第5話 りんご飴

 翔と茉琳は参拝も終わり、通りに戻った。

 周りは、揃いの浴衣を着て、多分同い年の女の子たちが談笑しながら歩いている。

 ふと、そばを見ると小さな子供が親に連れられて歩いて来る。手には数匹の鮮やかな色をした金魚が数匹入ったビニール袋をもって興味深そうに眺めている。

 かと思えば、縁が光るサングラスをして光るバイキングソードを振り回している男の子がいて、親に叱られていた。

 はたまた、通りの反対側から向かってくる、ふわふわのピンクの綿飴を口にしている小さい子とすれちがうと茉琳が物欲しそうに視線をむけて、あまりにも食い入って見ているものだからか、


「きゃっ」


 茉琳が通りの人の波に乗れず、肩をぶつられてしまう。


「危ないなあ。気をつけないとな」


 翔は一言、注意する。


「ごめんなっし」


 茉琳は当たった肩をさすりながら答えた。ちらっ、ちらっと翔に視線を向けながら。


「茉琳、手を貸して。人混みが多いよ。これじゃ逸れるよ」


 徐に翔は茉琳に手を差し出す。


「うん、ありがと」


 茉琳はその手を握る。よく見ると、恥ずかしそうにして唇は綻び頬が赤くなっている。

「じゃあ、いこか」


 そういう翔もソッポを向いてはいるものの、頬が染まっていた。そしてふたりは周りの流れに合わせて並んで歩いていく。



「茉琳、参拝も終わったし、帰りは思う存分に楽しみな。お前に任せるから」

「そうなり! うれしいなし。楽しまなくちゃなりよ」


 翔に言われて、彼女は途端に周りをキョロキョロと見渡す。そしてひとつの露店の暖簾に目を止めた。

「翔、行こう」


 翔の手を引っ張った。先ほどの路地を出て、それほど離れていない場所に立っている屋台へと翔を連れていく。


「いらっしゃい」


 店主が中から声を掛けてきた。


「りんご飴、ください」


 茉琳は、すぐさま、りんご飴を頼む。


「どれにします」


 路店のそば机には、赤く塗られたりんごが陳列されている。大きいものから一口サイズのものまであり、塗られている飴の色も黄色とか、周りに白や緑のチョコを纏わせたものの置かれている。紅茶やヨーグルトをパウダー状にして塗していたりした。


「いっぱいあって、どれも良さそうなり。翔ならどれにするなしか?」


 茉琳は、唇に指をあてて、袖机の上を覗いた。


「目移りするなし。翔ぅ、どうしようなり」

「俺に聞くなよ。茉琳の好きなの選べば良いんだよ」

と彼女を突き放すようなことを言うのだけれど、


「そおぉ、じゃあ、私は赤いのください」


 翔は彼女へは、なけなしの見栄を張る、


「茉琳、さっき勘違いさせたお詫びに、俺が払うよ」

「あは、あれは私が勝手に勘違いしただけだから、気にしなくても良いよ。私を気遣ってくれてありがとう、翔くん。私が自分のお金を払って買うって決めていたのよ」


 茉琳は持っている巾着の口を緩めて、黄色い長財布を取り出した。そして小銭入れから硬貨をとりだしながら、


「私、子供の時.母さんがお金がなくてね。小遣いなんてもの、見たこと無かったのね」


と、言いつつ、指を小銭入れの口に差し込んで、硬貨を掘り出すつもりでいた。


「お祭りとかあって、近くの子達と連れあって屋台を見にきても……、あれぇ、100円玉が見当たらないや」


 長い財布を逆さにして硬貨が残っていないか、試している。


「お金なんて持っていなくて、一緒に来た子たちが握りしめた硬貨を出して、お代を払っているのを眺めていたの」


 彼女は、硬貨で払うのを諦めて、札入れの部分からピン札を取り出して、店主に渡す。


「ありがとね。お嬢さん。はいこれ」


 屋台の店主は艶々に赤く色付けされたりんご飴を茉琳に渡した。


「赤くテカテカに塗られた林檎を舐めて、美味しそうな顔をして皆んなが笑っているのを見つめるだけしかできなかったのね」


 茉琳はリんご飴に刺さった割り箸を持って口元に近づけて表面を、ひと舐めする。


「あまぁーい。りんご飴って、こんな味だったのね」


 頬が落ちるんじゃないかという顔をしてが呟く。

すると、


「お嬢さん。本当に美味しそうな顔をするねえ。気に入った。もうひとつサービスしてやるよ」


 店主の好感度が余程、高かったのだろう。気前よくサービスされた。 


「本当に! うれしいなり。ありがとうなしー」


 茉琳は、袖机から自分と同じものを選んでとっていく。


「はい、翔にあげるなし」

「俺は、いいよ。甘ったるのって苦手なんだよ」


 翔は両手の指を広げて、茉琳からの好意を断ってしまう。

すると、


「じゃあ。あきホンどうなし」


それまでニコニコと2人の成り行きを見ていた、あきホンが目をパチクリさせている。


「ふふ、よろしいのかしら。実は私くしも気になっていましてよ」


「そうなりや、丁度、良かったなし」


 あきホンは、茉琳からりんご飴を受け取り、すぐさま口元に運んだ。唇から差し出された舌先が赤くなった表面から飴を舐め取っていく。


「甘いですわ。こんなに甘いのですね」


 甘さを堪能した感のある、あきホンの瞼が上弦を描いていく。その瞼が静かに開かれて、意外な言葉がまろびでる。


「幼い頃、私くしのところも貧しものでして、お小遣いなどというものはもらった試しがなかったのですね。ですから、毎回、他の方々が満足なされているのを眺めているだけでしたから」

「以外なり。あきホンって生粋のお姫様に見えてたなしな」


 茉琳は彼女の顔を食い入るように見る。


「お恥ずかしい。わらべの頃の面映い昔話ですのよ」


 あきホンの目元が紅に染まっていく。


「さあ、こんな湿ったお話なぞせず。参りましょう。茉琳さん」

「ハイハイなりぃ」


 2人は連れ立って通りを進んでいく。


「思いがけない話を聞きましたね」

「人に歴史ありってとこですかね」


翔は2人の思いがけない話を聞いて目を白黒させていた。

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