第4話 レモネード

 参拝も終わり、翔と茉琳の2人は細く坂にになっている小道を降りていく。


「なんにしようかな? 綿飴、焼きそば、たこやき、お好み焼きに地鶏の串焼き。焼きもろこしにイッカ焼きぃ」


 彼女は欲しいものを口に出しながら、ウキウキと歩いていく。


「翔は何かいいものあるなりか? ウチ、喉乾いたなしから、かき氷もいいなり。ラムネ、トロピカルジュースに電球ソーダ。タピオカドリンクもあるなりよ♪」


 とうとう、メロディがついて歌い出す。


「フランクフルトに、アメリカンドック。チーズハットグ・ハングルハングル。フライドポテトにポップコーーン」


 ついでに手をふりふり振付て、


「みっず飴、あんずぅ飴、クレープにチョロス、ベイビーカステェラアー。冷やしバインバインにチョコバナナ挟んでカルピス飲むの。おっと忘れたにぃ、伊、イタリアンスッパボー!」


 遂には、足が躍り出す。


「さ、さ、さ、最後は喉をレモンスカッシュでスカーッとリフレエエッシユ。疲れも取れるよ」



 はあァーと両頬にを手で支えて息を吐いて、茉琳はダンスをやめた。


「どう? 満足した?」

「うん」


 茉琳は、子供みたいに大きくうなづいた。。前帯を手で摩って、もう満足なりって仕草をしている。


「茉琳、そんなに食べるの?」


「もちっのロォンなりっ。うちのお腹は底なしなりぃ」


と、ポンポン、ポポポンと茉琳は腹鼓を打つ。


「その自慢するお腹がポヨンポヨンになっても、俺知らないよ。後で泣くのは茉琳なリィ」


 翔は語尾を茉琳に真似て、更に腹鼓まで打って揶揄していく。


「えっ」


 茉琳が固まる。首が軋むような音でもするんじゃないかと!ギギギとひねって翔を恐る恐る視線を向けた。


「マジ?」

「まじ」

「マジなり?」

「まじだね」

「ホンニィ?」

「マジでヤバイよ」


 ミルミルと彼女の顔に絶望の縦線が入る。


   いっやああああああ


 そして、天に顔を向けて悲鳴を上げた。


「ウチっ、プニんプニんになるなりか? バランスボールを取り込んだみたいなスライムお腹になるなしか!」


   ぎゃあああああああ


 まるでこの世の終わりかとばかりに手で頭を抱えて絶叫する。そのうちに叫び声も掠れていき、息絶え絶えとでも言うようなヒィーヒィーというような瀕死の声も枯れていく。


「もう、しょうがないなあ」


 痛いのだろう、喉を手で押さえてしゃがみ込んでしまった茉琳を見るに絶えず、翔は路地を飛び出していく。


 しかし、茉琳は自分がはしゃぎすぎて呆れられたと思い、顔をを上げて不安そうな視線で人混みに紛れて見えなくなるまで彼を追いかけていた。


通りに出た翔は、


「確か、少し戻ったところにあったはずだ」


 と、向かってくる人の波に逆らうように彼は歩みを進めていく。


「あった!」


 意中の店を見つけた翔は、とある屋台の袖机にどびついて、ポツンと置いてある透明な液体の入ったコップを掴み上げて、


「これください」

「あいよ! よかったな、にいちゃん。それで売り切れだよ」


 どうやら最後のひとつだったようだ。翔ば安堵し札入れから紙幣を引き出す。店主に代金を渡して踵を返し茉琳の元へ走り出した。兎にも角にも、急いで茉琳のいるところへ戻りたいのだ。


 手のひらに冷たさを感じながら人をかき分けて、流れを縫うように人を追い越し、翔は茉琳の元に向かう。

 未だか噛み込んでいる茉琳へ近づくと、コップを彼女の一房の顳顬隠しの髪越しに表面に雫をいっぱいつけたコップをくっつける。


「ひゃ、冷たい」


 肩をビクンと震え、ガバッと茉琳は頭を起こす。


「はい、これ」

「なんなり?」


 不安気に茉琳は声を出す。


「レモネード! 冷たいよ。早く飲みな。傷んだ喉に効くらしいよ」


 彼女は氷がひしめく中へレモン果汁が注がれ、炭酸がシュワシュワと泡を弾き出すカップと優しく微笑む翔の顔を数度見比べると、両手で受け取。蓋に刺してあるストローに口をつけた。

