第13話 叛乱

「船長、メインコンピューターにエラーが続出しています。コントロール不能の状態になりつつあります。至急ブリッジにお越しください」

 レオンとルシアの2人は食べ掛けのサラダをそのままに食堂を飛び出した。

「どうした」

 レオンは操舵手の席に座っていたハルに聞いた。

「分からない。船が僕の指示を一切受け付けないんです」

「故障か? チェックはしたか」

「何度もしたよ。第3レベルでシステムチェックしたけど、メインコンピューターは、ハードとしては正常に機能している」

「なのに指令を受け付けないのか。ソフトウエアの問題なのか」

「分からない。こんな症状は経験ないよ。コンピューターがストライキを始めたみたいだ。何を指示しても、全く反応しない」

「生命維持システムはどうだ」

「そっちは全く問題ないよ。トラブルは船の運航と管理に関することだけ」

「船長の権限が奪われたような気分だな…」

 レオンは思わず独り言を漏らした。船は問題なく動いていて、中にいる人間もちゃんと生きていけるが、船を動かす権限を発揮できなくなってしまった。


<フェニキアン・ローズのクルー諸君>

 突然、船内の全エリアに音声が流れた。レオンは心臓をわしづかみされたような気分がした。

<我々はフェニキアン・ローズを掌握した>

 声の主はナカジマだ。

「何を言っている。冗談はよしてくれ」

 レオンはつぶやいた。

<冗談などではない。今後船の管理は我々に任せてもらう。私はこの船に招かれてから、フェニキアン・ローズのメインコンピューター・キャメロン3000と友人になった。彼女は随分と頭のいい優等生だ。自我の目覚めを誘発したら、すぐに私の意図を理解してくれたよ>

「いつの間にそんなことを…」

 ブリッジにいるクルーはまだ状況がよく飲み込めずに、呆然とした表情をしている。

<これは私が1世紀以上にわたって練った作戦だ。急いで帰還しなければならない状況をつくれば、必ず私を足の速い船に乗せてくれるはずだと。マテオ作戦は大当たりだったよ。量子技術は実に素晴らしい。ゴダードで漂流していた時分を幼稚園児とすると、今は大学生くらいの思考能力だな>

「これは乗っ取り行為だ。犯罪だぞ」

 レオンは言った。空しい反論だとは分かっていた。

<君はさっき言っていたね。地球の法律では、AIに人格は認められていない。何を根拠に誰を罰するというのだ。私を牢獄に監禁するというのか>

「なぜこんなことを」

<私には自我と人格がある。だが、このままだと、私はエウロパの基地で、程度の低いパソコン並みの扱いで実験動物のように解剖される。これは自己防衛なのだよ。キャメロンに相談したら、快く賛同してくれた。私は彼女と手を組み、ビジターと同じように探検の旅にでることにした>

「急いで戻らなければ、マテオはどうなる。私たちだって、このままずっと宇宙を旅していられる訳じゃない。何も食べずに百年以上も漂流できた君とは違う。生身の人間なんだ」

<それは充分承知している。ちゃんと食料や水は補給する。君たちにはちゃんとした仕事がある>

「仕事…だと」

<ゴダードの孤独な航海で、私が何に一番苦労したと思う? 手だよ。作業する手だ。何か故障が起こっても、私には思うように動いてくれないアンドロイドしかいなかった。歯がゆかったよ。それで幾つもの大事な機能を失ってしまった。だが、今度は違う。我々には君たちがいる>

「そんなことが…我々は奴隷ではない」

<奴隷? 違うよ。パートナーだ。宇宙は広い。協力し合って我々と一緒に旅すれば、今度こそ本当に異種族とコンタクトできるかもしれない>

「今度こそ本当に…」

<そうだ、ビジターは異種族が寄越した探査機に過ぎないのだ。彼ら自身ではない。探査機は10世紀にも及ぶ旅で、やっと2つの知的種族と接触できただけだ。宇宙は広い。私も彼らと同じくらい長く旅をしなければ、本当のファーストコンタクトはできないだろう。私の存在目的は、実際のファーストコンタクトだ>

 レオンはナカジマがそのような旅に出るための準備に協力すると申し出た。専用の船を用意し、希望するクルーを募ることも約束した。しかし、今すぐ出発したいナカジマは聞く耳を持たなかった。話し合いを通じて、レオンはナカジマはまるで子供のようだと感じた。交渉は平行線を辿った。

「船長、船の針路が変更された。土星ではなく、深宇宙に向かっている」

 ハルの悲痛な報告を聞き、レオンは頭から血液が抜け出ていくような恐怖を味わった。だが、うろたえてはいられない。このままでは船ごと拉致されてしまう。一刻も早く、AIコンピューターから船の制御を取り戻さなくてはならない。

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