!」

 綾人が負けじと応戦してくる。

 そんな意味のないやりとりをしていると、机の上にあった俺の電話が震えていた。

 画面には後輩の名前が表示されていた。

「……悠希からか。もしもし?」

「あ、先輩! お疲れのところ申し訳ないんですけど、今から一階の廊下に来られますか?」

「え、ああ……大丈夫だけ――」

 切れた。

 ものすごい早口で、用件だけ伝えて。

 なんだってんだ、急に。

「悠希くんどうしての?」

「今から、一階の廊下に来いだとよ。先輩を呼び出すなんて、いい度胸じゃねえか。ついでにシメてきてやる」

 というのは、冗談で。

「オマエはどうする? 一緒に来るか?」

「んー……ボクはいいや。煉くん達の試合の応援もあるし、先に体育館行って待ってるよ。いっちゃん、遅れないようにね」

「へいへい」

 それじゃ、ちょっくら可愛い後輩のところへ行ってきますか。

 アイツには何かと世話になってるからな。



 *



「先輩ー!」

「うお」

 廊下では、大量のミネラルウォーターだのお菓子だのを持った悠希が待っていた。

 一年生の中では、頭一個分飛び出ているためすぐに見つけることができる。

「どうしたんだよ、その大荷物は」

「差し入れです。たくさんもらったんですよ」

 どさりと袋を置いて、悠希は一息ついた。

「でも、僕一人じゃどうやっても消化できなくて。だから先輩にももらってもらおう思って」

 もうクラスの友達には配っちゃったんですよ、と付け足す。

 きっと色んな女子から色んな場所で貰ったんだろうな!

「…………」

「先輩?」

「……大丈夫だ、オマエに悪意がないのは分かってる」

「え? どういう意味ですか?」

「気にするな、ただの嫉妬だ」

 俺は悠希からミネラルウォーターを奪い取り、一気に飲み干す。

 うまいぜ、心の涙が出るほどにな。

「そういや、オマエは何の競技に出るんだ?」

「ボクはサッカーですよ。走るの得意な方なんで」

 そういや、サッカー部の助っ人もやってるって言ってたもんな。

 昨日もそれでケガして、保健室に来たんだっけ。

 助っ人ってことは、正式に部活に所属しているわけじゃないから……別に競技に出ても問題ないのか。

「よっこいしょ」

 とりあえず、悠希からの貢物を受け取る。

 結構重い。

「あ、そうだ先輩」

 今思い出したと言わんばかりに、悠希はぽんと手を叩く。

「まだ何かあるのか?」

 そろそろ委員長達の試合なんだが……。

「さっき、桃香ちゃんが捜してましたよ」

「は!?」



 *



「田端さん!」

「あ、大崎くん……」

 悠希に言伝をしてもらったとおり、

 アイドルは、俺の教室の前で待っていてくれた。

 ちらりと教室を覗くが、もう綾人はそこにいなかった。

 先に委員長達の試合を見に行ったのだろう。

 俺も行かないといけないが、とりあえずはアイドルとの用事が終わってからでいいだろう。

「すみません! 遅くなりまして……」

 つい敬語になってしまう。

 ああ……女の子と話し慣れない俺。

「ごめんなさい、急に呼び出したりして……。あの、大崎くん……もう試合は終わったの?」

「あー……午後から試合あるけど……」

 あとは、これから委員長達のヤツが。

「なんか、トラブルでも?」

「それが……私のクラス、これから試合あるんだけど人数が足りなくって……」

 アイドルが悲しそうな顔で耳に髪をかける。

「でも、ごめんね……試合があるなら……」

「喜んで助っ人をやらせていただきましょう!」

 口が勝手に叫んでいた。

「え? いいの?」

「もちろん!」

 アイドルが目の前で困っているのに、放っておける大崎五樹じゃない!

「ありがとう……すごく、嬉しい」

 そしてこの笑顔。

 それだけで気合い入ってきたぜっ!

