第5話 USSゴダード
スキャンできない病原体が存在する可能性も考慮して、上船班はマニュアル通り、宇宙服を着用して、ハローに乗り込んだ。
「出迎えはありません。誰もいません」
上船班の3人は、恐る恐るハッチを開けた。誰が待ち受けているのか…。しかし、期待に反し、そこには誰もいなかった。全員のヘルメットの頭頂部にはCCDカメラが備え付けてあり、乗船した3人が目にする光景は、ブリッジで分割画面に映し出されている。乗船班と同じように、ブリッジ内にも落胆と動揺が広がった。
「骨董品だね、これは」
ハルがスクリーンを見てつぶやいた。ガブリエルのカメラは、目の前に続く船内通路を映していた。船内は薄暗く、カメラの映像は所々不鮮明だったが、側壁が真っ赤に錆び、ありとあらゆる金属が劣化してボロボロになっている様子が見て取れた。折れた配管からは光ファイバーが垂れ下がっている。天井や床の部分には黒い染みのようなものもあった。カビかもしれない。長いこと手入れをしていないのは明らかだ。
「船内は静まり返っています。どうしましょう? 先に進みますか」
ガブリエルは戸惑っているようだ。勇気を持って乗り込んではみたが、誰も迎えに来ない。人の気配もない。このまま他人の家を勝手に歩き回って良いのか?
「乗船しろと言ってきたんだ。先に進んでも文句は言うまい。スキャンしながら、慎重に行け。まずはブリッジへあいさつに行くのが妥当だろう」
レオンはこう命令するしかなかった。スキャンによると、乗船口からブリッジまでさほど距離はない。3人はハロー内部へとゆっくりと進んだ。
「これが『人類にとって大きな一歩』になればいいのですが…」
ガブリエルの緊張した声がブリッジに伝わった。
「これを見てください」
突如、ガブリエルの興奮した声がブリッジに届いた。全員がカメラの映像を凝視した。
<非常口>
そこにははっきりと地球の言葉で書いてあった。
「まだあります」
次にガブリエルが映し出したのは、コンピューターのディスプレイだった。画面にはアルファベットでこう記されていた。
<USSゴダード>
「これってどういうこと?」
ハルは首を傾げた。「USSって、ちょっと前まで存在した宇宙機関の名前でしょう? 僕たちは担がれているのかな」
レオンがその問いに答えられる訳はない。しかし、船長はすぐに判断しなければならない。
「ゴダードという名前の船を調べろ。行方不明になっている船があるかどうかも含めてだ」とハルに命令した。
ゴダードと聞いて、レオンがすぐに思い浮かべたのは、ロケット開発の父と呼ばれるロバート・ゴダードだった。地球の宇宙史を学んでいれば、ほぼ全員が同じ連想をするだろう。
コンピューターの検索結果はすぐにでた。
「ゴダードという船は12隻該当あるよ。1隻は7年前に就航して、現在、月面コロニーと地球軌道ステーションを往復しているシャトルで、現在も運航中。残る11隻は退役済みだけど、そのうち1隻は…」
ハルは目を見開いて画面に見入った。
「まさか…、そんなことは」
「どうした。早く報告しろ」
「はい、1隻のUSSゴダードは今から132年前に行方不明になっています。僕たちと同じ外縁部の調査船だったみたい」
「132年前…。それで行方不明になった地点は」
「それが…、僕らとのランデブーポイント付近だよ」
「乗員は何名だ」
ハルの指がパネルの上を往復する。
「8人。地球から6人、火星から2人」
「ゴダードに関するデータをかき集めろ。船の構造図が欲しい。ハローの正体がゴダードかどうか、すぐに知りたい。結果がでるまで、上船班はその場で待機だ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます