第87話 この国の帝王に
アレスの前には……人の姿を取り戻したサヴォンが立っていた。どうやら彼は状況が飲み込めていないようで、
「……なにか……悪い夢を見ていたようだ……」
人の形に戻ったサヴォンは頭痛でもするのか頭を抱えた。
「どこまで覚えてる?」
「……わからない……私の体が溶けたような夢を見たんだが……」
「それ、夢じゃねえよ」現実に起こったことである。「アンタは……国王にとある機能を組み込まれてたんだよ。理性を失って暴走する……ドロドロのバケモノになる機能だよ」
どんな原理なのかは知らないが、とにかくサヴォンは怪物になって暴れ狂っていた。
「……そうか……」サヴォンはかなり疲労しているようで、「あれは夢ではなかったか……ならば、キミには世話になったようだな」
「なんのことやら。俺は俺の目的のために動いただけだよ」目的は2つだ。1つはテルの前でカッコつけること。もう1つは……「もっと強くなってくれよ。今度は……アンタが挑戦者だぜ」
「……そうだな……」サヴォンの表情はどこか清々しそうだった。「また……戦ってくれるか?」
「もちろんさ。負けたくなったら、いつでもどうぞ」
何度やっても勝つのは自分だという自信がある。
負けたらカッコよくないからな。テルの前でカッコいいところを見せられるのなら、人類最強くらいは倒さないといけない。
さて……とりあえずサヴォン団長とは決着だ。
その空気の中に、国王が割って入る。
「ふむ……完全に理性を奪ったつもりだったけど、まだ抵抗できるだけの理性が残ってたのか……」
「……国王様……」サヴォンが国王に歩み寄って、「……私は……たしかに最悪の場合に犠牲になることは了承しました。しかし……あのようなバケモノになることは聞いていません」
「そりゃ……言ってないからね」だったらしょうがない、とはならない。「私の目的はキミの理想を叶えることじゃない。国を守ることだ。だから……ウソくらいはいくらでもつくよ」
それが国王としての信念であり、彼の強みだ。
「……はぁ……」サヴォンは珍しくため息をついて、「……ある意味で……尊敬しますよ。あなたのことは」
「そうだろう?」自慢気に言うな。「じゃあ……これからも私に忠誠を誓ってくれるかな? サヴォン団長」
「……いいですよ」
いいのかよ。思わずアレスは割って入る。
「ホントにいいのか? 国王は……アンタを切り捨てようとしたんだぞ?」
「それが国のためになるなら受け入れよう」サヴォンはアレスに微笑んで、「私は……この国が好きだよ。生まれ育った国だ。その国が良くなるのは……私も嬉しいんだ」
……
アレスにとってのテルみたいなものか。サヴォンにとってはこの国そのものが大切なものなのだろう。
じゃあ……口を挟むのは野暮ってもんかな……
「……そうか……」ならばこの場所に用はない。「じゃあ……俺は恋人をまたせてるんで。そろそろ行くよ」
「ああ」
それからアレスは振り返って、国王に言う。
「国王さんよ」
「なに?」
「この国のこと……任せたぜ」
「私でいいのかい?」
「……なんだかんだ言って……アンタが統治してるこの国は安定してるよ」戦争もなければ飢饉もない。ちょっと治安は悪いが、元気な証拠。「俺みたいに綺麗事ばっかり言うんじゃなくて……アンタみたいに悪事を使って統治する人間も必要なんだろ。アンタとミラがいれば……たぶんこの国は大丈夫だ」
リアリストの国王とロマンチストのミラ。そのコンビはたぶん、最強のコンビになる。
「じゃあ……もしも私がこの国を滅ぼそうとしたら?」
「その時は……俺が止めてやるから安心しなよ」たとえミラが敵に回っても止める。「とりあえず……あんまり国民を犠牲にする方法はやるなよ。それさえ守ってくれたら問題はねぇよ」
国王だけだと少し心配だが、今はミラがいる。たぶん2人は衝突しながらも良い政治を行ってくれるだろう。
国王が言う。
「意外だね。なんというか……襲われると思ってた」
「なぜだ?」
「国民を犠牲にする政治をする国王なんていらない、とか言われると思ってたよ」
「……そりゃ理想論ってもんだろ。もちろん犠牲がゼロの政治は素晴らしいけどな……そんな理想ばっかり掲げてたって国が回らないことくらいわかってる。だから世の中には……あんたみたいな悪人が必要なんだ」
悪人だけでも善人だけでも世の中は回らない。どちらも一定数いるからバランスが保たれるのだ。
「じゃあな国王さん」アレスは再び背を向けて、「またテルに手を出したら……今度は首を切るからな」
「……二度とキミを敵に回すことはしないよ。軍隊がいくつあっても足りないからね」
軍隊がいくつもあったらさすがに負ける気もするが。まぁちょっとしたジョークだろう。
さて去りゆくアレスに、ミラが声を掛ける。
「アレスさん」また深々と頭を下げた音がした。「今回の一件……ありがとうございました」
「おう。ミラとしては満足できる結果だったか?」
「はい。あなたが僕のものにならなかったこと以外は」
「……恋人にはなれないが、いつでも呼んでくれ。親友としてなら……いつでも力を貸すよ」
「ありがとうございます。また……会いに行きますね。この国の帝王に」
帝王、ね……
「無冠のままでいいさ。冠なんてもんは……俺には重そうだ」
国王という冠。英雄という冠。人類最強という冠。王子という冠。王女という冠。
今回の件でアレスはいろいろな冠を見た。それは立場と言い換えられるもので、どれもアレスには重たいものだった。
……
しばらくは無冠のままでいいや。アレスはそう思っていた。
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