「それじゃあ行きましょう!」

 いざ、戦地へ!

 そういや何の競技なのか訊くのを忘れていた。

 バスケならそこそこ自信あるし、それ以外も普通以上には……まあなんとかなるだろう。

 例のアレを除けば。

「田端さん、ちなみに競技は?」

 田端さんは申し訳無さそうに上目遣いでこちらを見上げる。

「えっと……卓球、なんだけど……」



 *



「信じられない」

 弁当を食べながら、綾人がゴミでも見るような目でこっちを凝視してくる。

 俺は、それから逃れる術を持っていなかった。

 委員長達の試合はとっくに終わり、その上俺達が出場するはずだった試合の時間も過ぎた。

 つまり、俺は全てのことをすっぽかしてしまったのだった。

「信じられない」

 二回目。

 悪いのは、完全に俺だ。

「いや……悪かったって」

「まさか自分のクラスの試合と時間がかぶってた上に、出場人数まで足りなかったとは……」

 さっきまであんなにいたじゃねえか。

 みんなしてサボりやがって……。

「大変だったんだよー! いっちゃん電話出ないしさー。そのせいで煉くん達の試合は負けちゃうし」

 そりゃあ、別の試合に出てたからな。

 しかも、苦手な卓球。

 全然助っ人になってなかった。

 むしろ、足引っ張りまくってた……。

「ああああ……」

「いやいや、なんでいっちゃんが落ち込んでるわけさ」

「……自分のバカさ加減に、ウンザリしていたとこさ」

「やっと気づいたか!」

「なんだと」

「何さ、文句あるの?」

「いや、ないです」

 今回に限っては、俺が全面的に完全に悪い。

「……いっちゃんいたら、勝ってたかもしれなかったのに」

「う……」

「なのに……まさか田端さんトコの試合に出てたなんて……」

「ぐ……」

「クラスを放っておいて……」

「く、くそ……」

 コイツ……確実に胸のど真ん中を抉ってきやがる……!

「クラスのみんなに知られたら、間違いなく……」

「ぐおおおお……」

 仕方ない……。

 最後の手段だ。

 これを使わなければ……。

「綾人」

「んー?」

「……マスドのココア奢ってやる」



 *一二月二二日 金曜日 放課後



「はー……おいしいー……」

 テイクアウトしたココアを飲みながら、帰り道を二人で歩く。

 幸せそうにちびちびと口に入れる姿は、まるで小さい子供のようだった。

「そうかよ……」

「いっちゃんも飲む?」

「いらねえ……」

 綾人の野郎……調子に乗ってビッグサイズ頼みやがって……。

 いやしかし、今回は俺が完全に悪かったしな……。

「なんか、最近俺……謝ってばっかじゃねえか?」

「謝るようなことしかしてないからじゃない?」

「ぐ……っ」

 くそ……綾人のくせに……。

 だが言い返せない……っ!

「そんなに気にすることないんじゃない? 過ぎちゃったことは、仕方ないもん」

 さっきまで、さんざん人を脅しておいてそのセリフか。

 まあ、その通りなんだが……それにしても。

「オマエ、意外と冷めてるんだな」

「え……」

 綾人の顔色がサッと変わった気がした。

 ……何、そんなに焦ってんだ?

