第6話 焼きそばと、お好み焼き
通りでは、茉琳たちより若い子たちが屯してよもやま話に花を咲かしている。
恋バナから与太話、取り留めのない話をして笑い声があちこちで溢れ出していた。
茉琳はりんご飴をチロっと舐め屋台を覗きながら歩いている。そのうち茉琳の小鼻がひくついた。
「翔、このソースの焦げるような香ばしい香りは?」
つつつっとその香りに惹きつけられるように茉琳は暖簾にデカデカと焼きそばと書かれた屋台に近づいていく。
そこに敷かれた鉄板に油が引かれ、ざくぎりのキャベツが投入されていた。すでに豚バラが焼かれて、火の弱い脇に寄せられている。
キャベツが、しんなりしたところで肉とキャベツが混ぜられていく。それらが焼けると脇に映される。
ここで主役が登場する。かん水に繋がれだ黄色い面が大量に鉄板に投じられて広げられる。
一通り広げられると均等に水を差して麺を蒸していく。麺をが、ほつれないようにヘラで解す。
掛けた水が湯気となって抜け切るタイミングでソースを満遍なく振りかけるとキャベツと肉を入れて、混ぜ合わせた。秘伝のブレンドされたソースの香りがあたりに広がっていく。
「焼きそばなり。う〜ん、いい香りなり、こんな香りを嗅ぐと……」
ぎゅるるる る
お腹が唸るような音が周りに響き渡る。
「いやぁー。ウチの腹の虫が鳴いてるぅ」
茉琳は、お腹を抱えてしゃがみ込んだ。
「茉琳、行きにも同じことやってるよ。それみろ、やっぱり」
「食いしん坊じゃないなりぃ。翔、ウチは違うえ。この芳しい香りが悪いなしー」
目を潤ませて、苦しい言い訳をする。
「まっ、茉琳さんて健啖家でしたのね。覚えておいでよ」
「あきホンまで、そげなコツ言いよる」
茉琳は涙目で悲観にくれた。
「ふふふ、ごめん遊ばせ。遊びが過ぎましたね」
コロコロと笑いながらあきホンは屋台の店主へ向くと、
「主人様、焼きそばを四つほど見繕ってくださいませ」
彼女は人数分の焼きそばを頼んだ。そして巾着からクロコダイル革の長財布を引き出し、真っ新の紙幣を取り出し、店主が焼きそばのバックをコンビニ袋に詰め込んだとものと引き換える。それを茉琳の顔の前に晒す。
「茉琳さん、これで御気分を治されませ。何処ぞで腰を下ろしまして休みませんこと」
「うん、いい香りなり。みんなで食べるなり」
その香ばしい香りに、少しは気が紛れたのか、あきホンに誘われて立ち上がる。
「現金な奴」
「翔は言ってろなし」
茉琳は下瞼を指で引き下げ、舌を出して、翔を挑発する。
「うふ、おふたりとも可愛いですこと」
「「どこが」」
2人はユニゾンであきホンに抗議した。で、2人とも始末が悪そうにソッポを向く。
「ふふ、ご両人は仲の良きことで」
あきホンは口元に手を当てて、そそと微笑んでいる。
「「あ〜き〜ホン」」
ふたりは、揃ってあきホンに詰め寄ろうとした。
「まあ、まあ、お二人とも落ち着いてください」
ゲンキチが間に入り、落ち着かせようとふたりを手で仰いで押し留めた。
すると、
キュルル
と小さく、お腹が鳴る音がした。
「あら、私くしと、したことが空き腹でありましたのね。お腹の虫が鳴いてしまいましたの」
あきホンは、恥ずかしくて赤く染まる顔を巾着でもって隠してしまう。
「さすがはあきホン。お腹の鳴き声も奥ゆかしい。風情があります」
翔はあきホンをもてはやす。
「ひどいなり。あきホンも腹ペコさんなしな。ウチばっかじゃないなり」
茉琳は、それみたことかとフンと鼻息を荒くする。
「茉琳みたく唸るような猛獣の呻き声で腹減ったあって主張しているわけじゃない。お前もあきホンみたく、子犬が甘えてくるみたいにしてみろよ」
「なんなり!」
「なにおぅ!」
翔も売り言葉に買い言葉。けんけん囂々の叫び合いになってくる。
パァン!パァン!
