第76話 幽霊ですよ。うらめしやー
約30分後。
「王子直属の聖騎士となると、やはり少し厄介ですね」ミラが聖騎士を蹴り飛ばして、「ちょっと……疲れてきました」
言葉の通り、ミラの呼吸は乱れ始めていた。とはいえまだまだ余裕はたっぷりであるが。
なんにせよ50人の聖騎士、討伐完了である。そこまで広くない宝物庫に、所狭しと気絶した聖騎士たちが並んでいた。
「ひ、ヒィ……!」サフィールが情けない声を上げて、腰を抜かす。「なんだお前ら……!」
「ただの侵入者ですよ」ミラがサフィールに近づいていって、「カイ王子……少しお願いがあります」
「ま、待て……! こっちに来るな……! 僕を誰だと思ってる! この国の王子だぞ……!」
サフィールは腰を抜かしたまま、ズルズルと後退していく。なんとも情けない王子の姿だった。
「カイ王子……いえ、サフィールさん」ミラは一瞬だけ呆れた表情を見せて、「僕の顔、忘れましたか?」
「……?」サフィールはしばらくミラの顔を眺めてから、「か、か……カイ王子……! なんで……? 死んだんじゃ……」
「幽霊ですよ。うらめしやー」
ミラが棒読みで言うと、
「ぎゃあ……! ごめん……! 成仏して……!」
「……こんな冗談、信じないでくださいよ……」こんな状況で冗談を言わないでくださいよ。「サフィールさん。とにかくお願いがあります。殺したりしませんから、落ち着いて」
「……」サフィールは怯えきった表情で、「な、なに……?」
「地下牢への扉を開けてほしいんです。今のカイ王子であるあなたなら、できるでしょう?」
国王以外の王族なんてカイ王子しかいない。そして国王と今のカイ王子なら、おそらく今のカイ王子のほうが弱い。
「地下牢への扉を開けたら……た、助けてくれるの……?」
「もう1つ条件があります」ミラはサフィールの耳元で囁いた。「――」
その声は本当に小さな声で、アレスには聞き取れなかった。
しかしその言葉を聞いたサフィールは、
「いいの……?」目を丸くして、「な、なんで……そんなこと……」
「詳しい事情は後で説明しますが……どうですか? 受け入れてくださって地下牢への扉を開けてくれるのなら、あなたに手出しはしませんよ」
「わ、わかった……!」なんか急に元気になったサフィールだった。「ちょっとまってて……!」
……あっさり説得されて地下牢への扉を開け始めるサフィールだった。こんなのが王子で大丈夫だろうか。勝手に侵入者の前に現れて、勝手に情報を引き出される王子で大丈夫だろうか。
それから3分もかからないうちに、
「開いたよ」サフィールが嬉しそうな表情で報告してきた。「これで……さっきの約束は……」
「もちろん成立しました」ミラは少し甘い声で、「すぐに迎えに来ますから、それまでは大人しくしておいてくださいね」
「う、うん……!」
……約束ってなんだろう……いったい何を言えば、サフィールがこんなに大人しくなるのだろう。
ミラはまたいつもの声に戻って、
「さてアレスさん……行きましょうか」
「お、おう……」
ミラについていくと、宝物庫の端っこのほうの壁が開いていた。そしてそこには階段があった。
「この階段を降りれば、地下牢に行き着きます。おそらくテルさんはそこにいるでしょう」
そう言ってミラは階段を躊躇なくおりていった。アレスもそれに続いた。
薄暗い階段だった。油断していると足を踏み外して落ちてしまいそうだった。
日の光が当たらない地下というのは少し肌寒いな。そんなことを思いながら、アレスは言った。
「さっき……サフィールになんて言ったんだ? なんで急に、あんな大人しくなった?」
「ああ……」ミラはあっさりと答えた。「僕と結婚してくれたら、命は助けてあげますって言いました」
本気で驚いてしまった。
「そんなウソついて、いいのか?」
さすがにサフィールが可哀想だ。
「ウソじゃありませんよ。本当に結婚するつもりです」驚くアレスに、ミラがイタズラっぽく言った。「アレスさんが僕に告白してくれるなら、考えを改めますけど」
「……そりゃ魅力的なご提案だが……」
「アレスさんの恋人はテルさんだけですもんね」
「そういうこと」
未来永劫変わらない。いくらミラが魅力的とはいえ、アレスが好きなのはテルである。
それはさておき、
「……なんでサフィールと結婚するんだ……?」
「そうすれば王族の仲間入りだからですよ」……王族に戻るって……そういうことか。「しかもサフィールさんなら気弱ですから……裏から僕が操るには最高の人材です」
……なるほど……サフィールを操り人形にするつもりなのか。ちょっとサフィールに同情しよう。さっきのやり取りを見ていると、明らかにミラのほうが一枚上手だ。
とはいえ自業自得だけれど。そもそもサフィールがミラを殺そうとしていたのだから、やり返されても文句は言えないだろうけど。
「まぁ王族にさえなりさえすれば、あとは僕がなんとかしますよ。そのあたりはご安心を」
「そこは任せるよ」ミラなら大丈夫だろう。「んで……なんでサフィールは、あんなに喜んでたんだ?」
「……僕が王子だった頃から、求婚されてたんですよ」
サフィールがカイ王子に求婚……?
「……サフィールは……王子が男だって思ってた時期もあるんじゃないのか?」
「そうですよ。それでもいいって言ってくれました」ミラは少し照れたように。「愛に性別なんて関係ないって、彼はそう言ってました。ずっと僕のことを好きだ好きだって言ってくれて……」
……ミラとしてもまんざらではなかったのかもしれない。だから今回、サフィールを結婚相手に選んだのかもしれない。もちろん打算的な理由もあるだろうけど、それだけじゃなかったのかもしれない。
ミラは言う。その顔は……どこか嬉しそうだった。
「サフィールさんは……悪い人ではないですよ。そりゃちょっと軽率で調子に乗りやすくて、おバカなところもありますけど……」辛辣すぎる。「僕のことを好きだって言ってくれるのは、やっぱり嬉しいです。僕と結婚できると知って喜んでくれるのは……僕としても嬉しいです」
「……そうか……」自分を愛してくれる人を自分も愛したい。「俺よりいい男を見つけたみたいだな」
「それはどうでしょうね」ミラは肩をすくめて、「テルさんが羨ましい、というのも本心ですよ」
「……俺は……ミラが思ってるほどいい男じゃねぇぞ」
「じゃあ、そういうことにしておきますね」
そうしてくれるとありがたい。ミラの愛などアレスには受け取れない。
だってアレスにはすでに最愛の人がいるのだから。アレスはテル一筋なのだから。
「さて……」ミラが言う。「そろそろ到着ですね」
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