「どうした?」

「…………」

 しばしの無言。

 そして、小さな声がぽつんと漏れた。

「……ボク、変かな?」

「なんつー顔してんだよ、冗談だ冗談」

「……もー、いっちゃんの意地悪」

 綾人はまるで風船のように、ぷくーっと頬をふくらませる。

 見事によく伸びるほっぺただ。

「寒いな……」

 白い息を吐き出しながら、雪の降り続ける空を見上げる。

 いつもよりもずっと早い時間の帰宅のはずなのに……。

 もう帰り道の街灯が全て光っていた。

「本格的に、冬になってきたねぇ……」

「そうだな……」

 小さい頃からこの季節は苦手だった。

 生き物に厳しい、白銀の世界。

 早く雪が溶けて、そして……。

 次の季節がやってくればいいのに……。

「……ちょっとよこせ」

「わ」

 俺は、綾人からココアを奪い取る。

 反論が飛び出す前に、それを全部飲み干した。

「甘過ぎ……」



 *一二月二二日 金曜日 自室



「ん……」

 真っ暗になった部屋で、俺は目を覚ました。

 どうやら、疲れて昼寝してしまったらしい。

 部屋の電気をつけ、まだぼやけている視界で時計を確認する。

 まだ夕食までには時間があった。

「なんか腹減ったなー」

 ということで、階段を降りリビングにやってきた。

 冷蔵庫に、何か買い置きはなかったものか。

「お」

 リンゴのうさぎさんを発見。

 って、今朝こんなものあったっけか?

「ん……?」

 視線を逸らすと、机の上に買い物袋の山が出来あがっていた。

「なんだ……母さん帰ってきてたのか」

 予定では一週間のはずだったが。

 思ったよりも早い帰国だったな。

 ああ、このリンゴ切ったの母さんだったのか。

 珍しいな。

 俺のためにわざわざ剥いてくれるなんて。

「……うん、うまい」

 まだ少し冷やし足りないけど。

 母さん、たまにフラッと帰ってくるんだよな。

 まあ、大体はシャワー浴びてすぐに出ていくんだけど。

「また、こんなに買い込んで……」

 買い物袋も、そのほとんどが海外のブランド品だ。

 ストレス発散のために買っているのか、そのまま使わずに放置しているものも結構多い。

「もったいないよなー」

 女手一つで生活が成り立ってるくらいだから、かなりの給料をもらっているみたいだが……。

 確か働いている会社も、大きなところだった気がする。

 そこの研究職で、頭もかなりいい。

 ……俺には遺伝しなかったけど。

「……ん?」

 その買い物袋の山の中に、大量の本まで山積みにされていた。

「本までこんなに買って……」

 うわ、全部英語だ。

 見るだけで目がチカチカする。

 一応、いろんな分野の知識は必要なんだろうけど……。

 親子のはずなのに、どうしてこんなに頭の出来が違うんだろうな。

「さてと、リンゴも食い終わったし……」

 夕飯まで、もう一眠り――――。

「いっちゃーん! ゲームしようよ、ゲーム!」

 弾む声と共に、幼馴染がリビングに侵入してきた。



 *一二月二二日 金曜日 就寝前



「それじゃあ今日、いっちゃんのお母さん帰って来てたの?」

 窓の外に身を乗り出しながら、興味津々に聞いてくる。

 コイツの場合、冗談じゃなく本当に落ちそうだから心配だ。

「買い物袋が置いてあったし、そうなんだろうな」

「でも、またいないの?」

「……金曜日だしな。やっぱ、彼氏のとこじゃね?」

「ええー、何その推測。彼氏がいるって決まったわけじゃないんでしょ? でも、いっちゃんのお母さん美人だし、恋人がいても全然おかしくはないけど……」

 うーんと、顎に手を当てて何かを考えている。

「やっぱり、人は変わってくのかなー」

「何を今さら。そんなの、当たり前だろ」

 何もしなくても、時と共に風貌は変化していく。

 ましてや心なんか、簡単に変わるさ。

「そうだよねー。寂しいけど、そうだよねー……ボクは変われないや……。きっとこのままずっと、その場にいる。いっちゃんにはどんどん友達が増えていくけど。ボクは、それを見ているだけだもん」

「情けない声をだすな。それに……安心しろ。オマエだって少しずつ変化してる」

「そうかな……」

「そうさ。オマエにその自覚がないだけだ」

「うーん。でも、そっか。いちばん近くにいるいっちゃんが言うんなら、そうなんだろうね」

 綾人は少しだけ安心したように微笑んだ。

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