第7話 ファーストコンタクト

 ゴダードを離れるまでの間、マテオは最後まで任務を果たそうと、旧式のコンピューターとぎりぎりまで格闘していた。情報ポートは先ほどの漏電で融解してしまった。持ってきた高速通信ケーブルとの相性が悪いのかもしれない。無理につないで、データを損傷しては元も子もない。きちんと検証せずに、送信を試みたさっきの失敗はもう繰り返せない。マテオはデータ伝送の方法を思案していた。

「それにしても不思議だよ。なんであんなことになったのか」

 マテオはコンソール下の金属パネルを開けて、中の基盤や配線を引っ張り出した。隣でガブリエルがその作業を覗き込んでいた。

「あの漏電だな。宇宙服が裂けるぐらいだから、かなりの高電圧だな」

「それなんだ。そもそもコンピューターを動かすのに、あんな凄い電圧は必要ない。逆にマシンそのものを壊してしまう恐れがあるくらいだ」

「じゃあ何であんなことが」

「それがわからない。この船は古くてボロボロだけど、謎だらけだ。僕らの知らないことが隠されている、そんな気がする。ほら…」

 マテオが示したのは、情報ポートの配線だった。融けてしまったポートから辿って、大元を探していたのだ。

「変だろう? 情報ポートの根元が二つに分かれている。一つはコンピューターに、もう一つは…。恐らく船の電源に直結されていると思う」

「どうして、そんなことを」

「推測だけど、誰かが情報を盗みにきたら、それを阻止するためにこんな仕掛けをつくったんじゃないか、と。家畜が逃げないように牧柵に電気を流すのと同じ仕組みだよ。間抜けな僕がまんまと引っ掛かったんだよ。まったくこの船は気が抜けない」


 データを取り出す方法を探りながら、マテオがコンソールの裏側の配線を引っかき回していると、突然、ガブリエルが叫んだ。

「何だ、これ?」

 ガブリエルの叫び声に驚き、コンソールの角に頭をしこたまぶつけたマテオが目にしたのは、ディスプレイを指差すガブリエルの驚愕した表情だった。画面には男の顔が大写しになっていた。人の気配が全くない船内に慣れつつあったので、その顔を見てマテオも正直ぎょっとした。男は年齢三十代くらい。目がぎょろっとしたアジア系の痩せた地球人だった。

「何か話しているみたいだけど…」

 そう言われてみると、画面の男は盛んに口を動かしている。マテオはスピーカーを探した。すぐに見つけたが、とても作動する代物には見えなかった。すっかり朽ち果てている。

「宇宙服の共有チャンネルに音声をつないでみるよ。罠が仕掛けられてなければいいけど…」

 マテオはぶつぶつ言いながら、スピーカー近くのケーブルをいじって、宇宙服の通信パックにつないだ。今度は何も起こらなかった。その代わりにヘルメットの中のスピーカーから、男の声が流れ始めた。

<私はナカジマ。やっとアクセスできた。どうか応答して下さい。132年と7カ月も待ったんだ>


 応答と言われてマテオは面食らった。ゴダードのコンピューターは音声応答型ではない。もしそうだったとしても、スピーカーと同じく、音声を拾うマイクは朽ちていて作動しないだろう。直接入力するにしても、タッチパネルは劣化がひどく、ほとんど反応しない。

「船長、ゴダードのコンピューターとアクセスするために、我々の端末を接続させてください」

 マテオはブリッジに要求した。レオンはすぐに了承した。

「ハルに持たせる。接続作業が完了したら帰船だ」

 マテオは小さく舌打ちをした。

<どうした、なぜ応答しない。何か問題でも?>

 ナカジマと名乗るコンピューターが訊いてきた。だが、答えようがない。画面を見る限り、ナカジマは少しいらだっているようだ。

<何か言ってくれ。俺はずっと待っていたんだ>

 マテオは画面に向かって「すまんな」とつぶやいた。だが、その次の瞬間、ある簡単な事実に気がついた。

「そうか、宇宙チャンネルだ。ゴダードは我々の通信を傍受できた。コンピューターを接続するまで、宇宙通信で話せばいい」

 そのことをブリッジに伝えると、すぐに本船のレオンが宇宙チャンネルを使って、ナカジマに語りかけた。

「我々は地球の資源調査船フェニキアン・ローズだ。今、貴船とのコミュニケーション手段はこの宇宙チャンネルしかないようだ。だが、これで込み入った話はできない。そこで、我々のコンピューターを貴船のブリッジに運び込ませていただきたい。了解か?」

 すぐにナカジマが答えた。

<了解した。音声応答やタッチパネルはここ百年以上使ったことがない。もう機能しないようだな>

 だが、直接宇宙チャンネルで返答してきたわけではない。船外通信装置が故障しているからだ。ナカジマの声は、マテオらを通じて、フェニキアン・ローズのブリッジに送られた。

「貴船はUSSゴダードか」

 レオンの声が入った。

<懐かしい名前だな。以前はそう呼ばれていた。だが、今は違う。私はナカジマだ>

「ナカジマ? それが船名なのか」

<私がナカジマだと言っているのだ。この船自体が私なのだ>

「どういうことか、詳しく説明してほしい」

<この船の唯一の自我が私ということだ。船内に有機生命体はいない。この船を130年以上にわたって生き長らえさせたのは、この私だということだ>

「私…、コンピューターがか?」

<私は127年前、自我に目覚めた。私はそのときから一個の生命体なのだ>


 ナカジマの話が真実なら、これはまぎれもないファーストコンタクトだ。レオンはゴダードのブリッジを映し出すディスプレイを凝視しながら、奥歯を噛みしめた。

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