第3話 大日様

《大日様 こちら →》


 手書きの案内が民家の軒先に貼ってある。コンクリート塀とその民家の間にある路地を入っていくということらしい。


「ここが入り口がなりな。細いなし」


 茉琳は自分のイメージと違ったのだろう。入り口の幅は2人が並んで通るのがやっとなのだ。山門なり、鳥居など入り口を表すものが、全くといってなかった。


「狭いですけど、この奥に大日様が祀られているんですよ。さあ、入ってください」

「はぁーい」


 ゲンキチが地元民として案内をしてくれる。路地に入ると灯りが、ほとんどなく薄暗い。そのためか所々に提灯が壁にかけられている。

 

「なえ、翔。なんか描いてあるよ」


 壁にかけてある提灯に手書きの絵と短歌らしいものが書いてあるのを茉琳が気がついた。


「えーと。妹………、千人針? うーん、後、解らないなし」

「戦時中の短歌じゃないかな。俺も解らないや」


 それを書かれている提灯は蝋燭の灯りだけで光量が足りずに文字が読みづらいし、文字も達筆すぎて解りづらい。


「解らないものはしょうがないなり。行くなしよ」 


 茉琳は、足元が多少わかるぐらい見える道をスタスタと歩いていく。曲がり角を左、そして右。壁に飾られている提灯を頼りに進んでいく。


「左に緩く曲がった先を右です。坂になってますけど、頑張って行きましょう」


 後ろからゲンキチさんが声を掛けてくれる。


 坂を登り切ると正面に白く大きな壁が立ち塞がる。はめ殺しの大きな窓もとりつけられてきることから、学校の建物で体育館ぐらいしがない。

 そんな建物の北の法面に小さい社が建てられていた。


「あったぁ、あれが大日様なり? こんな奥に祀られてるなしか」


 実は、この社は山の一部を造成したて作られた小学校と、その山に挟まれた狭い場所に建てられている。茉琳が不思議がるのも当然。


「まっ! そんな事は良きなりよ。早く拝んで屋台に行くなし」


 茉琳は、兎に角、早く屋台で買い食いしたいと鼻息を荒くしている。


「茉琳、そんなに意気込んで拝んでも、ご利益なんて貰えないよ。もっと落ち着いて。ほら深呼吸、深呼吸」


 翔は、あまりにも食い意地の張った茉琳の行動に苦言を呈し、落ち着かせようとする。


「わかったぁ、なぁり! スーハー スーハー」


 茉莉は片手に持った巾着を上に振り上げ、それを横に振り下ろし深呼吸をする。


「うわあ、茉琳、気をつけて! 巾着が当たるよぉ」

「ごめん、ごめんねぇ、気をつけるなし」


 彼女は手を前に回して息を吐いた。振り回されていた巾着も手から垂れ下がる。


「もう、さっきもそれで顰蹙買ったじゃないか。気をつけてないとね。わかった!」


 翔は茉琳を叱る。


「ごめんなっし。翔」


 茉琳はシオシオショボンと萎れてしまう。


「判ればよし。じゃ、行くよ」


 翔は茉琳を連れて大日如来像が安置されている社まで茉琳を連れて行き、その前にたった。そして翔は茉琳に顔を向けると、


「では、お賽銭を賽銭箱に入れます」


 翔はパンツの後ろポケットから出した小銭入れから硬貨を出す。茉琳は、持っている巾着袋の紐を緩めて長財布を出して硬貨を取り出した。それを賽銭箱に投げ入れる。


   コロコロ、チャリ、チャリン


 と良い音をさせてふたりのいれた硬貨が賽銭箱の口に入っていく。


「ねえ、翔?」


 唐突に茉琳が翔に聞いてくる。


「この後、どうするの? ウチ知らんのなし」

「そういえば、そうだね。どうするんだろ」

「あっ!、そうえっ。二礼、二拍手、いっぱいなりぃ」


 茉琳は、更に漫画でしかできないようなドヤ顔をして、


「ウチ、聞いた事あるなり。たぶん、こうするなし」

「そうなのかなあ?」

「絶対、そうなり。するなしー」


 そして、柏手を打とうとして腕を開いた。すると2人の後ろから、声を掛けられた。


「茉琳さん、翔さん。違いますよ」


 今まで静かに2人についてきたあきホンが2人を注意する。


「二礼、二拍手、一拝は、神様へお願いする時の作法ですよ」

「そうなりな。じゃあ仏様にお願いする時はどうなりな。ウチ知らんきに」


 茉琳は、振り返ってあきホンを見た。そして目を瞬かせる。一瞬あきホンから後光が差したように見えた。


「まずは、手のヒラを胸の前に合わせて、合掌」


 茉琳はあきホンに言われた通りに胸の前で手をぴたりと合わせた。


「そしてそのまま頭を前に下げる、礼拝」


 茉琳は合掌したまま腰を曲げ頭を下げて一礼をする。


「そして体を起こして唱えるのですよ。[オン アビラウンケン バザラダト バン]」


 そして、その通り茉琳は口に出して唱えた。


「オン アビラウンケン バザラダト バン」


 茉琳は社の奥を見ている。彼女は安置されている大日如来像から目が離せなかった。風雨に打たれたままになっている像の目から自分の目を通して何か力が入ってくる感じがする。

 力強い、でも優しいものかが自分の頭の奥に入ってくる。自分の奥で凝り固まっていたしこりを溶かしてくれている。そして癒してくれていると茉琳は感じていた。

 しばらく、茉琳は合掌したままの姿勢で佇んでいる。訝しんだ翔が、


「茉琳、茉琳」


 彼女へ声をかけた。すると、


「あー、翔。どうしたの? なんかあったなし?」


 茉琳は、翔の方へ顔を向けた。


「どうしたのじゃないよ。何も動かないからしんぱ………」


 翔の言葉が詰まった。自分へ向いた茉琳のが顔があまりにも安らかだった。欲のない無我の瞳で自分を見つめてきている。口元のみ薄く微笑んでいる。古式の微笑みアルカイックスマイルがそこにあった。


「あー、翔。次は翔の番なりぃ。合掌、礼拝なしな、翔もやるなし、ほらほら」


 茉琳が囁いてくる。


「茉琳、お前………」


 翔は呟く。すると後ろから、声がかけられた。


「翔さん」


 後ろについて並んでいる、あきホンからだ。


「翔さん。茉琳さんは大丈夫。うん、大丈夫ですよ」


 翔は振り向き、彼女の顔を見つめた。あきホンは表情を消し、静かに翔を見返す。唇を微かに綻ばせている。

 そのうち、


「翔! すぐ拝むなし、ウチ早く食べたいなり。早く。早く」


 先ほどまでの静けさとは打って変わって賑やかに茉琳は翔を催促してきた。翔は怪しみながらも大日如来像のを拝んだ。


「終わったなりな。じゃあ、行くなり。すぐ行くなしよ」


 翔は疑心暗鬼になりながらも茉琳に引っ張られて行く。そんな2人を眺めているあきホンは、隣にいるゲンキチと目配せをしていた。 


「これなら、でぇえじょうぶじやないか。なあ」

「はい」

「ヴァンの力を再び借りて流したんだ。これでよくなるに決まってらあな」

「そうですよ」


 そんな会話が誰が聴くとはなしに虚空に消えていく。


「あきホンもゲンキチさんもは早くくるなり、急いでなり。待ちくたびれるなしー」

茉琳の呼ぶ声に2人は苦笑する。そして自分たちの前を並んで坂を降りていく2人を優しい目で見守っていく。


「はーやーく、来るなし」

「「はいはい」」



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