第10話 邂逅
USSゴダードでたった1人生き残ったシゲル・ナカジマは、自分の思考や記憶のパターンを船のコンピューターに移植し、自ら命を絶った。レオンはそこに至るナカジマ・シゲルの気持ちが分かるような気がした。
<ナカジマは生きた証を船に託し、単調で絶望的な一人旅を自ら終わりにしたのだ>
レオンたちは日誌の検索作業を続けた。ゴダードが操舵装置を修理し、太陽系に向けて針路を転換した経緯が必ず記されているはずだ。そのあと2年ほど、速度と地球からの距離を記しただけの無味乾燥な日誌が続いたが、目指す記述はまもなく見つかった。
<航海日誌6803-2 インターセプトコースに飛翔物体。速度30キロ毎秒。距離250万キロ。2年前の探査機と同じ周波数の通信を傍受>
<航海日誌6804-1 飛翔物体は距離120万キロから減速開始。こちらと同じ速度でランデブーコースに入る>
<航海日誌6804-2 意味不明の通信傍受。上船許可を求めているのか? 上船許可をカンサットで通信してみたが、正しく伝わったのか?>
<航海日誌804-3 飛翔物体からシャトル発進。当船とドッキング>
ほんの1日前、ゴダードとランデブーしたときと同じような、いやある意味それ以上の興奮をレオンは味わっていた。これは自分たちが果たせていないファーストコンタクトなのではないのか。
<航海日誌6804-4 シャトル接舷完了。乗員の上船開始>
乗員に関する映像が添付されていたので、レオンはそれを恐る恐る開いた。
「何だ?」
画面に映し出されたのは、金属製のボールだった。銅のような鈍い色を放ち、表面にはいくつかのピースを張り合わせたようなパッチワークが見えた。大きさはバスケットボールくらいだろうか。目を連想させる小さなレンズが3つ確認できた。
<航海日誌6804-5 上船したボールは4体。船内は4本の足で歩行している>
再び添付画像。先ほどのボールから短くて太い4本の足が突き出ていた。その姿はアルマジロのように見えた。しかし、生物ではない、明らかに機械だ。
<航海日誌6804-7 ボールの1体が私との直接コンタクトしてきた。18分43秒後に、あいさつを返してきた。この短時間で私たちの言語パターンを習得したのだ。テクノロジーレベルは極めて高い>
<航海日誌6804-8 私は彼らのことを「ビジター」と呼ぶことにし、彼らも同意した>
ここから先の記録は驚くべき内容ばかりだった。ナカジマとビジターは実に濃密に交流していた。何しろ両者は機械同士なのだ。コンタクトするのに感染症の心配はないし、余計な感情の探り合いは不要。その上、会話のスピードは人間の比ではない。ハルが132年分の航海日誌を1時間そこそこでダウンロードしたように、ナカジマとビジターは急速に互いの理解を深めていったようだ。
ナカジマは自分のこと、地球のこと、太陽系のことを伝え、ビジターは自分を送りだした種族のことを説明した。「説明」とは少しニュアンスが違うかもしれない。関連ファイルの情報検索を許可した、と言った方が正確だ。航海日誌6806-5から9までは、ビジターが提供した100テラバイト以上の情報で満ちあふれていた。
ビジターは太陽系から15光年離れた恒星系の第4惑星に住む種族が、異種族の調査を目的に出発させた調査船だった。地球時間で10世紀近くの間に、7つの恒星系を探索し、48種類の生物を発見し、そのうち2つの知的生命体とのコンタクトに成功していた。太陽系を次の目標に定めて接近を図っていたとき、発見したのがナカジマだった。2年前にナカジマがすれ違ったのは、ビジターの放った偵察用探査装置だったのだ。そのときナカジマのカンサットが発した微弱な電波を受け取り、2年以上をかけて本船がわざわざゴダードを訪ねて来たのだった。
「これはまさにファーストコンタクトだ」
レオンは正直、ナカジマがうらやましかった。人類が誰もなしえていない異種族のコンタクトを、ナカジマはたった1人で完璧にやり遂げた。それも数十年前に。ビジターに関する情報は、人類の知識と宇宙観、哲学をも大きく変えてしまうだろう。だが、同時にレオンは少し悔しくもあった。
「もし自分たちだったら、これほど完璧なコンタクトができただろうか」
人間だったら何世紀もの間、こんなに単調で孤独な旅に耐えられない。有機生命体の寿命は短い。何十世代にもわたって、このような調査飛行が子孫に引き継がれるとは考えづらい。たとえ偶然が味方して、運よく接触できても、有機生命体という制約で互いの情報交換はこれほどスムーズにはいかない。同じ地球の言語を持つナカジマとでさえ理解し合うまでに、1日以上かかってしまったのだから。
もうひとつ、レオンが驚嘆したのは、ナカジマとビジターとの交流に、データの交換以上のつながりを感じたことだ。
<航海日誌6807-7 ビジターは私に同情を示した>
「機械が機械に同情?」
だが、ビジターは深宇宙を孤独に漂流するナカジマに対して確かに同情を示したようなのだ。続く日誌はさらに驚くべき内容だった。
<彼らは提案した。「君の帰郷を手助けしたい」と>
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