第14話 冷凍睡眠計画 

「このまま手をこまねいてはいられない」

 レオンはルシアの耳元にささやいた。ガブリエルもその隣で耳をそばだてている。

「今後、大事な話では一切の通信を禁じる。ナカジマにこちらの考えや動きを悟られないようにしないとな」

 レオンの命令に2人は小さく頷いた。

「監視カメラにも気を付けた方が良いでしょう。読唇術で我々の会話が読まれてしまう」

 ガブリエルが小声で言った。

「野球のピッチャーとキャッチャーのように、口元を隠して会話するか」

「余りにも露骨だと、疑われかねません。ごく自然にやる必要がありますね」

 2人の会話に耳をそばだてていたルシアは小さくため息を吐いた。

「まさか、ナカジマがこんな行動に出るとはね」

「奴は子どもだ。自分の欲求を抑えることを知らない。だが、とてつもなく頭の切れる子どもだ。厄介だぞ」

 レオンは自分に言い聞かせるように言葉を絞り出した。

「ところで、何か作戦はあるの?」

 レオンは口元に掌を当てながら答えた。自然な動きだった。これではカメラで唇の動きは捉えられないだろう。

「あることはあるが、実行して良いのかどうか、もう少し考えさせてほしい」

 ルシアとガブリエルは頷いた。


 ナカジマが制御するフェニキアン・ローズはこと座のベガの方角に進路をとっていた。ここからの距離はおよそ25光年。この速度だと、300年以上かかる。


<フェニキアン・ローズのクルー諸君>


 船内にナカジマの声が響き渡った。クルーは皆、電気ショックを受けたかのように飛び上がった。

<当船はこれより、ベガを経由してビジターの母星に向かう。ベガ周辺の惑星で知的生命体を探査し、その後、最終目的地に転針するのだ。到着予定は地球時間で326年後。クルーにとっては長い時間となるが、生命の安全は保障する。どうか安心して欲しい。これまでと同じように一定の規律の下、自由に航海を楽しんでいただきたい。ただし…>

 ここでナカジマは一呼吸入れた。

<できればやりたくないことだが、船の航行の安全を脅かす行動には厳正なる罰を与えることになる。クルー諸君はそれを肝に銘じて賢明な行動を心がけて欲しい>


「随分と一方的な言い分だな」

 レオンは囁くような声でつぶやいた。ナカジマに船を乗っ取られてから、こんな喋り方しかしていないような気がする。

「本当に子どもね。ある日突然、絶対王者の権限を手に入れた子ども。乗っている生命体、つまり私たちの権利や意志にはお構いなし」

 ルシアも同じような話し方をしている。

「早く何とかしなければ…」


<フェニキアン・ローズのクルー諸君>

 ベガへの転針から1日が経過した頃、ナカジマが再び語り始めた。

<新たな航海はどうだろうか。大いなる使命、異種族との本物のファースト・コンタクトに向けて、当船はゆっくりながらも着実に歩みを進めている。その実現に向けては、クルーの協力が不可欠となる>

「何だか、嫌な予感がする」

 レオンは自問した。隣でルシアやガブリエルも不安げな顔つきをしていた。いつも陽気なハルとアリソンでさえ、こわばった表情で手を握り合っていた。


<目的地までの道のりは長い。特に有機生命体であるクルー諸君にとっては、想像を超える長旅となるだろう。2世紀を超える行程は寿命の短い君たちの生命活動の限界を超えている。そこで私は一計を案じた>

 ナカジマはここでも一息入れた。何か重要なことを語る時の癖らしい。もしかすると、AIに記憶を転写したシゲル・クサノという人物の癖や特徴もコピーされているのだろうか。


<クルー諸君にはこれから交代で冷凍睡眠に入ってもらう。私の計算だと、1人当たり78年9カ月ずつ睡眠すると、君たちの2世の世代が、全員生存した状態でベガに到着ることになる。希望するクルーには記憶の転写に応じても良い。そうすれば私と同じく永遠の命を得ることができるだろう>


「私たちの生き方まで決めようっていうの? 何て傲慢な」

 ルシアが吐き捨てた。

「百歩譲っても、結局は生身の俺たちが目的地には行けない計画じゃないか」

 ガブリエルも憤懣やるかたない様子だった。


<しかしながら、当船には冷凍睡眠装置は3台しかない>

 ナカジマの一方的な提案は続いた。

<しかも、そのうち1台は現在、マテオが使用している。私の計算によると、2台の運用のまま2世で到着しようとすると、睡眠は1人100年の睡眠限界を超えてしまうことになる。確実性を踏まえると、到着は3世の世代に先送りされる。私としては、君たちの生命維持能力を考慮し、船内での世代交代は1回に止めたい。よって、より多数のクルーを救うため、マテオの冷凍睡眠を解き、3台の運用でベガを目指すことにする>

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