耳に突き刺さるような拍手の音が響き渡る。あきホンが柏手で2人を止めた。そして2人を睥睨する。
「さあ、あまり長居しては、ここの主人の迷惑になりますわ。お二人とも、お次にでも参りませんこと?」
その視線の冷たさに震え上がり、暫く間ふたりはビクビクと怯えはながらあきホンの後ろについていくことになる。
屋台の色とりどりの暖簾にの中にお好み焼きと書かれた露天が見えて来た。先を歩く、あきホンが振り返り、
「茉琳さん。お好み焼きと広島焼きは何が違いますの。先程、通りに出た折には、そう書かれた露店がありましたわ。私くし、そう言うのは疎くって」
彼女は小首を傾げて頬を手で押さえて、話してくる。
「貴女でしたら、ご存知ではありませんこと」
先程の背筋が凍る視線とは打って変わってあきホンが、慎ましく聞いて来た。あまりのギャップに茉琳は目をパチクリさせる。
「申し訳ありません。私も存じないです。はい」
と背筋をピンと伸ばして鯱鉾ばって、答えてしまう。
が、
「あかん! あんな、そばの入ったもんなんか、お好み焼きやあらへん。ソースで炒めた麺と野菜炒めを重ねたクレープや! 百歩譲って、モダン焼きってことて許してやらぁ」
フンッ
思いがけずに茉琳が鼻息荒く、息巻く。よっぽど癇に障ったのか口調まで変わってしまった。
「ま、茉琳さん、皆さんが好きな具を入れて焼くからお好み焼きっていうのでは?」
あまりの拘りにゲンキチが恐る恐る聞いてみた。
「ちゃうっていうとるやんか、あんなもん、粉物でもあらへん」
「ハヒィ」
茉琳の剣幕に彼は、言葉を失う。
「せな、おっちゃん、よっつ包んでぇな。たくさん買うんやから、ちぃーとまけてぇー」
「ダメですよ。そんなこと言っちゃあ」
流石に呆れた翔が茉琳を止めた。
「なら、なんか、おまけしてェ」
「茉琳!」
「ちぇー、ほな、三千万円」
不承不承に茉琳は自分の長財布から紙幣を取り出して、代金を支払った。
茉琳の傍で、笑いを堪えていた、あきホンが
「茉琳さんて、出は関西でいらっしゃる?」
「堺やねんな。学校上がるってときぃ、こっちに来たんや」
「「「へぇー」」」
茉琳の意外な出自に、皆、驚いている。だが、その時には茉琳の目は既に露店つ敷かれた大きな鉄板に目が注がれていた。
熱々に熱せられた鉄板の上でラードが伸ばされていく。
鉄板の側には1人分として用意されたボールに合わせ生地がはいっていて千切りキャベツ、青ネギ、紅生姜も入れられていた。
そして大ぶりのスプーンをボールに入った具材に大きく3回ほど突き刺していく。
ザク、ザク、ザク
数回刺して、ボールをひっくり返すようにして具材を鉄板に流し込む。
しばらく火を通してから豚バラ肉を乗せ、さらに花かつおを満遍なく乗せてひっくり返す。片面も焼いてから特製ソースを刷毛で塗り広げ、格子状にマヨネーズをかけて出来上がる。それをバックに入れて薄緑の包装紙で包む。
「おっちゃん。ええ仕事しとるえ」
「おおきに。うもう食べてぇな」
茉琳がウンウンとか感心して店主を褒めた。渡された包みを受け取り、ホクホクとしていると、
「茉琳、そんなに買っちゃって、全部食べるのか?」
「まさかなし、みんなで食べるなり」
え翔は、恐る恐る聞いたのだ。焼きそばの暖簾を見た時から、いきなり豹変した茉琳に慄いていた。
「見事な手際で、出来上がるのを見ているだけで、お腹いっぱいになっちゃったしー、あきホンちに戻って食べるのが楽しみなり」
と、茉琳はニコニコと手に持っているりんご飴を、再び、舐め取りはじめる。翔はそれを見て、いつもの口調に戻ったことに胸を撫で下ろした。
「やっぱり、いつもの茉琳の方が良いな」
と、つい呟いてしまう。
「ん? 翔、何か言ったえ?」
「ん! 俺も茉琳のお勧めの焼きそばを早く食べろてみたいって、つい、言葉が漏れたんだよ」
「そうなりよ。ほっぺが落ちるくらいウまいきね」
そうして、茉琳は、ルンルン気分で歩を勧める。
茉琳が楽しみにしている屋台は、まだまだ、続く。
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