第17話 反抗
すぐにレオンは船のブリッジから最も離れた場所にある拘禁室に連れられた。扉をロックしたガブリエルは小さなのぞき窓から中を覗き、レオンの目を見た。船長は「大丈夫だ」と小さく合図した。
ガブリエルは早速行動を起こした。
「ナカジマ」
通信を通じてナカジマが応答した。
<何かね、ガブリエル副長>
「マテオを見捨てるのは本当に心苦しい。君には理解できないかもしれないが、長い間、一緒に旅を続けてきた仲間だからな」
<私もかつては人間だった。君たちの葛藤は理解できる。だが、多数のクルーの安全性を考慮すると、この船の設備では3台で冷凍睡眠するしか、目的を果たす方法はないのだ>
「耐え難いことではあるが、自分たちにはもうそれしか道は残っていないと、個人的には考えている。だが、クルーの中にはレオン船長を信じているものの少なくない。1人でも多くのクルーがプロジェクトに参加できるよう、私に説得させてもらえないだろか」
<説得…>
「君はクルー同士の相談を禁じた。このままだと、レオン船長の方針に従うクルーが複数出かねない。だから私が説明し、理解を得られるよう努力する」
ナカジマは即答した。
<了解した。説得を許可しよう。だが、期限は延長しない。残り時間は10時間41分だ>
ガブリエルはクルー全員と一人ずつ面談し、冷凍睡眠プロジェクトへの参加を促した。当然、クルーのほぼ全員が強硬に反対した。なかでもレオンと恋仲であるルシアとマテオの恋人モエは態度を頑なにした。
「マテオを見捨てろなんて、副長らしくもない。たとえ船長が囚われても、そんな方針変更は絶対にあり得ない。副長が真っ先に抵抗すべきでしょう」
ルシアは激しく反論した。
「気持ちは分かる。私もできるならそうしたい。でも、船はナカジマに支配されている。レオン船長の扱いを見たら分かるでしょう。ここで逆らったら全員が宇宙でのたれ死にだ。副長として、それは受け入れられない」
「1人より多数の利益を優先、なの? この原則で航海を続けるなら、誰も任務に命を賭けない。船の規律は保たれないわよ。全員で立ち向かえば、ナカジマだって考えを変えるかもしれない」
ルシアは食い下がった。
<ルシア、残念だが、君の思う通りにはならない。私のプランは決定事項なのだ>
ナカジマが突然割り込んできた。会話をすべて聞いていたのだ。
<ガブリエル副長、説得は難航しているようだな。時間をかけても無駄かもしれない。そのときはレオン元船長と同じように拘禁しても構わない>
冷徹に言い放ったナカジマの声を聞いて、ガブリエルは密かに口元を緩めた。ガブリエルはうまくいっていない説得作業をわざと聞かせたのだ。
「ルシア」
怒り心頭に発する表情でガブリエルをにらみつけていたルシアは、何かを訴えかけるようなガブリエルの目をみて思った。
<ガブリエルは何か企んでいる>
「ルシア、お願いだ」
ガブリエルは懇願するような口調でルシアに語り掛けた。ガブはこのような話し方をする男ではない。それは数年に及ぶかつての恋人関係であった頃に知り尽くしている。この大仰な話しぶりが演技であることを瞬時に見抜いた。
「言うことを聞いて欲しい。これはあなたのためなんだ」
そう言ってガブリエルはルシアの手を取った。ガブリエルがルシアの手を握ったのは、3年前に二人の仲が壊れて以来のことだった。
「何…」
ルシアの目が見開かれた。ガブリエルの指が、ルシアの掌に文字を書いている。それはたった一文字のアルファベットだった。
<A>
ルシアは一瞬でガブリエルの意図を理解した。そして、すぐさまガブリエルの握った手を乱暴に振りほどいて言った。
「見損なったわ、ガブリエル。あなたは間違っている。このような理不尽な命令に私は到底従うことはできません。拘禁でも何でも勝手にしたらいいわ」
ルシアは目に涙を浮かべていた。
「本当に残念だよ、ルシア」
ガブリエルは自分の意図が伝わった安堵感を隠しながら言った。そして、こう思った。
<ルシアは一流の役者だな>
ルシアは拘禁室に連行される直前、恋人であるマテオのために抵抗していたモエの手を握ってガブリエルと同じことをした。モエもルシアの行動の理由を理解したことを目線で伝えてきた。
「あなたは私と同じ道を歩んじゃだめ。副長の説得に応じた方が身のためよ。生き延びる方法を選んでほしい」
モエはルシアの目をみて小さく頷いた。
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