第3話 ランデブー
「敵対行動は避けたいな」
レオンはナンバー2のガブリエルに話しかけた。物事を慎重すぎるくらい慎重に考えるガブリエルにこそ、この質問をすべきだと、レオンは考えた。
「攻撃を受けたらどうする?」
クルーは皆、友好的なコンタクトを想定して、互いの船を訪問する際の行動パターンをシミュレートしている。だが、武力攻撃を受けた際の回避行動パターンも考えておかなければならない。最適任なのは悲観論者のガブリエルしかいない。
「私たちの船は調査船です。そもそも武器なんて装備していません。あるのは船内用の空気銃とスタンガンだけ。攻撃されたら、しゃれにならないですよ。勝ち目はゼロ。とにかく逃げるしかない」
ガブリエルは表情を一層深刻なものにした。
「それはそうだ。でも、そうはならない。俺は楽観しているよ。敵意があるなら、単独でこのような近づき方はしない」
「でも、もし相手が侵略の意図を持っていたとしたら、準備は万端のはず。対抗できるのはスペース・ガードしかないでしょう」
「その通りだ。だが、エウロパの艦隊が到着するのは何年後になる?」
ガブリエルは黙った。実際、「フェニキアン・ローズ」からの通信を受けて、エウロパの巡洋艦が発進準備を開始したとの連絡が届いていた。
「まあ、最速でも半年以上はかかるでしょうね」
「そんなところだ。じゃあ、相手が攻撃の素振りを見せたら、どう逃げる?」
レオンはガブリエルの目を見た。
「分かりました。いくつかの回避パターンをシミュレートします。キャメロンと相談することにしますよ」
「頼む。クルーに無用な不安を与えたくないから、ガブ一人でやってくれ」
「第2ブリッジを使わせてもらいますよ」
そう言うなりガブリエルは立ち上がった。
「ハローが減速を始めた」
マテオの声がブリッジに響き渡った。クルー全員の顔に緊張感が走った。
ハローはおよそ6時間をかけて、第1宇宙速度の秒速7・9キロにスピードを落とした。35キロから一気に減速したのだ。しかし、未だ通信はない。
「なぜ第1宇宙速度なんだ」
レオンは素朴な疑問を抱いた。この速度は、地球の低軌道を周回する速度だ。自分たちにとっては分かりやすい速度だが、これ自体は地球という惑星に固有な数字なのだ。深宇宙飛行にとっては意味がない。7・9という地球の数字をなぜ選んだのか。偶然にしては出来過ぎだ。相手は地球のことを知っているのか。レオンは何らか意図を感じた。これ自体がある意味メッセージなのか。
「ハローからの通信です」
ルシアだ。声が少し緊張している。
「極めて微弱な電波です。内容は…。図形がひとつだけです」
すぐにレオンは指示を出した。
「モニターに出せ」
モニターに映し出された図形は、見慣れたのだった。矢印だ。それも二本。平行に並んでいる。
「これはランデブー飛行しようと言っているんじゃないか」
レオンがつぶやいた。
「間違いないね」
マテオが横で応えた。すぐさまレオンが指示を飛ばした。
「ランデブーコースを取れ。速度を相手の第1宇宙速度に合わせるんだ」
「了解しました。第1宇宙速度に減速し、ハローとランデブーします」
キャメロン3000が命令を復唱した。フェニキアン・ローズは側面のスラスターとメインエンジンを同時に噴射した。針路は180度変わり、前方から迫りくるハローと速度を合わせてランデブーに入るようなコースを取った。
ハローが可視領域に入ってきた。
「何だこれは」
ブリッジ前方にあるスクリーンに映し出されたハローは、ひとことで言うと、ガラクタだった。船体自体が旧式である上に、装甲がハンマーで叩き出されたように隅々までボコボコだった。驚くべきことに、ところどころ外郭がはがれて、内壁がむきだしになっているところもあった。
「これじゃあ気密が保てないだろう」
マテオがつぶやいた。
右舷船腹には何かの衝突痕なのだろう、巨大な引っかき傷も認められた。いまどき、スペースデブリのサルベージ船でも、これよりはマシな船体をしている。
「こんな船でよく深宇宙を航海していたわね。ほとんど難破船ですね」
ルシアの目はスクリーンにくぎ付けになっている。
「だけど、エンジン部分は結構新しいよ。巨大なイオンエンジンだ。地球技術とはかなり違うようだけど…。ソーラーセイルも変わった素材を使ってるね」
マテオの指は、コンピューターのタッチパネルの上を目にもとまらぬ速さで動き続けている。コンタクト相手に対する一方的な船内スキャンは、敵対行為とみなされる恐れがあるので、マニュアルでは禁止されている。だが、通常の観測機器を使って外側から調べられることも多々ある。「フェニキアン・ローズ」は今、目と耳をフル稼働して、敵か友人か分からいない相手の情報を集めていた。
ハローはひと昔前の地球の宇宙船に似た葉巻型をしていた。サイズは小ぶりで、全長は「フェニキアン・ローズ」の半分もない。ただ、マテオが指摘したように、後方に突き出た巨大なイオンエンジンと全長2キロを超える巨大なソーラーセイルは、ハローを地球の船と違ったものに見せている。
「エンジンはイオンだけ。それにソーラーセイルを補助動力にしている。加速が苦手な船だ。完全停止はしたくない訳だな」
レオンが分析した。
「この推進装置で、秒速35キロにまで加速するには…」
マテオの手がパネルの上で少しだけ動いた。
「太陽光の弱い深宇宙だと、ざっと10年近くはかかるよ。出力が確定できないので、計算はおおまかだけど」
レオンはスクリーンを見詰めた。敵か味方か…船長としての判断には一刻の猶予も許されない。レオンは身体の隅々まで緊張し、集中していた。
「10年分の加速を棒に振っても、我々とのランデブーを選んだんだ。敵でないことを祈るばかりだな」
レオンが次の行動について考えていたとき、ハローのブリッジ付近と思われる場所に小さな輝点が発生した。
「攻撃か」
弱々しい光だったが、レオンの心臓は一瞬凍りついた。しかし違った。光は灯台のように点滅を始めた。ただし、明滅は不規則だ。
「何だろう、あの点滅」
マテオがぽつりと言った。レオンは、ハローが放つ小さな光を凝視した。
「何か意味がありそうだな」
ブリッジにいたクルーは、数分の間、無言でスクリーンのハローを見つめていた。その間、ハローはずっと光を点滅させていた。パターンが繰り返されているように見える。
「もしかすると…」
マテオは小さくつぶやくと、コンピューターを操作した。答えはすぐに出た。
「船長、これはモールス信号です」
「何?」
「何世紀も前の地球の通信技術です。かなり原始的な」
「それで、奴は何と言っているんだ」
マテオはコンピューターのディスプレイを示した。
<通信装置故障、乗船されたし>
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