第70話 だから僕は
街の人々によって最後の火が消し止められた。
すでに時間は夜だった。太陽はすっかり顔を隠して、月が淡い光を放っていた。
その場の気温が一気に下がったように感じられた。さっきまで炎に包まれていたせいか、空から降り注ぐ雨がとても冷たく思えた。
とにかくこの雨は救いの雨だった。雨が降ってくれたおかげで火の手は一気に静まり返ったのだ。
たまにはずぶ濡れになるのも悪くない。そんな事を考えながら、アレスは空を見上げていた。
「アレス」そんなアレスに少年が駆け寄って、「テルは……?」
「連れて行かれた」アレスは笑顔を作って、「すぐ連れ戻してくるから、安心しろ」
「うん。わかった」
本気で安心してくれたようだった。
「そっちはどうだ? 怪我人とかは……」
「怪我人は多いけど、死者はいなさそうってニーニャが言ってたよ」
「……この規模の火事で……?」
「うん。団長さんが警告してくれたからね」サヴォン団長が……? 「『このあたりで火事が起こってるから、早く避難しろ』って言ってたよ。火事が起こる前から」
「……」
……国民を殺すのはサヴォン団長の願いではなかった、ということか。あるいはそれも国王の指示なのか?
英雄さんの考えることはよくわからん。たぶん立場に縛られた挙げ句の行動なのだろうけど……
「重要な情報だよ。ありがとな」
「うん。じゃあ……僕は被害の確認を続けるから。テルのこと、よろしくね」
「おう。そっちも無理すんなよ」
少年はまだまだ元気たっぷりな様子で走り去っていった。
それを見て、ミラが微笑ましそうに、
「……すごい少年ですね……住んでいた場所が焼けてしまったというのに……」ミラは周囲を見回して、「この街も……すごいです。家を失って、命を失うかもしれない恐怖に相対して……なのに前を向いている」
街の人々は悲観にくれていなかった。もちろん悲しみはあるのだろうけれど、その悲しみを払拭する方法は前に進む以外にないと知っているのだ。
ミラは雨に打たれながら下を向いて、
「僕は……なんて弱い。目の前の現実を受け入れられずに……こうしてうなだれていることしかできない」
……
雨に濡れるミラの姿は……この世のものとは思えないくらい美しかった。基本的にテルにベタ惚れのアレスでさえドキッとしてしまうくらいには美少女だった。
しかしそんな心の内を悟られるわけにはいかないので、ポーカーフェイスは継続するけれど。
「ミラだって……前は向いてるだろ。父親に裏切られても――」
「そっちじゃないですよ」わかっているけれど。「テルさんが獣人の娘って……本当ですか?」
「だろうな」口調が重くならないように気をつけて、「実際に聞いたわけじゃねぇけど……一緒に暮らしてたら気配はある」
帽子で耳を隠してコートで尻尾を隠す。それをテルは徹底していた。警察署で帽子を脱ぐことを嫌がったのもそれが理由だ。
アレスが言う。
「逆に……気づかなかったのか……?」
「……まったく気がつきませんでした……」変なところは鈍感だな……「だから僕は……テルさんに、あんなひどい言葉を……」
獣人は結局は獣。人殺しの種族で害獣なのだから、さっさと殺せば良い。
ミラはその言葉をテルの目の前で言った。獣人本人の前で言ったのだ。
気づいていなかったのだからしょうがない。だが……
テルは傷ついただろう。
とはいえ……
「俺が隠してたのにも原因があるよな……」いつか気がつくことから逃げていたのだ。「今のミラには酷な話になるかもしれないが……聞いてくれるか?」
「……?」
「獣人事件の真相」
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