 心配そうに目を向けてくる翔の顔を見ながら茉琳は口を窄めて、ズズズっと音を立てて啜ってしまった。


「茉琳、そんなに慌てて飲むと………」


 案の定、


   ゴッ、ゴホッ


 彼女は炭酸がのどに引っかかって咽せてしまった。咳き込んだ口から、折角飲んだレモネードか飛び散ってしまう。


「慌てて飲むからだよ。しょうがないなあ」 


 と言って翔は、肩から掛けていたワンショルダーバックからビニールパックに包まれた布を取り出す。

 彼は予告なしで突発的に何かをやらかす茉琳の対策として真空圧縮したタオルを常備している。

 袋のジッパーを開けてタオルを取り出して展開すると茉琳の顔に押し付けて水気を吸い取っていく。そしてそれを彼女へ渡していく。


「縁日に来るために浴衣を着て御粧したんじゃないの。それを汚しちゃって。胸元はそれで拭いてね」

「申し訳ないだっし」


 翔のお小言じみた物言いに、茉琳は縮こまって恐縮する。

 しかし、翔の口から、いきなり本音がポロリと転がり出た。


「その向日葵の柄の浴衣着、凄く綺麗に見えたんだよ………」

「ウチ、綺麗なりか?、別嬪しゃんなしえ? 翔、ウチめんこいかぇ」


 その一言に茉琳は目をみはる。それまでの捨てられんじゃないかという憂いを吹き飛ばして翔に食いつくよう、にじり寄って行った。


「だあ、そうだよ。茉琳は、魅力的な女性だよ。浴衣姿見てからドキドキが止まらなかったんだからね」


 翔は、何気なく出してしまった言葉に自分の中で茉琳が、どういう存在なのかに気づいたようだ。

 彼は向日葵の浴衣を着て笑顔になっている彼女を見て愛おしいと感じていた。だから、自爆して大声を上げて喉を痛めてしまった時も、とにかく茉琳を助けといけないと脇目も振らずに動いたんだ。大切の彼女を助けたいと。


「そうだったなりか。よかったぁ」


 茉琳は、そう呟いて胸元に手をのせて安堵の吐息を吐いた。


「ウチ、ひとり浮かれすぎて、翔に呆れられたと思ったなり。もう、付き合えんと置いて行かれたと思ったなし」

「そんなことしないよ」

「だって、1人で通りに行っちゃうしー、捨てられたと思ったなりよ」

「ごめん、ごめん。一言伝えればよかったね。その証拠にレモネードを買ってきたじゃないか」

「うん、ありがと」


 茉琳の顔に笑顔の花が咲き出す。


「わかってくれてよかったよ」


 それを見て翔も微笑んだ。そして翔は屈んだままの彼女へ手を差し出す。


「じゃあ、通りに行こうか。茉琳、手を貸して」

「はいなり!」


 差し出された茉琳の手を掴み、翔は彼女を引き上げようとする。茉琳が腰を上げるタイミングと合って翔が考えるより勢いよく立ち上がってしまった。


   ゴッ


 立ち上がってきた茉琳の頭と腰を傾けて頭が下がっていた翔の額が激突。2人とも激痛に悶絶して、しゃがみ込んでしまう。


「あっ〜。こちらまで聞こえてきましてよ」


 茉琳たちの2人芝居をニコニコと観覧していたのだけれど、あまりの衝突音に、あきホンが驚いてポカンと口を開けている。



 そして、暫く呆然とみていたのだけれど、あきホンは未だ屈んでいる2人に、苦笑混じりの声をかける。


「おふたりさん。そろそろ、前に進まないと後ろが渋滞してしまいますわ」

「「うぃー」」


 ふたりからは、うめき声が帰ってきた。まだ痛みが残っているのだろう。今度はと気をつけて、体を互いにずらして立ち上がった。


 そして並んだふたりは手を繋いで通りに出て行った。

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