第15話 平行線

「それは絶対にダメだ」

 通信封鎖を解き、レオンが叫んだ。

「ナカジマは瀕死の重病だ。冷凍睡眠を解いたら、数日のうちに死に至る。船長として、それは許可できない」

<船長として?>

 ナカジマが静かに語り始めた。その落ち着き払った口調がレオンの不快感を増幅させた。

<船長なら、1人のクルーよりも、残された全員を救う方策を選択すべきだろう。クルーを失いたくない気持ちは理解できるが、感情に流されて、全員を失ってしまっては、『ゴダード』の二の舞になるんじゃないか>

「だから、エウロパに向かおうとしてたんだろう。ドクターの見立てだと、そこまでならマテオはもつ。エウロパの医療施設なら治療は可能のはずだ。そうすれば全員を救えることになる。今すぐ、エウロパに向かえ。これは船長命令だ」

 レオンは激しい口調で命じたが、当然のことながら、ナカジマは全く意に介さない様子だった。

<船のコントロールは私が掌握している。最早あなたに船長の権限はない。現在のフェニキアン・ローズの船長は私なのだ。行先を決め、クルーの安全に関する責任を負うのは、船の全権を握っている私なのだよ。私は船の責任者として、船の任務遂行とクルーの生命のことを考え、このような決定を下したのだ。あなたたちに口を差し挟む権限はない>

「この船の所有は地球連邦だ。その許可なしに指揮権を移動することはできない」

 レオンは食い下がった。しかし、船の現状はナカジマの言った通りだった。レオンは無力感を噛みしめた。


<ここは太陽系外だよ、レオン君。地球連邦の法律や権限が及ぶ宙域ではないことを認識すべきだな。宇宙には宇宙の定めがある。この船のルールは船長である私が決める。当然のことだ>

「勝手な言い分をつくるな。それは宇宙の定めではなく、お前の独りよがりのルールだろう」

 レオンは怒鳴った。しかし、ナカジマは変わらぬ口調で淡々と答えた。

<宇宙は広い。太陽系という極めて狭い辺境のルールが、宇宙全体で通用するとは考えない方が良いだろうな。そのような思考方法では不測の事態に対処できない。この先も宇宙で生きていくことはできない>

「我々は地球連邦の市民だ。その定めに従って何が悪い。自分の欲望のために、助かるはずの人間を死に追いやることが、宇宙普遍のルールのはずがない」


 ナカジマは少しの間黙った。レオンの言っていることの意味を考えているのだろうか。しかし、十数秒後に再び話し始めた。

<この問題について、議論をしても無駄なようだな。冷凍睡眠のスケジュールは、私がクルーの健康などを考慮して何度も計算した。これは提案ではなく、既に決定済みなのだ。理解が得られないのなら…>

「どうするって言うんだ」

 レオンは声を荒げた。

<希望するクルーのみで冷凍睡眠スケジュールをスタートさせるしかない。冷凍睡眠しないクルーは数十年のうちに機能停止するだろう。それは私の本意ではないが、その選択の自由まで奪う気はない>

「切り捨てるというのか」

<それは君たちが選択した結果だ。私は生き残る道を示した。それに協力しないことによって生じる事態への責任は、選択した君たちが自ら取るのは当然ではないのか>

 ナカジマは冷たい口調で言い放った。

 レオンはゴダードがランデブーを意図して送って来た図形を思い浮かべた。

<平行線だな>

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