第2話 屋台行脚

「茉琳さんが上機嫌になったしー、各々方、行きますなりぃ」


いきなり、いつも真面目一本の、あきホンが茉琳の真似をした。


「あぁー、ウチの真似してるなしぃ。なら私くしも………、ダメなり後が浮かばないなり、しばらく使わなかったから、錆びついて言葉が浮かばないなしえ。悔しいなり、ウチもお嬢様なりよ」


 と、茉琳は、手に持っていた巾着の紐に噛み付いて、それを引き絞ってくやしがった。


「翔、信じとーよ。ウチ、こんな成りじゃけんど、お嬢様やけんねぇ」


 ついには、言い訳がましく意味不明の語尾を連発している。混乱する茉琳を宥めつつ、翔は茉琳に告げた。


「わかった。茉琳はお嬢様だよ。俺だけはわかっているからね。とにかく途中には買食いしない。お嬢様だと言うのでしたらし尚更ですよね。先ずは何よりも、お参りですよ」

「えっー! でもぉ、でもぉ」


 茉琳は不満の声をあげる。


 翔は、いい考えが浮かんだとでも言うように、人差し指を立てて、


「いいかい、先ずは、お参りに行く。帰りに色々と買って食べようよ。茉琳が何を食べようが俺は文句は言わない」

にっこりと茉琳に提案する。とミルミルと茉琳の困惑した顔が笑顔に変わっていき、

「えっー! 良いの? 良いの?」

「いいともさ、どれを買うか見ていこうよ」

「やったぁー」


 茉琳は、子供みたいに両手を振り上げてバンザイをして喜んでいる。


 しかし、翔は、茉琳を誘った言葉を後悔することになる。


『ねえ、翔くん。綿菓子あるよ。私はピンクが食べたいよ』


『ねぇ、翔。電球ソーダって何? 光ってきれなしー」


『ねえ、翔。射的やってるなり、射的やった時あるの。上手なしか?」


『ねぇ、翔。チーズハットグって何なしぃ?』


『ねえ、翔くん。たこ焼きと大だこって親戚なのかなぁ。味も違うのか?』


『ねえ、翔。輪投げをやっるなしー。ウチはあれが欲しいなりな』


『ねえ、翔。イタリアンスパボーって何なしな? このツンツンしたのなりよ』

ぃあ

『ねえ、翔くん。大阪焼きと広島風お好み焼きと、どう違うんだ。どっちが美味しい?』


『ねえ、翔。スティックワッフルなり。ベルギーワッフルとどう違うなり?』


『ねえ、翔くん。金魚掬いあるよ。小さくて可愛いや。上手く取れるかなあ』


 茉琳は、通りの左右に並ぶ屋台の悉くを見て回って翔に聞いた。隣の屋台を見たと思ったら、反対側の屋台に移り、陳列されているものを食い入るように見て行く。そして、その度に聞いてくる。


「茉琳、もう、いい加減にしようよ。前に進まないじゃないか」


 茉琳の雨霰の質問攻撃に翔は悲鳴をあげた。終いには、持っている巾着をふりふり振り回して動き回るものだから、


【きゃっ】


【なんだぁ】


【痛い!】


【何すんの】


 近くの歩く人達にぶちかますものだから、


「すいません」


「ごめん」


「すいませんなり」


「ごめんなり」


 周りに被害を齎し、謝る羽目になってしまっている。止めるまもなく、厄介ごとを引き起こして、翔もあきホンもゲンキチも呆気に取られていた。

 挙句の果てに、


 ドン


「きゃあ」

「なぁにぶつかってきよるんじゃあ。きぃーつけえ」


 他の人に自分の肩を引っ掛けてしまい。体格差から飛ばされてしまう。運良く蹈鞴を踏んで持ち堪えて転ぶことはなかった。


「茉琳、大丈夫か? やたらめったら動くから、そうなるんだよ周りに迷惑にならないように歩かなくっちゃダメだよ」


 ポカンと開いた口が閉まらない状態から復帰した、翔が茉琳に苦言を呈す。

「はぁーい、ごめ………」


 翔に謝ろうとしたのか、振り返る茉琳の動きがとまる。


「まずい、こんなところで!」


 表情の消えた顔。瞼を見開いているけど、どこも見ていない瞳。

 そんな茉琳を見て、翔は慌てた。彼女は持病と言うべき意識障害を起こして気を失ったのだと気づいたのだ。翔と出会う前に一酸化炭素中毒になった後遺症だったりする。

 だから、フラッとする茉琳へ、すぐさま翔は走り寄って彼女を抱き抱えた。なんとか間に合って、地面に倒れずに、せっかくの浴衣を汚さなくて済んだと翔は、ほっと息をつく。そして自分のトラウマの障害が出なかったことに安堵していた。翔は女性恐怖症で異性との接触で過呼吸を引き起こしてしまうんだ。

 それでも茉琳を抱き抱えた時には症状が出なかった。彼女の浴衣越しでもわかる彼女の柔らかいものが翔の胸で押し付けらて、ひしゃげている。その乳房のふくよかさと、そこから溢れる甘い香りで茉琳に性的な魅力を感じてしまったはずなのに。翔は、そんなことはおくびにも出さず、


「全く、目が離せないや。まあ、倒れて浴衣に土がつかなくてよかったよ」


「翔さん。茉琳さん、ご無事でありますか?」

「翔くん、大丈夫?」


 遅れてあきホンのゲンキチカップルも駆け寄ってきた。


「なんとか、大丈夫。倒れなかったので、浴衣も無事です」


 近づいてくる2人に翔は告げた。


「翔さん、そこは茉琳が'ご無事で'と言うところではありませんの」


 あきホンは、彼の物言いに呆れてしまう。


「いや、でも。あのダッシュは早かったね。なかなかの反応でしたよ」


 ゲンキチは翔を手放しに褒めている。


「そんな行動を躊躇なく取れると言うのは………やはり、愛ですね。茉琳さんへの愛がそうさせるのですわ」


 あきホンは翔を囃し立てていく。


「いえ、違いますって、慣れですよ。慣れ」


 翔は謙遜とも取れる言葉を返していく。そんな会話をしているうちに、




「かはっ」


固まっていた茉琳が息を吐いた。


「ウチ」


気を失ったの茉琳の意識も戻ったようで、


「ウチ、また意識が無くなってしまって。翔ごめんなし。なんか迷惑かけてないなり?」


 茉琳は自分が何かやらかしたかと疑心行脚になっている。


「そう、心配するなって。なんとか茉琳を支えることできたから、転んでないよ」

「翔ぅ」


翔は、大したことでないよとでも言うように、優しく茉琳に伝えた。

そこへ、


「茉琳さん、お加減はいかがでありますか? 大変なようなら私の実家に戻って休まれますか?」


 そこへ、あきホンも声をかけてきた。茉琳は、頭をフルフルと振ると、


「大丈夫なり。意識が戻ったは直ぐ動けるの。心配してもらってありがとなしー」

「茉琳さんがそう言われるのでしたら、別に良いのですけど」

「うん、ありがとうなり、あきホン。さあ、みんなで早くお参りに行こう」


 と言って、ひとりスタスタと歩いていく。そして振り返ると、


「早く、仏様を拝んで、色んなもの食べるなしよ」


 と喋ってきた。祭事より食欲がひとり先行している。



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