第4話 接舷
ハローに乗り込むべきか否か。ブリッジで再び論議が火を噴いた。
「直接乗り込むのは危険すぎる。せめてもう少し相手のことを理解してからの方が…」
第2ブリッジにいるガブリエルが議論の口火を切った。
「しかし相手はまともに通信できないんだぞ。単語の遣りとりをしながら、このまま並んで飛ぶだけでファーストコンタクトとは情けない。乗り込めば、もっと多くの情報が得られる」
「エウロパからの援軍を待つべきだろう。単独行動はリスクが大きすぎる」
「スペース・ガード到着までに最短でも半年かかる。それまで黙って並んでいるだけなのか」
「矢印を送信してモールス信号を送ったのが、限界だったのかもしれない。通信手段が底を尽いたんだ。向こうは困っている。乗船要請は救助信号だと考えるべきだ」
やはり論議は尽きなかった。またしても決断は船長のレオンに委ねられた。いつの時代も、紛糾した議論の収拾は船長がやらねばならない。
「ガブリエルは直ちに上船班を組織しろ。マテオはハローの内部スキャンだ。ここまで来て、もう遠慮はしていられない。だが、相手を刺激しないように気をつけるんだ。スキャン範囲はハロー内部の生命維持機能を中心にな」
モールス通信をしてきてから3時間が経過したが、その後ハローからは何のメッセージも送られてこなかった。2隻の宇宙船は、表面上仲良く並んで、秒速7・9キロでランデブー飛行を続けていた。
「船長、上船班を組織しました」
第2ブリッジから戻ったガブリエルがコンピューターパッドをレオンに手渡した。ガブリエル、マテオ、モエの3人だった。増援が必要になった場合のバックアップメンバーはハルとアリソンだ。
「今回ばかりは、船長であることを悔しく思う」
レオンはパッドをガブリエルに返しながら言った。「乗船班のメンバーに選ばれたかったよ」
ガブリエルは口元を緩ませた。
「船長をだす訳にはいきません。俺たちは先遣隊です。相手が友好的であれば、最終的には責任者である船長が正式なコンタクトを果たすことになります。一番乗りはいただきますが、歴史の本に残るのは、船長同士の会談です」
レオンは小さくため息を吐いた。
「気休めをありがとう。でも、自分の中では一番乗りこそ歴史に残る最も重要な仕事だと思っている。今回は君に幸運を譲るよ」
レオンはガブリエルの肩に手を置いた。
小型シャトルが、「フェニキアン・ローズ」で発進のときを待っていた。わずか3キロほど先の船に接舷するだけの小さな飛行だが、3世紀以上も前にアームストロングが月着陸船から一歩を踏み出したのと同様に、後の世では大きな業績と称えられるに違いない。シャトルに乗った乗船班の3人はもちろん、それを見守るブリッジにも緊張による重い空気が漂った。
「シャトルベイの隔壁オープン」
いつもはマテオが座っている席には、ハルが座っていた。いつもは陽気でジョークばかり飛ばしている男もこのときばかりは緊張で表情が強張っている。
「シャトル、発進しました」
ブリッジ前方のスクリーンには宇宙空間に進み出たシャトルの様子が映し出されていた。動きはノロノロとして見えるが、もしどこか停止した場所からこの様子を観察したとしたら、2隻の宇宙船と1隻のシャトルの一団は、猛スピードであっという間に飛び去ってしまう。相対速度は釣り合っているが、絶対速度は速い。故に一つのミスも許されない。
シャトルは怖い動物に恐る恐る近づく子供のように、ゆっくりとハローに接近した。
「接舷ハッチが確認できました。アプローチします」
巨大な引っかき傷のある反対側、左舷の前方にハッチはあった。外部スキャンの結果から、シャトルが何とか接舷できそうだと判断されていた。
「それにしても、恐ろしく傷んだ船ですね」
シャトルのガブリエルが通信してきた。
「恐らく、小さなデブリに数限りなく衝突したのだと思われます。見た限り、衝突痕は古いのもあれば、新しいのもあります。随分長い年月を経て、こうなった感じがします」
シャトルはゆっくり接舷した。
「驚いたな」
ガブリエルが報告した。「ハッチはぴったり地球の規格です。型は古いけど」
<偶然なのだろうか…>
ハルの内部スキャンによると、船内のおよそ3分の2の区画に酸素と窒素を主な組成とした呼吸可能な空気が存在していた。地球型の空気だ。室温はおよそ22度。これはフェニキアンローズとほぼ同じ。
レオンは自問した。第1宇宙速度の設定、ハッチの規格、船内の環境…。
<うまくでき過ぎている>
レオンの頭の中で警戒警報が高鳴り始めた。
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