第88話 地獄でも
舞踏会場を出て、また地下の牢屋に向かった。
サヴォンからもらった鍵を使ってテルの鉄格子を開けて、
「悪い、またせたな」テルの拘束を解いて、「終わったぞ。帰ろう」
返事はなかった。スースーと寝息が聞こえるあたり、本気で寝入っているらしい。
……よくもまぁ……こんな状況で寝られるものだ。右足を骨折してよくわからん牢獄に入れられて、そんな状況で熟睡できるか?
「テル」アレスはテルの肩を揺すって、「しんどいだろうが、一応起きてくれよ。まだ王宮から逃げ出さないといけないから、途中結構揺れるぞ」
テルを背負って王宮から脱出しないといけないのだ。かなり暴れることになるので、舌を噛んだりすると危ない。一応意識だけは取り戻しておいてほしい。
しかしテルは目を覚まさない。マジで熟睡してるように見えた。
……
しょうがないか……ミラに頼めば安全に城から出られるか? いや、さっきカッコつけて別れた手前、もう一度会うのも恥ずかしい。
どうしたもんかと悩んで……
――安心して待ってるよ。寝とくから……キスで起こしてね――
いつかテルが言っていた言葉を思い出した。もしもテルが危険な目に合ってたら、すぐに助けに行く……そうアレスが言ったときの返答だった。
……じゃあ狸寝入りか……? 眠っているふりをして、キスを待ってるのか?
……
まったく……相変わらずロマンチストだ。アレスにはついていけない。
……
……
アレスは背後をチラッと確認する。誰もいないことを視認して、眠っているテルの顔を見た。
子供みたいな寝顔だった。見慣れているはずなに、こうして近くで見ると心臓が飛び跳ねそうになる。
……そういえば……いつもテルからキスをしてくれていたから、自分からしたことはなかったな……
そんなことを思いながら、アレスはテルにキスをした。ちゃんと逃げずに唇を重ねた。
そうしてキスをし終わって……アレスは言った。
「いや起きねぇのかよ」テルはしっかりと寝息を立てたままだった。「……じゃあ……ホントに眠ってるだけか……」
なんじゃそりゃ。勝手に勘違いしてドキドキしてしまった。サヴォンと戦ったときより緊張した。顔が赤くて仕方がない。
「しょうがねぇな……」アレスはテルを背中に背負って、「ミラのところに行くか……」
今さら頼るのは恥ずかしいが……背に腹は変えられん。そう思ってアレスは地下牢を脱出しようと階段を登り始めた。
その途中、背中から声が聞こえた。
「ありがとね。助けてくれて」
「……目が覚めたか……」じゃあミラのところは行かなくていいな。「謝るのはこっちだよ。まんまと国王の策略に乗せられた……結果としてテルを傷つけちまった」
「大丈夫だよ。傷なんてすぐ治る。だって私……人間じゃないし」
獣人の子供である。
少し会話に間が空いて、
「さっき……ごめんね」
「……?」
「狸寝入りしてたわけじゃないんだ。アレスが助けに来てくれることはわかってたから、安心して寝てたの」
だからグッスリだったのか。
って、ちょっと待て。
「じゃあ……どこから目が覚めてたんだよ」
「キスしてくれたとき」起きてたのかよ。「ごめんね。照れちゃって……寝てるフリしちゃった」
「……テルでも照れるんだな……」
「そりゃはじめてアレスからキスしてもらったし」……ほんとに照れているのだろうか……「アレスからのキスがもらえるなら、またさらわれるのも悪くないかもね……」
「褒められる言動じゃないな」
「ごめんごめん。冗談だよ」
そうしてまた間が空いた。
少し距離感を測りかねていた。いつもならもっと軽く会話ができるのに、変なキスのせいでお互いに緊張してしまっていた。
「アレス……」
「なんだ?」
「これからもずっと一緒にいてくれると嬉しいな」
「ああ……約束する。死ぬまで一緒にいよう」
「死んでも一緒にいようね。地獄でも……キミがいるなら怖くない」
地獄か……
テルがいるなら、そこはアレスにとっては天国だな。
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